ユグノアの子守歌 1.流浪の王女

 グロッタの町を形作る巨大な塔の屋上は、そのまま円形闘技場となっていた。観衆は期待と興奮でどよめいている。今日は決勝戦だった。
 今年の仮面武闘会は全日程を通じて空はよく晴れ、特にその日は観戦日和だった。客席は町中の人口が集まっているのではないかと思えるほどの大入りだった。
 司会者は雌雄を決するチームを呼び出した。
「勝ちあがったのはこの二チームです!ハンフリー・イレブンチーム!舞台にお上がりください!」
チームが段を上っていくと、司会者はぐいと腕をふりあげた。
「優勝候補の筆頭!堂々とした歩きぶりです!まさしく王者のカンロク!このままチャンピオンの座を守りきれるのでしょうか!?」
そして反対側の腕をさしのべた。
「ロウ・マルティナチーム!舞台にお上がりください!」
現れたのは女武闘家と老人のタッグだった。
「あまり動かない老人と豪脚一閃の女闘士!すべてが謎に包まれた異色のコンビは果たして新チャンピオンとなれるのか!?」
華々しく煽る司会者の声の裏でハンフリーがつぶやいた。
「オレも格闘家のはしくれだ。こいつらの強さをひしひしと感じるぜ……。イレブン。気を抜くなよ」
イレブンはうなずいた。
 ハンフリーとは数日前に知り合った。このグロッタの仮面武闘会の常連にして昨年度チャンピオン、孤児院育ちの心優しい闘士だった。武器は両手に装備した炎の爪。予選からイレブンはハンフリーとタッグを組み、仮面をつけて戦い抜いてきた。今日の相手は、予選でカミュとそのパートナーを下した強豪だとイレブンは知っていた。
 司会者が高々と手を上げた。
「それでは仮面武闘会決勝戦……はじめ!」
この武闘会のタッグで格闘系と魔法系という組み合わせは珍しくない。たいてい魔法使いは遠距離攻撃を担当する。ロウと名乗る老人はドルマとヒャダルコの使い手だった。
 ヒャダルコを浴びて、ハンフリーとイレブンの二人ともダメージを負った。そこへ足技を得意とする女武闘家マルティナが追撃する。覚悟はしていたが彼女の蹴り技は重く早く、イレブンは額に冷汗を感じた。
 ハンフリーはロウを狙った。どう見てもHPはマルティナより低い。彼の選択は正しいとイレブンは思った。
 ロウはその年齢にしては俊敏だった。ひらりひらりと身をかわし、それでもダメージを負った時は自ら魔法で回復した。くやしそうにハンフリーがつぶやいた。
「回復までやるのか!」
だが、回復量を上回るダメージを与え続ければ勝てる。ハンフリーは間合いを詰め、両手で掻き上げるようなウィングブロウを放った。
 ロウが体勢を崩した。マルティナがそれを見て動揺した。
「ロウさま!!」
これで取れる!イレブンは剣を振り上げてロウへ迫った。マルティナの足が割って入り、イレブンの剣を蹴りつけた。剣そのものが持っていかれそうなほどの衝撃だった。
 カミュをして脚が見えねえと言わしめた連続蹴りが襲ってきた。防御が間に合わない。イレブンは剣で、剣の峰で、剣を持つ手で必死に受けた。
 マルティナの身体が側転で回転した。あの足が頂点から降りるとき、強烈な一撃が来る。イレブンは剣を持つ右手と持たない左手を交差して顔面の守りに掲げた。
 いきなりマルティナが目を見開いた。
「そ……そのアザは!」
 抽選会に登場したときからマルティナは常に冷静沈着だった。その顔が、驚きのあまりこわばっていた。
 何がマルティナをここまで驚かせたのか、とイレブンはいぶかった。アザ、と彼女は言った。おそらく自分の左手にある勇者の紋章のことだろう。しかし、それが意味を持つのは、自分を脱獄囚として追っているデルカダール兵ぐらいしかいないはずなのに。
