アクロバットスター 4.千の顔の勇者

アクロバットスター 4.千の顔の勇者

 コンテストは中止になった。その夜ダーハルーネは、昼の浮かれ気分とはうってかわって厳戒態勢となった。静寂の支配する夜の港では波の音がやけに響いた。軍靴が石畳みの上を闊歩する。ホメロスの部下たちが油断なく街を巡回しているのだった。
 ドックのそばに積み上げた木箱の陰でシルビアは息をひそめていた。兵士がドックの方の闇を見透かし、階段から大通りへ戻っていった。
 シルビアは手首をおって胸に当て、意気消沈したパーティに話しかけた。
「ここまで来ればもう大丈夫よ。みんなケガがないみたいでよかったわ」
セーニャがうつむいた。
「でも……カミュさまが捕まってしまいました。今頃いったいどんな目に……」
 セーニャ!と強めにささやいてベロニカが横腹を突いた。
 セーニャの横にはイレブンがいた。石畳の上に直接座り込み、両手で頭を抱えて震えていた。波の音に交じって、先ほどまで嗚咽が聞こえていた。今は歯を食いしばって声を抑えているようだった。
「大丈夫よ、セーニャちゃん。あのカミュちゃんがそうカンタンにどうにかなるわけ、ないじゃない」
シルビアが言い放った。
「ぼくのせいだ……」
食いしばった歯の間からイレブンがつぶやいた。
「ぼくが悪魔の子だから、デルカダールがぼくを追いかける」
「そんなの!汚名を着せられただけです!イレブンさまが気になさることじゃないです」
そう力説してセーニャはシルビアを見上げた。
「シルビアさまにはいずれきちんとお話するつもりだったのですが……。巻き込んでしまってすみません」
シルビアは顔の前で大きな手を振った。
「や~ねぇ、そんなこと気にしてないわ。はじめっからイレブンちゃんは悪い子じゃないってわかっていたもの」
「シルビアさん……」
空気を読み、心を読み、元気づける。それが旅芸人の仕事なのかとベロニカは思った。カミュは大丈夫、あなたは悪い子じゃない、と、先ほどからシルビアはイレブンの心に語りかけていた。
 ぐっとイレブンがこぶしで涙をぬぐって立ち上がった。
「助けに行かなきゃ」
「そう言うと思ってたわ」
きゅっと眉を上げ、片手の指先をびしっと前方へつきつけてシルビアは宣言した。
「今度はこっちから動くわよ!」
 ベロニカはどきりとした。
 イレブンが、二人いる。一人は本体、一人は影。だが、見る見るうちに影がふくらんでいった。
「町の中は兵士ちゃんたちでいっぱいね。でも建物の中を通り抜けながら進めばムダな争いは避けられるはずよ。まずは町の真ん中にある大きな橋の上からカミュちゃんの様子を探ってみましょ!橋には宿屋から屋根づたいに行けるわよ!」
イレブンは無言で先に立った。
 近くに兵士がいないのを確認して、パーティは一気に運河を目指した。 運河沿いの通りに出たとき、いきなり松明を持ったデルカダール兵にでくわした。
「おい、そこの」
小さくシルビアが舌打ちした。
「まいったわね。逃げるか、やり過ごすか……」
シルビアの前にいたイレブンがそのまますたすたと前に出た。
「ちょっと……!」
巡回の兵士とパーティは、奇しくも同じ言葉を発して固まった。歩きながらイレブンは剣を抜き、手前の兵士にいきなり斬りつけていた。
「うわあっ」
血しぶきをあげる兵士の体を乱暴に突き飛ばして、イレブンはその後ろの兵士に突きを見舞った。
「ギラ」
魔力の閃光で焼かれた兵士は、戦う意思を失ったようだった。その兵士を見下ろして、イレブンは吐き捨てた。
「ぼくの邪魔をするな」
そう言って運河を渡り、大通りへ向かった。
「イレブンさま、お待ちにください」
セーニャがあとをおいかけた。
 ベロニカとシルビアは、互いの顔を見合わせた。
「シルビアさん、まずいんじゃない?」
めったに見せない真顔でシルビアが応じた。
「……けど、行くしかないわ」
 前の方からセーニャの声がした。
「そちらはダメです、イレブンさま!」
ベロニカはぎょっとした。イレブンが大通りをまっすぐ歩いてコンテストのステージへ行こうとしていた。コンテスト会場のすぐ前には大量の兵士が分厚い布陣で勇者を待ち構えていた。
 シルビアが飛び出してその腕をつかんだ。
「いくらアナタでも正面突破なんてムリ!」
イレブンは振り向いた。刺すような視線がシルビアを射た。これがあのイレブンか、とベロニカは思ってぞっとした。
「いらっしゃい。橋の上からなら、カミュちゃんのようすがわかるはずよ」
カミュ、という名前に反応したのか、イレブンはやっと踵を返した。
 大橋からは港に造られたステージが良く見えた。ステージに立っているのはホメロスだった。
