STEP127

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第26回) by tonnbo_trumpet

 暗赤色の豪華なガウンの上から黒いフード付きのマントをまとい、ムーンブルグのアマランスは一人サマルトリア城の城門前にたたずんでいた。サマルトリアは森と草原の国だった。城と城下町は全体が凝ったつくりの庭園の中にあるようなもので、フィールドと城下町を区切る障壁は美しい生垣だった。防御力はあってないようなものだが、アムの目には魔法防御が張り巡らされているのがわかった。
「姫、おいでくださいましたか」
アムはふりむいた。ムーンブルグ風のしゃれた身なりの背の高い若者が生垣の向こうから現れた。
「勘違いなさらないで」
冷やかにアムは言った。
「このようなものを頂く言われはありません。そう申し上げに参りましたのよ」
アムは片手に小箱を載せて差しだした。
「これではお気に召しませんか?」
若者は気取ったにやにや笑いを浮かべてアムに寄りそってきた。
「我がラドルフ家の家宝です。紅玉でこの大きさは珍しいのですよ」
小箱の中身はルビーの指輪だった。アムは爆発しそうな怒りをなんとか胸の内へ納めた。
「何の関係もないから指輪は頂けません」
「言い名付けの私からのプレゼントでも?」
さっとアムは振り向いた。くやしことに、意見を言うためにかなり上を向かなくてはならなかった。
「ヨハン・ラドルフ、おうかがいしますけど、い、つ、そんなものになったのかしら?」
ヨハンは間の抜けた笑顔を浮かべた。魅惑の笑みで誘惑しようってところかしら。ああ、むかつく、とアムは心中つぶやいた。
 サマルトリア城に滞在しているのは、クエストの途中での骨休めだった。サマルトリアのサリューが妹姫にせがまれて、一時帰国するのにつきあっているだけなのだ。そこへどういうわけか、恋文めいた文章の呼び出し状が来て、言われたとおりに来てみればいけすかないバカのっぽがなれなれしく寄ってきたというわけだった。
「いけない、わたし……」
つい最近サリューから、このごろ怒りっぽくない?と言われたばかりだった。
「あたしのどこが!」
と叫びかけて、ローレシアのロイアルと目が合った。
「ほれ、見ろ。爆裂姫そのまんまだな」
得意の呪文イオナズンにひっかけてつけたあだ名で彼は呼んだ。
「おまえ、なんでもバンバン魔法使いすぎだ。雑魚二体ならおれとサマでなんとかなる。ちょっと落ちつけよ」
確かにパーティのレベルはあがっているので、ある意味回復も補助呪文もあまりいらない。ヒマだという理由で魔法力を消費して、いざというときにMP切れではたまらない、ということは理解できた。
「……気をつけるわ」
アムがそう言うと従兄弟たちは肩をすくめた。
「努力目標にはなるかもね」
「あてにしないで期待しとくわ」
ちょっとくやしいと思った。
 意識を半分飛ばしている間に、ヨハンはずうずうしくそばにきていた。
「他にお話がなければ帰ります」
「お待ちください。実は大事なご相談があって、うわっ」
最後のは悲鳴だった。このへんをうろつくドラキーがふらりと寄って来たのだ。
「姫、も、モンスターが」
「トヘロス」
とたんにあたり一帯から、妖しい気配が消えうせた。
「ああ、よかった。もちろん姫にお怪我がなくて安心しました」
率直にアムは聞き返した。
「モンスターが怖いなら、城の中で相談しませんこと?」
「怖いことなどありません!」
「あっそう」
ガウンの上からパニエをむんずとつかみ、アムはヨハンに背を向けてすたすた歩き出した。
「姫、お待ちください、姫。そう照れなくてもよいでしょう」
誰が照れるか。
「ムーンペタの現状をご存知ですか?ひどいありさまです」
「たぶん、あなたよりよく知っていますわ、すみずみまでね。それで?」
聞き返しはしたが、アムは足取りをゆるめない。ヨハンはあわててついてきた。
「ムーンペタの統治を、我がラドルフ家にお任せ下さいませんか」
「けっこうです」
「そうおっしゃらずに。未来の妃である貴方の負担を、ぜひ分かち合いたちのです」
いつのまにか婚約者から妻にクラスチェンジしている。しかも王位をつく気でいるらしい。
「ムーンペタはかつてのムーンブルグ王国正規軍の将軍に預けてあります。これ以上安心なことはないと思います」
その将軍は、アムが幼いころじいやと呼んで親しみ、抱き上げて孫のようにかわいがってもらったおぼえのある頑固一徹の忠義者だった。
「しかし、亡くなった先の国王陛下は私の父に、将来は子供たちを結婚させようと約束し合ったのですよ?!」
