やばそう、死にそう、もうダメそう

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第56回) by tonnbo_trumpet

 小さな植木鉢が日当りのいい場所に並んでいた。一鉢に一株づつ草が植わっている。だが、ひとつひとつがまったく別の種類らしく、草の高さ、葉の形や茎からの出方などがそれぞれ違っていた。
「まいったなあ」
グランバニアの王子アイルは、途方にくれたという口調でつぶやいた。
「ちゃんと確かめないからでしょ?」
そばにいた双子の妹、カイがぴしっと指摘した。
「だって、時間がなかったんだよ。お父さんがルラムーン草はこのへんに生えてたって言うから、まとめて”えいや”ってひっこぬいてきたんだ」
ふん、とカイは鼻で笑った。
「時間がないの、誰のせい?先月からちゃんとやっておけば、時間は足りたはずよね?」
アイルは恨みがましい目で妹を眺めた。しっかり者のカイはスケッチブックを手にしていた。一番上にはタイトルがあり、「ラーバキングの研究:幼虫から蛹へ」ときちんとした字で書かれていた。気に入りのラーバキングがグランバニア城屋上庭園の花壇の日かげで変態をとげるのを、カイはこの一か月、こつこつスケッチを続けてまとめたのだ。
 はあ、とアイルはためいきをついた。
「夏休みって、一年で一番楽しい時なのになんで自由研究なんてやらなきゃならないんだっ!」
「しょうがないでしょ、宿題なんだから」
最近ますます母のビアンカに似てきた口調でカイが言った。
「とにかく観察記録をつくるなら、早く始めなきゃ」
夏休みに入って遊びまくっていたアイルは、もう日にちがないことにやっと気づいた。あわてて自由研究に選んだテーマは「ルラムーン草はいつから光るのか」。父にせがんで滝の洞窟近辺へ飛んでもらって採取してきた。ただし、夜まで待つだけの時間がなかったために、そのへんの雑草までまとめてもってきてしまったのだ。
「でも、始めらんない……」
少し泣きそうな顔でアイルがつぶやいた。
「一本も光らないんだ」
「だめじゃない!」
「うん、だめだ……」
どうしよう……魔王ミルドラースを前にしても退かなかった勇者がぐすっとしゃくりあげた。
「なにやってんだ?!」
突然遠慮のない声が割って入った。
「コリンズ君!」
幼馴染の少年が屋上庭園に立っていた。
「自由研究のつもりなんだけどさ、うまくいかないんだ」
コリンズはそばかすの目立つ顔に不思議そうな表情を浮かべた。
「じゆうけんきゅうってなんだ?」
「え、夏休みになると学校から出る宿題。コリンズ君はないの?」
「おれは学校なんて行ってねえもん。ずっと家庭教師だから夏休みもない。王太子のくせに学校行くおまえのほうがおかしいんだ」
午前中に勉強を終わらせたのでキメラの翼を使って遊びに来たらしかった。
「いいなあ。ぼくは遊べないかも」
「え~、つまんねぇ。ちゃっちゃと済ませちゃえよ」
「それができたらさあ」
アイルは妹にした説明をひとしきり繰り返した。
「なんだ、そんなの簡単じゃないか」
と、こちらは最近ますます父のヘンリーに似てきた口調でコリンズが言った。
「ルラムーン草の研究じゃなくて、今目の前にある草の観察にすりゃいいだけじゃん」
「あ、そうか」
アイルの顔が輝いた。
「コリンズ君、頭いい!」
「切れ者と呼びな」
すっかり満悦した顔でコリンズは言った。
「もう、ちゃんとしたテーマがなかったら研究にならないでしょ?」
とカイが言った。
「まず植物図鑑で調べなきゃ。草の名前もわからなかったらだめよ」
えー、とアイルは頭の後ろで指を組み合わせ、軽く唇をとがらせた。
「勝手につけちゃだめかな」
「それ、いいな!」
コリンズが悪乗りを始めた。
「じゃ、はじっこから、『やば草』、『死に草』、『怖わ草』」
「こっちのは『もうダメ草』、『やっぱイケ草』」
「『たのし草』、『難し草』!」
あははっと笑う男の子たちに、カイは顔をしかめてみせた。
「もうっ知らないから!」
そういうと、大事なスケッチブックをもって部屋へ戻ってしまった。
 自由研究がなんとかなりそうという期待だけふくらんだあげく、アイルはその日、結局一日中コリンズと遊んでしまった。夜が近づいてコリンズが小声で
「おれ、帰るけど、カイには謝っとけよな!」
と言い出すまで鉢植えのことは忘れていた。
 まあいいや、とアイルは屋上庭園に鉢植えを置きっぱなしにしてその夜は眠ってしまった。そして翌朝。
「お兄ちゃん!」
カイがベッドの中のアイルをゆすり起こした。
「すごいの、たいへんなの!早く来て」
アイルは目をこすりこすり、引きずられるようにして屋上庭園へ同行した。
「見て!」
昨日の鉢植えのひとつが、劇的に成長していた。くるんとまるまってふちがスカラップになった葉が植木鉢からあふれそうに繁茂している。そのなかにつぼみらしいものがたくさんできていた。つぼみが花開けばおそらく中心が白、はしが紫になるのだろう。今はまだホタルブクロのようなおちょぼ口の形のつぼみがたくさんついているだけだった。
「わっ、なんだこれ」
カイは植物図鑑をつきつけた。
「これ、これ!うつくし草よ」
すりつぶして飲むことで魅力をアップするという伝説のアイテムの名を、カイはほとんどうやうやしくささやいた。本当は父の従妹のドリスや母のビアンカに真っ先に知らせにいきたかったのだ。知らせるとき、胸がどきどきして言葉が出なかったらどうしようかと思うほどだったのに。
 アイルがふりむいた。開口一番、彼は笑い声をあげた。
「何その名前!」
「え?」
カイは聞き返した。
「昨日コリンズ君とつけた名前のほうがずっといいじゃん」
「はぁ?!」
アイルはしゃがみこんだ。
「えと、これが『怖わ草』だから、隣のこいつは『やば草』だったっけ、それとも『もうダメ草』だったっけ」
お兄ちゃん、と力なくカイはつぶやいた。アイルは明らかに、目の前に広がる宝の山をまったく理解していなかった。
「よっし決めた!『自由研究は草の名前の付け方』にする!」
うんうんとアイルは自分でうなずいた。
 ああ、もう、とカイは思う。この脱力感をどうしよう。やばそう、死にそう、もうダメそう。