 完全にマルティナの動きは停まっていた。
 ハンフリーの爪をしのいでいたロウが、マルティナの異常に気付いて顔を上げた。とたんに目が丸くなり、口が半開きになった。震えながら片手があがる。戦闘中でものほほんとしていた態度が豹変し、狂おしいような目になった。
「な……なんということじゃ……。おぬしはまさか……」
「スキあり!」
ロウのとまどいをハンフリーは見逃さなかった。大きくジャンプして両足でロウを蹴り、ふっとばした。
「どこ見てんだ!試合中だぜ!お嬢さん!」
次の獲物はマルティナだった。ぎくっとしたマルティナに、ハンフリーは一撃を見舞った。マルティナはよろけたが、なんとか耐えた。
「イレブン!今だ!」
そう言ってその場に膝をついた。ハンフリーの大きな背中からイレブンは上空へ飛び出した。頭上へ振りかぶった剣をそのままマルティナの上に振り下ろした。

 そこは美しい部屋だった。亜麻色の地に白い化粧枠をかけた壁に燭台がいくつも掲げられ、部屋は眩いほどに明るかった。チョコレート色の調度品には金の唐草模様が描かれ、床には淡い緑の敷物が置かれていた。上品さ、贅沢さはこのうえもない。それもそのはず、そこはその国の国王の妻と生まれたばかりの世継ぎの王子のための部屋だった。
「だあだあ……あぶー……」
上機嫌な赤子の声がした。
 大きな窓のすぐ下に赤い布張りのソファがあった。そこにいるのは、幼子を抱えた若い王妃と、紫の子供用のドレスの少女だった。
「赤ちゃんってこんなに小さいのね。ちょっと触ったら壊れちゃいそう……。エレノアさま。イレブンに触っていい?」
紫がかった長い黒髪の少女は、おしゃまな口調だった。王妃エレノアは笑ってうなずいた。少女は人さし指を立て、おそるおそるイレブンと名付けられた赤子に近づけた。まだもみじのような手を伸ばし、小さなイレブンは少女の指をつかもうとした。何度か失敗したあげく、少女の人さし指を幼子は握りしめた。
 若い母親は微笑んだ。
「ふふ。イレブンったら、マルティナのこと好きみたいね。遊んでほしいって言ってるわ」
マルティナと呼ばれた少女は自分の指をひっこめた。イレブンは両手で指を追いかけるようなしぐさをした。
赤子の手はまだぷくぷくして愛らしかった。しわひとつないできたての小さな左手に、目立つアザがあった。下部に五つの爪のある船のような形の円弧と船底から立ち上がる剣のように見える印だった。邪神を討伐した勇者の手にあったと伝えられる、勇者の紋章である。
「……イレブンは勇者として生を受けた希望の子」
エレノアは母親の誇りと愛情をこめて我が子の顔を覗き込んだ。
「この子が大きくなったら父親に似ていかなる困難も乗り越える、チカラ強くたくましい子になってほしいわ」
「エレノアさまに似たら、みんなに優しい子になるわね、きっと!」
エレノアとマルティナは微笑みあった。
 エレノアは我が子の額にキスを与え、優しくゆすりあげた。赤子特有の喉声をあげて小さなイレブンは笑った。
「おやすみ、おやすみ、大樹の子らよ。
静かな静かな夜が来た。
光の御子が目を覚まし
暗闇をはらって光ある明日がくるまで……」
それはロトゼタシアのどこの国でも聞かれる子守歌だった。なだめるような低いゆるやかな旋律にのせてゆすってもらい、赤子は満足そうにあくびをした。
「良い子ね、イレブン」
小さな背中をさすってやると、イレブンはまぶたをとろとろと下げていく。我が子を高く抱き上げて乳くささの混じった幼子の匂いを、エレノアは吸い込んだ。
「エレノアさま、もうひとつ歌って?子守歌」
エレノアは無邪気な少女に笑いかけた。
「ええ、いいわ。ユグノアの子守歌、マルティナもいっしょに歌ってあげてね?」
