死の舞踏 5.アーサー王子の死

 赤い魔石をつけたピアスを耳から抜いて、アーサーはアロイスに手渡した。
「返す」
それはアロイスの持つ聖なる守りの中央にはまっていた魔石だった。
「これを?でもそれじゃ君が」
真顔でアーサーは告げた。
「もう、意味がないんだ」
アロイスは驚いて相手の顔を見直した。
 アーサーは小さく首を振った。
「ロンダルキアのことを覚えているだろう?俺はやっぱりだめだったみたいだ」
アロイスは思わず声を上げた。
「君は、あのとき!」
アーサーはおかしくなさそうな笑い声をあげた。
「あいつの声が聞こえたんだ。昼間、城下で。おまえも聞いてたんだろ?」
無表情な顔、異様なつぶやき。見なかったことにしたかった。アロイスは何も言えずに首を振った。
「つくづく嘘がつけないな、おまえ」
言い放つ口調さえ、アーサーはアーサーのままのだが。
「結局、あいつは全部本当のことを言ってたんだ」
どこかさばさばとアーサーは言った。
「夢を見るんだよ。毎晩あいつが現れる。おれを誘ってるんだ。あっち側へ行く前に自分で決着をつけるさ」
「本当に?本当、なんだな」
語尾が落ちるのが自分でもわかった。
 アーサーの私室は瀟洒で贅沢な部屋だった。分厚い魔法書が壁沿いの本棚にぎっしりと入っている。アロイスが訪れるまで自室の机に羊皮紙を置いて、羽ペンで何か書き込みをしていたらしかった。召使いたちは近寄らないように言われたらしい。室内は静かだった。
 アロイスは、いすのひとつにどさっと腰掛けた。自分が今、親戚であり戦友でもある友達を永遠に失う瀬戸際にいることを強く意識していた。
「どうするつもりだ」
声が震えないようにするのがせいいっぱいだった。
「連続毒殺事件はだいたい解決した。親父が俺たちを殺したい動機は、自分がよそに作った子供に王位を継がせたかったから。わかりやすい奴だ。隠し子を引きずり出してクソ親父には一矢報いた」
小気味よさそうにアーサーは言い、口調を変えて付け加えた。
「心残りはこのサマルトリア、そしてアリスだ」
アロイスは、どきりとした。
「アリス姫はどうなんだ?君と同じ夢を見るのか?」
アーサーは小さくうなずいた。
「俺の勘じゃ、黒だ」
「勘だけじゃ」
「あいつが言ってただろう、病んだ者は他者の病を知ることができると」
アロイスは両手の中に顔を埋めた。口をきこうにも、嗚咽が漏れそうで何もいえなかった。
「悪いな」
ぽつりとアーサーが言った。
「どうしようもないんだ。あのときロンダルキアで終わらせるべきだった。いや、ベラヌールで終わりにすればよかったのかもな。希望的観測にすがって国へ帰ってきちまったのは、おれの失策だ」
アロイスは自分の肩にアーサーの手がかかり、そっとたたくのを感じていた。
「おれの心残りをおまえにまかせていいか」
アーサーにしては珍しいほど素直な声音だった。
「なあ、アロイス」
まだ返事ができなくて、アロイスはうめいた。
「勇者殿。頼むよ」
くそ、とアロイスはつぶやいた。
「"頼む"なんてせりふは君の口から初めて聞いたぞ。これじゃ、断れないじゃないか」
「だろうな。計算済みだ」
とアーサーは嘯いた。
 アロイスのそばから離れ、アーサーは机から羊皮紙を取り上げた。
「手順を書いてみた。おまえに預ける」
アロイスは書き物を受け取って読み始めた。内容を指さしてアーサーが説明した。
「騒動は近い内にこのサマルトリアで起こるだろう。俺が軍事、アリスが政治方面を掌握しているから、このへんは大丈夫だ。おまえの出番はここからだ……」
夜が更けるまでアロイスはアーサーの説明に聞き入った。最後まで読み終わると、アーサーは羊皮紙をくるくる巻いてアロイスの手のひらにぽんと乗せた。
