妖精たちのポルカ 1.共学メダル学園

 白樺の並木道を進むと、三階建ての洋館が見えてくる。
 南のプワチャット地方こそ緑豊かな風土だが、北のメダチャット地方はむしろ岩が多くで起伏も激しい。だがその土地は荒野の中にある奇跡のようなところだった。
 その場所は高い鉄柵で囲まれ、正面入り口にはアーチ状の門が設けられている。アーチを透かして眺めるのは緑の屋根だった。左右対称に広がる広壮な館で、正面三階に円形の大窓が作られている。大窓の少し下には中央に五芒星を刻んだメダル状の飾りがあり、その下が玄関だった。エントランスは白い角柱が左右から支えていた。
 建物は薄い茶色の壁に白い窓を連ねた清楚なもので、一階の部屋にはアーチ型の窓をつけていた。二階以上の部屋からは緑のカーテンがひらひらとのぞいている。建物にはあちこちに蔦が這い、由緒を感じさせた。
 柵の内部、館の敷地内には円形の花壇があり、花壇のそばには気品のある乙女の像が建てられていた。
 花壇のあるところから館の入り口の間に広々とした庭があり、そこに少女たちが集まっていた。ただ群がっているのではなく、きちんと整列していた。
 少女たちは同じ服、ワンピースとボレロを身につけている。明らかに制服だった。紺の袖なしワンピースはスカート部分にたっぷりと襞を取り、ウェストをベルトで締めている。中に小さな丸襟のついた白い上品なブラウスを着て、襟元に赤いリボンタイを結んでいた。結び目には小さな金のメダルがついていた。年少の生徒たちは赤いリボンを巻いた丸い紺の制帽を被っている子が多かった。年長の女子生徒は髪型を自由にしてよいらしく、ウェーブをつけたり三つ編みにしたりさまざまだった。どの生徒も上着やスカートの裾には白いラインが入り、とても清楚で初々しかった。
 女子生徒たちの前に、校長らしき男性がいた。眉も髭も白い年配の小柄な男だが、くすんだ緑のローブと黄色いサッシュ、そしてショールカラーに黒い毛皮をつけた臙脂のガウンを着けている。臙脂のタッセル(房飾り)つきの学士帽を頭にのせ、キラキラした目で白い台の上に飛び乗った。
 校長の合図で少女たちはいっせいに歌い出した。
「しらかばの森にー♪こもれびの花ー♪」
校歌が終わると校長は指揮棒を振り上げ、満足そうな顔になった。また台から飛び降り、両手を広げてフィニッシュを決めた。
「はい、皆さん、よくできましたな。今日も一日ステキなレディを目指してがんばるのですな」
こほん、と校長は咳払いをした。
「さて、今日は皆さんに、ご紹介する方々があるのですな」
そう言って、背後にいた人々を手で差し招いた。
「こちらはロウ殿。魔法学の大家であり、メダル学にも非常にまことに造詣の深い方ですな。長年、当メダル女学園へご来訪を乞うていたのです。それがなんと!昨日偶然にもお弟子、客人ともども、当校へお立ち寄りくださった」
 ぽてっとした体形の小柄な年寄りが進み出た。
「ロウと申す。若人の集うこの学園にお招きを受けたことを誠に感謝いたします。この訪問が実り多きものになると確信しておりますぞ。ここで校長先生に深い感謝を申し上げることをお許しいただきたい。わしの弟子たちにこの学園で学ぶ機会を与えてくださった」
 制服の少女たちの間から、かすかなどよめきが起こった。ロウの後ろから、メダル学園の制服姿の若者が数名進み出たのだった。
「わしの弟子たちですじゃ。左からマルティナ、セーニャ、ベロニカ」
三人ともメダル女学園の制服に身を包んでいた。マルティナとセーニャは明らかに上級、ベロニカは初級と思われた。
学園の少女たちは新来の客を興味津々と観察した。
「マルティナさま、とおっしゃるのね。お髪(ぐし)が長くてすてき」
「綺麗な方ね。お姿がよろしいのは、馬術か何か嗜まれるのかしら」
「セーニャさまという方、さぞかしよいお生まれなのではなくて?」
「まあ、まつ毛の長くていらっしゃること」
