花のサマルトリア 8.紋章の謎解き

「さて、ロイの率いるクエストを占うこの占譜で、過去に位置に“星”があります。おばあさま、なんとお読みになります?」
気品のある老婦人は、一度目を閉じた。
「“星”ならば、まず希望。そして理想。これはロイヤル殿であろ。理想に燃えて旅立つ、と読むかの」
「賛成です。では、現在の位置にある“太陽”は、リーヤ叔母様?」
「ふつう、生命力を意味するカードだけど、勝利、一体感、友情も示唆するわ。しかも現在でしょ?あたしなら、仲間がそろった、と言う意味に取るわね」
アムは思わずロイと顔を見合わせた。サリューも小さな微笑をもらしている。
「すてきです。じゃ、シーラね?“月”だよ。ええと、“妨げるもの”」
シーラはしばらく考え込んだ。
「難しいわ……“月”とは、“うつろいやすきもの”の意。不安や裏切りという意味だけど、あなたたちの誰か一人が裏切るとは思えない。ならばむしろ、伏兵、そして、幻惑、とするわ。何かの幻のせいで先へ進めないのね?」
ロイがごくりとのどを鳴らした。
「そのとおりだ」
「じゃ、おまけね。このカードは、故郷や家族も暗示することがあるのよ」
アムは、額のあたりに冷や汗さえ感じている。
「次の水の紋章、つまり“節制”が“助けとなるもの”だったね」
「あたしの番よ!」
指名を待たずにカーラが叫んだ。
「簡単すぎるわ。“節制”はね、堅実さのカードよ。こつこつやること。早い話がレベル上げね」
「それであの幻を破れるのか?」
「この占いのテーマは世界がどうなるかよ。とにかく、最終予想を見てみないと」
テーブルには、4枚のカードが東西南北の方位のように置かれていたが、中央は空いていた。
「最終予想をおしえてくれるのは命の紋章なんだけど、実はこれが何のカードをあらわしているのか、ずっとわかりませんでした」
そう言ってサリューはみんなの顔を見回した。
「“命”という名前のタロットはないし、命を意味するカードは普通“太陽”で、すでに出てしまっています。けど、ひとつだけ方法がありました」
サリューはカードの束の中から、一枚を選び出した。
「これが最終予想のカードです。13番、“死神”」
それは恐ろしい絵のカードだった。墓場のようなところで、大がまを持った骸骨が立っている図である。
 アムは蒼白になるのが自分でもわかった。それでは、世界の行き着くところは……
「このカードの意味は」
カードを持ったままサリューの目は小さな妹の視線を捕らえた。
「言ってごらん、サリーアン」
サリーアンの顔はこわばっていた。
「知っているよね?」
青い顔でサリーアンはうなずいた。
「そのカードが意味するのは、死、と終末です」
「そうだよ。サリーアン」
淡々とサリューは言った。
ロイが叫んだ。
「なんでそれが、“命”なんだ!」
サリューはロイに、ちょっと笑って見せた。
「続けよう。それじゃ、サリーアン、このカードをこうやって置いたら、意味はどうなる?」
テーブル上の4枚のカードの中央に、サリューは“死神”を、天地逆に置いた。
「タロットはね、上向きか下向きかでまったく反対の意味を持つんだ。だから、上下が逆になるようにひっくり返すのは禁止なんだよ。さあ、サリーアン、意味は?」
「やっぱり、何かが終わるという意味です。でも」
サリーアンは、興奮を無理に抑えるような調子で言った。
「同時に何かが始まります。これは、再生、です」
なかばぼんやりした顔でロイがつぶやいた。
「死の反対だから、命、か」
「そうさ!終わるのは、大神官ハーゴンのほうだ。世界は再生する。新しい時代が始まるよ。だから」
もう一度サリューは、サリーアンのほうを向いた。
「だから、お兄ちゃんたちの大事なものを、返しておくれ、サリーアン」
人々の視線がサリーアンに集中した。少女は真っ赤になった。
「五つの紋章は今どこにあるの?城の中じゃ、ないんだね?」
紋章からの山彦が返ってこなかったことをアムは思い出した。
「ごめんなさい……」
サリーアンはうつむいた。
「大事なアイテムがひとつでもなくなったら、お兄ちゃんたちはもう旅に出ないと思ったの。お兄ちゃんのこと、ずっと心配だった。死んじゃったらどうしようと思って」
サリューはそっと、妹の蜂蜜色の巻き毛を撫でた。
「占譜を見たろ?”お兄ちゃんが死ぬわけないじゃないか”なんていうウソをつくのはやめようね。世界は再生するけど、ぼくたちの間に犠牲が出るかもしれない。でも、これはやらなくちゃいけないことだし、第一、犬死はしないよ。そして敵が滅んだあと自分の足で立っていられたら、いや、這ってでも、きっと帰ってくるよ」
サリーアンはしゃくりあげた。
「お兄ちゃん、ほんとね?」
「ほんとだよ」
サリーアンは兄にしがみついて、ささやくように言った。
「中庭の、あずまやのとこの旅の扉へ、投げちゃったの」

 泉守の老人はサリューたちを見るとほうきを置いて、ていねいに礼をした。アラミアの花びらを集めていたらしい。だが、花は次々と舞い落ちてきた。
 アムはあたりを見回した。あずまやの中には黒檀の宝箱がひとつ置いてあるが、中身は以前来た時にロイが取り出してしまっている。
「あの、ここに、旅の扉があるんですか?」
老人は微笑んだ。
「ございますとも。御覧なされ」
老人は空の宝箱を苦もなく横へ滑らせた。よく見ると、箱の底に車が仕込んであるらしい。ガラガラと音を立てて箱が移動すると、その下に旅の扉が現れた。
「こんなものが!ぼく、知らなかった」
サリューさえ、驚いている。
「なにぶん、長いこと使っておりませんのです。行き先は海の真ん中の孤島でしてな」
ロイが首をかしげた。
「ローレシアと似てるな。うちにも池の真ん中に旅の扉があって、行き先がザハンだからな」
「あれはたぶん、神殿行きだったんだよ」
「じゃあ、これも?」
アムが言うと、泉守の老人はひげをしごいた。
「先代の泉守から聞いたところでは、その孤島を地下へ地下へと進むと、精霊ルビス様のおわす聖地があるということでしたが」
「それだ!」
サリューが叫んだ。
「サリーアンったら、大正解だ。これを抜けた先に五つの紋章がある。ルビス様に紋章をお見せしなきゃ。予言は確かにいただいたって」
「ちょっと、サリューが言ってた、あたしたちのために占いをした人って、ルビス様なの?」
「ほかに誰がいるの?人の世を統べ運命をみそなわす精霊女神、ルビス様じゃなければ、あんな占いはできないよ」
「ま、まさか、本物のルビス様か?」
「賭けてもいい」
へっ、とロイは言った。
「何百年も前に、おれたちのためにか。これ以上、美しい女神様をお待たせしちゃ、申し訳ない。行こうぜ」
渦を巻く青い輝きが、のぞきこむロイの挑戦的な横顔に映える。アムは身震いした。冒険と死闘の日々がもうまもなく戻ってくることを、アムは強く感じ取っていた。