ドラゴンクエスト牧場物語

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第53回) by tonnbo_trumpet

 寒々として、不毛の大地であった。そばに川が流れているにもかかわらず、大地は乾ききっていた。壊れて用をなさなくなった木製の柵がその場所を囲んでいた。ゆるんだ釘でかろうじてくっついている木片が、強風につれて動き、ぎぃぎぃと悲しげな音を立てていた。
「ひでえな」
と勇者フォースがつぶやいた。
 畑だったらしい場所もあるのだが、ごろごろと石が転がり、立ち枯れたらしい木の根があちらこちらに見えている。だだっぴろく、雑草だらけで、人手をかけてもらえなくなってからだいぶたつのだとわかった。
 隅の方に小屋らしきものが二つ。ひとつは明らかに畜舎で飼い葉桶や水飲み場などがあった。もうひとつがこの廃農場の主人の家のようだった。
「とりあえず、屋根はあるじゃない。今夜はあそこで寝ようよ」
別の若者がそう提案した。
「フィフス、あんた、いつもながら楽観的だな」
とフォースが言った。
「牢屋にぶちこまれたわけじゃないんだから、余裕だよ」
フィフスという紫のターバンの若者はにこにこして答えた。
 隣にいた、緑のチュニック、緑の頭巾の小柄な少年が言った。
「そうだね、前向きになろうか。暖炉が残ってたら火をおこせるかもしれないし」
「おれは魔法が使えないけど、アルス、火は起こせるか?」
青い服にゴーグルの若者がアルスに尋ねた。アルスが答える前に、つんつんと逆立ったら髪の若者が代わりに答えた。
「火打ち石ならある。けど、アロイスだっけ、魔法なしじゃ火を起こせないなんて今までどんな暮らししてたんだ?王子様か?」
「ああ」
あっさりとアロイスが言った。
「王位継承第一位の王太子だ。あんたもそうだろ、レイドックのゼクス?」
複雑な表情でゼクスは答えた。
「半分はね」
 フォースは何もいわずに廃屋のドアを押し、たたき、最後に蹴り上げた。大量のほこりをとばしてドアが開いた。
 勇者たちはぞろぞろと家の中へ入った。家具や調度品はほこりをかぶり、蜘蛛の巣がはっていた。なんとか暖炉を見つけて火を起こしたが、寒々しさ、心細さは変わらなかった。
「とんでもないとこへ来ちまった」
「モンスターはどうってことないが、食糧不足とはね」
「あっちの広場で聞いた話じゃ、"ガラリランド"とか言うらしいな」
集まった者たちは暖炉の前の床に直接すわりこんだ。
「みんな、食い物はどれだけ持ってる?」
やがて暖炉の前に堅焼きのクッキーや干し肉、乾燥果物などが積み上げられた。全員の顔がくもった。
「ちびちび食っても二三日で尽きるな」
 フォースは両手の指を天空の兜の間へつっこみ、がしがしと髪をかきむしった。
「どうしてこうなった……!」
「いや、ルーラしたらいきなり自分だけはぐれちゃって」
アルスが言うと、なんと全員がうなずいた。
「おれ、ルーラの前になんつーか、言い合いになってたんだ」
とフォースは言った。
「すっげぇくだらねえことがきっかけで言い争いになったんだけど、あっさり言い負かされた。くやしくてつい、手がでそうになって、それでまたたっぷり叱られた。むかつく!と思ったまんまルーラにはいったら、いつのまにか、こんなとこに……」
沈黙が訪れた。
 それを破ったのは、やはりフィフスだった。
「これだけのメンバーがいきなり消えたんだもの、きっと探してくれてるよ」
「……捜し当ててくれるかな」
ゼクスがつぶやいた。
「信じるしかない」
アロイスがぽつりと答えた。
「それまで生き延びないとな」
全員がうなずいた。
「火は従兄弟に起こしてもらってたけど、ウサギとか狩るのは俺の仕事だったんだ。野宿は慣れてる」
ゼクスがうなずいた。
「食えそうな木の実とか探してみよう」
アルスが顔を上げた。
「川があるなら、魚がいるかもね」
「おい、おまえら、何言ってんだ」
と、フォースは言った。
「おれたち、農場のど真ん中にいるんだぜ?てめえの食い扶持、てめえで育てようぜ!」