「ベロニカさまと似ておいでだわ。御妹君かしら」
すらりとして凛々しいマルティナ、おっとりとして上品なセーニャ、愛らしいベロニカに、称賛のつぶやきが湧き上がった。
「そして、イレブン、カミュ」
どよめきは、はっきりとしたざわめきになった。
「男の子がメダ女に?」
「まあ、どうしましょう」
「故郷の母がなんと申しますかしら」
 現れたのは、襟に沿って白いラインのある紺のテーラードジャケットとズボンを身に着けた二人の男子生徒だった。シャツは白、襟はレギュラーカラーだが、女子と同じく赤いリボンを襟元に結び、金のメダルで留めていた。
「皆さん」
と校長が言った。
「男子生徒は非常にまことに珍しいですが、当校は交換留学の試行として、イレブン君、カミュ君を受け入れることにしたのですな。特にイレブン君はロウ殿のお孫さんであり愛弟子でもある。彼と共に学ぶことは、皆さんの向学心にとって良い刺激となることでしょう」
 イレブンと紹介された少年が一歩進み出て、会釈した。
「イレブンです。数日の間ですが、ご一緒に勉強できることを光栄に思っています。よろしくお願いします」
物おじしない口調だった。
 ま……というつぶやきがあちらこちらから湧いた。
「四、五日ということなら」
「お行儀は良い方のようですわ」
「御髪がサラサラじゃありませんこと?」
「王子さまのような方……」
「私はもう一人の方のほうが」
「ええ、どうしてかしら、惹かれてしまいます」
「皆さま、抜け駆けはいけませんわ?」
「あら夜討ち朝駆けは、この道の習いではなくって?」
 こほん、と咳払いをして校長は騒ぎを鎮めた。
「そしてもうひとかた」
校長の手招きに応じて、黒いガウンの人物が前に出た。
「ロウ殿の客人だが、私から依頼して御滞在の間、社交界デビューを目前に控えた最上級学年の、ダンスとマナーの特別レッスンを引き受けていただくことになりました。ご紹介しよう、シルビア先生なのですな!」
現れた人物は、ありふれた白いシャツに臙脂のネクタイ、ズボンという姿だが、その上にローマンカラーの黒いガウンをまとい、メダル女学園の教員と同じ金縁のインテリハットをかぶっていた。
 にこ、と微笑んでシルビアは顔の横で手を振った。
「こんにちは、皆さん」
っきゃああぁぁぁぁ……という悲鳴のようなささやきが生徒たちを熱狂に染めた。
「あのシルビア?」
「ほんとに?」
「本物のシルビアなの?」
「まちがいなくてよ!私、お父さまにサーカスへ連れて行っていただいたんだもの!」
「あら、よろしいこと。あたくしなんて、ずっとあこがれていたのに」
「どうしましょう、サインをいただけるかしら」
 ガウンのポケットから取りだした銀縁の眼鏡をかけ、慣れたようすでシルビアは話し始めた。
「ステキな学校にお招きいただいてありがとう。アタシと一緒にお稽古しましょうね。ほんの数日しかいられないけど、お約束するわ。皆さんが卒業して初めてのパーティに出たとき、最高にキラキラしたオーラを持てるようにしてあげる」
片手を腰に当て、人さし指を唇の前にたててシルビアは言い、投げキスで就任挨拶をしめくくった。
 きゃあきゃあと収まらない騒ぎの中、校長は一番前にいた生徒にひとつうなずいてみせた。
「では、アイリスくん?」
黒髪を三つ編みにして眼鏡をかけた上級の女子生徒が、うなずき返した。
「きをつけ」
生徒たちは私語をやめて体側に両手をつけて姿勢を正した。
片手を斜め下へのばし、片手を胸元に添え、アイリスは腰をかがめて一礼した。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう!」
生徒たちが一斉に挨拶した。校長は同じポーズで頭を下げた。
「はい、ごきげんよう」
女子生徒たちはうきうきしたようすで校舎へ向かった。歩きながら、交換留学生たちにちらちらと視線を投げるのも忘れなかった。

