サマルトリアの城の中に見慣れない姿があった。
サマルトリアの王女マカロンは、片手をかるく握って目のあたりをこすった。
「何よあれ」
まだ若いが立派な体格、背には剣を背負っている。身にまとっている服の青はローレシアの紋章色。第一、その顔に見覚えがある。ローレシアの王子、ロランにまちがいなかった。
「パパに用があって来たらしいけど……ちがうちがう、そこじゃない」
隣国の王子がサマルトリアの王を訪問するのは別に珍しいことではない。珍しいのは、ロランの頭上に異なモノがあるということだった。
ロランは一度王の間へ入り、しばらくしてから退出してきた。マカロンは私室の扉を細く開いて、彼が通るのを待ち、後ろ姿を眺めた。
「やっぱり!」
ダッシュでマカロンは飛び出した。
「ちょっと来て!」
ロランの腕をつかむと強制的に部屋へ連れ込んだ。
「どういうこと?」
なんで王子の頭の上に犬の耳がついてるの?
どうしておしりにしっぽがついてるの?
「ムーンブルクで異変があったらしい。兵士がローレシアまで……」
ロランはとつとつと説明してくれた。
「……あの、そっちじゃなくてさ」
ロランは不思議そうな顔になった。同時に犬の耳がぺしょっと垂れた。
「陛下から、クッキー王子を伴っていけと言われた。だが王子は」
「勇者の泉へ行っちゃったものね。そっか」
マカロンは、ロランの背後をうかがった。思ったとおり、先端がくるっと巻いたふさふさの犬のしっぽが、だらんと垂れていた。
「すまん、急ぐ」
そう言ってロランは行こうとした。
耳としっぽのようすだと、だいぶへこんでいるらしかった。気持ちはあせる、だがクッキーはいないとくれば、それもしかたないと思われた。
「おっけ!あたしもお兄ちゃんを一緒にさがしに行くよ!」
ロランが振り向いた。ふりふりっとしっぽが動いた。
「危険な旅だが」
「お兄ちゃんを探すくらい手伝わせてよ」
「姫のご両親のお許しもなく……」
言葉ではためらっているが、尻尾は嬉しそうに揺れている。
「ぜんっぜん聞こえなかった!あたしも一緒に行くでいいんだよね!?」
ついにロランはうなずいた。
「やったぁ!お出かけ着に着替えてくる。ちょっと待ってて!」
こうして、大型犬王子との二人旅が始まった。
●
旅をしてみてわかったことは、ロランが本当に無口だということだった。質問すれば答えはかえってくるが、意志表示は基本的にうなずくか首を振るだけ。他の旅人や町の宿屋、商人相手ではいろいろとコミュニケーションに難があった。
だが、戦闘となると話は別だった。
「キャアッ」
動きの速い巨大ネズミが集団で襲い掛かってくる。最初の一匹に斬りつけても、残りが回り込んでくるのだ。思わずマカロンは剣を取り落とし、両手で自分の頭をおおった。
いきなり大きな手が、ネズミの長い前歯を顔ごと殴りつけた。
「王子」
ロランはもう片方の手ですばやく抜刀してネズミどもに向け、自分の身体でマカロンをかばった。ロランはモンスターどもをにらみつけている。ちゃっと音を立てて剣を構え直し、姿勢をしだいに低くして、いつでも飛びかかれる体勢をとった。
ロランの背の向こうにネズミモンスターたちがいる。あきらかにひるんでいた。最初の一匹が逃げ出すと、残りも全てそのあとを追いかけた。
「あ、ありがと」
構えをといたロランがうなずいた。片手で剣の柄をくるんと回してひと息に納刀してみせた。
――かっこつけてる。
つけてるのだが、しっぽと耳が大喜びしているので、すました顔がだいなしだった。
勇者の泉、ローレシア、再びサマルトリア、と歩いてきて、リリザの町に着いたころマカロンはロランの無口にだいぶ慣れてきていた。ロランはけっこう表情豊かなので何を考えているかわかるし、耳としっぽがたいへん雄弁なのだ。
――見えてるの、あたしだけみたい。
サマルトリアの人々も、道中ですれ違う旅人も、一人もロランの犬耳を指摘しない。珍しそうな顔にさえ出会わなかった。
リリザの宿屋で兄を見つけた時、マカロンは半分あきらめかけていた。
「あっ。いやー、さがしましたよ、ロラン王子」
なんとも明るく朗らかにクッキーはそう言った。言いながらロランに近寄り、表情をあらためてつづけた。
「キミのお父上より聞きました!ムーンブルクのこと心配ですよね。ぜひぼくもご一緒させてください!勇者の血を継ぐ者同士ともにちからを合わせましょう!」
いまだかつてない勢いでロランのしっぽが揺れる。犬耳はぴんと立ってうれしそうだった。片手を差し出しながらロランも歩み寄った。
「あっ、ひとつ聞いてもいいですか?」
とクッキーが言った。
「なんでキミの頭に犬の耳がついてるんですか?」
――言ったー!本人の前で正面から聞いちゃったよ。
我が兄ながら、漢だ。というか、「空気の読めないクッキー王子」全開だった。
ロランは不思議そうな顔になった。片手でレザーヘルメットを上からなで、次いでヘルメットを脱ぎ、黒髪に指を入れて確かめた。
実はマカロンも、犬耳としっぽにさわってみようとしたことがある。が、そこにあるのが見えるのに、手には何の感触もないのだった。
クッキーに向かってロランは首を振った。
「え~、でも、見えるんだけど」
そう言ってクッキーは顔を上げた。
「あれっ?お前まで一緒に来たの?」
「あたしも聞いたの!ムーンブルクのこと!だからせめてお兄ちゃんを探すくらい手伝いたくて。それから、しっぽもあるよ?」
「ほんと?」
と言いながらクッキーはロランの背後に回り、とくと眺めた。
「あ、ほんとだ」
ロランはとまどっていた。犬耳がしょげている。
「可哀そうだから、もうやめたげて」
「しょうがないか。ってか、お前にも見えるわけ?」
「うん。でもあたしだけ。パパとママも見えてない」
「そっか~。ま、いいや。ではこれからよろしくお願いしますね!」
マカロンの目の前で二人の王子は握手を交わした。
「いまさらだけどあたしも……!」
マカロンが差し出した手を、ロランたちはやさしく握ってくれた。
「えへへへっ!仲間って感じ!」
仲間だから見えたりしてね、とマカロンは思った。
――いやいや、あたしまたお城に戻るし、ここまでだよね。
だいぶ先になって、ようやくマカロンは本当に仲間だったと知ることになる。