女給斬り 1.闇の足音

 真っ黒な爪の太い指が数本突き出した。ウェイトレスのブラウスの袖のあたりをいきなりつかんで引きずり寄せた。
「っ……!」
痛いにちがいない。ブラウスの付け袖をはずせば、指の跡が3、4個ついているに違いない。だが若いウェイトレスは何も言わず、ちょっと眉をひそめ顔をうつむけ、盆を捧げて立ったままだった。
「ちっ、愛想のねえ女だ!」
指の主が吐き捨てるように言った。
「きゃあとか何とか言ってみやがれってんだ」
 その男は、最近ラインハットのお城へ雇い入れられた傭兵の一人だった。乱杭歯に酒毒で赤い顔、図体も大きければ態度もでかかった。ラインハットの市民はけして自分から彼らに寄りつかない。
「けっ、てめえが相手じゃ、ぎゃあ、が関の山だろうぜ!」
「色男だと思ってんのかよ!」
同じテーブルで呑んでいた傭兵仲間が酔いにまかせてあざけった。最初の傭兵はテーブルの上に両手をたたきつけた。
「なんだと、きさまらぁぁ!」
きゃしゃなテーブルの上で酒瓶と皿が躍り上がった。
「おうっ、やんのか!」
双方が今にも剣を抜きかねない勢いだった。
 最初の傭兵が手を離したすきに、ウェイトレスはさっとその場を離れた。傭兵たちはひまさえあれば斬り合い、殴り合う。平民の男女には何をやっても、持ち物や金、服を取りあげても、罵声を浴びせ殴り、時には数人がかりで暴行を加えても、かまわないと思っている。
 そして実際、被害者がラインハットのお城へクレームをもちこんでもまったく相手にされないのだった。
 ウェイトレスは自分の持ち場へ戻ってきた。厨房の片隅では、店長がすわりこんで頭を抱えていた。
「俺の店が、俺の店が」
 ラインハットの町中では、まともな飲食店はもうほとんど残っていない。毎晩傭兵たちが酒を飲ませろと押しかけてくるのだ。他の客は恐ろしがって店から出ていくし、傭兵たちは支払いなどしたことがなかった。
 商店も同じように品物を毎日荒らされ続け、小規模な店から根負けして次々とつぶれていた。
「おおいっ、酒だ、酒だ!」
傭兵たちが怒鳴っている。ウェイトレスは無表情に立ったまま店長を見ていた。初老の店長は、手で顔を覆ってふるえているだけだった。
「フィニア」
厨房の奥から料理人が呼んだ。
「はい」
トレイの上に、卵とポテトを焼きこんだキャセロールと、品のいい揚げもの皿がのっていた。
「二階のお客さんだ」
まだ店に残っているスタッフは、店長の他はこの料理人とフィニアだけだった。
 フィニアはトレイを両手で捧げ、階段を上った。
 この店は一階が陽気に酒を楽しむ所、二階は静かに話したい客や料理を目当てにしてきた人のための席になっていた。
 その夜二階にいた客はひと組だけだった。テーブルは階段を上がってすぐのところだった。慎重に階段を上がっていくフィニアの耳に、斜め上のテーブルの会話が聞こえてきたのは、当然のなりゆきだった。
「“ギザミミ”が町へ入った?間違いないな?」
一人は男の声だった。一階の傭兵たちとは違い、かなり教養のある人物だと思った。
「間違いないでしょう。“ナマイキ”といっしょにいたっていうんですから」
二人目の男の方がやや高い声だった。
「私以外に、そのことを知っている者はいるか?」
高めの声が媚びるように笑った。
「いえいえ、あなた様だけです」
「ふん。わかったもんじゃない」
教養がある、と思ったが、この人意地悪そうだ、とフィニアは思い直した。
「まあよかろう。太后様には最高の手土産になりそうだ。ラインハットに入ったのは確かなのだな」
「関所の兵士がうっかり確保しそこねたようで」
最初の男は、はっきりと舌打ちをした。
「役立たずめ。今はどこにいる」
「信者どもに探させています」
「何かわかったらすぐに知らせろ」
フィニアは階段をあがりきった。丸いテーブルのちょうど真ん中で、光の教団の法衣を着た男が二人顔をつきあわすようにしてしゃべっていた。
「お食事をお持ちしました」
さっと二人の僧侶は顔をあげ、フィニアを見た。その顔が異様だった。一瞬、瞳孔が縦長に見えたのだ。妙に長い鼻、大きな口とあいまって、二匹の犬に見上げられたような気がした。
「いい匂いじゃないか」
さっと相好を崩して男の一人がそう言った。先ほど意地悪そうだ、と思った男の声だった。
