雨と太陽の王国 2. 勇者の末裔~若者たちが熱狂の歓迎を受けて入城すること

 ラダトームの住民は、歓声をあげて馬車隊と3人の若者を迎えた。
 青の若者は怒っているような顔で浅くうなずくのみ、赤の少女は無表情だったが、緑の若者はにこにこして手をふっていた。
「コーネリアス隊長」
呼んだのは知り合いだった。
「ああ、トールさんか。ラッキーだったよ。もうすぐ飯が届くはずだ」
トールは、先祖代々ラダトームの歴史官をつとめる家柄だった。地味めの役職にふさわしく、控えめな男だが、機能の麻痺したこのラダトームに、“歴史の現場に居合わせなくては記録が取れない”という理由でわざわざ居残り、今は市民への配給という仕事を引き受けてくれていた。
「いえ、ちがうんです。あの方々は」
トールは、ほとんど震えるような指を三人の若者に向けた。
「ただの旅人だよ?」
「とんでもない。これからエセルリー様をお呼びしてきます。ここへとどめて置いてください」
エセルリーはもう足腰の弱った老女だが、ラダトームの歴史官の長だった。
「なんでわざわざ?」
「わかりませんか?ベルト、祭服、頭巾。あれはスプレッドラーミアじゃないですか」
コーネリアスは目をむいた。
 スプレッドラーミア、すなわち翼を広げた霊鳥である。歴史官でなくてもラダトーム市民ならば、あまりにも有名なこのエンブレムを知っていた。(*
 いくら有名でも、一般市民はこのエンブレムを身に付けることはできない。だが、三人の若者は衣服の一部にたしかにこのエンブレムをつけていた。
「みなさん、待ってください!」
城門を入ろうとした若者たちを、コーネリアスは大声でとどめた。じろりと青の若者がにらみつけた。
「ぼくたち、疲れちゃったんですが」
緑の若者も言う。
「先ほど助けていただいたことは幾重にもお礼申し上げます。しかし、ここはラダトーム。紋章の使用規則が、今なお厳格に守られております」
「それがなにか」
冷ややかに少女が言った。
「エセルリー様だ」
「あんなにおやつれになって」
ラダトーム市民はざわめいて老女のために道をあけた。白髪の上品な老女はトールにすがるようにしてやってきた。
「わたくしはエセルリー、史官の長です」
エセルリーはぜいぜいと息をついで言った。
「そのエンブレム、旅の方々、失礼ながら御身分をおあかし下さいませ」
若者たちは顔を見合わせた。
「いいじゃないよ。どっちみち?」
緑の服の少年が言う。赤の少女は艶麗な眉をひそめた。青の若者はふんとつぶやいた。
「じゃ、おまえ言えよ」
「うん」
にこっと少年は笑った。
「はじめまして、エセルリー殿。彼はローレシア王のお一人子、ロイアル王子。それからこちらが、ムーンブルグのお世継ぎ、アマランス王女、いえ、今となっては女王」
コーネリアスが気づくと、ラダトーム市民は息を呑んで聞き入っていた。
「ぼくはサマルトリア王の長男で、サーリュージュ・マールゲムと申します。ぼくたちは生得の権利によってこのエンブレムを身に付けています、と、これでいいですか?」
「さてこそ。スプレッドラーミアは、勇者ロトの末裔のみが帯びるエンブレム」
感に堪えたようにエセルリーがつぶやいた。老女の澄んだ瞳には、涙さえ盛り上がっていた。
「昔々この城にいたローラ姫様は世界を救った一人の若者に連れられ旅に出たと伝えられています。いったいあれからどれだけの年月が過ぎたでしょうか……おかえりなさいませ!わがアレフガルドに!」
 たちまち、どっと歓呼の声が沸きあがった。アマランス姫は白い頬に美しい紅潮をのぼらせ、サーリュージュ王子はえへっとつぶやいて手をふった。ロイアル王子さえ、一瞬気をのまれた様子だった。
「おお!やはりそうでしたか!ラダトームの地にお帰りなさいませっ!」
トールは叫んだ。
「諸君、道を開けてくれ。勇者の末裔がラダトームへ入城されるぞ!」
耳を聾する歓声があがった。飢えと戦にやつれてはいたが、ラダトームの市民は熱い思いで彼らを迎え入れようとしていた。
 誰かが知らせたのか、負傷した兵士たちまで飛び出して、勇者の末裔を迎えようとする。城で働く人々、避難している人々が、喜びの声をあげ、あるいは感激のあまりすすり泣いて三人を見送った。
「隊長、もしあの方々がわれわれを助けてくれれば、この包囲戦、勝ち目があるかもしれませんね」
副官がわくわくして言う。
「ああ。即戦力には違いない」
コーネリアスの心にも、再び勇気がわきあがってきたようだった。
「さあ、門をしめるぞ」
部下たちはまだ残っていた市民をどかせて門の大扉を閉めにかかった。
「おい、じいさん、居眠りか?どいてくれよ」
コーネリアスはいつも城門の隅にいる年寄りに声をかけた。もじゃもじゃの眉の下から、驚くほど鋭い眼光がのぞいた。
「ほ。起きていたわ。めったに見られるものではないでな。だが、耳が遠くなったで、名前を聞きそびれた」
「ああ、竜退治のアレフとローラ姫のお子方の末裔でいらっしゃる」
ほっほ、と老人は歯の抜けた口で笑った。
「道理でな。竜退治の殿に似ておられた」
「ロイアル王子殿下か。あの力、あの技、たしかに往古の勇者をほうふつとさせるな、って、じいさん、あんたいくつだね」
「とっくに百は越えとるよ。わしが言ったのは、あれだ。あの緑の服を着た若いののことだがね」
「ええっ?」
コーネリアスは思わず聞き返した。
「サーリュージュさまが、一番アレフに似てる?ほ、本当か?」

 ラダトーム城王の間の玉座には、一人の男がいた。
 身なりはよいが崩れた印象のある三十ばかりの男で、かなり酔っているらしかった。足元には酒の匂いのするつぼがいくつも転がっている。
「ソールガル様。またこんなところで」
トールが言うと、ソールガルと呼ばれた貴族は薄く目を開けた。
「へいかといえ、へいかと」
「お部屋へお戻りください」
「やだね。先王が逃げた以上、おれがこの国の、お、王だぞ。この玉座は座りごこちがいいんだ」
ロイアルは眉をひそめた。
「逃げた?」
トールはうなだれた。
「はい。ハーゴンを恐れるあまり」
「なんてことを!」
アマランス姫の声は鞭打つようだった。
トールは、恥ずかしそうに説明した。
「王がお逃げになったことがわかると、城に残っていた官僚も職場を投げ出して家にこもってしまいました」
「この城はモンスターの攻撃にさらされていると聞いたが」
「守備もおぼつかないありさまです。軍の主だった将官は先に戦死されていますし、残りは王にならってどこかへ隠れておいでです。今城を守っているコーネリアス殿はラダトーム城警備隊の一介の隊員だったのですが、残兵をまとめてなんとか……」
トールの声はだんだん小さくなってしまった。
「恥を知れ!」
ロイアルは言葉を吐きすてた。トールは消え入りたいような顔だった。
「今のを通訳するとね」
横からサーリュージュが言った。
「『そんなやつと親戚なんて、おれは恥ずかしい。ひら隊員や歴史官のほうがよっぽど立派じゃないか』ってことです」
トールは真っ赤になった。
突然ソールガルがわめいた。
「トール!そいつらはなにものだ?」