おだやかな声でエレノアは、もの悲しいメロディを歌い出した。
「愛しき幼子」
マルティナの高い声が少し遅れて輪唱に近い旋律をたどった。
「愛する命よ」
「この調べに揺れ」
「歌の調べに乗り」
「心安らかに」
「すべてを委ね」
「心地よくいだかれて」
二人の声がそろう。
「おやすみなさい……」
エレノアの腕の中でイレブンは幸せそうに眠りについた。

 蹄鉄が水たまりにつっこみ、泥水が跳ね上がった。雨は絶え間なく降り続いている。ぬかるみと化した街道を、馬鎧をつけた軍馬が重装兵を乗せて往来していた。
 デルカダール王国軍は街道のあちこちに検問を置き、いちいち旅人を取り調べていた。ふりしきる雨の中、旅人たちは街道の脇に一列に並び、ひたすら審査の順番が来るのを待つことしかできなかった。
 雨はいよいよ冷たくなり、日が暮れてきた。荷車に商売道具を載せた商人一家では末の子供がひもじそうにすすり泣きを始めた。だが一般兵が二人、鎖をもってやってきて、検問所の前を封鎖した。
「あの、私らは」
旅人たちがおそるおそる尋ねた。
「今日の審査は終わった」
事務的な口調で王国兵は言った。
「そんな!午後からずっと順番を待っていたんです」
「明日また来るがいい」
「でも!」
苛立ったようすで兵士たちは旅人をにらみつけた。
「今がどんなときか、わかっているのか!魔物が増え、ユグノア王国が滅び、禍々しい悪魔の子が野放しになっているのだぞ。検問に協力できないというのなら、デルカダール城地下牢獄で事情を説明してもらうが、いいのか!」
旅人たちは不満そうにざわめいていたが、表立って兵士にクレームをつける者はいなかった。
 荷車の商人一家が諦めて動き出した。ぞろぞろと人々は移動を始めた。完全に日が暮れる前にこの辺の宿を抑えないと、雨の中で野宿するはめになる。
 街道を少し戻ったところにある小さな宿屋は、おかげで満員御礼となっていた。特に暖炉のある酒場では、検問を通れなかった旅人たちが寄り集まって同病相憐れむ集いが始まっていた。
「どうする?こりゃ、デルカダールにはとうてい入れないぞ」
「どうだろう、ここにいるもん全員の連名で国王陛下に陳情してみちゃ」
時の国王、モーゼフ・デルカダール三世は名君として知られていた。だが、その提案はあまり歓迎されなかった。
「陛下は、ほら、アレだ。今は時期が悪いわな」
「お妃さまを流行病でなくされて、今度はアレだからなあ」
あちこちからため息がもれた。
「兵士にわいろを渡すのはどうだ?」
ひとりが言い出したが、その場の全員が首を振った。
「グレイグ将軍の部下には、ワイロはきかないよ」
「くそっ」
ひとりの旅人がつぶやいた。
「まいったなあ。俺はもう、明日は検問へ行くの、止めるわ。船で内海を渡ってサマディーあたりでひとはたあげるとするか」
「おれはダーハルーネがいいな」
と若い男が言った。
「ダーハルーネ?何があるんだ、あんな田舎」
「知らないのか?なんでも凄い商人がいて、船団をつくって内海をところせましと貿易してまわってるんだとよ」
「俺も聞いた。おかげでダーハルーネはどんどん開けて、景気もいいんだと」
「うらやましいねえ」
 その時、宿屋の扉につけた鈴が音を立てた。誰かが扉を開けたのだった。
「すいませんね、うちは今夜満室で」
と宿の主人がことわりを入れようとした。
「それはまいった。あてにしてきたのだが」
そう答えたのは、小柄でぽってりとした老人だった。
「今夜はどこもいっぱいでのう」
宿の主人は新しく来た旅人を見たとたん、小走りに駆け寄った。
「ご隠居さまじゃないですか!よくまあ、うちを頼ってくださった!」
