バード・オブ・パラダイス 7.親子鷹、天地に舞い

 あはは、とゴリアテは遠慮なく笑い声をあげた。
「子供って正直だよねぇ」
白い縁取りの青いコート、乗馬用のブーツ。十四歳のゴリアテは軽快な服装だった。
 馬揃えの翌日は、ソルティコ市内に造ったコースで競馬が行われる。創立記念祭名物、競馬式(こまくらべ)だった。
 そこは、市街コースのスタート地点にある仮設の馬小屋だった。ゴリアテはブラシを替えてこれから乗る馬の毛を梳いてやっていた。『御使い』だったときの細い中性的な体は男の身体になろうとしていた。背が伸びて、特に爪先立つこともなく、両手を馬の首に回すことができた。
 乗騎の手綱をつかんで腕を回し、馬首をブラッシングしようと背を反らせていると、腕と背の筋肉が動くのが服の上からでもわかった。肩幅が広くなり、逆三角の体型のもとができつつあった。
「いい子。いっしょにがんばろうね。あとで角砂糖あげるよ」
栗色の体毛の馬は、ゴリアテに甘えるように顔を押し付けた。
「ラニ、元気だった?」
視線だけこちらへ向けてゴリアテはそう尋ねた。
「ああ。両親と妹といっしょに見に来てた」
「妹ってエレインか。三つだったっけ。かわいいだろうな」
ぼんやりとゴリアテはつぶやいた。
――疲れてるな。
そうグレイグは思った。
 ラニをはじめソルティコの町の子供たちと遊ぶのはゴリアテの楽しみだとグレイグは知っていた。それをすべて諦めて、ゴリアテは修行にうちこんでいる。
 剣術も馬術もカルロスのクラスでは右に出る者もいないらしい。その修行の傍らで家庭教師について次期領主としての知識を吸収している。自由な時間などほとんどない。修行場で垣間見るゴリアテが時々疲れた顔になるのを、グレイグはひそかに心配していた。
 ジエーゴから、グレイグも含めて剣術大会予選を勝ち抜け、と言われて以来、ゴリアテは完璧を目指して稽古を繰り返してきた。まじめを通り越して、執着のようでさえあった。
 今回の創立記念祭の剣術大会には、グレイグもゴリアテも出場を決めている。実は予選で二人はすでに対戦していたが、今回も引き分けだった。この予選のためにゴリアテが熱心に剣の腕を磨いていたのをグレイグは知っていた。グレイグに予選で勝ち切れなかったことがショックだったのだろうか、とグレイグは思っている。
 グレイグは周りのようすをうかがった。最初のレースはもう始まっている。グレイグたちのそばでのんびりしているような者はいなかった。
「今日は勝つつもりだろ?」
とグレイグが尋ねた。
「もちろん」
と答えが返ってきた。
「その、俺が、もし」
「グレイグ!」
手綱をつかんだままゴリアテが振り向いた。
「今、妙なこと考えたね?」
グレイグは言葉に詰まった。一位を譲る、と言うつもりだったのを、ゴリアテは敏感に悟ったようだった。乙女のような柳眉を逆立ててゴリアテが言った。
「二度と言わないでよ。いいね?」
「いや、俺は、剣術大会の予選で、その……悪かった」
とグレイグは認めた。
「おまえは今の自分に満足してないんだろう。何か助けになればと思って、つい」
上目遣いにグレイグは彼を見上げた。指先の細かい傷や目元のやつれが目だった。
「先生たちはみんなお前のことを褒めているぞ。さすがゴリアテさまって。これ以上無理するなよ」
 ゴリアテは、馬の首を抱きしめ、額をつけた。
「したくて無理をやってるんじゃないよ。でも、ぼくはパパの跡を継ぐんだから、完璧でなきゃ。パパやセザールやみんなの期待を裏切らないためには、こうするしかないんだ」
とつぶやいた。
「おまえとは立場が違うが、俺にも目指すべきものはある。だから気持ちはなんとなくわかる。しかし、ほんとにそれでいいのか?おまえはちっとも幸せそうじゃない」