「じゃ、あとはよろしく」
手の上の巻物を、しげしげとアロイスは眺めた。こんな形見は心底欲しくなかった。
「ひとつ、言い訳しておくよ」
とアーサーは言った。
「薔薇園にいたとき兄妹の間の噂のことをおまえが話しただろう。おれはあのとき、アンナとアレクスのことを考えていたんだ。だからちょっと動揺した」
「アレクスか。ローレシアで正体を聞いたよ。名前からしてロトの一族だろうとは思っていたが、まさか本当に」
そのあとは言いにくかった。アーサーは肩をすくめた。
「こうなっちまったらもうどうしようもないよなあ」
「誰が一番悪かったんだろう」
無益な質問とわかっていても、アロイスは悲しみと怒りの持っていく先を問わずにいられなかった。
「強いて言えば、アンナ母上かもしれない。ぱっと見、アンナはアリスと似ているが、性格は全然違う。母は弱くて流されやすい女だった」
どこか安らかな笑みをたたえてアーサーはつぶやいた。怒りも悲しみもアーサーの中では昇華しているのだとアロイスは知った。
「というわけで、俺もアリスも、性格は父親似だと思う」
そう言うアーサーの、よく整った、見とれるような横顔をアロイスは一生忘れまいと思った。

 サマルトリア貴族の代表者たちで作る議会は、冷ややかで事務的な雰囲気のまま終わった。国王ランドンの妾妃はクラスト伯爵夫人の称号で呼ばれること、以前より多少大きく、収入の多い所領をクラスト伯領として所有すること、王の実の娘アルマはクラスト伯爵令嬢の身分を得ること、その弟で十二歳のアランは将来クラスト伯となることが定められた。
 アルマもアランも王位継承権は認められなかった。
 議会からは「名前を変えるべきだ」という意見も出たが、王と伯爵夫人がそれだけは、と懇願したため、その議題は撤回された。
 閉会したあと大臣や貴族議員たちは重々しく拍手を交わした。
「これで一件は片づいたと思ってよいのだろうな」
と王は大臣エモット公に確認した。
「ま、よろしいでしょう」
今回の議会はいわば、不始末をしでかした婿養子をサマルトリアという国家そのものが吊し上げる場となった。それを耐え抜いたことに関しては認めてやろうとエモット公は思った。
「では、あらためて一族の結束を固めたい。アーサー、アリスと、アルマと家内で和解したいのだ」
王がふりむくと、召使いがワゴンの上にタンブラーとグラスを用意して待っていた。
「アーサーたちはどこにいる?」
確かに政治的には、ポーズだけとしても和解の場面だった。エモット公は傍聴席にいたアリスの方を見た。
「おお、そこにいたか、姫よ。ここまで来てくれ。なに、みなで乾杯したいだけだ」
王の呼びかけに、アリスは席を立った。忠実な侍女ネリーを従えてアリスがやってきた。
「よろしいのですか、アリス様」
エモット公がそっとささやいた。華奢な王女は健気な笑みを浮かべた。
「小父様がいてくださるなら勇気を出せます」
 ランドンはぎらついた眼でアリスを招いた。
「さあ、まずは杯を干してくれ」
よく冷えた葡萄酒がグラスに注がれ、ワゴンの上に置かれた。アリスは指輪をはめた手をその上にかざした。聖銀の指輪が濃い紅に染まった。
「これはいただけませんわ」
「酒の一杯ぐらいかまわんだろう。和解の印ではないか」
アリスは国王の顔を真正面から眺めた。
「おまえは和解したくないというのか?」
「このお酒は飲めません」
とアリスは繰り返した。
 エモット公は眉をひそめてやりとりを見ていたが、ついに口を挟んだ。
「陛下、姫君は」
黙れ!と王は金切り声をあげた。議会の空気が一気に緊張した。
