勇者のお仕事

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第57回) by tonnbo_trumpet

 駅前からすいすい走っていたタクシーが、いつのまにか遅くなっていた。このあたりは道路だけは立派で広いし、夏の終わりの故郷は観光客でにぎわうという事もない。それなのに前にも横にも車がいる。渋滞らしい。珍しいこともあるものだと思った。
 タクシーの運転手が無線を切って言った。
「すいません、この先の交差点で交通事故があったみたいでね」
「え」
「ちょうど帰宅時だし、こりゃ混むなあ。ちょっと回り道になりますけどいいですか」
「あ、はい、わかりました」
タクシーはのろのろ進んでから左折して脇道へ入った。
 季節はずれの同窓会に参加しようとわたしが決心したのは、先日不思議なことがあったからだった。まだ胸が騒いでいる。
「あいつ、生きてるよな」
人に言ったら笑われそうなので誰にも言っていない。中学のときの同級生が、子供の頃の姿のままで現れた、なんて。生き霊?幽霊?気がつけば幼なじみのアドレスも電番も知らなかった。卒業アルバムは実家に置きっぱなしだ。
 いやな予感ががんがんしているとき、同窓会の知らせが来ていることに気がついた。これしかない、と思いこみ、参加するとメールで知らせたら幹事から電話が来た。幹事は在学中のクラス委員だった。
「え、参加?めずらしー。いや、同窓会でクラス全員そろうって珍しいんだよ」
「そう?」
「こっちに新しくできたビストロでやるから。楽しみにしといて」
そうまくし立てる幹事に、わたしは口をはさめなかった。
 聞けばよかったのだ、あいつも来る?あいつ生きてるよね?と。でも一人だけ連絡先を聞き出すのがなんだか照れくさい、というか、理由を答えきれない。それでためらってしまった。
「"全員そろう"って言ったんだから、たぶん」
大丈夫だと自分に言い聞かせて、わたしは夕闇の迫る町の中、タクシーの中にうずくまって運ばれて行くにまかせた。
 幹事が言った店は郊外の国道沿いにあった。昔は畑とお墓、それに閉まりっぱなしの雑貨屋ぐらいしかなかったのだが、今はショッピングセンター、ファミリーレストラン、郊外型のカラオケ、大型書店、レンタルショップなどが道の両側に並んでいた。昔の薄暗い故郷を思い描いていたわたしは、周辺のまばゆいほどの明るさに目を見張った。
 車を降りるとあたりは夜になっていた。同窓会は八時から、現在二十分前。早めに仕事を終わって東京から急行に乗れば十分間に合う時間だった。あたりは田舎の夜の暗闇で、国道の両側だけが眩しい。その中を、ひときわ輝きをまとった店に向かってわたしは歩いた。
 店はほぼ全面ガラス張り。おかげで中の照明が外へあふれ出してレストランは巨大なランプシェードのように輝いていた。ガラスの内側はすっかり素通しになっていた。建物自体、まるで教会のようにてっぺんをとがらせて屋根を傾斜させている。屋根材まで透明だった。
 ○○中学同窓会という文字が店の前の黒板に書き付けてあるのを確認してわたしは店に入った。とたんに喧噪がわたしを包み込んだ。
「人数分の」
「キャンセルはできないなら」
「事故で遅れてるだけ」
「いくらなんでも」
何かトラブフルがあったようだった。大勢の人間がいっぺんにしゃべっている。中心にいるのはクラス委員だった二人の幹事だった。
「おひさしぶり、あの」
女子のクラス委員だった子がこちらを振り向いた。
「はいはい、話はあと。こっちは取り込み中なの」
挨拶も抜き。昔からこういう子だったなあ、とひそかに思う。