「初耳です」
「それなのにあの老人は認めようとしないのです!」
悲鳴のような声を上げてヨハンはかきくどいた。
「貴方の夫、未来の国王のこの私を!どうか一筆いただけませんか。『私の言い名付けの言うことに従ってください』と。それだけであなたの負担はぐっと軽くなるはずです。ねえ、聞いてますか?せめて立ち止ってください。ねえ!」
イオナズン……バギ……せめてラリホー。きんきん声で延々とねだられるのにあきて、アムは真剣に呪文で黙らせられないかと思っていた。
「こんな時代に女一人で国を治めるなんて、できっこないですよ。私はきっとあなたを大事にします。温かい部屋で綺麗な服を着て好きなことをしていればいい。刺繍でも絵でも。ねえ、あなたにつりあう身分の男はもうムーンブルグにあまり残っていないんです。わかっていますか?」
「あら、そうかしら?私の従兄弟たちはご存知?」
ふん、とヨハンは言った。
「ローレシアはしょせん、田舎だし、サマルトリアの王子は詩人のようなナヨナヨした男だと言うじゃないですか。とてもふさわしくない……」
そろそろ切れてよろしいかしら?ステップを数えてアムは立ち止り、踵を返してヨハンと向かい合った。
「その田舎者とナヨナヨが私と一緒にクエストに出て世界中を歩き回っていた間、あなたは何をなさっていたの?ラドルフ伯領にひっこんでいただけですわね?で、ほとぼりがさめてムーンペタへ行ってみたら王国軍ががんばっていた。でも私を丸めこめばムーンブルグ全部一人占めだと思った。ちがうかしら?」
「姫、そのような」
「さっき持ってきたルビー、売り払えばムーンペタの難民の助けになったと思いません?」
「なんで私がそんなことを」
「そんなこともできないくせに、ムーンブルグ一国を背負い込むつもりだったの?おふざけにならないで」
言いながら本当にムカついてきた。ヨハンはまた、魅惑(的と自分では思っているらしい)の笑みを御披露してくれた。
「姫、女の屁理屈は度を超すと魅力がありませんよ」
屁理屈だと?胸の中で真紅の塊がふくれあがり、喉もとへせり上がってきた。が、ロイの声が耳にこだました。ちょっと落ち着け。
 アムは大きく息を吸い、またはきだした。
「ここまでで123だわ。ヨハン・ラドルフ、今すぐ口をつぐんで、国元へ帰りなさい」
「あなたの書状を携えてね。もちろんですとも」
「124。言っておきますが、あなたを婚約者にした覚えはありません」
「まだ子供だったからあなたが知らないだけで」
「125。次は子供扱いというわけ?いい加減にしてちょうだい」
「ラドルフの父も母も、新しく娘を迎える気持ちだそうです。あなたは早くに母君をなくしていましたね?女ひととおりのことはうちの母から教わるとよい。ああ、それがいい、そうしましょう」
「126!」
戦闘用の装備はない。旅装束でもない。今は紅のドレスの貴婦人姿だが、アムはそろそろ限界だった。
「もう一度言うわ。ヨハン、黙って戻りなさい。それができないなら、あなたはムーンブルグのアマランスの怒りを浴びることになるわよ」
「やれやれ、あなたには叱ってくれる目上の者が必要ですよ。そうすれば少しは」
くるっと向きを変えてアムはちょうど一歩、踏み出した。
 ざわざわざわっという音が二人を取り巻いた。二人の周囲の森の中から光る眼がいくつもこちらを見ていた。
「わっ、あれは」
「やまねずみね。あれは群れをつくって人を襲うのよ。がんばって生き残ってちょうだい」
「ひ……」
さきほどトヘロスを唱えてから127歩。この呪文の有効時間はちょうどそれだけだった。
 アムはぱしっと音を立ててヨハンの足もとに巻物を放り投げた。
「聖域の巻き物よ。その上に立っていれば、攻撃されないわ」
あわててヨハンは巻物に飛びついた。聖域の巻物はその特殊な力とともに、一度地面に張りついたらはがせないという特徴がある。
「ひ、姫、わたしも」
「私は城へ戻ります」
サマルトリア城周辺のモンスターが相手なら、一人でもどうということはない。
「気が向いたら迎えをよこしますわ。あなたが田舎者だとナヨナヨしてるだのと言った相手に助けてくださいってお願いすることね」
あたりに立ちこめるモンスターの気配の中で、ヨハンは半分泣きながら巻物の上で震えあがっていた。
 つんっと顔をそむけてアムは歩き出した。子供じみた仕返しだとわかってはいる。が、ムカつきのツボをすべて押しまくったやつにはこのくらいが妥当だった。
「第一私、イオナズンぶつけたりしてないじゃない」
心の中の従兄弟たちに向かってアムは肩をすくめてみせた。
「私は歩いただけよ。ちょうど127歩をね」