 ロウのまわりに、メダル女学園の制服を着たパーティが集まってきた。
「どう?」
とベロニカが言った。
 イレブンたちは首を振った。マルティナがため息をついた。
「みんなちゃんとリボンつけてるわね」
「くそ。ここでリボンタイをつけてないやつがいれば、それで決まりだったんだが」
とカミュがつぶやいた。
「リボン、みんな二本ずつ持ってるのよ。校長ちゃんがそう言ってたじゃない?」
とシルビアが言った。
「一本めをなくしても、二本めを結んでいるのね」
「リボンでは特定できないとすると、一人ずつ話をしてみるしかないですわね」
セーニャはそれほど落ち込んでいないようだった。
「楽しみです」
もう、とベロニカはほほを膨らませた。
「あんたたちは四人がかりで上級生クラスと話すんじゃない?あたしは一人で初級全部なんだからね?」
「初級に入れんのおまえだけなんだから、しょーがねえじゃねえか」
とカミュはつっぱねた。
「それよか、上級に四人も必要か?オレ、いなくていいだろ?」
ああっ?とベロニカが不穏な声を上げた。
「このあたしがガキどもといっしょにぴーちくぱーちくやるってのに、なんであんたが抜けていいと思ってんのよっ!」
カミュは不服そうな表情で足もとの小石を蹴った。
「だってよ~。お嬢様学校でオベンキョーなんてよ~」
いきなりイレブンがカミュの腕をつかんだ。
「裏切る気じゃないよね?!」
さきほどの爽やかさとは真逆の、凄い形相になっていた。
「きみがいなかったら、ぼくは女の子のクラスのなかでひとりきりになるんだよ?わかってるっ?」
よいではないか~とロウが言ったが、イレブンは耳に入らないようすだった。
「カミュ!」
「いや、わかるけどさ、わかるけど」
「イシの村じゃ子供は少なかったから、ぼく、女の子ってエマしかしらないんだ。それなのに、あんないっぱいの女の子に囲まれるなんて、無理。絶対無理!だから、きみもそばにいて。いいでしょ?いいよねっ?!」
イレブンは食い下がった。
「この期に及んでぼくのこと、見捨てたりしないよね?」
ほほほ、とベロニカが手を口元にあてて高笑いをした。中指が嬉しそうにぴんと伸びていた。
「ほーら、逃げ道ないわよ、勇者の相棒。男でしょ?根性出しなさいよ」
くそっと一言吐き捨て、カミュは自分の襟からリボンタイをむしりとり、メダルごとポケットに突っ込んでシャツのボタンを一つ二つはずした。ついでにブレザーの袖口を下のシャツごと、肘近くまでめくりあげた。
「わかった、教室でもどこでもついてってやるよ!その代りリボン取っていいよな?うざいし、暑いんだよ」
「アラ、もったいない」
とシルビアが言った。
「かちっとした制服姿もけっこうさまになってたのに」
「着せ替え人形じゃねえよ」
マルティナがため息をついた。
「しょうがないわね。リボンは取ってもいいけど、絶対になくしちゃだめよ?」
イレブンたちは、一瞬沈黙した。
 ロウが懐から何か取りだした。
「そうじゃ。学園へ逃げ込んだ魔物だけはリボンを一本しか持っておらん。残りの一本は、ここにあるんじゃからな」
ロウの掌にのっているのは、星の模様のある小さな金のメダルに通した学園の赤いリボンタイの、ちぎれて血に染まった残骸だった。

 岩を飛び越え、渓流を駆け抜け、大きな黒い犬が走っていた。怪鳥の幽谷を縦断するほどの距離を、黒犬は駆け通している。舌を長くたらし、激しく消耗したようすになっていた。追われているのだった。
「マルティナ!」
川の上にかかる吊橋を通過したあたりで、追跡者の一人がもう一人に向かって声をかけた。
「よう、姐御、勝負しねえか?あのワン公を先にとっつかまえたほうが勝ちだ」
マルティナは横を見た。自分と同じ速さで黒犬を追えるのは、パーティでは若い盗賊しかいない。
 グロッタの仮面武闘会予選でマルティナ・ロウ組とカミュのチームが戦って負けたのを、カミュは今でも多少気にしているらしい。事実マルティナはパーティ加入後、練習の名目で何度かカミュと試合をしていた。練習や実際の戦闘を通して、お互いの得意不得意はあるていど理解している。
