王宮のトランペット 第三話

 ラインハット城の内部、肖像画の回廊は、荷物を抱えた従僕や女官が行ったり来たりして、朝一番から戦場のようなありさまになっていた。
 もともとこの回廊は、左右の壁の上部に歴代国王や王妃、王子女、大公、王国宰相等々の肖像画をびっしり掲げている。何百年に一度と言う祭のために、今、廊下の端から端まで人の胸ほどの高さの展示台をずらりと並べ、そこにラインハット王家代々の重宝を安置する作業が進行していた。
「これはどこにおきますか?」
従僕が二人、大きな木箱を抱えてやってきた。役人は手にした羊皮紙の巻物を長く広げてチェックしている。
「ああ初代王妃のお使いになった宝石類だな。左から5番目の台の真ん中だ。高価なものだから、気をつけてくれ」
ふうふう言って従僕が去っていた。入れ替わりに女官がひとり、あわてた足取りでやってきた。腕から何枚も刺繍入りのタペストリを下げている。
「展示のスペースがありません!」
役人はあわてて巻き物を広げた。
「いや、まいったな。今、どこか空けるから。ええと……」
その間にも、大勢の従僕や侍女がさまざまなアイテムを持ち込んでごった返し、回廊は騒然としていた。
 後ろから声がかかった。
「おい、そこのおまえ!」
なんとも威圧的な声だった。ラインハット貴族の男性が数名、回廊に入ってきたのだった。
 従僕の一人が荷物を抱えたまま、なんとか頭を下げた。
「何でしょうか?」
「風の帽子を見たい。どこにある?」
従僕は首を振った。
「私どもは荷物を運ぶように言われただけで。どこに何をおくかは、タンズベールの伯爵様がご存知です」
そう言って、廊下の反対の端を見た。役人数名を従えたタンズベール伯爵が来客に気づいてやってきた。貴族たちは眉をしかめた。
「レンフォード殿」
穏やかな表情で伯爵は貴族たちに声をかけた。先頭の男は不満そうに肩をそびやかせた。
「クレメンス子爵と呼んでくれたまえ」
本名ランスロット・オブ・レンフォード、クレメンス家の娘と結婚して、子爵になっている。ヘンリー・オブ・ラインハットとは、6~7歳のころから犬猿の仲だった。
「失礼いたしました。このようなところにお出ましとはおそれいります。何か御用でしょうか」
子爵が答える前に、先ほどの従僕が言った。
「風の帽子を見においでです」
子爵はむっとした顔になった。
「誰が口を挟めと言った!」
しかりつけられた従僕はあわててすいません、と口走った。伯爵はその従僕にむかってなだめるような笑顔を見せ、荷物を置きに行きなさい、と手でうながした。
「風の帽子でしたら、立太子式にコリンズ様がお持ちになって、宣誓にいらっしゃる予定です。そのとき、じゅうぶん、ご覧になれますが」
立太子式にコリンズ王子が持つべきアイテムは、先日儀典長を務める伯爵と国王、宰相らがじっくり話し合って決定された。そのために、風の帽子は特別扱いということになっている。
 だが、クレメンス子爵は気短だった。
「その前に見てもいいだろう。ここで公開するはずだな?」
今夜から一日おきに城ではパーティが何回か開かれる予定だが、その間城は出入り自由となり、この回廊で王家の宝物を広く国民に公開することになっていた。
「いえ、準備中です。公開予定は明日の」
子爵の後ろにいた別の男が、進み出てぐいと伯爵を押しのけた。かなり背が高いが横幅も相当ある。でっぷり太った体にだぶだぶのほほ、しまりのない口、逆立った眉、そして何より、こらえ性のないわがままで凶暴な色あいを持った細い目の持ち主だった。
 その男、トレヴィル家のマクシミリアンという。小さいころからクレメンス子爵の腰ぎんちゃくだった。昔も肥満児だったが、今は巨体となっている。乱暴で粗野な振る舞いが多く、周囲のひんしゅくを買っていることも伯爵は知っていた。
「下々に王家の宝物を公開するくらいなら、おれたちが先に見て悪いこともないだろうが。おい、誰か風の帽子をもってこい!」
従僕たちは青い顔をになったが、動かない。
