そのダンジョンは洞窟ではなく塔タイプだった。フロアは三方が壁、一か所は壁がなく太い柱が立ち並ぶ廊下になっていた。
柱と柱の間の空間にパーティは身を潜めている。満身創痍だった。
「こんなダンジョンは見た事がない」
パーティのリーダーを務める勇者アバンが、誰にともなくつぶやいた。すぐに頭を振り、うすく笑みを浮かべた。
「すいません、泣き言なんて。今の状況をきちんと把握しましょう」
「状況っつってもなあ」
戦士ロカは、その場にあぐらをかいていた。
「モンスターがみんな強ぇ。地上にうろちょろしているやつらと同じ種族だと思ったのに、こっちの攻撃がまったくダメージにならん。ひと桁だぞ」
おてあげだぜ、とロカは言った。その口調にもかかわらず、どこかあっけらかんとしている。
「それなのに、向こうの攻撃は通るんですからね。防具に自動的に弱体化呪文がかかっているかのような、不思議な感じですよ」
「杖もだめでした」
と僧侶レイラが言った。
「どう見てもゾンビ系のモンスターでしたからこの杖が弱点のはずだったのに」
「ま、呪文はイケたぜ」
と大魔道士マトリフが言った。
「ええ、マトリフ。あなたがいてくれなかったら、私たちはとっくに全滅していたでしょうね」
とアバンは真顔で言った。
「ですが……」
「お見通しかよ。この調子でいくとオレの魔法力もそろそろ、尽きる」
ロカたちが顔をひきつらせた。
ぱんとアバンは手をたたいた。
「さあ、そんな顔をしないで」
「どんな顔をすりゃいいんだ」
とロカはぼやいた。
「新年早々、修行を兼ねてダンジョン攻略に来たものの、手も足も出ねえ。そもそも朝が早かったから腹が減ってふらふらするぜ」
「なら、決まりです。ご飯を食べましょう!」
「はぁ?」
と言うロカの後ろで、マトリフがよっこらしょ、と立ち上がった。
「ロカ、そのへんの瓦礫を組んでかまど造ってくれ。あとはメラ一発ですむ」
レイラは荷物の中身をさらい始めた。
「お芋と、キノコに、干し魚が少し。まあ、卵が残っているわ」
「お鍋にお玉、お椀がよっつ。ロカ、水袋取ってください」
いそいそと料理を始める仲間たちを、ロカは唖然として眺めていた。
「本気か、おまえら」
「本気ですとも。人間お腹が減ると、考えが悪い方へ行きやすいんですよ」
「まあいいか。腹も減ったし」
アバンの奇行に、パーティはかなり慣れていた。
やがて鍋から湯気があがり、いい匂いが漂ってきた。
「いただきまーす」
奇妙なほどのどかに昼食が進む。塔の外は晴れた冬の空で、雲が流れていた。
「考えたんだけどな」
スープを飲み干してロカがつぶやいた。
「剣のダメージが通らねえなら、素手で殴ってみようぜ。まあ、武器がない分、ちっと攻撃力が落ちるが」
「それ、悪くないです。武器が使えないダンジョンなんて、変わり種ですしね」
アバンはにこにこしていた。
「おまえさんも物好きだな、相変わらず」
マトリフがつぶやいた。
「どうしてこんな性質なのかという謎解きに、気持ちをそそられませんか」
「アバン様らしいわ」
レイラは微笑んだ。
「では」
言いかけて、アバンは鋭く振り向いた。
シャァッと威嚇しながら豹タイプのモンスターが襲い掛かってきた。
「しまったっ!」
四人全員が座っていた。
アバンは片手で武器をつかんだ。
マトリフはとっさに腕を伸ばして呪文を展開していた。
ロカはレイラを抱えて自分の背後にかばった。
前足が振り下ろされる。その爪をアバンは鞘ごと剣で受けたが、そこでチカラが拮抗して動けなくなった。
ロカは大剣をモンスターの背に振り下ろしたが、刃はその背を滑って落ちた。
「くそっ」
マトリフのメラゾーマがモンスターの鼻先へ激突したが、倒すにはいたらない。
「この野郎!」
その瞬間だった。空になった鍋を持ち上げ、レイラがモンスターの脳天をしたたかにぶん殴った。
大型の猫族タイプのモンスターは、一声鳴いて、煙と化して消えた。
しばらくの間、パーティはその場に固まっていた。
「なんだったんだ、今の」
「剣でダメ、呪文でダメ、それなのに」
全員の視線が空っぽのスープ鍋に集まった。
●
ポップが咳払いをした。
「それで、どうなったんですか?」
その場所はカールの王城の郊外だった。日が暮れてからだいぶ時間がたっている。その夜に限り、城は明々とかがり火を焚いて城門を開き、人々を迎え入れていた。夜風にのって人々の歓声や音楽が聞こえてきた。
「剣、槍、斧、弓、鎖、牙や爪、と。すべて無効、ないしは弱体化でした。ところが、武器でないものだけはダメージを与えられたのです」
片手で眼鏡を直し、重々しくアバンは言った。