 魔王ピサロはにがり切った顔をしていた。
「なぜ、私が?」
「フォースがドジふんだのはフォースのせいだけど、そのことをぽんぽん怒ってしかりつけたのはピーちゃんじゃないよ」
「きさまに言われたくはないな」
言い返そうとしたマーニャの口をミネアがふさいだ。
「姉さんは黙ってて。ピサロさん、お願いします。誰のせい、とかじゃなくて、私たちじゃフォースを連れて帰れないんです」
「おまえたちの信じる竜にでも頼め」
「マスタードラゴンにできるのは世界を見守ることです。手を出すことはできないので」
「ピサロ様には御出来になりますでしょう?」
ロザリーだった。ピサロは片手を額にあてた。
「……ああ」
勝負あった。ピサロはしかたなく立ち上がった。

 光あふれる豊穣の大地であった。色鮮やかな農作物がいくつもの畑で豊かに実っている。そばの川から大量の水がひかれ、大地はかぐわしく、あふれる緑に風さえも薫った。
 農場はその地に広がり、橋でつながった隣接地まで豪快に拡大していた。農場の一郭には牛の群れがのどかに草をはみ、その足下を鶏が歩き回っている。彼らの鳴き声に楽しげな小鳥の声がまじった。牧舎は広々と築かれ、隣にきれいに改築された農家がそびえたっていた。
「なんだこれは」
とピサロがつぶやいた。マスタードラゴンが渋面でよこした情報と違いすぎる。
「作物の育たない不毛のガラリランドの、しかも貧乏で破産した農場にいるのではなかったのか」
 遠くから、おーい、と声があがった。
「ピサロじゃん。もう迎えに来たのか?早かったなー」
ピサロは目を見開いた。フォースがこちらへむかってやってくる。何がどうちがうのかわからないが、フォースはルーラからはぐれたときのフォースとはまったく違って見えた。
「きさま、……どうした?」
「どうしたもこうしたも、おれたちがんばったんだぜ?」
とフォースは言った。
「すげえだろ、この農場。アロイスとフィフスがまかせろって言うんで、つるはしを渡したんだ。そうしたら二人で岩を割って木の根っこを掘り出してがががーって土地まるごときれいにしちまった。それから鍬でがんがん耕してタネを植えられるようにしてくれたんだ」
フォースは胸を張った。
「土づくりはおれとゼクスってやつでやった。ま、おれ以外に畑仕事に詳しい奴がいてよかったよ。やつは専門は林業の方だって言ってたけど」
土づくり、すなわち土壌改良からこの農場を変えていったらしい。
「おまえたちは、そこまで……」
ピサロが絶句したのをどう受け取ったのか、フォースはにんまりした。
「いやもう、今じゃ作りすぎたもんあちこちに出荷して売りさばいてるよ。ま、こうなるまでにはいろんなとこでクエストに応じて信頼と実績を積んだんだけどな」
フォースは川向こうの隣接地を指した。
「あっちの畑で育てたもんはいい金になるんだ」
「金……?」
おう、と威勢良くフォースは答えた。
「サニーライト、スターダスト、リンカーベル、ヴァルキュリア。それだけじゃない、アルスは釣りが好きだしうまいし、鮮魚の出荷もやってる。あっちの家畜……ズーモとパカパカとココットは全部フィフスが世話してんだ。うちのブランドのミルクや卵は濃さが売りでさ!」
「ブランドだと?」
うん、とフォースはうなずいた。
「勇者じるしの美味新鮮ミルク」
ああ、そうか、とピサロは突然理解した。パーティのドジなみそっかすだったフォースは、勇者だらけのサバイバル生活に突入し、それが第一次産業中心になった結果、突然リーダーになってしまったらしい。
 フォースは輝く太陽をよけて顔の前に手でひさしを作り、それでも額に汗して生きる者の誇りをもって、にかっと笑った。