「早くしないかっ!」
「マクシミリアン殿」
伯爵は腹をすえて話しかけた。
「風の帽子は、そもそも王家に伝わる宝ですぞ。それを」
「うるさいっ」
小さな子供が地団太を踏むようなしぐさで、マクシミリアンは騒いだ。
「風の帽子が要ると言ってるんだ!」
 そのときマクシミリアンの鼻先に、突きつけられたものがあった。
「こいつのことか?」
浅い小さな、青い帽子だった。金の縁飾りをほどこし、額の鉢金の部分には金色の細工物をあてて補強してある。被ったとき耳の上にあたるところに、白い長い羽が左右それぞれの側にとりつけられていた。羽の根元は青い魔石で固定されていた。
「よう、ランス、マックス、それにテディ。おそろいでどうした?」
風の帽子は、ヘンリーの手の中にあった。
 マックスは太い指を風の帽子にかけようとした。次の瞬間、王家の宝は鼻先からかっさらわれた。
「これを展示してくれ」
そばにいた従僕に、ヘンリーは風の帽子を手渡した。
「右から3番目の展示台の真ん中に置いてくれ。下にクッションを敷くといい」
言われたとおりに帽子は展示された。展示物がすべてそろったところで、鉄枠にガラスをはめた大きな蓋を上からかぶせ、4箇所で鍵をかけた。従僕はその鍵を伯爵のところへもってきた。
 伯爵はその鍵を両手で持って差し出した。
「この鍵は、ヘンリー様がお持ちになってください」
「そうするか。これで立太子式まで、風の帽子は安全だな」
 ランスたちは喉から手が出るような表情でそのようすを見守っていた。ヘンリーはうれしそうに声をかけた。
「なんだよ、風の帽子を見に来たんだろ?遠慮するなって。おれとおまえらの仲じゃないか」
にやにやとヘンリーは笑い、子供のころから知っている三人を展示台のほうへうながした。
「さあ、ゆっくりとどうぞ。由来をご説明しようか」
ランスは憎憎しげにヘンリーをにらみつけたが、それでも展示台に近寄った。
「風の帽子は、我が王家の開祖、コリンズ一世が手に入れたものだ。まだ魔力があるんだぞ?左右の羽はキメラから採ったそうだ。コリンズ一世が使って、そのあとは王家の宝として、門外不出で保管庫に入れっぱなしだったはずだ」
伯爵も展示台をのぞきこんだ。
「何百年も城の保管庫に眠っていたとは、思えませんね」
「きれいなもんだろ?なかなか、かわいいしな。さて、もういいかな、ランス?いや失礼、クレメンス殿。今日はちょっと忙しいんだ」
 忙しいはずだ、と伯爵は思う。今回の精霊祭、大祝賀会とそれにつづく立太子式のすべてを、宰相としてヘンリーはすべて計画し、仕切っているのだった。
 もう一人の腰ぎんちゃく、テディこと、ハイゲイト殿がランスとマックスに泣きついた。
「しまわれちゃったら、手が出せないよ。帰ってなんて言えばいいんだよ」
「うるさい、黙ってろ!」
ランスは指で展示台のガラス蓋を軽くついた。
「ずいぶんあわててしまいこんだな」
「最近、物騒でね」
「それだけか、え?」
「何が言いたい?」
ランスとヘンリーはにらみあった。
「おまえの息子が立太子式で恥をかかなければいいなと言ってるんだ。コリンズ一世の風の帽子を持って宣誓できるのはコリンズ一世の血を引いた者に限る。もしもおまえが、本物のヘンリー王子じゃなかったら、おまえの息子も宣誓できないはずだからな」
ヘンリーはあきれた表情になった。
「おれがこっちへ帰ってきて、もう十年近いぞ。今さら蒸し返す気かよ!」
ランスは無視した。
「さてはきさま、立太子式で、風の帽子のにせものを息子にもたす気だな?」
「バカもやすみやすみ言え」
「それとも、盗まれたことにして、ごまかしとおすつもりか!」
「ふざけんじゃない。なあ、いいかげんに飲み込んでくれよ。おれはヘンリーだよ。おまえらとは、昔馴染で、ケンカ相手だった」
「口先だけならなんとでも言える」
「じゃ、おまえに関して覚えている昔のことを、いくつか話してやろうか」
ヘンリーは軽く腕を組んだ。
「そうだ、ほら、あのときさ、おまえたしか、おれが塔の上から落っこちたと思い込んで……」
