妖精たちのポルカ 4.隠れ煙草

 ハンナはけっこうきつい目をした子だった。上から下までじろじろとカミュを眺めていた。
「じゃあ、ハンナ、おまえいつもそのかっこしてんのか?」
はあ?とハンナは言った。
「当り前さ。だってアタイ」
「スケバンだもんな」
あやすように言われたのがくやしかったのか、ハンナは目じりを釣り上げた。
「アンタ、アタイの縄張りを盗りに来たのかい!そうなんだろ?」
別に、と言おうと思ったが、ハンナはまくしたてた。
「アタイをだまくらかそうったって、そうはいかないよっ。アンタ、こっちがわの人間だね。匂いでわかるさ。よーしっ、正々堂々、タイマンでどうだっ」
 野良猫、しかもまだ細っこい子猫が背中を丸め毛を逆立てて、一生懸命威嚇しているところをカミュは想像した。
「オレたちは旅人だ。縄張りに用はねえ。話を聞きたいだけだ」
ハンナは鼻を鳴らした。
「嘘つき」
 カミュはポケットを探った。
「菓子でも持ってりゃよかったな……なあ、あのブランコの下にころがってるの、たばこの吸い殻じゃねえ?」
ハンナは舌打ちした。
「それ、紙巻煙草だな」
煙草を生産する地域は少なくないが、刻み煙草や葉巻にすることが多い。紙巻は生産量が圧倒的に少ないもので、貴重品だった。
「夏の休みに家に帰った時、親父からくすねて来たんだ」
ハンナは素直に白状した。
「三本もらってきてよかった。ダチといっしょに試してみたんだ」
カミュはつい、口元がひくひくした。まるでキャンディを分け合うようなことを言うと思った。
 のんびりとしたチャイムが聞こえてきた。
「おい、授業始まってんぞ」
そう声をかけると、ハンナはつんとした。
「スケバンがいちいち授業に出るわけないだろ?」
「じゃ、おまえらいつも学校で何やってんだ?」
戸惑ったような顔でハンナはふりむいた。
「何ってそりゃ」
言いかけてハンナは口ごもった。
「授業さぼって?ケンカして?隠れ煙草か?」
くっくっとカミュは笑った。
「そんだけか。おまえ、けっこういい子じゃんか……」
デルカダール城地下牢でおつとめしてきた身としては、なんともほほえましかった。
「なんだよ、バカにしてんのかい!」
針のような牙をむきだして子猫がシャーっと威嚇するのを聞きながらカミュは、ロトゼタシアの別天地、メダル女学園の平和を満喫していた。
「ちょっと、聞いてんのかい!」
ベンチの上にあぐらをかいたまま、カミュはブレザーのポケットからシガレットケースを取りだして差し出した。
「ほらよ」
ハンナの威嚇がぴたりと止んだ。
「どうした?お近づきに一本どうだって言ってんだ」
おずおずとハンナはシガレットケースに近づいた。
「煙草はいいや。煙たいし臭かったし」
そのままケースをひっこめようとすると、ハンナが飛びついた。
「ちょっと待ちな!これ、プラス付きだな?不思議な鍛冶で作ったよな?」
カミュの方が驚いた。
「おまえ、知ってんのか!」
ハンナは大きくうなずいた。
「アタイのおじいちゃんがこういうの好きでさ。隠居所でとんてんかんやってんの、見たことあるんだ。アニさん、不思議な鍛冶ができるのかい!?」
突然アニさんに昇格されたが、カミュは首を振った。
「これを造ったのは相棒だ。あいつは鍛冶が好きだし、最近上手にもなってきた」
ハンナは食いついた。
「なあ、アニさんの相棒を紹介してくんねえか!アタイどうしても頼みたいことがあるんだ」
へー、とつぶやいて見ていると、ハンナはむっとしたようだった。
「ちっ、わかったよ。引き換えにアニさんの聞きたいことは答えてやるよ」
「物分かりがいいじゃねえか。そうだな、まず、おまえ、ほんとの制服持ってんのか?青いワンピに赤いリボンのやつ」
「持ってる。アタイは要らないって言ったんだけど、ばあやが勝手に荷物にいれたんだ。でもしまいっぱなしだから折りじわでくちゃくちゃだよ」
「夏冬で二着?で、赤いのはどこで手に入れた?」
「二着だよ。これは特注さ」
ハンナはちょっと得意そうになった。両手でボレロの襟を引っ張って胸を張った。