「あら、坊や、十年早いんじゃないの?」
それでもカミュがマルティナに突っかかり気味なのは一種の冗談、マルティナがカミュをあしらうのも彼に合わせたノリだが、それはそれでマルティナにとって楽しくないこともなかった。結局のところ、それまでずっとロウと二人旅だったのだ。自分と年の近い旅の仲間たちは新鮮だった。
 にや、とカミュは笑った。
「言ったな?」
「ええ、言ったわよ?なんか奢りなさいね!」
叫んでマルティナは大きく跳んだ。左右を岩山にふさがれた道は大きく弧を描いている。岩越えでショートカットするつもりだった。
「ちっ」
カミュの舌打ちが聞こえてきた。
 二人が追跡しているのは、大きな黒い犬に憑りついた魔物だが、それを知らせてくれたのは、虹色の枝だった。
 ちょうどパーティは、細い渓流の奥へと分け入っていた。鳥型モンスターが大量に生息する地域だったが、怪鳥どもをあしらいながら最深部へたどりついてみると、それなりの成果があった。シルバーオーブが隠されていたのだった。
 気をよくしたパーティが戻ろうとしたとき、虹色の枝がひときわ明るく輝いた。パーティ全員が、濃い紫色の禍々しい霧が黒犬にまとわりつき吸い込まれる幻影を見た。
「もしや、ウルノーガか!」
まずロウがそう言った。
「千載一遇の好機じゃ!このあたりにおらんか」
警戒しながら渓谷を出てきたとき、黒犬は見つかった。岩の多い草原を、まるで病気のようにヨタヨタと動いていた。
「あれじゃ!」
まず、マルティナが飛び出した。背後で、え、あれは、とイレブンがつぶやくのが聞こえた。
 ウルノーガについてわかっていることは少ない。だが、人にとりついて悪事をなすこと、その際、周囲の人間を洗脳して憑依したことを隠すのでなかなかばれないこと、そして自分の周りの人間を闇にひきこむ習性があることはわかっている。滅亡した国にはウルノーガの影が射すことも多く、例えば古代プワチャット王国の宰相なども怪しいと言われていた。
「地元が近いと言うことね」
そのあたり、メダチャット地方はプワチャット地方と隣接しているのだから。
 枝を伝い、岩から岩へ跳んでマルティナは容赦なく距離をつめた。街道へ飛び出したとき、それまで見えていた黒犬が一瞬姿を消した。
「そいつ、道を曲がったぞ!」
追いついてきたカミュの声がした。
マルティナのブーツが地を蹴った。川沿いに続く白樺の並木道がある。その下を一目散に黒犬が走っていった。
「逃がさないわ」
真後ろにカミュが迫ってきたのがわかった。
「もう少しだっ」
もう白樺の並木は尽きようとしていた。その先にあるのは高い鉄柵だった。柵の向こうには広い運動場らしき空間と大きな館が見えた。
 魔に憑かれた黒犬が速度を上げた。
「あいつ、仕留めるわよ」
「おう!」
逃げ込ませてなるものか。追跡者二人の考えは一致していた。走りながらカミュがナイフを抜いた。息を整え、ナイフを構えた。
 はっ、とカミュが気合を入れるのと同時に、鋼の刃が空間を切り裂いた。ぎゃん、と吼えて黒犬の身体が空中へ舞い上がり、どさりと落ちた。
 槍を構えたマルティナがその場へばく進した。渾身の一撃はからくもかわされた。
「うっ」
とマルティナは思わずつぶやいた。血を流したまま黒犬は、執念だけで這いずり、草むらの下へ素早くもぐりこんだ。
「遠くには行けないはず。探して!」
「血の痕をたどれ!」
犬の方も必死なのだろう、意外にそれは手間取った。
「やつはどこじゃ?」
ロウたちが追いついてきた。
「この辺にいるのは確かです」
 シルビアが声を上げた。
「ちょっと、アレ!」
鉄柵の縦棒と縦棒が作るスリットを、黒っぽいものが動いていく。
「潜り込まれる!」
「追うんじゃ!」
パーティはアーチ形の門へ向かった。
「誰かおらんか、急用なんじゃ!」