伯爵は思わずくすりと笑いそうになった。彼らが6~7歳の悪童だったころのエピソードである。ランスは真っ赤になった。
「バカ、やめろ!」
ヘンリーは小さくせきばらいをし、口元に当てたこぶしの陰から上目遣いにランスを見上げた。
「今日は着替えを持って来てるのか、ん?」
ランスはさっときびすを返した。腰ぎんちゃくがあわてた。
「わ、なんだよ、帰るのか?」
「待ってくれよ」
マックスとテディが後を追いかける。その後ろからヘンリーの笑い声が響いた。
 伯爵は声をかけた。
「ヘンリー様、ハイゲイト殿は、妙なことをおっしゃいましたな。“帰って何て言うんだよ”とか」
ヘンリーは真顔になってうなずいた。
「ランスたちには、帰ってから報告する相手がいるってことだ」
「ことは、立太子式にかかわります。警備は厳重にするように、トム隊長に申し上げておきましょう」

 深い赤の生地で張った馬車の車内で、イリスはごとごとと揺られながら、高まる緊張にあえいでいた。今夜はお城の舞踏会だった。
 ついさきほど、義理の母と姉がめかしこんで出かけていくのを、イリスは神妙に見守り、送り出した。
「きちんと留守番していなさい、わかったね!」
若いころは美人だったそうだが今はぶざまに肥えた義母が、たかびしゃに言いつけた。
「はい、お義母さん」
「ずいぶん、おとなしいじゃない、この子?」
義理の姉のスーザンが、疑り深そうにのぞきこんだ。イリスはこの姉が嫌いだった。猜疑心が強く、被害妄想気味なのだ。今夜も“冷えないように”、と毛皮でえりをつけたコートを着こんでいる。
「うちの物を持ち出して、売り払う気じゃないかしら」
もともと、あたしのものよ!とイリスは思ったが、じっと我慢した。
「安心おし。銀の食器はみんなしまって鍵をかけたからね」
「あたしの宝石に手を出したら許さないわよ。行く前に数えておいたんだから」
いくつもないくせに。イリスは黙っていた。
「さあ、出かけようか。夜が明けちまうよ」
ドアを通り、母と姉が出かけていく。しばらく外から、姉が馬車に文句をつける声が聞こえていた。
「こんなおんぼろ馬車でお城へ行ったら、バカにされるに決まってるわ。お母さん、どうして買い換えなかったの?」
「あの小娘の食い扶持がかかったんだよ。まあ、がまんするこったね。舞踏会の大広間に入ってしまったら、馬車なんか誰も見ないんだから」
 声が聞こえなくなった瞬間、イリスはさっと立ち上がり、義母の部屋へとびこんだ。銀の食器にもスーザンのくず宝石にも用はない。義母が取り上げた、イリスの生みの母の形見、ディトン大公の血筋を証明するアイテムが必要なのだ。
「あった……」
義母のベッドの下から大きな長持ちをひきずりだし、イリスはその中から母の形見を無事、取り出した。
「これでデール様にお話しすることさえできれば、あたしの勝ちよ!」
 無我夢中で家を出て村道を走り、ラインハットの宿屋へかけこむ。レディが待ちかまえていた。小間使いが手伝って、さっさとしたくをすすめる。まもなく純白の小淑女ができあがった。
「なんてきれいなの。さあ、舞踏会に遅刻するわ。イリス、急いで」
白テンの毛皮を贅沢に使ったマントを首の周りにさっとはおり、イリスはいそいで宿の裏手に待たせていた黒塗りの馬車に乗り込んだ。
「きっと、きっと、デール様にお話して、あたし、財産を取り戻しますから」
「がんばるのよ、イリス!」
「ご恩は忘れません!」
 がたん、と音がしてイリスはわれに返った。イリスは窓からそっと外をうかがった。行く手に大きく、ラインハット城の天守閣がそびえたっているのが見えた。イリスは武者震いをした。
「デール様に財産のことをお願いするのがひとつ。風の帽子を手に入れて、奥様にご恩返しをするのがひとつ。うまくいきますように!」

 やはりイリスは、遅刻してしまったらしい。車寄せに他の客の姿はなかった。が、イリスが馬車を降りると、お仕着せ姿の従僕が現れて、慣れたようすで招待状を受け取り、毛皮のマントを預かった。