 ゴリアテの肩が、ちょっと落ちたように見えた。
「グレイグ、ソルティコ湾の岩を知ってる?」
何の話だと思ったが、グレイグはうなずいた。
「あそこまで泳いだことがあるぞ」
「ソルティコ湾はね、大きな岩がいくつも入り口に並んでいるから、大型船は湾内へ入れないし、出ることもできないんだ」
「そうだな」
そのため、ソルッチャ運河を通って外海へ出る船は、ソルティアナ海岸へ停泊する。
「ぼくも、同じだよ。一生ソルティコから出られない」
「おい!」
 ゴリアテが振り向いた。
「そりゃパパみたいにデルカダールへ行ったりすることはあるだろうけど、ぼくは死ぬまでソルティコの所有なんだ」
「……ずっとそんなことを考えていたのか?」
歌を忘れたカナリヤは、小さくうなずいた。
 仮設馬小屋の外から足音が近づいて来た。
「第三レースへ参加する騎手は集合してください!」
グレイグは装備を手にして立ち上がった。
「行こう。俺には難しいことはわからないが、馬に乗ってかっ飛ばすと、気持ちがすーっとするぞ」

 競馬式ことソルティコグランプリの第三レースのために、選抜された騎手たちが乗騎を引いてスタートラインへそろった。レースのコースは、町の中の道路がそのまま使われている。道の両側にはひいきの騎手を見ようと客がつめかけていた。本格的な競馬場ならサマディーの王立レース場があるが、ソルティコグランプリは目と鼻の先を馬と人が蹄の音も高らかに駆け抜けていく、その臨場感が人気だった。
 今、六騎が一線上に鼻先をそろえ、合図の旗がふりおろされるのを待っていた。グレイグは第二コース、二騎をはさんで第五コースがゴリアテだった。
 ゴリアテは落ち着いているように見えた。背筋を伸ばした騎乗姿はとても凛々しく、スタートを見守る観客から黄色い声が飛んでいた。
「三、二、一」
カウントダウンの間、騎手たちは前傾していく。グレイグにも鞍の下の馬体がうずうずしているのが伝わってきた。
「スタート!」
今まで抑えていたグレイグが手綱を解放したとたん、馬の方が飛びだした。
――第一セクターは、ポール・ネルセンを出て坂道を上がってからルー・ブランシェをほぼ直進、別荘地を大きく回り込んでから第二セクターにはいる。
と、レース前に土地っ子のゴリアテがコースを説明してくれた。ルー・ブランシェへの坂道が見えるまで、グレイグは独走した。坂道へ入る角を曲がろうとしたとき、その内側を凄い勢いで駆けぬけていく馬があった。もちろんゴリアテだった。
「どこが疲れてるんだ!?」
あわててグレイグは追いかけた。大通りのストレートの間に並べるか、と思ったのだが、どんどん差が開いていく。
――第二セクターは領主館のある岩山“ラロッシュ”へ向かっていき、ぐるっと回って市街へ戻るけど、このセクターの途中に難所のローズヘアピンが来るよ。
 グレイグは体をカーブに沿って傾け、馬が飛ばしたがるのにまかせた。ヘアピンカーブに見えてきた。グレイグは手綱を絞った。いきなり後ろから別の馬があがってきた。
――ヘアピンカーブを回るには減速しなけりゃならないけど、そこでガンガン抜かれるから覚悟してね。
グレイグが歯ぎしりするほどゴリアテの忠告は当たっていた。
――ラロッシュから戻ってきたらブールバールをまっすぐ走って港へ向かって大きな曲がり角。
ようやく視界がクリアになった。海に沿って続く道は小さなシケインがいくつかあるものの、ほとんど直線になっている。
「行くぞっ」
馬を急き立てると加速が始まった。
 前を行く馬を次々と抜き返していくのは爽快だった。教会を過ぎたあたりでようやくゴリアテの背が見えてきた。白い縁取りの青い門下生の制服の背で結んだ黒髪が躍っていた。
