雨と太陽の王国 3.偽王の酩酊ならびにサマルトリアの王子が光の玉の新たな使い道を提案し、城外へ出撃すること

「あ、こちらは、ローレシアのロイアル様、サマルトリアのサーリュージュ様、ムーンブルグのアマランス様。三国の王家の方々です。アレフガルドの国王に願いの向きがおありとか」
「ぷはぁ!」
 ソールガルは酒くさい息を吐き出した。
「国王が逃げ出すなんぞ、この国はもうおしまいだ。願いだと?」
そのときソールガルは何かに目をとめた。酔眼を大きく見開き、露骨に舌なめずりをして、アマランスを見た。ロイアルはアマランスの姿をソールガルの視線から守るように一歩前へ出た。
「おれはローレシアのロイアル。尊名を承りたい」
「余はアレフガルドの支配者、ソールガル1世!」
酔っぱらいの甲高い声は、神経を逆なでするようだった。
「困ります、ソールガル様」
トールが割って入った。
「この国の国王は、今でもタリウス5世陛下です」
「うるさいっ。余は王から約束をもらってるんだ。王位を譲るってな」
トールは辛抱強く言った。
「王位継承は、賭博の結果に左右されてはならないのです」
「貴様、首を切るぞ!誰かおらんのか!」
ソールガルは狭い額にあおすじをたててわめいたが、駆けつけるものはなかった。
「戦える者はみな、城門を守っております。ソールガル様も、王国元帥の肩書きをお持ちでしたな?」
ソールガルはずるそうな目をした。
「そうか。だが余は、今は王であるから、ここにいるのだ」
妙に赤い舌でソールガルは唇をなめた。
「そこの、ああ、アマランス、か」
アマランスはきっと眉を上げたが無言だった。
「いにしえのローラ姫の面影を宿すとうわさに聞いたが、ふーむ、なるほど。ああ、そうか。国が滅んで、援助を乞いにきたか。余は寛大な王であるぞ?ムーンブルグを立て直してやろう」
「確かにムーンブルグは援助を必要としております」
冷たく硬い声でアマランスは言った。
「まことにアレフガルドの王である方には、ムーンブルグの民を受け入れて、国家再建の日まで守ってくださることを、ロト4国の盟約に基づいて請求しようと思い、この地へまいりました」
「百年前の盟約など、知らん」
げぷっと音を立ててソールガルは言った。
「が、姫の心ひとつで助けてやらんでもない。姫はいくつだ、16か17か?」
「きさま、それでも」
今にも剣の柄に手をかけんばかりにして、ロイアルは玉座へ迫った。
「待って」
厳しい声で姫がとめた。
「おぼえてないの?私は犬にだってなれるのよ。ムーンブルグのためなら」
「ふざけるな、ばかやろう!」
「なんですって!?」
「まあ、まあ」
のんびりと王の間を見回していたサーリュージュが間に入った。
「今のはね、アム、『おれたちが絶対に何とかするから、こんなやつの言うことを聞いちゃだめだ』って言ってるみたいよ、ね、ロイ?」
ロイは顔を赤らめてうなずいた。
 ソールガルは酔っ払い特有のだみ声をはりあげた。
「ほうほう、だが、ローレシアの王子は一人息子だ。世継ぎの姫と結婚すれば、どちらかの国が立ち行かん。若造、ひっこんでろ」
「きさま」
サマルトリアの王子は再びロイを抑えた。
「おちついて、おちついて」
「サマ、そこどけ!」
「やだなあ、ぼくの本名はサーリュージュ・マールゲムっていうんだよ。知ってるでしょ?」
「サリュー、私、やっぱり」
サリューはアムに、にこっとしてみせた。
「まあ、待っててよ。ソールガルさん、こんにちは。ぼくのことは、サマルトリアのサリューっておぼえておいて下さいね。ぼくがここへ来たのは、アムとは別に理由があるんです」
小さな子供が大事な秘密を打ち明けるような顔でサリューは言った。
「な、なんだ?」
毒気を抜かれたソールガルがつぶやいた。
「ぼく、前から不思議に思ってたんです。ご先祖さまの宝物、“光の玉”はどこにあるのかなって」
「そんなもん、知ったことか」
「“光の玉”って知ってます?勇者ロトが大魔王から闇の衣を剥ぎ取るために使ったあれですよ?それから、一回竜王がこのお城からもってっちゃって、うちの御先祖、竜退治のアレフが取り戻したんですよ」
「ねえ、サリュー」
「アムったら、気づいたんだね?」
顔を輝かせてサリューは言った。
「勇者アレフが“光の玉”を取り戻したとき、おぼえてない?モンスターが影をひそめ、毒の沼地さえ花咲く草原に変わったんだ」
「ええ、そう聞いているわ」
そう言ってからアムは顔をあげた。
「まあ、なんてこと」
「うん、そうなんだよ。“光の玉”があれば、あのムーンブルグも花咲く草原になるよ」
アムは胸の前で両手を握りあわせた。
「毒さえ消えれば、自力で再建ができるわ」
「ねーっ?」
サリューはすごくうれしそうだった。
「ぼく、エセルリー殿にたのんで、お城の記録を見せてもらうんだ。何百年分もあるんだよ?ああっ、わくわくするな。“光の玉”の行方、きっと見つけてあげるからね」
そういったとき、コーネリアスが王の間へやってきて敬礼した。ソールガルからはすぐに目をそらせ、ロイたちに向かって言った。
「こちらにおいででしたか」
「ああ、用は終わった」
ロイはいとこたちに、早くこの部屋を出ようと手で促した。
「今ほど、見張りから連絡が入りました。ラダトーム平原のむこうに、ポイズンキッスが大量に発生しているもようです」
「なんだと?」
「実は、数日前、魔族からこの城へ通告がありました。近々最終攻撃に入る、命の惜しいものは城を出ろ、と。どうやら始まったようです」
「罠ですわ」
即座にアムが言った。
「城から人をあぶり出そうという作戦よ。逆にいえば、モンスターのほうは、この城に人間がこもっていては、手が出せないの」
「姫の御賢察の通りかと思います。すでにアレフガルドじゅうの市民をこの城に避難させています」
「水深きリムルダール、あるいは高き壁のメルキドは?」
ロイが聞くと、コーネリアスは首を振った。
「すでに陥ちました。ともかく、この何日かをもちこたえれば、生き残る望みはあります」
「わかった。おれたちも戦う」
いいな、と目で確かめる。アムは唇に微笑をのぼらせ、サリューはにやっとしてうなずいた。
 コーネリアスは、ほっとした表情になった。何か言いたそうだったが、熱いものを飲み下した顔で、光栄です、とだけ口にした。玉座のあたりからはソールガルのいびきが聞こえている。
「じゃあ、最初はぼくが出るよ」
気さくにサリューが言った。
「いいのか?」
「ぼく、さっき、後から来たから、あまり戦ってないしね。長いろう城なら、一日交代にしようよ」
「わかったわ。MPを全回復しておくから。がんばってね」
うんと言ってサリューはコーネリアスの後についていこうとした。が、急にきびすを返してアムに話し掛けた。
「ねぇ、さっきの話だけどさ。ぼくには妹がいるからだいじょうぶだよ」
「はい?」
「妹がサマルトリアの女王になれば、ぼくはお婿に行かれるからね。よろしく!」
そう言ってぱたぱたと走り去った。
 あとにはあっけにとられたアムと、ぶすっとしたロイが残った。