「座って待ってて。今日はうちの貸し切りでウェイティングバーはフリーだから、一杯やっててよ。飲めるんでしょ?」
「お互い30過ぎだよ」
「じゃ、そういうことで」
短く切り上げてまた相談に戻ろうとした。
「ちょっと待って、浩太は来てる?」
ええ?とうるさそうに聞き返した。男子の方のクラス委員だったやつが、せかせかとやってきた。一緒に幹事をやっているらしく手に席次表らしきものをもっていた。
「みんな浩太のこと聞くな」
え、と思った。見ると男子の幹事の後ろにひょろっとしたおっさん、のように見える元のクラスメートがいることに気づいた。
「深山、おまえ、なんで浩太のことを」
「朝倉……大悟、だっけ。あの」
あのう、と誰かがわりこんだ。
「村上君のことだよね?」
「おまえ、ヒロキだよな」
加藤博樹。やっと目の前の小太りと中学の同級生の顔が重なった。
 にぎやかに話し合う声、有線から流れる控えめなピアノ、グラスや皿のふれあう音。その中で三人はお互いの顔を眺めあった。
「ちょうどいいや。あんたら、前から仲良かったよね。騒がないで待ってて。ね?」
と幹事が言った。
「仲、良かった?」
卒業以来初めて会うというのに。幹事は、ん?という顔になった。
「良かったでしょ?同じゲームで遊んでたよね。はいはい、ウェイティングバーはあちら」
手で促されて、わたしたちはしかたなく場所を移そうとした。
「あ、そうだ、これ渡しとくわ」
男子のクラス委員だった幹事が、ひょいと何かを手渡した。
「何これ」
「知らん。村上……浩太からおまえらにって」
それはかなり使い込んだ形跡のある、何世代か前の、携帯ゲーム機だった。

 ウェイティングバーには元の同級生たちがいた。それぞれに挨拶したあと、三人は隅に集まり、ある意味で互いの顔色をうかがった。
 こほん、と咳払いをして加藤博樹が言い出した。
「あのさ、こんなコピペがなかったっけ」
昔からぽちゃっとした体型だった加藤は、バーの上のゲームマシンをにらんでいた。
「押入から出てきたファミコンを動かしたら、ドラクエ3の中でパーティがまだ生きていて、勇者が自分の名前、戦士と僧侶がもう離婚しちゃった父親と母親の名前、魔法使いが死んだ兄の名前だったっていうやつ」
「知ってるかも」
と朝倉大悟が言った。
「幸せだったときの家族を思い出すために、ずっとレベル上げを続けるんだよな」
「ちょ、待って」
思わずわたしはさえぎった。加藤と朝倉がこちらを見た。
「深山、思い出したか?」
「うん……」
中三の夏、たしかにわたしたちはいっしょにゲームをしていた。そろそろ進路の方向が決まり、高校はバラバラになるとわかっていた。受験で忙しい時期ではあったのだが、とにかく何か受験と関係ないことをしたくて、誰から言い出すこともなく、集まってゲームをしていた。
「村上が勇者、おれが戦士、深山が魔法使い、加藤は、商人か」
と朝倉が言った。
「スーファミだったっけ」
「ゲームボーイでもあったと思うけど、でもなんかスーファミのほうがなじんでた」
そのころのわたしたちにとってSFC版DQ3は、兄や姉がプレイしていたのをうらやましく眺めていた記憶のあるなつかしのゲームだった。
 スーファミがあったのは村上浩太の家だった。というわけで彼が勇者であり、パーティメンバーにそれぞれの名をつけ、戦闘エンカウント一回ごとにコントローラを渡して遊んでいた。コントローラを持たないメンバーも、横からさんざん口を挟んだのだ。ちょっと回復して、死ぬ、死ぬから!まだ半分あるじゃん。MPもったいないよ。あっ、こいつ火吐きやがるっ……。
「これ、DQ3かな」
おずおずと加藤が言った。
「なんで村上君はこんなものをおれたちによこしたんだろう」