「飲め、アリス。わしの杯が飲めぬというのか。飲めぬのなら、理由を言え」
「言ってもよろしいのでしょうか?」
冷静にアリスは応じた。
 ランドンは卑しげな笑いを浮かべた。
「言ってみろ。ただし、これが毒だというのなら、証明してみよ。断っておくが、おまえのおもちゃなどわしは信用せんぞ」
母の形見の指輪をおもちゃ呼ばわりされてアリスが真顔になった。
「誰かが死ななくては証明にならないとおっしゃるのですか」
ははは、とランドンは哄笑した。
「おまえの求婚者にしたように、毒だとわかっていて他人に呑ませるか?それとも、おまえがのむか?」
ざわめきが広がった。
「誰か、野良犬でも捕まえてこい。それで証明すれば」
貴族の一人が言い掛けた。
「よけいなまねをするなっ」
王は、酒精なしに酔っているような顔だった。ぎこちない沈黙の中、王は強制した。
「さあ、どうした。アリス、口を付けよ。何をぐずぐずしている」
こんな強制的なやり方はもう暗殺とは言えない。アリスは王に侮蔑のまなざしを浴びせた。
「まあ、見苦しいこと」
小声でそう吐き捨てて、アリスはなみなみと酒をたたえたグラスのステムに指をかけた。
 その瞬間、グラスがかっさらわれた。毒酒の杯はアーサーが高く掲げていた。
「おれが証明しよう」
議会は一瞬にして沸き立った。
 サマルトリアの王子は、生まれたときから人目を一身に集める男だった。母譲りの美貌とオーラに加えて、彼はまるで格式の高いパーティに出るかのように華やかに装っていた。金の縁取りのある、黒一色のダブレットである。ただその耳にいつも着けている赤い石のピアスがなくなっていることにアリスは気付いた。
「お兄さま?」
アーサーは妹にむかってにやりと笑ってみせた。
「アリス、こいつをたたきのめせ、俺の代わりに」
そう言って唇にグラスをあてがうと、一気に飲み干したのだった。嚥下の間、議会中が息を殺して見守った。
ふ、とつぶやいて、彼はグラスをワゴンへ戻した。その両目から、耳から、唇のはしから、鮮血があふれ、流れ出した。ぐらりと長身がゆらぎ、アーサーはその場へ昏倒した。
 悲鳴が議会を揺るがした。
「アーサー様」
「殿下!」
警備の兵士が集まってきた。アーサーの心臓に手を置き、口元に鏡を寄せてしばらく待ったが生命の兆候はもう失われていた。
「亡くなりました」
押し殺した声で兵士長が告げた。アリスは両手で自分の心臓を押さえて崩れそうになった。あわてて侍女が後ろから支えた。
「すぐに、アリス様、すぐお薬をお飲み下さい、い、今ご用意を!」
 急にバタバタと足音が起こった。
「陛下、お待ちください」
蒼白な顔の国王が議会の出口を通ろうとして兵士たちに止められたのだった。
「そこを退け」
命令したものの、もう権威も自信もなくなっていた。ランドンの背後には少年の手を引いたクラスト伯爵夫人とアルマが身を小さくしていた。
「こんなことにわしの家族を巻き込みたくない。退いてくれ」
 アリスは侍女に助けられて身を起こした。ランドン一家の前に、つかつかと音を立ててアリスが近寄った。
「この議場にお集まりのみなさん」
乙女らしい細い声をふるわせてアリスは訴えた。
「私はこの国に在る最後のロトの末裔として、サマルトリア王ランドンを告発します。私が非を鳴らさなければ筋が通りません。この男はロトの血筋に取って代わろうとしました」
「おまえは、なんということを」
ランドンの弱々しい抗議は、議場を揺さぶるような拍手にかき消された。
「逮捕してください!」
アリスの命に、兵士たちがいっせいに動いた。
「殿下の仇!」