見るからに主人は嬉しそうで大感激していた。
「さあさあ、火のそばへどうぞ!」
手を取らんばかりにして、招き入れた。
「おいで、ひ……マルティナ」
庶民の着る飾り気のないくすんだ緑のチュニックを着た7~8歳の幼女が、隠居と呼ばれた老人の後ろに隠れるようにして立っていた。幼女は長い髪をポニーテールに結んでいた。やや目じりの上がった気の強そうな顔立ちだが、見るからにしょんぼりしていた。
「おや、お孫さんで?」
「ま、そのようなもんじゃ」
宿の主人は営業スマイル以上のやさしい笑顔を幼女に向けた。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん。うちはお祖父さまにはよくお世話になっていてね、今夜はおもてなしさせていただきますよ」
ようやく女の子は表情をやわらげた。
「ありがとう。お願いします」
「賢いお嬢ちゃんだ」
と宿の主人は笑った。
「しかも、名前がいい。マルティナちゃんか。デルカダールのお姫様と同じ名前だねえ」
マルティナという娘は、一瞬顔をこわばらせたが、ようやくうなずいた。
「姫様のほうは、ああ……」
宿の主人は、本来の陽気さを取り落としてため息をついた。
「マルティナや」
隠居に呼ばれて、マルティナはそちらへ近寄った。すぐそばに座り、指で保護者の服につかまった。気が付くと、酒場にいた人々がみな暗い顔になっていた。 
 咳払いして、隠居と呼ばれた老人が話しかけた。
「ご主人、旅の途中で小耳にはさんだのだが、お姫様の方のマルティナ様が四大国会議へ行ったきりお帰りにならないというのは、本当なのかね?お父上なるモーゼフ陛下がご一緒だったはずだが」
宿の主人は嫌な風を押しやるかのように手を振った。
「はい、本当なんですよ。兵士の話では、絶望的だとかで」
小さなマルティナは老人の服をぎゅっとつかんだ。老人はいたましそうに眉をひそめた。
「まだお小さい姫だったのに、どうしてそんなことに……」
「ユグノアを襲った魔物の群れと悪魔の子の仕業だって話ですよ、いやあ、恐ろしい」
む、と老人はつぶやいた。
「勘違いでなければ、マルティナ姫は今の陛下のお世継ぎではなかったかね?」
「その通りでさ」
「それでは陛下は諦めきれないだろうに。国王としても父親としても」
う~ん、と宿の主人はつぶやいた。
「わしらのような下々ならそうなんですがね、さすが王族というのか……」
旅人の一人が言った。
「陛下はすっぱり諦めるおつもりのようだよ」
旅人たちは口々に言い出した。
「潔いところはさすが騎士の束ね、というべきか」
「いやいや、陛下は姫様のご遺体をすでに見ておられるのでは?それで諦めがついたのかも」
「いや、お弔いはお体なしでやるそうだよ。棺にはお気に入りだったお召し物とおもちゃを入れたそうな」
 ぴく、と隠居の白い眉が動いた。
「もう、葬式を出されるのか?」
「らしいですよ」
ため息交じりに旅人は答えた。
「生きているかもとは思われないのだろうか」
「俺だったら迷いますよね。でも、聞いた話じゃ、かわいい娘の葬式は自分が出すとお決めになって、早々に葬儀を手配されたそうで」
老人の陰で、少女が震えていた。
「……ロウさま」
ロウと呼ばれた隠居は片手でそっと幼女の髪をなでた。
「少しだけ待っておくれ、すぐに寝かせてあげるからの」
ご主人、とロウは宿屋の主に呼びかけた。
「実は今夜、この宿で知り合いと待ち合わせることになっておってな。がっちりした体つきの中年男でユグノア風の方言をしゃべる商人なんだが、先に来てはおらんかの」
宿の主はちょっと考え込んだ。