沈黙がおとずれた。
「あいつ、生きてるよね」
思わずわたしは言った。ありえない早さで加藤と朝倉が反応した。
「深山さんは」
「なんでおまえ」
二人ともそのあとを口にしなかった。三人とも互いの顔を眺めていた。
「このあいだ、さ、不思議なことがあったの」
ついにわたしは口を切った。
「俺も!」
「実は、僕も」
やっぱり、とわたしは心の中でつぶやいた。
「誰から話す?」
加藤が咳払いをした。
「じゃあ、僕から」

 みんな覚えてるかどうかしらないけど、うちの祖父はずっと食品会社をやっててね。会社と言うより自営業って言ったほうが早いかな。そうだな、ここいら独特の調味料って言えばわかる?名前がややこしいから、カトウソースって言っておくね。あれを小さな古い工場で作って、それを細々と県内に卸していた。
 祖父が引退した後は伯父が跡を継いで、父は商品開発とか、叔母は経理とか、それぞれ一族の会社で仕事をしていた。当然のように僕も生まれてから同族会社に入ると決められてた。
 そこに不満があったわけじゃない。僕らの時代は就職難が目に見えていたからね。就職先があるのはいいことだぐらいに思ってたよ。東京へ行きたくなかったかって?実は、それほど。遊びに行くにはいいけど、そこで仕事するってなるとちょっとちがうと思ってた。
 ところが僕がまだ大学生のころ、専務をつとめる従兄が東京のデパートにうちのカトウソースを短期でおいてもらった。それがテレビで取り上げられたことがあったんだ。そんなきっかけでカトウソースがちょこちょこ売れ出した。なんと、アメリカのスーパーのチェーンが扱いたいって言ってきたんだ。加藤一族、びっくり。祖父に話したら、驚いて発作を起こしたくらいだよ……いや、命に別状はないよ。
 僕が会社に入って二三年して、東京に支社ができた。伯父も従兄も興奮してたよ。
「博樹、これからは攻めでいくぞ!」
って、社長(伯父のこと)も専務(これが従兄)も大騒ぎさ。
 でも僕は、いつかこけると思ってたんだ。そんなにうまくいくわけないって。
 それなのに。
「博樹、おまえ、アメリカ行かんか」
今年の夏、突然社長がそう言った。
「えっ」
としか、僕は言えなかった。
「引き合いが増えたもんで、むこうに拠点がほしくなってな」
伯父は真顔だった。
「博樹の父ちゃんも母ちゃんも、反対しないと言っていた。おまえ、向こうで、どんな味がウケるか調べてくれよ」
伯父と従兄は経営担当だけど、父と僕は商品開発担当だった。僕は当惑していた。
「僕は、何もできませんよ」
「んなことはない!」
ワンマンなところのある社長はそう言った。
「美味いものは美味いんだ。うちのソースは必ず売れる」
信念だけで売れりゃ、誰も苦労しないよ。
「博樹はあいつにそっくりだな」
伯父があいつと呼ぶのは、僕の父のことだ。
「やればできるし、能力も粘りもあるのに、いつも一歩引いてるんだ。責任とるのが怖いと、いつだか言っていた」
よくわかってるじゃありませんか、伯父さん。
「だがおまえは若い」
三十越えました。
「あとは専務に聞いてくれ。今年中に拠点を作りたいんだ」
それだけ宣言するとワンマン社長はさっさと行ってしまった。
 僕は、心底困った。僕は自分の生まれた土地が好きだ。ぬるま湯と言われても居心地がいいんだ。遊びに行くなら週末電車で東京へ出ればいいし、地元にも楽しいところはあるし、友達も少しはいるし。何より、ここでは自分が場違いだっていう気がしないし。
 自宅で一人でいるときにためいきをついていたら、従兄がうれしそうにやってきた。(ぼくんちと従兄の家と工場と会社は全部歩いて五分なんだ。)
「どうだ~、支店長だぞ、博樹」