「姿を現したまえ、悪魔の子イレブンよ!町のどこかにひそんでいることなど私にはわかっている!」
ホメロスの後ろにある仮設柱の一本に、カミュが縛られていた。目を閉じてぐったりしていた。
「早く出てこなければこの者の命、私がもらいうけるぞ!」
大橋の隅に身をひそめ、パーティはそのようすをうかがっていた。
「今すぐ飛びかかって、この剣で……」
挑発するホメロスを狂おしく見つめ、口の中でイレブンが何かつぶやいている。カミュの名付けた『イレブンサイコ』の名にたがわないのぼせ方だった。
 シルビアの主導でパーティはゴンドラを使ってステージの裏側へまわりこんだ。ステージの先の海を見下ろす波止場にパーティは身をひそめた。すぐ近くにホメロスがいた。
「まだ見つからないのか役立たずどもめ!こんなザコの見張りなど私ひとりでいいから、もう一度イレブンを探してこい!」
行け、というしぐさでホメロスは腕を横に払った。いらだっている上官を残して、兵士たちはすべて捜索に出かけてしまった。
「イレブンちゃん、チャンスよ!今のうちにあの軍人ちゃんを倒してカミュちゃんを助けましょ」
 ゆっくりとパーティはホメロスに近寄った。白い鎧に重ねた白いマントに金で双頭の鷲が描かれている。その鷲が次第に大きくなった。
 いきなりホメロスがふりむいた。その眼が吊り上がった。
「貴様らいつの間にこんなところまで!チョロチョロと目障りなネズミ共め!悪魔の子もろとも私ひとりでカタをつけてくれるわ!」
言うなり左右の腰から一振りづつ、二剣をひきぬいた。
 夜のダーハルーネの港のステージで戦闘が始まった。
「ソードガー……」
いきなりイレブンが飛びかかり、手にした大剣を荒々しく振り下ろした。ガードにあってイレブンが弾かれた。一度跳び下がったイレブンのかかとが再度石畳を蹴る。憎悪の炎を燃やして撃ちかかった。
 ホメロスの顔がゆがんだ。その手の中にあの紫の魔法弾が生み出された。
「馬鹿め!」
駆け寄るイレブンの顔面を魔法弾が直撃した。
「うおぉぉぉっ」
自分がダメージを負ったことを気付いていないかのように、イレブンは刃を打ち付けた。

 ホメロスの顔が青くなるのを、カミュは縛られた状態で眺めていた。
「だから、こうなるって言ったろうがよ……」
ホメロスがこちらを舐め切ってくれたおかげで、増援部隊がまわりにいない。軍師は内心焦っているはずだった。
パーティの仲間はあわててイレブンをフォローしていた。セーニャは毎ターン回復し、ベロニカはメラ、ギラ、ヒャド、イオとパターンを変えて魔法攻撃を繰り返した。
 チッとホメロスがつぶやいた。
「マホトーン!」
ベロニカがうっと言った。魔力を制限された魔法使いは赤子と同じだった。ホメロスの顔が邪悪な笑いにゆがんだ。
「私のドルマをくらってみろ!」
紫の霧状の魔力がホメロスの周辺に現れ、急速に大きくなった。暴走、とカミュは直感した。魔法弾が幼い少女の体を呑みこみ、爆発した。ベロニカは背後の石畳へたたきつけられた。
「おい、ベル……」
カミュが言うよりも早くセーニャが駆け付けた。
「今、ホイミを、いえベホイミを」
咳こみながら、ベロニカが言った。
「自分が先に回復しなさ……セーニャ、後ろっ」
イレブンと打ち合うのを嫌ってホメロスが動いていた。彼の二刀の前に、無防備なセーニャの背中があった。
「もらったぁ!」
シルビアがダッシュしたが、間に合わなかった。華麗な踊り子の姿をしたセーニャはくたりと折れて地に沈んだ。
「セーニャ!」
ホメロスはこの上なく得意げな顔だった。
「大事な回復役が戦闘不能だ。さあ、どうする?勇者よ」
 イレブンは肩で荒く息をついでいた。眼はホメロスの動きを凝視している。視線で殺したいような顔だった。
 カミュは縄の中でもがいた。セーニャは戦えない、ベロニカとイレブンはHP十前後で、次にホメロスの剣技かドルマを浴びたら死ぬ。唯一シルビアだけがもともと高めのHPのため無事だった。
 ホメロスが高笑いを浴びせた。
「その懐にいくつ薬草をしのばせているかしらんが、それでこの私の相手ができると思うか」
 傷だらけのイレブンが一歩前に出た。息が苦しいのか、口が開いている。重い剣の切っ先はもう上げていられずに、石畳についていた。
「そらそら、もうそろそろ」
その言葉を遮るかのようにイレブンが跳んだ。頭上に軽々と大剣を振り上げるさまは鬼神のようだった。ホメロスがとび下がって避けた。斜め下へ剣を次々と切り下げながらイレブンが追った。
 ホメロスがにやりとして剣を構えた。すきだらけのイレブンはかっこうの獲物だった。
――バカ野郎、回復しろ!
