ランカークスは昼下がりのまどろみの中にあった。
村の武器屋は営業中だったが、主人のジャンクは店の奥にひっこみ、女将のスティーヌは台所で茶の支度をしている。店のほうにではなく、個人的な来客だった。
「このあたりで雷の落ちやすい場所だと?」
客はジャンクの旧知、魔族の刀工、ロン・ベルクだった。
「ああ。知らないか?」
「春の今頃は嵐になると雷も多いんだが、よく落ちる場所ってのは思いつかねえ。何があるんだ?」
ふむ、とロン・ベルクはつぶやいた。傍らで、その弟子、ノヴァが小さくなった。
「ボクが悪いんです」
やめとけ、という仕草でロン・ベルクが手を振った。
「でも。ボクがもっと上手だったら、貴重な魔晶石をムダにしたりしなかっただろうと思います」
ロン・ベルクは、大きな手で自分の額を抑えた。
「もういい。アレは魔界でも扱いが難しいものだ。おまえは人間、しかも鍛冶修行を始めてからまだいくらもたっていない」
慰められて、かえってノヴァは唇を噛んだ。
「でも!早く仕事を覚えないと、いつまでたっても……」
ノヴァは言葉を切って席を立った。
「すみません。ちょっと頭を冷やしてきます」
そう言って出て行った。
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ノヴァのかかとがふんわりと大地についた。ルーラの魔力がゆっくり薄れていく間、ノヴァはあたりを見回した。両側に崖の迫る荒野で、はるか遠くに高い山が見えた。
「どこだ、ここ?あの山は?」
ついさきほどまで、ノヴァはランカークスにあるポップの実家の武器屋の裏手にいた。たまたま来合せたポップとダイに、雷のよく落ちる場所を知らないか、と聞いたとたん、手を引っ張られ、次の瞬間、ルーラでこの荒野へ連れてこられた。
ポップは微妙な顔をしていた。
「あれはヴィオホルン山ていうんだが」
やはりおぼつかなげにダイが言った。
「ずいぶん雑草生えちゃった。どこだったっけ」
二人ともきょろきょろしていた。
「二人とも、何を探してる?」
「昔、地底魔城でのヒュンケル戦の前に、ダイと二人で練習したんだ、電撃呪文の」
「おれ、下手だったから、ポップに雨雲を呼んでもらって、いっしょうけんめい練習したよ、どっかこのへんで」
「マァムが捕まっちゃってたからぶっ続けで、え~、丸一日はやったよな」
二人とも口々にそう説明した。
「つまり、一日中雷を落とし続けた!?」
うん、と、ダイとポップは、こともなげにうなずいた。
●
「ノヴァ君、どうしたのかしら」
「焦りが出たらしい」
とロン・ベルクが答えた。
「筋がいい、とおっしゃっていませんでしたか?」
いい香りのお茶をテーブルに並べながらスティーヌが言った。
「そりゃ、普通の鍛冶屋としては、って話だ」
ロン・ベルクに代わってジャンクが答えた。
「けどノヴァ君の最終目標はそこじゃないだろう」
なにせ、名工ロン・ベルクに代わって星皇剣を造ろうというのだから。
「一度魔剣を鍛えてみたい、って坊やにせがまれてな。本物の魔石はまだ早いが、魔晶石なら、と使わせてやったのさ」
とロン・ベルクが言った。
「魔晶石は魔界産の結晶で、鋼を加熱するときに投入する。魔剣には必須の工程だ。そのためには、低めの温度から一気に高温にする必要がある。だが、地上の炉では細かい温度操作ができん」
ジャンクは状況を察した。
「地上じゃ、ふいごを使って火床の温度を操作するが、それがそもそも難しいもんだ。経験も度胸も要る。しかも低温を保持してから一気に高くしろだと?その切り替わりは?」
「炎の色や火花の出方、沸き上がりの音、あとは勘としかいいようがない。そのタイミングを覚えさせるために手持ちの魔晶石で何度か試したが、ダメだった」
「それでノヴァ君がへこんでるわけか」
「まあ、そうだ。そういうわけで、修行用の魔晶石がもう少し欲しい。魔界では落雷の場所に魔晶石が生成されることがあるから、地上でもそういう場所を掘ればでてくる可能性がある」
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本当に魔晶石があるかもしれない。ノヴァはどきどきしていた。
「そもそも、どうして魔晶石が必要なんだ?」
地面をにらんで歩きながら、ポップが尋ねた。
「魔剣を鍛えるには、鍛冶で魔石類を扱えるようにならなきゃならないんだ。魔晶石はその初歩なんだけど、ボクが下手で、いくつもだめにしちゃって」
「うちの師匠の受け売りだけどさ、魔晶石って魔界で採れるんだろ?地上にあるのか?」
「先生の話じゃ、地上に魔晶石があるとしたら、雷、しかも強烈な雷が繰り返し落ちた場所だろう、って」
少し離れたところからダイが呼んだ。