――そこから港の先端をぐるりと回ってスタートだったところへ戻ってゴール。
 港周回コースに入った時は、再びグレイグとゴリアテの一騎打ちの様相になっていた。自分が来たことにあいつは気付いている、とグレイグは思った。ゴリアテの身体が前に傾き、膝できつく馬腹をはさんでいる。
 一位を譲る約束などしなくてよかった、とグレイグは思った。無性に勝ちたい、負けたくない。こうやって競っていると、わざと負けるのは冒涜のように思えた。
 ゴリアテが馬をせかした。ゴリアテもたぶん、勝つつもりなのだと思った。グレイグも、もうカーブで減速などしなかった。海へつっこむ勢いで先頭を追いかけた。
 ついに馬首が並んだ。視線を向ければ横顔が見えるだろう。しかしグレイグの視界は中央しか見えない。視界の四隅は風景が流れ、ぼやけていた。
 スタート地点だったところがゴールになっていた。レース係が大きな旗を高く掲げて一着を待っていた。
「行けっ、行けっ」
馬は四肢を大地から離し、文字通り飛ぶように走っていく。二頭の馬はほとんど同時にゴールラインを越え、チェッカーフラッグが激しく振り下ろされた。
 はぁはぁと呼吸しながらグレイグは、勢い余った馬が走るに任せた。どちらが一着だったかわからない。ソルティコ全体が大歓声に沸くのをグレイグは他人事のように聞いた。だが、ひどく満足した気分だった。横からゴリアテが馬を寄せてきた。
「いっちゃく、ゆずるって、言わなかったか?」
本気ではないらしく、激しい呼吸の合間にくすくす笑っていた。
「そっちが、ことわった、くせに」
こっちも笑いながら答えた。
「だいたいおまえ、疲れてるんじゃなかったのか」
まだ荒い呼吸のまま、ゴリアテは気取ったしぐさで手を振った。
「レースぐらい、朝飯前さ」
グレイグはにやにやした。
「くたくただろ?」
「そっちだって!」
いつのまにか二人とも馬上で、声を上げて笑っていた。
 それは素晴らしい一日だった。翌年の競馬式は出走するレースが別々だったのでグレイグがゴリアテと馬を競うのはその先ずっとなく、サマディー王立レース場のブラック杯を待つこととなる。

 あのレースから、なんとなくゴリアテは変わった。真面目なのは相変わらずだったが、少し余裕ができているように見えた。少なくとも、昔のように笑うようになった。
 数か月後、ゴリアテは十五になった。三歳違いのグレイグは十八で、デルカダール王から修行の期限として与えられた五年間はまもなく過ぎ去ろうとしていた。
「今年の剣術大会が最後のチャンスだね」
とゴリアテは言った。
「そうだな。俺もお前に勝ってからデルカダールへ帰りたいな。手加減はしないぞ」
今日は二人とも木剣ではなく、真剣を装備していた。グレイグの得物は刃渡りが長く刀身の分厚い長剣、ゴリアテは細身の剣だった。
「それでいいよ。今日、あとで時間があったらさ……」
「おう。いつものところでな」
自分の番を終えて戻ってきたアルノーが、呆れたような顔になった。
「傍から聞いてると、まるで逢引きの約束だな」
「自主練習だぞ?」
とグレイグが答えた。
「わかってるよ。あんたら二人は、あんたら以外に実力のあう練習相手がいないんだから」
三人の会話は小声だった。彼らがいるのは、剣術の屋外練習場の石畳の上だった。周囲には、ボネ師範代が教える門下生たちが真剣を装備して立っていた。
 ボネが振り向いた。
「アルノーの次はグレイグだ。準備してくれ」
はい、と答えてグレイグは歩き出した。
