怒涛のももんじゃ

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第29回) by tonnbo_trumpet

 デスパレス階上の大広間は薄闇に閉ざされていた。時に城主が壇上に立ち、熱く檄を飛ばして配下のモンスターや魔族を叱咤する場所だが、その日はしんと静まり返っていた。美貌の魔王、デスピサロは窓を通してじっと視線を遠方へ注いでいた。
 警備をつとめるアームライオンたち近衛兵は、ただ黙って見守ることしかできなかった。地上の攻略はすすんでいるが、愛妃ロザリー様は喜んでおられないごようすであること、やっと発見した地獄の帝王エスターク様があろうことか倒されて、こちらの戦力としては頼みにならなくなったこと、あちらこちらに配置したピサロ様気に入りの部下たちが次々と勇者一行に倒されているらしいこと等々、近衛兵といえど気軽に話しかけられる状態ではなかった。
 ピサロがつと窓際を離れ、歩き出した。モンスターに比べればほっそりしたその体に、いくつもの責任がのしかかっている。兵士たちは居住まいを正して城主の歩みを見守った。
 その時だった。アームライオンたちが飛び上がる勢いで扉がいきなり開け放たれた。
「ピサロ様!来るべき最終決戦にそなえ私もパワーUPをはかりました!」
突然そうわめいたのは、白い大きなふわふわの毛玉だった。よく見るとモヒカンに見える青いとさかがあり、顔面には同じ色のゴーグルのような形の青い毛の中にまん丸い目玉あり、そして真ん中に筋のあるへら状の黄色い平ぺったいくちばしがある。ももんじゃだった。
「今日からは私を『ももんじゃアサルトS』とお呼びください!」
そう言ってももんじゃはふんぞり返った。パワーアップの内容は、背中にくくりつけた宝塚ばりの豪華なオーストリッチの背負い羽根七枚と頭のちょんまげ、そして……。
「があ」
股間にしこんだ白鳥の首が伸びて一声鳴いた。
「……私はときどき考えることがあるのだが」
「はい、なんでしょう」
「どうしてお前なんか造ってしまったのだろう」
憎悪も憤怒も諦観すらも通り越した哲学的な問いをピサロはぽつりと放った。
「さあ」
というのが、ももんじゃの答えだった。

 奇妙なうわさを最初に耳にしたのはクリフトだった。
「最近ももんじゃが減ってるらしいですよ」
エンドールの定宿の食堂で一緒に食事を済ませた後、ふと思いだしたという感じでクリフトがそう言った。
「え、そうなの?ルーラで出入りしてるから、わかんなかったわ」
とアリーナが答えた。
「それ、本当かもしれません」
そう言ったのはトルネコだった。彼の妻子はエンドールの家に住んでいるので、トルネコはそちらで食事を済ませ、宿には明日の打ち合わせで立ち寄ったところだった。
「女房のネネが言うには、ポポロ、せがれですがね、の友達のおうちの方がエンドールの郊外で異なものを見たそうです。大量のももんじゃが運ばれていくところだったそうで」
「もしや、毛皮めあての犯行か?」
とライアンが色めきたった。
「助けてやった方がよいのでは?モンスターとは言え、あまりに哀れな」
「まだそうときまったわけではありませんでしょう」
冷静にミネアが言った。
「トルネコさん、大量に運ばれたって、おっしゃいましたね。死体でしたの?」
「いやいや、聞いた話では生きたままです。なぜか馬車に乗って、みんなで歌を歌っていたとか」
「は?」
と勇者フォースが言った。
「なんだよ、それ。歌ってたって?ももんじゃが?」
トルネコは両手をひらひらと動かした。
「荷馬車の荷台に大勢詰め込まれ、空を見上げてこう、がーがー歌っていたそうで」
「わしゃこの年になるまで、そんなもんは見たことも聞いたこともないぞ」
とブライが言った。
「百聞は一見にしかずのたとえもある。まずようすを見に行ってはどうかな」