「これじゃない?」
その場所に草はなく、地面から何か固いものが飛び出していた。
「たしか魔晶石は、ちょうどこんな六角柱の結晶だったはずだ」
とポップが言った。
「ボクが扱ったのは半透明で薄紅色だった。これ、かなり近いぞ」
三人は周りの地面を掘り始めた。最後はノヴァが指で土をかき分けて、そっと六角柱の結晶を掘り出した。
「これは」
と言って、ノヴァは口ごもった。不思議そうな顔をするポップたちに向かって、申し訳なさそうにノヴァは言った。
「確かに魔晶石だけど、小さすぎるんだ。たぶん一回分くらいにしかならない」
「一回じゃ、だめか?」
「もっと練習したい。魔剣鍛冶の修行なんだ。ボクはヒトだから、寿命は先生よりずっと短いよ。だからどんどん修行を重ねて、生きているうちに星皇剣を造って、先生に見せたいんだ」
●
スティーヌは外をうかがって、ためいきをついた。
「帰ってこないわね、ノヴァ君。お二人とも先にお茶をどうぞ」
「おいおい、せっかくこいつが来てるんだ、茶ってのも」
言いかけたジャンクにスティーヌは不動の笑みを向けた。
「あなた、真昼間から吞むつもりじゃないでしょうね?」
照れ隠しの咳払いをひとつして、ジャンクは茶碗を取り上げた。
「リンゴのお菓子があったわ」
スティーヌは厨房から大皿を持ち込んできた。婦人の手のひらに乗るほどの、茶色い真四角の物体が皿の上に小積みになっている。表面がふくらんでいるので、超小型のクッションのように見えた。
「なんだこいつは?」
「揚げ菓子ですよ。生地のなかにリンゴのジャムを詰めて揚げたの。今、粉砂糖を振りますからね」
茶色の揚げ菓子が、粉雪が降ったように白くなり、甘い香りが漂った。
「このジャム、ノヴァ君にもらったリンゴで作ったんですよ。食べてもらおうと用意していたのに、残念だわ。ロンさん、お土産に持ってかえってくださいね」
「だそうだ。おまえが甘党じゃないのは知ってるが、ひとつどうだ?」
酒呑みの魔族はさぞ閉口しているだろうとジャンクは思ったが、意外なことにロン・ベルクは熱々の揚げ菓子をつまみあげ、見つめていた。
「おい、ロン?」
黙ったままロン・ベルクは揚げ菓子を指で二つに割った。金色のジャムがとろりとあふれ出した。
「どうしたんだ?」
ロン・ベルクは揚げ菓子をジャンクの目の前につきだした。
「このジャムが魔晶石だと思ってみろ。こうやってころもをつけて投入すれば、地上の炉でも低温を保てるはずだ!」
「それだ!」
二人ともガタガタと立ち上がった。
「まだ火は落としてない。鍛冶小屋へ行くぞ」
「よし、揚げ衣になりそうなものを片っ端から試してみるか!」
ちょっと、あなた、とスティーヌは声をかけた。振り返ったのはロン・ベルクだった。
「世話になった、女将。貴女のおかげだ」
「あら、まあ」
浮き浮きと飛び出していく二人を、スティーヌはぽかんとして見送った。
「まるで、新しいおもちゃを見つけた男の子みたいね。まあ、いいわ。飽きたら戻ってくるでしょ」
そう言うと、揚げ菓子をひとつつまんで口へ運んだ。
さすがのスティーヌも、まさかジャンクとロンの二人が三日三晩魔晶石を揚げ続けるとは思っていなかった。
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お~い、と声をかけてポップが走ってきた。背中に大荷物を背負い、手にもいろいろ抱えていた。
「食糧もってきたぞ~」
こっちこっち、とダイは手を振った。
「これで野宿できるね」
「ああ!ひさしぶりだなっ」
ダイとポップは、何やら楽しそうだった。
「あの、先生はなんて?」
ポップはあれから、ちょっと待ってろと言い残してルーラで実家まで往復した帰りだった。
「会えなかったから、母さんに伝言頼んできた。ノヴァが三日ばかり外泊するって伝えてくれって。おまえの先生、なんかうちの親父と二人で、鍛冶小屋で何かやってるらしいぜ?」
「いそがしいのか、先生」
ダイが肩をたたいた。
「ちょうどいいよ!今のうちにやっちゃおう」
「やっちゃうって、何を?」
ダイとポップは顔を見合わせた。お互いにうなずいた。
ポップは袖をめくりあげ、ダイはその場で肩の関節を伸ばし始めた。
「もっと魔晶石が必要なんだろ?なきゃあ、造る。それだけの話だ。ダイ、ラナリオン要るか?」
「うん、そのほうが早打ちできる」
ノヴァは耳を疑った。
「早打ち?デインの?」
「あのころより魔法力上がったからね。ギガデインでいく」
ようやくノヴァの理解が追い付いた。脳筋勇者と脳筋魔道士の二人は電撃呪文を落としまくって荒野に魔晶石を形成させるつもりらしかった。
「外泊は三日だって?」
「そうそう。そんだけありゃあ、まあいけるだろ」