「どうしてもいかなきゃだめですか?」
「何言ってんだ。今がちょうどいいんだよ。うちとつきあいのあるスーパーのチェーンが支店を作らないかって誘ってくれたんだから。こんなチャンス、まずないぞ」
「でも、アメリカは遠いなあ。しかも東海岸でしょ」
ぼくはそのとき自分の部屋にいた。ちょっと立って部屋の本棚から、地図を出そうとした。"ここに立てろ"、と伯父が印を付けてよこしたアメリカの地図だ。ひょいと本の間につっこんだのだからあるはずなのに、なぜか見つからなかった。僕はいらいらして本棚を探った。
 そのときだった。僕はふいにはっきりと音楽を聴いた。最初、着メロだと思った。やけに聞き覚えのある、これは……。
「博樹、どうした?」
従兄の声だった。それなのに、別の声を僕は聞いた。
「ヒロキ、どうした?」
村上君の、村上浩太の、いや、勇者コウタの声だった。
 ばさっと音がして、本棚から地図が飛び出してきた。それは広がったまま床へ落ちた。
 耳の中で、音楽が流れる。
 戦士ダイゴを先頭に、勇者コウタ、ぼく、魔法使いアカネのパーティが、新大陸を行く。
 集落がまったくない、未開の原野。吹きすさぶ風と強力なモンスターの群れ。
"ヒロキ、どうした?疲れた?"
コウタがそう聞いたのは、商人のヒロキだけレベルが低かったからだ。
"大丈夫、いけるよ"
そう答えて、ぼくらは黙々と進んでいった。耳に流れるのは、「冒険の旅」だった。
「おい博樹!」
 はっとして僕は従兄を見た。
「なんだおまえ、立ったまま寝てたのか」
「え?ええと」
従兄は手を伸ばして落ちた地図を拾い上げた。
「ほら」
僕は地図を受け取り、伯父のつけた印を眺めた。
「あ、ここだ」
僕の名がつけられるはずの、僕の町。印は、そこについていた。僕がつくりあげ、イエローオーブが発見されるはずの、ここは、ヒロキバーグだ。
 その瞬間、僕は悟った、僕はここへいくのだ、と。あのとき勇者が僕に頼んだ通りに。ここに町を作ってほしいんだ。勇者の冒険は大魔王だけど、商人の冒険は町づくりだから。
「兄ちゃん、じゃなくて、専務」
「はあ?」
僕はまっすぐ従兄を見た。
「僕、行きます。ここに店をまず、作ります」
「お?」
従兄は目を丸くし、それからやっと笑った。
「まじか。やる気になったか!」
その顔を見て、やっぱり従兄は心配していたんだと気づいた。うん、と僕はうなずいた。
「今度はしくじらない。革命なんてことにならないように、うまくやるんだ」
「革命?!」
従兄の驚き顔に僕は笑い出したくなった。
「だから、ないって。ないない!」
あはははは、と本当に僕は笑っていた。
 カトウソースを売りだす。オフィスをつくり、専門店をつくり、カトウソースを実際に食べられるレストランも、料理教室も。コウタ、っていうか、村上君、そんなのができたら、一回食べに来てくれるかな。

 加藤博樹は、片手を胸にあてた。
「"冒険の旅"はまだここに流れてる。でもあのときは本当にこの耳で聞いたんだ。村上君の声もね。なんとも不思議な話だけど、でもとにかく一回お礼が言いたい。そう思ったんだけど」
心細げに加藤の声が小さくなった。
「なんでいきなり?と思って。村上君の、あれは幻なのかな。で、その、村上君に何かあったんじゃないかって思い始めてさ」
朝倉大悟が妙な顔になった。
「その、声とか音楽とか、リアルだったか?」
「リアルに聞こえた、っていうか、聞いたんだよ、僕は」
加藤はそう言い張った。
「そうか。俺は、あいつの声を聞いたのは気のせいかもしれないと今では思ってる。けど、その、感触っていうか、体温っていうかは確かに感じた」
朝倉は咳払いをした。
「俺の話をするか」

未完