水界の覇者 8.夢見る吟遊詩人

 カデルは片手を自分の首筋にあててみせた。
「ダグランドの腰ぎんちゃくに聞いた話なんだがな、神殿強盗の件はさすがにやばすぎて、秘密を知っているものはたいてい始末したんだとよ」
「え、えと」
「ダグランドのネタは、あんた、兄弟子から聞いたんじゃない。誰かもっと、どえらい人だ」
ロッシュが言った。
「カデルだんなにしちゃ、まわりくどい言い方するじゃねえか。誰だよ?」
「これだからおめえは単純だって言うんだよ。考えてみろ、神殿強盗の犯人の名前なんぞ、おれたち水の民にしか意味のない情報だ」
酔いの回った目で、カデルはじろ、とコーラルを見た。
「誰かがあんたを使ってこのネタをわざわざおれたちに流したんだ。ダグランドをつぶすのが狙いなら、おまえはたぶん、ラグラーズの誰かの息がかかってる」
「なんだと!」
ロッシュとルドゥブレがさっと立ち上がった。
 そのとき、シャークアイが言った。
「すわれ」
 ロッシュたちは顔を見合わせたが、しぶしぶ席に戻った。
「最初はおれもラグラーズの者かと思った。だが、ちがう。理由は、しいて言うなら、匂いか。ラグラーズの人間は、心に、というのか、心の持ち方に、腐った匂いがしみついているものだ。が、こいつには、それがなかった」
シャークアイは仲間たちが納得するのを見てから、コーラルに話し掛けた。
「コーラル、おまえの鳩は、今、どのあたりを飛んでいる?」
「へ、は、いえ、見当もつきません」
「そうかな?」
にや、とシャークアイは笑った。
「北東へ飛んでいったような気がするんだがな、おれは」
コーラルはぎくっとした。
「するてえと、いまごろはコスタールですな」
とカデルが言った。
「あの鳩はたぶんコスタールの大灯台に巣を持っているんじゃないか。どうだ、コーラル?」
コーラルは、海賊たちの幹部の顔を見回して、ためいきをついた。
「いえ、あの子は代々コスタールの宮殿育ちという、根っからのお嬢様なんで」
「何の話だ?」
ロッシュがきょとんとした。カデルが笑った。
「コーラルの飛ばした鳩だ、鳩。じゃあ、あれはコスタール宮廷の伝書鳩か」
「ご明察」
コーラルは自分の竪琴を目の前に置いた。
「親兄弟こそ兵士でしたが、このコーラルはれっきとした吟遊詩人です。師匠の薫陶を得まして、今はコスタールの宮廷楽士をやっております」
マール・デ・ドラゴーンの幹部たちの目が丸くなった。
「それじゃあ、おまえ、けっこうな大物じゃねえか。なんだって海賊船に乗り込んで、しかも伝書鳩を預かって……」
「申し訳ない。すべてコスタール王のご指図です」
シャークアイはうなずいた。
「コスタール王か。あの骨太の……公然と魔王に逆らって、確か」
言葉を切ったのを、コーラルが継いだ。
「はい、王妃様を亡くされました」
「それで意気消沈していると聞いたが」
「とんでもないことでございます」
コーラルは思わず力が入った。
「王は、このさきコスタールの立つ道は、マール・デ・ドラゴーンを海軍に迎えるほかにはないと考えておいでです。が、その話をしたくても、こちらさまは神出鬼没。私が乗り込んだのは、ただ」
「現在位置を知らせるためか」
カデルの言葉にコーラルは頭をたれた。
「そのとおりです。もうしばらくすればきっとコスタール王からの使者が来ます。どうか、いろよいご返事をお願い致します」
ルドゥブレがむくれた。
「そう簡単に尻尾をふれるか。マール・デ・ドラゴーンを飼いならすつもりなら、竜の首に縄つけて飼ってみろってんだ」
オトゥールも酒の力を借りてうそぶいた。
「王からの使者がなんぼのもんだ。木っ端役人でも送り込んで来たら、たたき返してやろうぜ!」
だが、キャプテンは笑っただけだった。
「おまえたち、もうそのくらいにしておけ。とにかく疑いは晴れたわけだ。ダグランドの宝箱を開けてくれ。コーラル、おまえの王に報告する気なら、とくと見ておけよ」
カデルが呼ぶと、若い水夫たちが黒檀の宝箱をかついできた。
「もうちょい右だ、ゲレゲレ、そっと置いてくれ、ボロンゴ」
錠前を壊してふたを開けると、ラグラーズ銀貨がざくざくと入っていた。カデルはその中に手を突っ込んでかきまわした。
「ありました、キャプテン!」
銀貨の海からカデルの手がゆっくり上がってくる。その手がつかんでいるのは、かなり大きな剣の柄だった。
 長老がひっく、とつぶやいた。カデルは慎重にその剣をシャークアイに手渡した。シャークアイは鞘をはらった。
「見ろ、コーラル」
額に角、魚の下半身の海獣が二頭、柄の部分で刃を支えている。剣身は光沢があり、濡れ濡れと輝いているようだった。
「これが水の民の重宝、水竜の剣だ。水の民の長の、唯一の武器だ」
シャークアイは頭上高くその剣をかざして見せた。歓声がわきあがった。
「水の精霊に感謝を申し上げる!風の精霊に助力を請う!水の民よ、おれたちは北へ向かうぞ!」
「ヨーッ、ホーッ」
気持ちのよい夜風は、勢いを増したようだった。海賊船マール・デ・ドラゴーン号は、勢いよく北へ向かってすべりだしていった。