聞こえないのをわかっていてもカミュは叫んだ。
 カミュの視界を誰かが遮った。と同時に、パン、と音を立ててイレブンのほほが鳴った。
「いいかげんにしなさいっ」
シルビアはイレブンの腕をつかんで引き戻していた。
「アナタはカミュちゃんを助けたいの?助けたくないの?」
ホメロスはちっとつぶやいて後退した。
 ぶたれたほほに手の甲をおしあて、イレブンは黙って立っていた。先ほどの狂乱ぶりが嘘のように静かだった。
「シルビア」
小声で言ってイレブンは手を下した。シルビアの眉が動いた。珍しいことに緊張を隠しおおせていなかった。
「礼は後で言う」
カミュのいるところから、イレブンに向かい合っているシルビアの顔が変化するのが見えた。強い緊張から驚きへ、そして安堵の表情へ、と。
「ベロニカは?」
「リホイミしといたわ」
イレブンは深く息を吐いた。重すぎる剣をしまい、レイピアを手にした。
 イレブンの殺意と憎悪が形を変え、何か別のものになるところをカミュは信じられない思いで見守った。
「シルビア、あなたがアタッカーだ。バイシオンかけて攻撃して。ベロニカ、少し離れて。マホトーンが解除になったらマジックバリアをお願い」
シルビアが剣を構えた。
「アナタを信用していいのね?」
「大丈夫。回復はぼくがやります」
 心から安心してカミュは自分が縛られている柱に身を預けた。『ベビー』でも『サイコ』でもないやつが現れたのだから。
「あいつ、新顔だな」
『イレブンクール』かな。カミュは笑い声をたてた。どうするよ、軍師の旦那?
 ホメロスは戸惑っていた。目当てのイレブンは後ろへ下がり、温存していたMPをたっぷり使って魔法攻撃や回復につとめている。代わって前衛にシルビアが出ていた。
「道化師風情が……っ」
と罵る口が開いたままになった。ホメロスの顔のすぐそばを刃がかすめる。金の前髪が飛び散った。
「やーねぇ、鈍くさいって」
道化師の服は、ホメロスの鎧よりはるかに軽い。そしてもともと身軽なシルビアは一撃離脱を余裕で繰り返した。軽業師(アクロバットスター)の面目躍如だった。
「くそっ」
得意のドルマもマジックバリアが軽減してしまう。シルビアは片手を口元に当て、女王めいた高笑いで挑発した。
「きさまら、よくもっ」
ヒステリックにホメロスはわめき散らし、二刀を宙に舞わせた。
 シルビアは細身の剣を突き出したまま腰を引いた。乱闘のために前髪が乱れ、額に一筋二筋かかっている。夜景を背景にシルビアの眼は光って見えた。赤い舌を出してシルビアが唇をなめた。
「そろそろかしら、勇者ちゃん?」
「行きます!」
真夜中の港のステージの上に、ふた筋の青い火柱が立った。
 ゾーンに入ったイレブンとシルビアが、同時にホメロスとの間合いを詰めた。シルビアを警戒してホメロスが身構えた。シルビアの長身が折れ、いきなり口から炎を吐き出した。疾走しながらその灼熱と光をレイピアにまとわせ、ホメロスの胴をたたき斬ったのはイレブンのほうだった。
 ホメロスの手から剣が飛んだ。二、三歩後ずさりするとホメロスは体勢を崩し、膝をついた。
「クッ……この私に膝をつかせるとは……」

 お祭り騒ぎの浮かれ気分で始まった一日は、命からがらの脱走劇で終わった。
 ホメロスはしぶとかった。増援の兵士を使い、巨大なイカのモンスターを使い、パーティをとことんまで追い詰めた。
 ダーハルーネのドックから出撃した商船団が、一行の乗った船シルビア号を援護しなければ脱出しきれたかどうかわからないところだった。
「よかった……ご無事なようですね。あの魔物はこの辺りの海をよく荒らすことで有名なクラーゴンなんです」
商船団のリーダー、ダーハルーネ町長ラハディオはそう言った。息子のヤヒム……声が出なくなってイレブン一行の造ったさえずりのみつで声を取り戻したヤヒムが、ホメロスの悪行を明かし、イレブンたちを助けるように父親に頼んでくれたらしかった。
「悪魔の子と呼ばれている勇者が人を助け、正義で動いているはずのデルカダール王国が魔物とつながっていた……それが何を意味するのかはわかりませんがあなたたちは私の息子の恩人です。どうか無事に逃げおおせてください」