「赤の方がかっこいいし、黒リボンがクールだろ?今度刺繍いれるんだ」
「お、おう。じゃあおまえ、いつも赤服に黒リボンなのか?」
「もちろん」
カミュは大きな樹の向こうを見た。先ほどの赤い制服の女子生徒たちはまだそこにいた。カミュがいるので近寄ってこないのか、と思った。
「あいつらもか?」
ハンナが振り向いた。
「ああ、あの赤いの……」
「ダチだろ?」
「ダチってか、ありゃあファンだね、アタイの」
鼻高々にハンナは言った。
「ときどきいるのさ、ああいう、スケバンめざして形から入ろうってのが」
おまえもそうじゃねえか、と言いかけたのをカミュは呑みこんだ。ハンナの“ファン”たちは、髪型までハンナに似せているらしかった。
「じゃ、本当は何から入るんだ?」
ふっとハンナは鼻で笑った。
「決まってるさ、ハートだよ」

 教室の後方に、二人の女子生徒が並んで座っている机があった。一人は茶髪を外はねの髪型にして、なかなか整った顔立ちをしていた。そしてもう一人は、隣の少女とそっくりだった。
「あの、少しお話ししていいですか?」
とイレブンが話しかけた。片方の少女が顔を上げた。
「ああ、うわさの留学生ね。いいよ、あたし、オラル」
ソックリの顔をした隣の少女が笑顔になった。
「わたしはオレル。見ての通り双子なの」
 マルティナが加わった。
「私たち留学してきたばかりでわからないのだけど、教えてくださらないかしら?学校のことで」
オラルは長机に頬杖をついてイレブンたちを見上げた。
「教えてあげたいのはやまやまなんだけど」
後のセリフをオレルが引き取った。
「後ろにいる皆さんにお聞きになったら?」
「たぶんその方が早いし」
「皆さん、嬉しいと思うわ?」
双子だけあって、言いたいことが共通しているらしい。それを割り台詞にして交互に喋るという不思議な癖を二人は持っていた。
「わかってはいるの」
とマルティナは言った。
「でも、ちょっと、こわいかしら」
何せ、授業が終わったとたん、マルティナとイレブンはそれぞれのファンに取り囲まれるのだから。両方ともたいしたテンションだった。今も背後でうずうずしながらマルティナたちを見守っていた。
「しかたないね」
「生活が単調だと」
「留学生なんて」
「珍しくって」
 さっさとカミュが逃げ出したあと、イレブンとマルティナはなんとかインタビューをしてみようと努力していた。だが、ことごとく失敗だった。まず、二対一になれなかった。ターゲットを決めて近寄ろうとすると、まわりの女子生徒が押しかけて来る。何か質問しようものなら、ターゲットが答える前にギャラリーから正解がバシバシ飛んできた。
「イレブンさま~」
黄色い声が飛んできた。
「何かお困りでしたら、遠慮なくご相談なさって?」
「なんでもお話しますことよ?」
オラルとオレルは顔を見合わせ、同時に肩をすくめた。
 あの、とイレブンは言った。
「今、二人とも同じタイミングでやれやれ、ってやったよね。双子って、相手のことがよくわかるものなの?」
オラルとオレルは一度顔を見合わせてから大きくうなずいた。
「そうなんだ……。じゃ、もし、例えばオラルが、顔のソックリな別人と入れ替わったりしたら、オレルにはわかる?」
「もちろん。だって私たち双子なんですもの」
「逆も?」
「あたりまえ」
 マルティナはやっとイレブンの意図を理解した。
「今はお互いに違和感ないのよね?」
声をそろえて二人は答えた。
「ないわよ」
「ないよ」
 カミュが帰ってこないまま授業が始まった。ファンに捕まりたくなくて、授業が終わると同時にマルティナたちは教室を出た。
「オラルとオレルは魔物憑きじゃないわね、たぶん」
「そうだね。シルビアの言ってた名簿っていうのが来たら、チェックつけておきたいな」
「ほかにも双子がいないかしら」
「いると白確定が楽だよね。双子じゃなくても姉妹がいないかな」
マルティナは足を止めた。
「前見て、イレブン。血に飢えた獣の群れが来るわ」