「今夜は見てませんな。けど、何日か前にユグノアなまりのお客さんがおいでになりましたよ。デルカダールの商売はうまくないので故郷へ帰る、と言ってました」
そうか、とロウはつぶやいた。
「ご主人、すまないが、孫が疲れたようじゃ。先に休ませてもらえるかの」
「こりゃ、あいすまんこって。すぐお部屋へご案内します」
主人は手をたたいて女中を呼んだ。
「お食事はあとでお部屋へお持ちしますからね。どうぞお通り下さい」
ロウは、自分より小柄な幼女の肩をかかえるように席から立ち上がった。

 客室が満室になってしまったので、宿の主人は自宅の一部を寝室として提供してくれた。広くはないがむしろ居心地のよい部屋で、マルティナは濡れたものを脱いでベッドに入っていた。
「ロウさま」
だが、眠ることはできなかったらしく、ベッドにすわり、頭から毛布をかぶって心細げにロウを見上げた。
「お父さまは本当に私のお葬式をあげるのでしょうか」
ロウは室内の机で書き物をしていたが、ペンを置いてマルティナの横へ腰を下ろした。
「モーゼフ殿は、姫が亡くなったと決めつけている」
物思わし気にそうつぶやいた。
「おかしなことじゃ。まったくもっておかしなことじゃ。わしの知っているモーゼフ殿なら、草の根分けても姫を探し出すじゃろう。たった一人の娘ごじゃ。簡単にあきらめきれるわけもない」
ロウは、虚空を見つめていた。
「わしはな、姫よ、ユグノアが襲われた後、マルティナ王女が無事であったということを知らせる使者を、何度もデルカダールへ差し向けたのじゃ。だが、奇妙なことに、使者を出してこちらの居所を伝えるたびに、首なしライダーたちに襲われた。襲撃を受けて、生き残ったユグノア兵はどんどん減っていった」
マルティナはうつむいた。
「ごめんなさい、私のせいで」
おう、おう、とロウはつぶやき、やさしく幼女の背をたたいた。
「そんなことは気にするでない。姫は十分がんばってくれた。おのれを責めてはなりませんぞ、姫よ」
幼女はしゃくりあげていた。
「助かったのがイレブンで、死んだのが私だったらよかったのに」
これこれ、とロウは言った。
「イレブンは死にはせん。あの子は勇者の生まれ変わりなんじゃ。使命を帯びてこの世に生を受けた以上、使命を果たさずに他界することを命の大樹がお許しになるはずもない」
柔和な眼でマルティナに笑いかけて、ロウは続けた。
「さきほど宿の主人に尋ねた男と言うのは、商人に変装したユグノアの兵士じゃ。“デルカダールの商売はうまくない”というのはデルカダール王宮へ行ってはいけないという意味。行っても大丈夫なら、“商売は見込みがある”と伝言するように先に二人で決めておいたのじゃ」
「行ってはいけないのですか?」
「葬式を出された王女が生きていてはまずいと思う誰かが、姫の命を狙っているのじゃ。もしかすると、このおいぼれの命もな」
「ロウさま」
「姫の、わしの、そして勇者の命をなきものにせんとする“悪”がデルカダール王宮に巣食っておるようじゃ。姫よ、明日、この宿を出たらデルカダールへは入らずに他国へ出ようぞ。幸いソルティコに知り合いがいるのでな。まずはそちらを頼ろうか」
「父上には会えないのですか」
「今の父君は、姫の知る父君ではないのじゃ。どう考えても誰かにそそのかされているとしか思えん」
ようやくマルティナはうなずいた。
「わかりました。ロウさま、お供します」
「姫は良い子じゃな。辛い旅になりますぞ?わしは」
ロウは一度うつむいた。
「なぜわしだけが生き残ったのか、わしにもわからん。じゃが、どうしてユグノアが滅びねばならなかったのか、わしはそれをつきとめたいんじゃ。年寄りの、こんな負け惜しみのような旅路に姫をつきあわせてよいかどうかわからんが」