 運動場から男が一人、こちらへやってきた。
「すまない、ここを開けてくれ!」
実直そうな中年男で、ありふれた緑のチュニックを身に着けていた。男はパーティをうさんくさそうに眺めた。
シルビアが声を張り上げた。
「ちょっとまずいモンスターが、ここへ入り込んだの!入れてちょうだい、お願い!」
男が顔色を変えた。
「モンスター?大変だ、校長先生を」
シルビアは洋館を指した。
「そんな暇はないの!あれは学校よね?小さい子たちが襲われてもいいの、アナタ?」
用務員らしき男は腹をくくったらしい。鉄柵の門はピンと音を立てて錠が解かれ、左右に開き始めた。
「行くわよ!」
マルティナが門をすり抜けた。
「校長先生とやらをお呼びしてくれんか。あんたに迷惑はかけんよ」
背後でロウが大人力を発揮しているのが聞こえた。
 先ほど黒犬が潜り込んだあたりは真っ先に探した。
「いたか?」
「だめ。そっちは?」
シルビア以下パーティ全員が捜索に加わっている。柵の内部には等間隔で立派な樹木が植えられ、木下闇はなかなか深かった。
「うっ」
イレブンの声だった。
「どうしたの!?」
マルティナが真っ先に駆け付けた。イレブンがかきわけた草の中には、何か横たわっていた。
「黒犬だよ。もう、死んでる」
イレブンは、黒犬の背中からカミュのナイフを引き抜いた。
「魔物は?」
ロウを含めパーティが集まってきた。ベロニカが妹に声をかけた。
「どう?」
セーニャは首を振った。
「禍々しいものは感じません。もういないと思います」
なんだ、とカミュがつぶやいた。
「仕留めたってことか?」
「そんなもんじゃないはずよ」
とマルティナは言った。
「もしかしたら、黒犬が死ぬ前に犬の身体を抜けだして別の何かに乗り移ったのかもしれないわ」
「何かって?」
とイレブンが尋ねた。
「ウルノーガはね、何にでもとりつけるの。人間を選ぶことが多いけど、それができないときは今みたいに犬でもいい。鳥や虫にだって憑けるでしょう」
パーティはなんとなく口をつぐんで周囲に視線を巡らせた。どこに魔物が潜んでいるかわからない、というのは、なんとも不気味だった。
「あの、ほんとにウルノーガなのかな」
遠慮がちにイレブンが言った。
「ウルノーガじゃなくても、命の大樹が勇者に警告したほどの相手であることは確かよ?」
「そうだね……」
イレブンは口を濁した。
「とにかく、門までもどろうかの」
とロウが言った。
「傍目で見ればわしらは侵入者じゃ。こちらの責任者に詫びを言わねば」
歩き出したとき、マルティナの視界の隅で何かが光った。手を伸ばすと、それは小さな丸いメダルだとわかった。いわゆる小さなメダルならマルティナも見たことがある。それはもっと小さく、メダルの下に赤いリボンが結ばれていた。だがリボンは乱暴に引きちぎられ、メダルには鮮血が数滴かかっていた。
 木の下からそれをマルティナは拾い上げた。
「これ、何かしら」
シルビアがのぞきこんだ。
「ねえ、これ、たった今ちぎられたんじゃない?だって、メダルの上に葉っぱが落ちてないし、まだ血が茶色くなってない、つまり新しいんだわ」
カミュがつぶやいた。
「黒犬が、いや、魔物が誰か襲ったのか。なんでそんなことを」
決まってるじゃない、とベロニカが言った。
「襲った誰かに乗り移るためでしょ!」
 がさがさと落ち葉を踏む音がした。さきほどの用務員と恰幅のいい小柄な男がこちらへやってくるところだった。
 貸してごらん、とロウが手を出した。マルティナは血のついたメダルとリボンを手渡した。
「お客さんとはめずらしい。私はメダル校長。当校に何かご用ですかな?」
ロウは無言で手を広げ、拾得物を見せた。校長の顔色が変わった。
「これは、いったい!」
真剣な眼つきでロウは校長を見た。
「わけあって我らはウルノーガなる魔物を追っております。委細隠さずお話申し上げよう。どこか、密談の出来る場所はありますかな?」