「よしっ、おれ、がんばる。危ないからノヴァはちょっと下がってて」
「ちょっ……待っ……」
ノヴァの制止をものともせず、朗々とした詠唱が響いた。
「天空に散らばるあまたの精霊たちよ~」
夕焼けの赤みがかった空に、不穏な黒雲が急速に広がった。その中で何か煌めいた、と思った瞬間、稲妻と雷鳴があたりにとどろいた。
気温が下がる。大粒の雨が雑草の葉をたたく。あたりは一気に暗くなった。
「せーのっ、ギガデイン!」
稲光が閃き、ノヴァがそれまで立っていたあたりに落雷が直撃した。
「あっ、ごめん!ギガデインのほうが範囲広いんだ。もうちょっと後ろにいて」
「でも雷落ちた場所で魔晶石見つけるのはノヴァの役目な?」
かってに喉が唾液をのみこんで、音を立てた。
「わ、わかった。ボクが言い出したんだ、やらせもらうよ」
「それじゃもう一丁!ラナリオン!」
「ギガデイン!」
落雷めがけてノヴァは頭からつっこんだ。
「大丈夫っ!感電したらポップがホイミしてくれるよ」
「場合によっちゃザオラルも引き受けるぜ!」
結局それから三日間、ノヴァは電撃呪文を浴びながら走り回ることになった。。
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くたくたになったノヴァに肩を貸して、ポップはゆっくり実家の入り口の数段を上がった。
「ほんとに大丈夫?」
かごいっぱいの魔晶石を抱えてダイがついてきた。
「大丈夫じゃない……けどなんとか動ける」
だが声はか細く、足元がふらついている。
家の奥で物音がした。
「まだ休んでろ。三徹明けだぞ」
親父の声だ、とポップがつぶやいた。
「ったくおまえは、一度鍛冶場仕事を始めると夢中になっちまうところがあるよな?」
ロン・ベルクがうめき声をあげた。
「おまえだって……」
「オレはちょこちょこ休みを入れてた。なあ、仕事仲間の話じゃ、弟子ってのは可愛いもんらしい。それはわかるが、いくら愛弟子のためと言っても治りかけの腕がこんなになるまでがんばる奴があるか」
「しかたがない。オレにしてやれることはこのくらいだからな」
ため息交じりにロン・ベルクが答えた。
「魔族なら五・六百年の寿命は余裕だが、あいつは五十年ていどしか生きられない。鍛冶の仕事ができるのはもっと短い。その時間をあいつは全部オレのために使おうとしているんだ。人生そのものを差し出されているのに、いったい何を与えれば釣り合う?」
ジャンクは豪快に笑った。
「魔族のくせに肝の小さいやつだな!自分で聞いてみりゃいいじゃねえか」
いきなり部屋の扉が開いた。
入り口の真正面奥に、ロン・ベルクが座っていた。片腕を傍らの台に乗せ、ジャンクが包帯を取り換えているところのようだった。
「先生!」
ロン・ベルクは眼を見開いた。
「……」
ジャンクは笑いをこらえているようだった。
「おまえが絶句するところは初めて見たな。まあいいや。あとはよろしく」
そう言って部屋を出てきた。
「スティーヌがまた揚げ菓子を造ったぞ。食うか?」
ポップがにやりとした。
「いい匂いはお菓子か。ダイ、行こうぜ?」
「うん、行く。ノヴァ、魔晶石のかご、ここに置くね!」
三人はにぎやかに出ていってしまった。
●
あの野郎、とロン・ベルクが顔をそむけたままつぶやいた。
「先生、ボクは」
あとが続かなくてノヴァは口ごもった。
窓から春の風が流れ込んでカーテンがふわふわ動いた。風に乗って、揚げ菓子の香りやダイたちの笑い声が聞えてきた。明るい日差しが床にくっきりした影を落としていた。
「ジャンクのやつ、こっちがわを放り出していきやがった」
どうやら、片腕はまだ包帯交換が終わっていないようだった。
「ボクがやります」
ノヴァはそばに寄って、慣れた交換作業を始めた。
台の上に腕をなげだしたまま、ロン・ベルクは床の上のかごに視線を向けた。
「そいつは全部魔晶石か」
「そうです」
「よく、集めたな」
ぽつりと言われて、ノヴァの手が止まった。
――先生、ボクは、人生に釣り合うほどのものを、とっくにもらっています。
そう言いたかったのに、言葉にしたら消えてしまいそうで口にできなかった。
「……帰るぞ」
ぼそっとロン・ベルクが言った。
「だいぶ留守にした。また小屋にもどって、やり直しだ」
「はい」
指先から手首へ、肘へ、さらに肩まで包帯を巻き、ぐるぐる巻きつけて端を裂いて、ぎゅっと結んだ。
「これで大丈夫」
自分はとっくに得ている、とノヴァは思う。
言葉にしたらたぶん、霧の中で見失うようになくなってしまうもの。
隣にあなたがいるという事実。
最後にはすべて無になるとしても、輝きを失わないこの日々の記憶。
揚げ物と感電の日々を。