雨と太陽の王国 5.サマルトリアの王子の城内探索ならびにローレシアの王子のひそかなるお悩みのこと

「大魔王戦からフロリンダの登場まで、ちょうど二十年たってる。フロリンダの前に子どもが一人二人いるとしても、勘定はあうよ。でね、この“ほこら”の巫女なんだけど、代々縁続きが管理を請け負っているわけ」
サリューは会計記録の下のほうを指差した。
「二代目の巫女オデアルドはフロリンダの娘、三代目グウェンダはオデアルドの娘、四代目エレオノルはグウェンダの娘。ほら、名前の横に注があるでしょ」
「ああ、たしかにそうだな」
「母から娘へ、この“ほこら”の管理が受け継がれたのは、ほかにこの仕事のできる人間がいなかったからじゃないの?」
「この一族じゃないと、光の玉にさわれないから、か」
サリューは大きくうなずいた。
「ほうら、ね。この“ほこら”に今も光の玉が置いてあるかもしれないよ」
ロイはしばらく黙って考えてから言った。
「おれの実家(=ローレシア城)知ってるだろ?」
「うん。ぼくが行ったときはロイはお留守だったけど」
「あそこを建てるときは、このラダトーム城をモデルにしたんだと」
「ふーん」
「で、これも親父に聞いたんだけど、昔ローレシアには王の間の玉座の後ろに隠し階段があって、下に大事なものをしまっておく小部屋があったんだってさ」
「ってことは、じゃあ、ラダトームにも、もしかして?」
「調べる値打ちはあるよな?」
サリューは顔を輝かせた。
「一緒に行ってくれるの?」
「食い終わったらな」

 おいおい、ひょうたんからこまだよ、とロイはつぶやいた。玉座の後ろには、確かに隠し階段があったのである。
「ぼく、先に行く!」
「しょうがねえな」
サリューはすっかりいれこんでいた。一体どこまで続くのか、というほど長い階段を一気に降りていく。
 到着した先は、たしかに“ほこら”だった。
 木の羽目板で内張りをほどこした部屋で、奥の正面に黒檀の祭壇らしきものが据えられ、その真上に聖霊ルビスらしい女神のレリーフが飾ってあった。
 だが、床にはぶあついほこりがたまり、いたるところにクモが巣をかけていた。 女神のレリーフは顔立ちさえ定かでない。その祠は明らかに、使われなくなってから何十年もたっているようだった。
「何も、ない……?」
呆然とサリューはつぶやいた。
 ねんのため、ふたりは室内を探し回ったが、光の玉はおろか、アイテムらしきものは何も残っていなかった。
 サリューは黙り込んだ。ロイはためいきをつき、サリューの背中を押すようにして長い階段を上った。サリューは王の間へ戻ると、床の段差にぺたりとすわりこみ、膝の間に顔を押し付けてうずくまった。
 ロイはしかたなく、その隣に腰をおろした。
「なあ、泣くなよ。おまえはよくやったよ」
ぷるぷるとサリューは顔を振ったようだった。ロイはゴーグルをはずして、頭を掻いた。
「おまえ、おれの従兄弟に似てんだよ。親父の妹の息子でさ。できがいいんだ、また」
「でき?」
小さな声でサリューが聞いた。
「剣がそこそこ使えて、そのうえ魔法ができるんだ。そいつと親父の前で立ち会って、おれが負けた」
サリューが驚いたように顔をあげた。
「まさか」
「まっさきにマヌーサされたらもうだめだった。魔法の才能がぜんぜんないとわかったときの親父の顔ときたら。ご先祖はちゃんと魔法使えたのにな、なんで、おれだけ」
「ロイ」
「おれ、ほんとに勇者の子孫なのかな。サマもアムもいいよな。魔法、使えて」
「そんなこと、関係ないよ」
「ないか?」
「ないよ。やられる身になってみなよ。メラを食らうのと剣でまっぷたつとどっちがいいか聞いても、どっちも同じって言うと思うよ」
サリューはまったくまじめな顔をしていた。ロイは思わず笑った。
「う~ん、やられるほうのことは、考えてなかったわ、おれ」
えへっ、とサリューも笑った。
「そのいとこさん、今何してるの?」
「ローレシアだよ。伯母上が大事な一人息子をハーゴン戦に出したりするもんかい」
いきなり、聞きなれた声がした。
「まあ、サリューったら、泣いてたの?泣き虫のおむこはいらないわよ」
アムだった。ロイは、夜が明けたことにやっと気づいた。
「終わったのか?」
「ええ。そのことで、話があるの。グレムリンたち、まるで引き際を悟ったように整然と退却していったわ。まるで」
「司令官がいるみたいに?」
アムはうなずいた。
「グレムリンはかなり知能が高いの。誰か黒幕がいて、その命令を理解して実行したのかもしれないわ」
「その黒幕を倒せばラダトームはまだ持つな?」
凄艶な微笑みが答えだった。
「明日は、いえ、今晩の戦はまかせたわよ。さあ、サリューも徹夜したの?」
「光の玉を捜してたんだよ」
「あら、あったの?」
サリューは首をふった。
「でも、ぼく、あきらめないからね」
きゅっと唇を結んでみせる。
「ロトでだめなら、次はアレフだ。100年前までは、たしかに光の玉はあったんだ」
サリューは立ち上がった。
「無理するなよ」
「無理じゃないよ。そうだ、アレフの事を調べれば、ロトの剣のあるところもわかると思うよ」
「なに?」
ロイの声は思わず裏返った。うふっとサリューは笑った。
「ほら、目の色変わった!」