サンチョ独演会

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第27回) by tonnbo_trumpet

 声にならない悲鳴をあげてルークはうずくまった。
「王様!」
ピピンが叫び、駆け寄ってくるのを感じた。
「いけない、戦列に戻れ、ピピン!」
傷ついた腕からドラゴンの杖が落ちた。肘のすぐ上を左手で抑え、ルークは必死で頭を巡らせた。
 回復特技のある子はいたか?
 ルークは首を振った。回復はすべて自分がやるつもりで来たのだった。
 今回はあまりレベルの上がっていないモンスターたちを闘いに慣れさせるために魔界へ来ていた。子供たちが、教会でやっている学校で進級するのでビアンカが意気込んで準備をしている。
「私、お母さんらしいことするの、初めてかも!」
「いつだって立派なお母さんだよ、ビアンカは」
だが、ビアンカが少し興奮気味にがんばっているので、ルークは子供たちをまかせ、そのあいだなかなか連れ出してやれないモンスターたちを馬車に載せて来ていた。そしてジャハンナへ向かう途中で突然攻撃を受け、しかも最初の一撃が痛恨だった。
 ガチャ、ガチャと音を立ててメタルドラゴンが動きだした。光る眼をこちらへ向け、大きな口を開いた。
「くっ」
ルークはドラゴンの杖を取って立ち上がろうとした。激しい痛みが腕を駆けあがって肩にまで達した。
 自分を回復すべきか、HPが残るのを祈って攻撃すべきか。もしここで自分が戦闘不能になったら、どうやってパーティが家へ、グランバニアへ帰るというのか。今回の魔界行きでは、人間は自分、ピピン、サンチョだけで、あとは賢さのまだ低いモンスターばかりだというのに。せめてプックルか、ピエールがいてくれたら!
 痛みをこらえてルークは杖をかまえた。
 次の瞬間、ルークは息を飲んだ。目の前に、色鮮やかなオレンジ色の巨体が飛び出したのである。
「き、きさま、坊ちゃんに何をするかっ!」
温厚なサンチョが、声を荒げて立ちふさがっていた。メタルドラゴンは勝手がちがうためか、一度口を閉じた。
「きさまらが手を上げてよいような方ではないんだっ」
「サンチョ、だめだ……」
サンチョは聞く耳持たないようだった。
「お小さいころからどれほど坊ちゃんが苦労されたか、きさまら何も知らんくせに!坊ちゃんは、坊ちゃんはなあ!」
涙交じりにそう叫ぶと、サンチョはその場に膝をついて、うおおおっと吼えた。

 グランバニア城の厨房からいい匂いが漂ってきた。
「さあ、御祝いのお菓子が焼けましたよ!」
とたんに、わあっと子供の声で歓声が上がった。無事に進級した双子のために、サンチョが大きな焼き菓子を作ったのだ。
「蒸したかぼちゃの裏越しをたっぷり混ぜましたからね。どうぞ召し上がれ」
大皿の上で六等分したケーキを王子たちはいそいそと見比べた。
「こっちが大きいよね」
「こっちは上に乗ったクルミが多いわ」
双子が自分のを決めたところにドリスがのぞきこんだ。
「うう、迷うわ!」
サンチョのお菓子の大ファンだがウェストも気になる年頃のドリスは、手を握り締めて迷っていた。
「あっはっは、ゆっくり選んでください、ドリスさま。ビアンカ様はどれにしましょう?」
ビアンカは幸せな母親特有の美しい笑顔を見せた。
「サンチョさん、お先に取って?今回の魔界行きでは大活躍だったんでしょう?」
サンチョは照れたように手を振った。
「いやいや、そんな!」
「本当だよ」
とルークが言った。
「正直、サンチョがいてくれなかったら全滅だったかもしれない。ちょっと魔界を甘く見過ぎたよ」
「私は何にもしてないんですよ」
「命の恩人だよ」
サンチョは人のよさそうな丸顔いっぱいに笑顔を浮かべた。
「いやいや、困りました。あ、お茶の準備!お茶がないとね。ちょっと失礼」
そう言ってうれしそうに飛び出して行った。
 子供たちとドリスは三人でわいわい言いながら焼き菓子を食べている。それをちらっと見てビアンカは夫に笑いかけた。
「よかった。いっしょに行かないでいると、私いつも心配になるの。サンチョさんがいてくれて助かったわ」
うん、とルークは口数少なくうなずいた。
「あの、でも、次はビアンカが来てくれる?」
ビアンカは照れくさそうにくるんと目を回して微笑んだ。
「私でいいの?全滅を食い止めるなんてできないかもしれないわよ?」
サンチョはHPとちからがかなり強く、補助呪文も便利なものを覚えている上に良い鎧や武器を装備できるというメリットがある。パパス、ルークと二代の王に選ばれて仕えるだけのことはある男なのだ。
「うん、いいんだ。あのさ」
なあに?とビアンカはルークの顔を覗き込んだ。
「サンチョのは、その、特殊なんだ」
「何が」
「技、かな」
ルークはごく微妙な顔をしていた。
「サンチョさんの技って?」
ルークはためいきをついた。
「モンスターの群れにやられそうになったとき、サンチョはぼくの前に飛び出して、そして延々とぼくの苦労話をモンスターに聞かせ始めたんだ。『おかわいそうに坊ちゃんはまず生まれた時にお母様を魔界にさらわれて……』に始まって、もう、ずーっと。それで石化させられたところまできたらもう感極まって泣き出したんだ」
「あ、あら」
お人好しで涙もろいサンチョらしい、とビアンカは思った。
「そうしたら、いきなりどこからともなく、つなみが……」
「え?」
ルークはごくまじめな顔をしていた。
「そうなんだ。どこでどうやって習得したのかわからないけど、あれは“遊び”のひとつ、“かわいそうごっこ”だよ」
幻の魔法都市カルベローナの魔女が戯れに行うという“遊び”だった。
「まあ……すごいじゃない」
ビアンカはそう言うしかなかった。
「うん、でもさ、ぼくはその、サンチョの独演会の間すっっっごく困った」
お小さいころからどれほど坊ちゃんが苦労されたことかっ!坊ちゃんは、坊ちゃんはなあ!
 ルークは口元を手のひらでおおい、やや赤面してうつむいていた。
「助かったのは確かだし、感謝してる。でも、この次はビアンカ、いっしょに来て」
すがるような眼でルークが見上げた。
「あー、わかったわ。そうね、そうしましょう」
ビアンカは隣に座っている夫の背を甘やかすようにそっとたたいた。