こちらを見て浮き浮きわくわくしている女子生徒が数名、向かってくる。
「それ、言い過ぎかも」
「じゃ、残ったら、勇者様?」
「そんな、ひどい」
早口で話し合い、目を合わせないようにしてマルティナたちは階段を目指した。
「お待ちになって~」
マルティナたちは足を速めた。
「ほんとにしつこいわね」
二階に上がり切ってすぐに反対側の階段を数段降りて息をひそめた。
「マルティナさま?」
「イレブンさま、どちらですか?」
「いやん、見失ったわ」
「どうしましょう」
さかんに少女たちの声が聞こえた。別の声が割って入った。
「誰か探しているの?」
「ダリア、二階に留学生が来なかった?凛々しいお姉さまとサラサラ髪の王子さま」
「もうっ、またステキなレディ部にさらわれたのかしら?」
「ああいう目立つ方はすぐ招待されるのよね」
少女たちの騒ぎの後、ちょっと間をあけて同じ声が答えた。
「そのお二人なら寄宿舎の方へ行かれたような気がするわ」
え、ほんとう?と少女たちが騒いだ。
「そうよね、あなた」
少し低めの声が答えた。
「そうさ。みんな、ぼくの言うことが信じられない?」
「そんなことないわ」
「行ってみるわね」
「ありがとう、ワイズ」
くすっという笑い声に“どういたしまして”という言葉が続いた。
 どどど、と音を立てて少女たちは寄宿舎へ行ってしまった。マルティナたちは隠れ家から顔を出した。
「匿ってくれてありがとう」
そこにいたのは、明らかに上級らしい二人の生徒だった。
「たいしたことじゃない。ぼくは、ワイズ」
髪をショートにして“ぼく”と言い、美少年めいた雰囲気だが、明らかに女子生徒である。
「ダリアよ。ご災難だったわね」
もうひとりは明るいブラウンの巻き毛を長めにのばした美しい少女だった。
 マルティナは目を見張った。ワイズとダリアは似合いの一対のように見えた。まるでこの二人の周囲に目に見えない結界があるような気さえする。それほど二人は、二人だけの世界にいた。
「早く逃げた方がいいよ」
口元をほころばせてワイズが言った。
「彼女たちは執念深いんだ」
「あ、うん。そうだね」
イレブンも不思議そうに二人を見比べていた。
「まだ何か?」
「うん、あの、変なこと聞くけど」
とイレブンは言った。
「もしダリアの中身が突然別人になってしまったら、ワイズにはわかる?」
こともなげにワイズは言った。
「わかるよ」
「どうして?」
「ぼくはダリアと交わした言葉は全部覚えてる。ダリアも同じだ。だからぼくらの会話は、それを知らない人にとってはちょっとした暗号なんだ。ダリアはその暗号を使っている。これは別人にはできないよ」
ダリアはワイズの肩に手をかけ、甘えるように寄り添った。
「ふふ。あなたもね」
「ああ、その、わかったわ」
ごちそうさま、と付け加えるのをマルティナは直前で止めた。

 留学初日が終わるとパーティは校長室に集まった。
「今日一日でわかったことを、各自報告しておくれ」
とロウが言い出した。
「ええと、上級生のオラルとオレルは魔物憑きじゃないと思います。ワイズとダリアも白です」
とイレブンが報告した。
「片方は双子の姉妹、片方は、まあ親友どうしなので、相手の中身が変わったらすぐに気付くと思います」
ワイズとダリアは親友と言うよりカップルだろうと思ったが、マルティナは黙っていた。
「オラル、オレル、ワイズ、ダリアじゃな。他には?」
カミュが片手をあげた。
「この学園でスケバン張ってるハンナと、その仲間だか手下だかの二人は白だな。理由は、あいつら赤い制服に黒いリボンをしているからだ」
「名前はわかるかの?」
カミュは後頭部をかいた。
「ダチは今度確かめる。今日は、ハンナは白ってことで。そうだイレブン、ハンナがおまえに不思議な鍛冶をしてほしいってよ」
「え?何を作るの?」
「直々に頼みたいそうなんで、明日つきあってくれ」
「わかった。じゃ、きみも明日は教室にいてよ?」
う、とカミュはつぶやいた。
「どうしてもか?」