軍を掌握している、とアーサーが言ったのはうそではなかった。兵士たちは憎悪を込めて槍を四方八方からつきつけた。アルマと伯爵夫人が悲鳴を上げた。
「実の父を告発しようというの?!」
アルマが叫んだ。
「実の娘を毒殺しようとした男にはふさわしいわ」
冷たくアリスは答えた。
「愚かなこと。もし死んだのが私だったら、兄があなた方一家を血祭りにあげていたでしょう」
わっと声を上げてアルマが泣き出した。母親違いの姉に当たる娘に冷ややかな視線を投げてアリスは命じた。
「彼の家族も一緒に捕らえなさい。裁きが下るまで、軟禁とします」

 夜半、扉を強くたたく音がした。
「陛下、アロイスさま。急使が参りました」
老侍従の声だった。アロイスは寝台に半身を起こして声をかけた。
「入ってくれ」
何か話し合う声がして、兵士が一人、扉をわずかに開けて身を滑り込ませた。
「たった今サマルトリアよりキメラの翼で報告がありました」
兵士は、一度口ごもった。
「その、アーサー様が毒死されました」
アロイスはうめいた。
「そうか……」
しばらくのあいだ兵士は、親友を失った王のために沈黙を守った。
「仔細を話してくれ」
「犯人は国王ランドン殿です。アリス姫の告発により逮捕されました」
「早いな」
とアロイスはつぶやいた。
「すぐおいでになりますか?ご用意を」
アロイスは手で遮った。
「いや、もう間に合わないだろう」
兵士は意外そうに聞き返した。
「よろしいのですか?」
「サマルトリアへは、ぼくが直接弔問に行く。警護、儀仗ほか必要な人員を明日から集めるように侍従につたえてくれ」
とアロイスは言った。
「朝までは、一人にしてくれないか」
兵士は、失礼いたしましたと言って引き下がった。
 ベッドサイドに置いた聖なる守りをアロイスは取り上げ、そっと握りしめた。メダルの中央には元通り赤い魔石が輝いていた。
――あとはよろしく。
アロイスは小さくうなずいた。
「忙しくなるな」
出番に備えてもう少し眠ろう、とアロイスは寝台にもぐりこみ、もう一度目を閉じた。

 王女アリスは喪服だった。白いアンダードレスに黒絹のしなやかなガウン、珍しく髪は三つ編みにして後頭部へかたくまとめ、頭全体を覆う黒レースのベールをかぶっていた。彩りといえるものは紅の唇だけ。黒衣の王女は風にも耐えぬ風情のろうたけた美しさであり、握りあわせた白い指は悲哀の象徴のようだった。
 お美しいこと、と侍女ネリーは考えていた。下級貴族の娘だったネリーは王女付きの侍女の一人でもっとも古くから仕えていた。初めてアリスを見たときの感動は今もネリーの心の中心を占めている。アリスはほんの幼女であり、人形が生きて動き出したかのような華奢でかわいらしい女児だった。その瞬間から今日にいたるまでネリーはアリスの忠実な侍女だった。
 ネリーは愚かではなかったし人並みの観察眼もあったから、自分の仕えている女主人がただの病弱なお姫様でないことは知っていた。彼女、アリスは、その容姿、言葉、しぐさその他で「守ってあげたい」という意識を強烈に刺激する。アリスに頼られることはすさまじい快感だった。ましてや感謝されることは、天にも昇る心地だった。
 その快感をもう一度味わいたくて、ネリーをはじめアリスの虜たちはせっせと忠勤を励む。だがアリスはそんな下僕どもの意識にお構いなく、搾り取れるだけ搾り取ったら自分の視界から追いやってしまう。
 他の下僕に命じて抹殺することもあれば、単に黙殺するだけのこともある。ネリーは思うのだが、おそらく前者の方が慈悲深いだろう。アリスに無視されたまま生き続け、自分以外の人間が寵愛を受けるのを目撃するのは辛すぎるからだ。そうやって生きながら地獄へ追われた人間は、自ら死を選ぶ者、廃人と化す者さまざまだった。だがネリーが知る限り、アリスを呪った者はいなかった。もしアリスが振り向いたなら、彼らは喜んで駆け付けただろう。