「あの、国王陛下にお目にかかりたいのですが、どちらへ行けばいいんでしょうか」
大広間へと案内されていくときに、勇気を出してイリスは聞いてみた。従僕は、慇懃だった。
「陛下は今夜、大広間にお出ましになるご予定ですから、お姿は拝見することができます。が、ご挨拶をしたいと言うお客様が多くいらっしゃいます。順番を待っていただくことになります」
 別の従僕たちが、大広間への扉を開いた。イリスは一歩中へ入り、そのまま言葉を失った。
 光と熱と、音と色彩。それがいちどきにイリスの五感に襲い掛かった。
 本当は、ふだん謁見の間として使われている部屋である。正面奥の中央に玉座を置き太い柱を周囲に配した、巨大な空間だった。
 上等な真っ白のろうそくを燭台の上に10本ばかりならべたものが部屋中に飾り付けられ、イリスが見たこともないほど明るく、輝かしく大広間を彩っている。
 大量のタペストリがむきだしの壁をすべて覆い豪華な空間をつくっていた。金の、朱の、瑠璃の、翠の、紫の、黒の、美しい色糸が、きらきらと反射している。それでさえ、タペストリの前に立ち並ぶ招待客の前には顔色ない。
 正装の婦人たちが一堂に会してかもしだす、優雅さ、晴れがましさ。やわらかく広がって床を払う長いすそ、一歩ごとに揺れる袖、小さな上靴、胸高く締め上げたウェストとこぼれるように張り出した胸、きれいに結い上げた髪、化粧の香り、ささやきかわす声や笑顔、そのすべてが、濃厚な一瞬、一瞬を生み出していた。
 彼女たちにはほぼひとりひとり、連れの男性客がついてエスコートしている。ラインハット貴族成人男子の衣装は、貴婦人に負けず劣らず華美だった。ケープをひるがえし、帽子の派手さを競い合う。白手袋をはめた手を動かすようすは、イリスの目には洗練の極みに見えた。
 それでもなお、あらゆる貴婦人、紳士にもまして、ぬきんでて輝かしい人々がいる。
「グランバニアの国王ご一家だ!」
誰かがささやいた。招待状を拾ったあの日、王宮前の広場で見た光景をイリスは思いだした。あのときの、きりりとした女戦士だろうか、あの人が。あのとき太い三つ編みにしてたらしていた髪を、冠のように頭に巻きつけている。目の覚めるような朱色のドレス姿が豪華で、同時に艶やかで、太陽のようだった。
 彼女が話をしているのは、典型的なラインハット貴族の装束を身に着けた王国宰相、ヘンリーだった。白地に青の太い縞柄に金の刺繍を入れた上下で、マリア大公妃とおそろいになっている。美しい賓客をもてなすのを楽しんでいるようだった。
 マリア大公妃も、やはりパーティに列席していた。あいかわらず少女のようにほっそりとしてかわいらしい。数日後には正式に王太子となるコリンズ王子の生みの母、将来の国母となる人だが、長い間“修道女上がり”と呼ばれて、ラインハットに昔からいる貴族には彼女と積極的につきあおうという者はいなかった。 このごろは、ヘンリー寄りの新興貴族というべき人々が急速に大公妃の回りに集まり、小さな宮廷を形作っている。だが彼女はあいかわらず堅実な姿勢を崩さなかった。
 今も、ほかならぬグランバニア国王と何か話し込んでいる。王の言ったことに小さな手を口元に当て、うふふふ、と笑い声をもらした。たいそう親しげな、なつかしそうなようすさえあった。イリスはぼうっとしてロイヤルファミリーに見とれた。
「グランバニアの国王様って」
広間の隅で楽士の一団が優雅な曲を奏でている。そのメロディにまじって、話し声も聞こえてきた。
「佳い男よねえ」
「ルーク様とおっしゃるのよね」
誰かがささやいた。グランバニア王は、背の高い、すらりとした貴公子だった。真紅のジャケットにストレートな黒のボトムをつけ、たっぷりと刺繍を施した高貴な紫色のマントで肩先をおおっている。マントをとめる金色の太いブレードから重そうなタッセルがさがり、王の動作に合わせて揺れていた。
王宮の従僕が近づいてきた。
「どうぞこちらへ。お若い方のお口に合いそうなものをとりそろえております」