「どうしてもだよ!」
 ベロニカは両手杖の先でカミュをつついた。
「聞いたわよ、あんた、授業フケたんだって?」
カミュは気まずい表情で両手杖の先端を手で押さえた。
「ちょっと空気吸いに出ただけだろうが」
「ったく、だらしないわねえ!」
「オレは出た先で一人白確定したぞ?」
「あたしなんか、容疑者見つけたわよ?」
全員の視線がベロニカに集中した。
「何それ、凄いじゃないの!」
シルビアが両手を絞りあげた。
「教えて?誰、誰~?」
ふふん、とベロニカは胸を張った。
「名前はトキ。クラスは初級。トキは夕べ、就寝時間を過ぎても廊下をうろうろしていたらしいわ」
ベロニカは、どうよ!と言う顔になった。
「それつまり悪霊が学園に入って来た日の夜に、ってことよね。これってかなりいい線じゃないの?」
シルビアも興奮していた。
「トキは、今日はクラスに出てた?」
とイレブンは聞いた。
「ちゃんといたわ。近くで観察したけど特別変わったようすはなかったし、邪気みたいなものは感じられなかった」
そう言ってベロニカは妹を見上げた。
「明日、口実を作っていっしょにトキに会ってよ。何か感じたら教えて?」
「はい、お姉さま」
とセーニャは答えた。
「あら、でも部活動の時間ははずしてくださいませ」
「部活動?」
マルティナは思い出した。
「ステキなレディ部に入ったの?」
ぽっとセーニャは赤くなった。
「楽しかったのです~。みなさん、よい方でした。校庭の芝生の上にハンカチを広げて丸くなって座って、おしゃべりしました。学校のしきたりとか、先生方のこととか、いろいろ教えていただきましたの。途中で生徒会長のアイリスさまがおいでになって親しくお話させていただきました。あの方、とても良い方ですわ。賢くて、面倒見がよくて。メダルを拾う体操って、面白いんですよ?あと、おやつを分けていただいたので今度私も何かお持ちするってお約束をいたしました」
興奮してしゃべり続けるセーニャに、ベロニカが水を差した。
「それで、聞き込みできたの?」
セーニャはしばらくもじもじして、恥ずかしそうに白状した。
「忘れてました」
「うんうん、そうだと思ったわ」
ため息交じりにベロニカはそう言った。
「でも、まあ、ラムダでもあたしたち双賢の姉妹で特別扱いだったし、こういう感じ、けっこう楽しいかもね」
セーニャは顔いっぱいに笑顔を浮かべ、はいっと答えた。
 マルティナは心が和むのを感じていた。ウワサに聞くステキなレディ部とセーニャの部活動はずいぶん印象が違う。本人が楽しければいいか、とマルティナは納得することにした。
「セーニャ楽しそうね。私がセーニャくらいのころは、ロウさまから教えていただいた回し蹴りの習得に夢中だったわ。こんな平和な青春は、夢みたい」
確かにのう、とロウがつぶやいた。
「世が世であればデルカダール王宮で蝶よ花よと育てられていたはずの姫が、まことに不憫なことじゃった」
「すみません、ロウさま。愚痴のように聞こえましたか」
マルティナは微笑んだ。
「私は強くなりたかったのだから、これでよかったのです。第一、本当に王女暮らしだったらこの学園には入れなかったことでしょう」
 なんとなくしんみりしてしまったのを振り払いたくて、マルティナは校長に話しかけた。
「朝シルビアに聞いたのですが、この学校の名簿があるとか」
「そのことなのですな!」
と校長は言った。
「ちょうど昨夜、古い方の名簿を廃棄したところだったのです。今は新しい名簿の原稿をつくってもらうために生徒会長に資料を渡しておりますな」
「その名簿、いつごろできあがってくるんですか?」
「特に期限を切っておりませんから、もう少し先かもしれませんな。だが、次の機会にせかしてみましょう」
 誰かが校長室の扉をノックした。入ってきたのはギリアムだった。
「すいません、校長先生」
ギリアムはあわてているようだった。
「先ほど、資材管理部が襲われました。鍵を破ろうとする物音がしたので見に行ったところ、誰か逃げていきました」