「素手で殴る蹴るは有効。鍋やお玉、または拾った石などで殴ってもダメージは入る。防具の場合、盾や兜は無効。鎧のみ有効でした」
「それじゃ先生、その塔、一番上まで登れたの?」
興味津々という顔でダイが尋ねた。
アバンは首を振った。
「いえいえ。実は食糧が尽きたので一度塔を出たのです。準備をして数日後に再び挑んだ時、塔は普通の塔になっていました」
「ふつう?」
「武器も防具も普通に有効。モンスターは、あまり経験値稼ぎにならない感じでした。みんなで首をひねったのですが、マトリフがおもしろいことを言いましてね。あの塔、どうやら年が変わる時に異変が起こるのではないか、と」
「先生たち、新年早々に行ったって言ったよね!」
「それです」
にんまりとアバンは笑った。
「そして今夜、また暦が変わる」
その夜は大晦日だった。
「あの奇妙な塔に再び挑み、謎を解こうというわけです。参加してくれますか、みんな」
「私、行きます」
とマァムが言った。
「そんなダンジョン、武闘家のためにあるようなものでしょう」
「おれも」
とポップが続いた。
「呪文使いの出番だぜ。師匠の代わりぐらい務まらねえとな」
「ダイとヒュンケルは……」
アバンにみなまで言わせずにダイたちは手にしたものを掲げてみせた。その手には、大型の片手鍋がにぎられていた。
「けっこう。名人は道具を選ばないと言いますからね」
きりっとした表情でアバンは闇を見据えた。
「そろそろです。みなさん、鍋は持ちましたね?行きますよ」
こうして深夜、暦の変わるころ、鍋と鎧を抱え、アバンの使徒たちは動き出した。
●
ぎらついた目つきの熊系モンスターが三頭、ぞろぞろと現れた。お供もやはり動物系でタヌキめいた格好の生き物だった。
「おやおや、邪魔をしないでください」
とつぶやいて、アバンはピオリムを唱えた。
タヌキどもはこの塔の下の階にさんざん出てきてパーティを困らせていた。下がり眉の愛嬌のある顔をしているくせに、二回行動でザラキを使うというやっかいな行動パターンを持っていた。ザラキでないときはマヌーサにラリホー、ルカナンといういやらしさ。
「ポップ、タヌキの相手をお願いします」
「はいはい、お願いされますっ」
タヌキの群れに、閃熱呪文(ベギラマ)をぶちまけながらポップが歌うようにそう言った。
塔の探索は着々とすすんでいた。アバンは敵の種類やダメージの多い少ないを細かく記録している。使徒たちの一行の探索はまったく危なげがなかった。
「あとは一人につき熊一頭ね?」
左の手のひらに右手の拳をぶつけ、マァムが笑みを浮かべた。
「喰らいなさい、正拳突き!」
会心の一撃が決まった。巨大な煙の塊になって熊が散った。
「マァム、お見事!次は鍋で検証します。ヒュンケル、お願いしますね」
銀の鎧を装備したヒュンケルが前線に立った。
「おそらく通常攻撃では倒しきれない相手です」
とアバンはささやいた。
「あなたの得意技をかましちゃってください」
ひとつうなずき、ヒュンケルは大真面目に片手鍋をかまえた。この階へ上がってくるまでにさんざん武器として使い倒し、鍋はぼろぼろになっていた。
利き腕を深く引いてヒュンケルは狙いすました。
「ブラッディー・ナベライド!」
片手鍋がうなりをあげて回転する。その勢いで二頭めのバケモノ熊の腹部がえぐりぬかれた。
雲散霧消するモンスターには眼もくれず、ヒュンケルは踵を返した。
「やっぱりすごいわ!」
マァムが声をあげた。
「なあ、ずるくねぇ?」
とポップがぼやいた。
「ボロ鍋さげてもイケメンはイケメンってさ」
なんで?とダイは聞き返した。
「かっこいいじゃん」
「最後、ダイ君お願いします」
「はいっ」
ダイは片手鍋の柄を逆手に持ち替えた。
「やっぱ、あれか~」
とポップがつぶやいた。
「先生、こんなんで塔の謎解けるんですか?」
「データはだいぶ集まりましたから、あとは帰ってから法則を見つける事ですね。なに、毎年新年は来るのです。わからなかったら一年後にトライですよ」
アバンはにこにこしている。ポップは軽く肩を回した。
「じゃ、早く頂上まで行こうぜ。初日の出が待ってる」
マァムが微笑んだ。
「楽しみだわ。ダイ、きっちりカタつけて!」
二つ返事でダイが飛び出した。繰り出すは、アバン流奥義。
「ナベンストラッシュ!」
熊モンスターは横っ面を張り飛ばされたような形でふっとんで消えた。
「よ~し、終わったぁ!」
ダイが振り向いて手を上げた。
「先生、また鍋壊れちゃった!」
「五個目ですね~。まだまだありますよ~。さあ、次の階行きましょう!」
初日の出をめざす快進撃は止まらなかった。