パラケルサスの犯罪 12.第二章 第六話

「ボイド君」
マーヴェルが小声で言った。
「阿片て、薬だろう。睡眠薬、兼、鎮痛剤だよな。病院で薬を作るのが、なんで機密なんだ?」
ロングホーンとボイドは、呆れ顔になった。
「君は、知らんのか。近年、大問題になってるじゃないか。阿片には、幻覚を催す力があり、強い習慣性を伴う」
「セントラルには阿片窟というものがあるんです。恐ろしい場所ですよ。一度阿片中毒になったら、廃人になるまでぬけだせないんだ。だから阿片窟には、息をする死体がごろごしている」
マーヴェルは目をぱちくりさせた。
「そんなものなんで造っていたんだ?わが国の国民が飲んだら困るじゃないか」
「だから、こういうものは外国へ売るんだ」
と、エドが言った。
「なんだって?」
「高値でもよく売れるらしい。死ぬまでやめられないんだからな」
「エドワード・エルリック!」
院長が吼えた。
「大総統閣下の方針を批判するかっ」
「まだ、大総統の方針じゃないだろ?あんたが強力に推しているのは確かみたいだな」
「この花の力を知れば、誰でも飛びつくに決まっとる」
「こんなものが業績か!」
「まだ言うか、きさまは!」
また兵士たちの銃口が、エドを向いた。
「院長閣下、いくらなんでも、ここで銃殺というのは」
ペインター大尉が言いかけた。じろ、と院長は大尉をにらみつけた。
「もとはといえば、きさまの責任だぞ」
「はっ」
大尉は直立不動の姿勢になった。
「この生意気なガキがうろつかないように、きさまは絶対に目を離さないで置くべきだったのだ!」
「申し訳ありませんっ」
「案内係も護衛も解任する。もうきさまはなにもするな、役立たずが」
ペインター大尉は、穴があったら入りたいような顔をしていた。
「待てよ」
とエドは言った。
「大尉をなじるのは筋が違う」
アルは言った。
「ごめんなさい、大尉」
大尉は打ちひしがれた顔で苦笑した。
「エルリックさん……」
「悪かった。まじ。これだけやばいものにでくわすとは思ってなかったんだ」
エドは院長の方へ向き直った。
「あんたが探してるブツっていうのは、ずばり、輸出用阿片なんだな?」
「そのとおり」
みじんも悪びれず、院長は言い放った。
 大尉がつぶやくように言った。
「“ハンニバル”、“アスクレピオス”、“ニムロデ”、“マイダス”、そして“パラケルサス”は、院長の阿片製造計画を知ったらしいのです。たぶん、マクラウド博士あたりが医学的な危険を指摘し、この計画を止めさせたいと考えたのでしょう。しかし、ローフォード大佐をもってしても、ヘイバーン院長の計画は揺らぎませんでした」
アルは、正義感が強く潔癖、という大佐の性格を思い出した。
「そこで彼らグループは、すでに製品化した阿片を盗み出して隠しました」
「“隠した”?あいつらのやったことは、グラン・ウブラッジが所有する財産の横流しだ!横領だ!」
院長は叫んだ。
「たぶんベイツが、自社製品に紛れ込ませて阿片を持ち出し、処分する役割だったのだろう。しかし、ベイツは、密告した」
「じゃあ」
とアルは言った。
「じゃ、悪いのは軍だ、っていうことじゃないですか。ぼくたちは、グラン・ウブラッジの中の一番良心をもったグループの、最後の一人を逮捕しようとしているんだ」
「きさま!」
院長はアルにつめよった。体格なら、負けはしない。アルはまっすぐに院長を見つめ帰した。
「その兜を取れ。顔を見せろ。こそこそと隠しおって」
一瞬、自分の本当の姿を見せてやろうかとアルは思った。
「待てよ、アル」
エドだった。
「院長さん、こいつの顔は関係ないだろう」
「口をつっこむな!」
鬼のような形相で院長は言った。ぎらついた目で院長はエドをねめつけた。
「君には当面、この捜査から外れてもらう」
ぴく、とエドの眉が動いた。
「のぞむところ、と言いたいが、理由を聞いておこうか」
「決まっているだろう!」
あざけるように院長は言った。
「私は外科医だぞ?気付かないと思ったのか。君は阿片を飲んだことがあるはずだ。阿片中毒のハイリスクグループに所属する者に、阿片探しをやらせておくわけにいかん。アルコール中毒者に、酒を探させるようなものだ」
エドの目つきが険しくなり、奥歯を噛みしめる音がした。院長は小気味よさそうにその顔を見た。
「東部からきたエルリック。内乱の申し子、というわけか?」
エドは黙っていた。
「内乱?ああ、東部の」
アルの後ろでマーヴェルがつぶやいた。
「けれど、どうして東部出身だと、ハイリスクグループっていうことになるんだ」
エドの口元に、皮肉な笑みが浮かんだ。
「あんたもさっき、言っただろう。阿片には強力な鎮痛効果がある。だから機械鎧の装備者は手術の時やリハビリ中にたいてい一度や二度、お世話になる」
そう言ってエドは、ゆっくりと手袋をはずした。金属製の義手が現れた。
 まわりの兵士たちから、嫌悪のつぶやきがもれた。アルはいたたまれない思いで聞いていた。院長は満足そうな顔になった。
「思ったとおりだ。左足もそうだな?」
「ああ」
エドはぽつりと言った。
「連行しろ。追放まで、謹慎してもらう」
兵士たちがエドに手をかけようとした。
「待ちな」
エドは言った。
「部屋でおとなしくしていなさい、ってのは、性にあわねぇ。院長、今おれを捜査からおろしたら、あんたの大事な阿片がどこにあるか、わからなくなるぜ」
「きさまならわかるというのか、小僧!」
「わかるさ」
「なんだと?」
「節穴野郎に教えてやってもいい。が」
エドは院長の顔を見た。
「おれの言いたいことはわかってるな?」
院長は下唇を舌で湿らせた。
「機密施設侵入を見逃せというのか」
「ものわかりがいいじゃないか」
見下すような言い方に、院長はかっと紅潮した。
「阿片はどこだっ」
エドは一度両手を合わせ、手品師の優雅さで腕を広げた。
「この部屋の中だよ」
「なに?」
どう見ても、だだっ広いがらんどうである。
「見てな」
エドは兵士の輪を割って“地下工場”の壁に寄り、手のひらをおしあてた。金属板の内張りが変形を始めた。こちら側に向かってゆっくりとめくれかえっていく。「あ、あ、あ」
内張りが完全にめくれたその中には、木箱が積み上げられていた。
 院長は、飛び出しそうな目玉で見つめていた。どうにも口が利けないようだった。
 配下の兵士たちも、錬金術師たちも、呆然としている。エドは人差し指の関節で壁をこつんとたたいた。
「“パラケルサス”は、わりあい、スタンダードな隠し場所が好きみたいだぜ?この壁一面、ひっぺがしてみるんだな」