 ソルティコの空は、その季節には珍しく雲が出ていた。太陽の眩しさがないのは模擬戦にはよい条件と言えた。その日、ボネのクラスは師匠ジエーゴからじきじきに指導を受けていた。ゴリアテも十五になって、ボネ師範代のクラスに進級している。かつてのグレイグがそうであったように、最年少にして並み居る年長の弟子たちを剣で圧倒していた。
 グレイグは待機しているクラスを振り向いて見た。ゴリアテはひときわ抜きんでて見えた。
 煌びやかなオーラは、小さい頃から変わらない。だが、生半可にゴリアテに引き寄せられると手痛い返しを食らうことが知れ渡って以来、彼の周辺はそれなりに静かだった。
 あれから数年、ゴリアテ自身も剣士の名にふさわしい成長を遂げている。門下生の青い制服の腰に片手剣を佩き、じっと父の指導をゴリアテは眺めていた。いつか騎士団長になるために、ゴリアテは父をも凌駕しなくてはならないのだった。
 ジエーゴはだいたい月に一度の頻度で門下生に直接稽古をつけていた。ジエーゴの教え方は実戦的だった。門下生を相手に真剣で、一対一で試合を行い、長所を褒め、短所を指摘する。そのため昼の休憩をはさんでかなり長時間ジエーゴは戦っているのだが、ほとんど疲れを見せていない。指導も注意もあいかわらず雷のような大声だった。
「グレイグ、前へ」
ボネに呼ばれて、グレイグは進み出た。
 修行を始めてから五年が経過していた。もともと体格では年長者にひけをとらなかったが、十八歳現在、身長も胸板の厚みもぐっと増している。トレーニングの結果強靭な筋肉を身につけていた。その膂力を生かして得物は重めの長剣を好み、盾を併用する。打たれ強く、相手の攻撃に耐えて前進し、強烈な一撃で屠る戦法を得意としていた。
「グレイグさん、がんばれ!」
ボネのクラスにあとから入ってきた門下生たちがはやしたてた。グレイグは気持ちを引きしめた。
「おう、次はグレイグか。おもしれぇ」
にやりとジエーゴは笑い、背後にいるボネにむかって片手をつきだした。何も問わずにボネは片手剣を手渡した。左右に一振りずつ、二刀を装備して戦うのがジエーゴ本来の戦闘スタイルだった。
「お願いします!」
挨拶と同時にグレイグは身構えた。
 構えた盾に、いきなりきつい衝撃がきた。なんとか踏みとどまり、グレイグは反撃した。
 現在グレイグの本気の一撃を支え切れる剣士は、ボネのクラスのみならず門下生全員を見渡しても多くはない。だが、ジエーゴは交差させた二刀の間にグレイグの剣をはさむように受け、ひと呼吸で弾き返した。グレイグはのけぞりそうになった。
「一撃の重みが以前よりましになったか。よしよし、そのガタイなら、そう来なくちゃな」
唇の端をもちあげて、にぃとジエーゴは笑った。
「さてと、守りの方を見せてもらうとするか。行くぜぃ!」
二刀の刃がグレイグめがけて降りそそいだ。
 グレイグは、守備を盾に頼るスタイルなので今はとにかく防ぐしかない。だが一撃一撃が重く、しかも速く、予想できないところへ不意に放たれる。グレイグはなんとか反撃できないかとじたばたした。
 盾を持つ手がしびれてきた。このままでは、と思ったグレイグは、持ち手からそっと腕を抜き、ジエーゴめがけて盾を投げつけた。
「おっ?!」
きれいに身をかわしたジエーゴの二刀を、グレイグは長剣の剣身で弾いた。にっとジエーゴが笑った。
「ようし、それでいい!」
盾を持たない分、剣をすばやく動かすことができる。少しだけ広くなった視界で、師匠の動きを観察して次の一撃を予想することもできた。
 頭で考えるより手の方が早く動いた。一撃一撃をしっかり防御しながらグレイグは何度か剣を振るった。今のグレイグの身長はジエーゴをしのぐ。頭上から振り下ろす攻め技に切り替えた。何度か外されたが、タメにかかる時間を削り勢いをつければ……。
――いけるかもしれない!