 イリスと同じくらいの年頃の少女たちが集まっている一角に、彼女は案内された。他の少女たちは、保護者がいっしょに来ているらしい。イリスはぐっと肩をそびやかせた。
「あたしは遊びに来たんじゃないわ!デール様に直訴に来たんだから」
ずかずかと近寄って、きれいな少女たちに話しかけた。
「ごいっしょしてもいいかしら?」
お互いにもじもじしていた少女たちは、むしろほっとした顔になってイリスを迎えた。
「どうぞ、どうぞ」
イリスもちょっと、安心した。パーティ慣れしていないのは、どの子も同じらしい。
「あなたもコリンズ様に招待状をもらったの?」
「ええ」
丸顔のぽっちゃりした子がそう言った。
「いたずらっ子だっていううわさだけど、でも素敵な王子様だったわ」
「お目にかかるのが楽しみね」
 そのときだった。宮廷楽団が、急に今までの音楽を中断し、華やかなファンファーレを演奏した。招待客はいそいそと移動して、大扉の前に道を作った。
「いよいよだわ!」
少女たちから、興奮したざわめきが起こった。
「国王様よ!」
従僕が二人、大扉を左右に開いた。国王、デール一世が、黒い服をまとった高齢の貴婦人の手をとって広間に入ってきた。客たちはいっせいに頭を下げる。まわりの少女たちを見て、イリスは自分も腰をかがめておじぎをした。
「アデル様だわ」
大人たちがささいた。
「ずいぶんお痩せになった」
「でも、お年にしては、おきれいだわね」
デール王はまっすぐグランバニア国王夫妻のところへ来ると、親しげに挨拶を交わした。それから王座の前に立ち、人々に声をかけた。
「今夜はよく来てくれました」
王の装束はラインハットカラーの緑、ただしかなり濃いモスグリーンに金をあしらったものだった。優しそうな面立ちにふさわしく、声もとても穏やかだった。
「この城に勇者殿をお迎えし、この世の平和を祝うことができるのを、たいへん喜ばしく思っています。加えて、この祭の最後には、私の後継者が正式に決まります。この二重の慶事を、さらにここにおいでのみなさんと共に祝うならばどれほどすばらしいことでしょう。どうか存分に楽しんでいってください」
上品な歓声がわきおこった。
 イリスは、ほっとしていた。この王様なら、あたしの訴えを聞いてくださるかもしれない。ぎゅっと手を握りしめて、王座のほうへ進み出ようとしたときだった。
 恰幅のいい貴族の男性が、妻らしい夫人と連れ立って、どん、と王様のそばにやってきた。
「国王陛下、この佳き日に、ぜひともお祝いを申し上げたく……」
  しまった、とイリスは思った。その男はどう見てもおしゃべりやである。気がつくと、その男の後ろにぞろぞろと客が集まってきて列をつくってしまった。イリスはあわてて列に並ぼうとしたが、興奮で顔を赤くしている大人たちは、イリスの存在など目もくれない。ずいぶん後ろにある列の最期に並んだ、と思ったとき、さっと紳士がすべりこんだ。イリスと同じくらいの少女の手を引いている。その反動で、イリスははじきだされてしまった。
「じきじきに陛下におまえを見てもらおう」
と紳士は娘らしい少女にそう言っていた。
「きっとお気に召すよ」
「本当にコリンズ様のお后に選ばれたら、どうしようかしら!」
少女も興奮しきっている。
保護者もいないイリスを、顧みる人はいなかった。
「せっかくここまで来たのに!」
列からはみだしたイリスはがくぜんとしていた。
「あたしの勝ちだと、思ったのに」
唇を噛んで、それでも待ってみよう、と思ったとき、イリスはぞっとした。大広間の別の端から、義理の母と姉が人ごみを貫くようにしてやってくる。謁見の列に並びたいのかもしれないし、イリスを見つけたのかもしれなかった。
 とっさにイリスはきびすを返した。惨めさのあまり、顔がほてっている。大広間の出口を目指して大またに歩きながら、イリスは胸の中で何度も叫んだ。
  マスター・ドラゴン!
  どうしてあたしにだけ、こんな冷たい仕打ちをなさるのですか!