「……イレブン!」
潮風をついて、波止場からホメロスの怒声が聞こえてきた。
「イレブンよ、聞こえているか!貴様だけはいずれこの手でとらえてみせる!せいぜいその時までおびえて過ごすがいい!」
カミュは肩をすくめ、ラハディオの方へ向き直った。
「……あんたもデルカダールに逆らったせいでこれから商売がやりづらくなるだろうけど、うまく立ちまわってくれよな」
「町長ちゃん」
シルビアだった。自分の名を冠した赤と金の派手な外輪船から身を乗り出し、何か小さなものをラハディオに向かって投げた。ラハディオの船の甲板に落ちて、それは固い音を立てた。
「それ、ダーハルーネのドックの鍵よ」
拾い上げてラハディオが眼を剥いた。
「なんですと?」
「リベリオちゃんから拝借したの。デルカダール兵を引き入れたのも、ドックを閉鎖したのもリベリオちゃん」
ラハディオは手にした鍵を見つめていた。
「デルカダールとの商売がやりにくくなったら、逆にリベリオちゃんを利用するといいわ」
ラハディオはうなずいた。横を向いて航海士に話しかけたのだろう、船が動き出した。ヤヒムが別れを惜しんで手を振っている。その船に向かってセーニャとベロニカが大きく手を振り、カミュは二本指の敬礼を送った。
「ドックの鍵なんていつ手に入れた?」
ラムダ姉妹がイレブンをはさんで何かやっている。そのすきに、カミュはシルビアに尋ねた。
「食べ歩きの時にちょっとね」
「そのときからこうなるとわかってたのか?」
シルビアが振り向いた。かわい子ぶって両手をにぎり、胸にくっつけていた。
「脱出不可能だなんてわかってたら、霊水の洞くつから帰った時にダーハルーネへ入ったりしないわよ。保険をかけておきたくてリベリオちゃんから鍵を掏り取って、うちのアリスちゃんに渡しておいたの」
いまだにカミュはシルビアのちゃん付けに慣れないのだが、アリスというのはシルビア号の筋骨たくましい整備士のことだった。
 シルビアは片手を自分のほほにあてた。
「まあいいわ。やっぱりダーハルーネへ戻ってよかった。ちょっとした賭けだったけどね」
唐突にカミュはひらめいた。
「あんた、また……」
「なによ?」
「サマディーのへたれ王子と同じか?イレブンを育てたいわけか?」
おほほ、とシルビアは高笑いをした。
「いけない?リアルタイムで勇者が育っていくのを見られるなんて、ゾクゾクするじゃないの」
「いい趣味してるな、おい」
「でしょ?」
シルビアは悪びれなかった。
 右手を腰に当て、左手でカミュは髪をがしがしかいた。
「しかたねえか。イレブンのやつ、ひと皮むけたみたいだし」
シルビアはイレブンのようすを遠目で眺めていた。
「今は『ベビー』ちゃんみたいよ。かっわいい。ちょっと遊んでもらっちゃおうかしら」
楽しそうにシルビアは甲板を歩き出した。
 入れ替わりにベロニカがやってきた。
「何の話してたの?」
「あいつの趣味の話。勇者の育成だと」
へー、とベロニカはつぶやいた。
「無駄に女子力の高い勇者ができそうだわ」
「そうか?」
え?と言う顔でベロニカが見上げた。
「だってシルビアさん、性別おとめでしょ?」
カミュは腕を組んだ。
「あー、そうか。そう見えるのか」
「何よっ、はっきり言いなさいよ」
どう説明しようかとカミュは悩んだ。
「鎖帷子の上に紋章入りのサーコートを着て剣と盾で完全武装した騎士……のかっこうをしたシルビアの影がいるんだよ」
ベロニカはあっけにとられたのか、ぽかんとしてこちらを見上げていた。
「なにそれ……。いつからよ」
「ついさっき。シルビア号に乗ってからかな。いや、オレだってさすがにどうよ、と思ってんだ。あいつの性別は『おとめ』かもしれねえが、あえて言うなら『雄闘命』だな」
うそぉ、とベロニカがつぶやいた。
「ああ。自分で言っても嘘っぽいと思う」
 ロトゼタシア内海の空が明るくなってきた。その空を見上げてカミュはため息をついた。
「焼きが回ったかな、オレ……」