 激しい金属音が鳴った。ジエーゴの剣がグレイグの剣と組みあった。グレイグは全身を緊張させて師匠の出方を待った。
 よし、とジエーゴがつぶやいて剣を引いたとき、グレイグは膝から崩れそうになった。
「悪くねえ。いや、それどころか、俺は今、本気で攻めたんだぞ。ここまでやって持ちこたえるやつはソルティコ騎士団にもめったにいねぇ」
はっはっはとジエーゴは磊落な笑い声をあげた。
「最後の上段からの攻撃、あれは良かったぞ。もうちょい工夫してみな」
そう言って踵を返した。ジエーゴはあまり疲れたようすでもなかった。
「ありがとう……ございまし……」
 ふらふらのグレイグがさがると、その日最後の指導となる弟子が進み出た。
「ドンケツはおめぇか」
ジエーゴはにやりとした。
 ゴリアテはグレイグには及ばないものの背が高くなり、手足にも体幹にも綺麗に筋肉がついている。大きな目は変わらないが、かつての丸みを帯びた幼い顔立ちは今は凛々しい美貌になった。黒髪を首の後ろで束ねているが、ときどき額に前髪がひと房落ちてくる。
 いつもグレイグは思うのだが、剣を手に立っている姿勢からして彼は他の門下生とは違う。頭頂から正中線に沿ってまっすぐで強靭な芯がある。軽く反らせた胸、神経の行き届いた腕は、よく訓練された舞い手が舞台に出たようだった。
 彼が先日からこの直接指導を待ちわびていたことをグレイグは知っている。ゴリアテは闘志満々だった。
 ゴリアテの装備は片手剣だった。あいかわらず盾は持たない。この五年でゴリアテは速さと器用さを上げ、彼の片手剣は攻守一体の働きをした。
 お願いします、と型どおり挨拶して、ゴリアテは位置に着いた。
「グレイグのあとじゃ、おめぇはどうも軽くてな。食後の菓子みてぇだ」
 くすりとゴリアテは笑った。
「デザート、美味しいじゃない。でも、ぼくはちょっとピリッとするかもよ?」
言い終わる前にゴリアテが飛びだした。剣の柄を片手でホールドしてジエーゴの鼻先までいきなり剣を伸ばした。
グレイグはひやりとした。今のゴリアテは模擬戦の対戦相手を、まるで居合いのような初太刀で破ることも多かった。
 眼前の切っ先をジエーゴは落ち着いて剣で払いのけ、頭上にもう一振りの剣をふりかぶり、打ち下ろした。ゴリアテの剣が真下から迎え撃った。耳障りな音が鳴った。ジエーゴは軽く目を瞠った。
「おめぇが剣を合わせてくるだと?」
今度はグレイグのほうがにやりとした。ジエーゴの打ち込みを支えることを目標に、ゴリアテに請われて訓練を続けた結果だった。ゴリアテは見事に師匠の打ち込みに耐えてみせた。
「グレイグと練習したんだ」
刃をすりあわせるようにして押し合いから抜け、ゴリアテは身を翻した。
 キン、と硬い音がした。ジエーゴが敏捷に下がった。ゴリアテの左手には、短剣があった。
「こっちは、カルロス先生と」
くっくっとジエーゴは笑った。
「隠し武器たぁ、騎士道不覚悟なやつだ」
「『実戦はなんでもあり』。パパが言ったんじゃないか」
笑顔でそう応じてゴリアテは両手を長くのばした。右手の長剣は前、左手の短剣は背後。見たこともないフォームに、ギャラリーから驚きの声がもれた。
「行くよ」
緊張の糸がその場に張りつめた。ゴリアテの靴底が石畳を蹴った。
 やはりゴリアテは、集中的に腕の筋肉を鍛えたらしい。かなり重い片手剣を順手、逆手とも自由に操っている。そしてその切っ先は、グレイグにとってまったく未知の軌道を描いていた。
 ゴリアテめがけて、さきほどグレイグがしのいだ猛攻が襲い掛かった。二刀流ということは単純に手数が倍になるということだった。手数の多いジエーゴを、ゴリアテは長剣と短剣、そして見切りと速度でしのいでいた。
「おら、おら、どうした!」
「これは?じゃ、こっちは?これでどう?」
次々と相手を代えて一日中戦っていたジエーゴは、さすがに呼吸を荒くしている。ゴリアテは髪が乱れ、あちこちに小さな傷をつくっていた。だが、親子鷹はなんともいえず楽しそうだった。
「おめぇ、グレイグを仕留める工夫はできたのか?」
双剣を十字に構え、横殴りにジエーゴは斬りかかった。逆手に構えた片手剣一本でゴリアテはそれを支え、腰を沈めた。
「考えてる!」
「あいつは固ぇぞ」
ゴリアテはジエーゴの足もとをすり抜けた。ゴリアテの背に真剣二振りが襲い掛かった。
「固さを競う意味がない!」
覆いかぶさるような体勢のジエーゴを、真下からゴリアテは斬りあげ、さらに短剣で追い打ちをかけた。
「ちがう切り口で攻めるよ」
跳び下がったゴリアテがそう答えた。
 ふん、とつぶやいてジエーゴは間合いを取った。あごの片隅にキズができて、血がにじんでいた。
「そこまで言うんなら極めてみやがれ」
うん、とゴリアテはうなずいた。
「今度はそっちから来てみな。俺の守りを破れるか?」
挑発するジエーゴに向かって、ゴリアテは剣を構えなおした。