 魅力、カリスマ、どんな言葉でも言い表せはしないとネリーは思う。アリスがその気になったら人の心をつかんで支配するのは容易なことだった。現にサマルトリアの国民は先日一度だけ城下に姿を現した彼女を簡単に支持していた。
落とそうと思った相手がなびかないときは特別な手段をアリスは使う。相手にまず遂行不可能な命令を与えるが、当然それは実行されない。できなかったことを……アリスは嘆き悲しむ。詰ることさえしない。だがアリスの涙ひとしずくごとに相手は自分で自分を責めてしまい、気が付くと自分の判断をすべてアリスにゆだねるようになっていく。
 たぶん、見るからに悪女のような外見だったらこうはいかなかっただろう。薄幸の女王アンナの娘、自身も病弱な可憐な姫君だからこそなしえた支配力なのだろう。ネリーは頭を振って意識を現在へもどした。王太子の葬儀はサマルトリア貴族の一団によって妨害されようとしていた。
 城内にある礼拝堂の内部は沈鬱な雰囲気だった。祭壇の前には生花で飾った棺が安置され、魔法の鎧とロトの盾が棺の周りに置いてあった。
 アーサー王子は華やかな夜会用の衣装を身につけて寝棺に収まっていた。あのとき顔にあふれ出した鮮血はぬぐい去られ、王子は死に化粧を施されていた。元々美貌の母アンナ女王の血を受けて女顔の王子は、かすかにほほえんだような穏やかな表情だった。
「アリス姫、もう一度考え直してはいただけませんか」
棺の前の弔問客は二つに分かれていた。ひとつは喪主である王女アリスと彼女が掌握していた貴族たち。もうひとつはランドン王の取り巻きだった。
「実の父君を軟禁するなど、姫君にふさわしいおふるまいでしょうか?兄君の死亡は残念なできごとではありましたが、ランドン王は預かり知らぬことであり、おそらくは他の者がこっそり毒をしこんだものでしょう」
ベールの下からアリスは毅然と答えた。
「あのひとは、兄を毒殺したのです」
「姫はお若い。そう決めつけることでもありますまい」
能弁な取り巻き貴族は口々に申し立てた。
「第一、王太子殿下が亡くなった今、誰がサマルトリアを治めるのです?姫のお体では王の激務はとても務まるとは思えません」
「失礼ながら、政治などという気苦労は姫にはふさわしからぬことです。どうか私どもにおまかせを」
アリス擁立派の中心人物エモット公が咳払いをした。
「姫君の補佐なら私が勤める所存だが」
ふんっと取り巻き貴族たちが荒々しく鼻息を噴き出した。
「失礼ながら公はランドン陛下から信任を受けてはおられなかったようですな?」
老獪なエモット公は平然としていた。
「必死ですなあ、皆様方」
そうだろう、とネリーは思った。このおしゃべりどもはひがみやの国王ランドンの周りにいて、ランドンがアリスをけなし、苛め、冷遇したときいっしょになってあざ笑っていた。まさかアーサー王子が他界してアリスが生き残るとは思ってもいなかったに違いない。
 取り巻き貴族たちは険悪な表情になった。
「エモット公、あなたはアリス様を女王に擁立して宰相の地位が安泰になると思っておられるようだが、我々が議会ですべてにおいて反対し続けたらはたして政治ができますかな?」
「それは脅しか?」
「そう思われるなら、そうかもしれませんな」
エモット公の額に筋が浮いた。
 公の後ろにいるアリスの表情は、ベールに隠れて見えなかった。だが、ネリーに向かって小さくうなずいた。ネリーはすばやく礼拝堂を出た。