 それは確かに馬車だった。農作業に使うありきたりの荷馬車で干草などを載せて盛り上げるように荷台は広く、平たい。その荷台いっぱいに黄色いくちばしのついた白い毛玉がひしめいていた。
「ある晴れた、ひるさがり、デスパレスへむかう道
荷馬車がごとごと、ももんじゃ乗せてゆく
可愛いももんじゃ、連れてかれるよ
ワクワクテカテカ瞳が輝くよ
もじゃ・もじゃ・もーじゃー・もーじゃー、ももんじゃ乗せて
もじゃ・もじゃ・もーじゃー・もーじゃー、荷馬車が揺れる」
年老いた馬が引くその荷馬車がエンドール郊外の道をごとごとと走り去るまで、パーティは呆然とその歌声を聞いていたのだった。
「すまん」
ぽつりとブライが言った。
「一見しても、とんとわけがわからんわい」
「じゃ、しょーがないわよ」
先日はカジノにいていなかったマーニャが、すぱっと断を下した。
「モチはモチ屋って言うじゃない。モンスターの専門家に聞きましょ」
パーティのメンツがフォースの方を見た。
「魔王って、モンスターの専門家なのか?」
と彼は聞き返した。

 現在、デスパレスの主人はピサロではなく、エビルプリーストである。ならばももんじゃを大量に連行しているのはエビルプリーストの方なのではないか、とクリフトが言った。
「って言ってんだけど。ピーちゃん、なんか知らない?」
エンドールの宿の窓際に腰かけ、長い脚を組み、片手で頭を支えたかっこうでピサロはじろりと無礼者をにらみつけた。
「なぜ、おまえに応える必要がある」
「知りたいからよ。決まってんじゃない」
マーニャはびくともしなかった。
「ライアンは毛皮を取るんじゃないかって言ってるわ。ミネアは、ええと」
「進化の秘宝を使って無邪気なももんじゃをなにか恐ろしいモンスターへ変化させるつもりなのでは?」
「無邪気だと?まったく、知らぬと言うのは恐ろしい」
「じゃ、なんだ?」
ストレートにフォースが聞いた。
「エビルプリーストが何かやっかいなことをしてんなら、ももんじゃどもを渡さなければいい。あんたが何かしてんなら、ラスボス戦に関係あるかどうか知りたい。パーティなんだから、あたりまえだろうが」
ピサロは冷たい視線だけで黙殺した。
「返事ぐらいしろや、居候」
がたっと音をたててピサロが立ち上がった。
「来い。見せてやる」

 もはや野心を隠そうともしないエビルプリーストは、顔をのけぞらせて呵々大笑した。
「呪うがいい、真の王者と同じ時代に生まれ落ちたおのれの不幸を!」
風雲急を告げるデスパレスの大広間だった。ピサロと勇者たちは悪の黒幕を目の前にしているのだった。
「おい、大丈夫か」
さすがにフォースはそうささやいた。ふ、とピサロは冷笑した。
「案ずるな。エビルプリースト、この私に反旗を翻すとは愚かな奴め。そのシリアス面いつまで続くか見せてもらおう!」
「おい、何する気だ!」
「なぜ私がももんじゃなどを造ってしまったのか、と自問したことがあった。今、私は知っている、なぜ私がももんじゃを造ったのかを!」
自信満々にピサロは言いきった。
「魔王の怒りを思い知れ!くらえ、怒涛のももんじゃ!!」
エビルプリーストに向かってびしっと指を突き出した。と同時に、大量の毛玉が湧きだした。
「があがあがあがあ!!」
うるさいことこのうえない。凄まじい喧騒とともにいっせいにエビルプリーストへ群がった。
「やめろ、やめんかっ」
「どんなももんじゃ、あんなももんじゃ……」
鼻毛が異様に伸びたももんじゃがいる。背負い羽根ちょんまげのアサルトSがいる。さまざまな仮装、さまざまなアホ面のももんじゃが、押すな押すなという勢いで襲いかかった。エビルプリーストはあっというまに真っ白な毛玉で覆われた。巨大毛玉の中から、悲鳴が聞こえてくる。悲鳴と言うより、泣き笑いのようだった。
「あらゆる空間をシュールで乾いた笑いで満たす恐るべきアンチシリアス属性。それこそやつらの至高にして最大の武器なのだ」
両手を腰にあてて高笑いをするピサロを眺めながら、パーティは無言だった。心中ひそかに、あんただってギャグ化してるやん、と思いながら。