「この店の料理はすばらしいと、信者の方が推薦してくれたんですよ。来てよかったですね、堂長さま」
やや高めの声の男が芝居のように最初のセリフを受けた。
「肉や魚がなくても、地の成り物はそもそも光の恵みだよ。さあ、いただこうか」
愛想のいい声、柔らかな態度は、上客の見本のようだった。が、フィニアは、階下の酔っ払いを扱うのと同じく、無表情無口に料理をテーブルに乗せただけだった。
「ほかにご注文は」
「これでいいよ」
堂長さまと呼ばれた僧侶はフィニアの前かけに金貨を落としこんだ。
「取っておきなさい、まじめな女中さん」
フィニアは視線を合わせないようにして腰をかがめて礼をした。そのまま階段を下りて行った。
 フィニアは背に板でも入れているようにまっすぐ迷いもなく降りていく。その背に見つめて堂長がささやいた。
「聞かれたか?」
「わかりません。下で怒鳴っている声もありましたし、我々もそうあからさまにしゃべってはいませんでしたが」
「聞こえなかったかもしれん。が、油断したな」
堂長はじっとフィニアの姿を目で追いかけた。その眼の中で、虹彩が細く変化し、赤く輝いた。 

 黒い骨組を白い漆喰で埋めた大きな家が通りに建ち並んでいた。もう夜も遅く、灯りは家の窓からわずかに漏れてくるだけで、人通りはあまり多くなかった。
石畳の道のわきにはときどき物乞いや帰る家のない病人がうずくまっているが、ほとんどは眠っている。ちょっと前まではかなり遅い時間まで酔っ払いが肩を組んで騒いでいたり、いかがわしい女たちが壁際に立っていたりしたが、このごろはそれさえ見当たらなかった。
 木靴をひきずるようにして、フィニアは暗い通りを歩いていた。昼から夜半まで、フィニアはあの店でウェイトレスとして立ち仕事を続けているのだった。足取りは重く、顔はうつむいていた。
 大通りを外れ路地をいくつか曲がると、家は小さく、みすぼらしくなってきた。歩く地面もむきだしで、通りの溝からは嫌な臭いがしていた。やがて壁をよせあってやっと立っているような小屋が立ち並ぶ区画になった。フィニアは、頭から被ったショールを肩にかけなおし、一番端の家の戸をたたいた。
「誰だい?こんな時間に」
用心深い声が尋ねた。
「フィニアです。月の終わりなんで」
小さくドアが開き、老女が一人、フィニアの後ろを透かし見るようにのぞいた。
「ああ。お入り」
 腰の曲がった年よりだった。小柄で顔にはしわが寄っている。頭巾と前かけの中に埋もれてしまいそうだった。
 用心深くドアを閉めた老女に、フィニアは声をかけた。
「これ。今月のお家賃です」
数枚のゴールド金貨をフィニアは老女に差し出した。
大家の老女は、二度、数え直した。
「全部ある」
「じゃあ」
「お待ち」
フィニアはふりむいた。
「あんた、今まで仕事してたんだろう?」
「はい」
「何か食べておいき」
フィニアの仮面のような顔に、初めて表情が生まれた。
「いいんですか」
「黒パンとキノコのスープでいいんならね」
ぶっきらぼうに老女は言った。
 身振りでテーブルへつけと老女は言った。フィニアはショールを取り、布をかぶせただけの粗末な食卓の前にすわった。椅子がぎぃ、と鳴った。
「ほら、おあがり」
ほとんどすぐに老女は縁の欠けたスープ椀を持ち出してきた。フィニアは添えられた木のスプーンを取った。正直、すき腹を抱えていたのだった。
「いただきます」
「ああ」
スープは薄く、あまり具も入っていなかった。が、湯気がたっていた。自分が家賃を払いに来るのをわかっていて、あたためて待っていてくれたのだとフィニアは悟った。
 何も言わずにフィニアはスプーンを口に運んだ。
「おいしいです」
ふん、と老女はへんくつにつぶやいた。
「あんた、毎月毎月、かならず家賃を払いに来る。びた一文欠けたことはない。何がおもしろくて生きてんだい?」
口は悪いが、老女が心配してくれているのはわかった。
「別に。余分なお金を使うところもないし」
「顔立ちだって悪かない。ちょっと見栄えのする服を着て紅でもつけて、男の一人もひっかけようって気はないのかい」
「そんなこと」
フィニアはスープを飲み終わり、スプーンを置いた。
「知らない人は怖いからいやです」
それは実感だった。
「今日だって、店に光の教団の僧侶様が来てました。優しそうな態度で、堂長様って呼ばれてたけど、あたしのいないところじゃ何か悪だくみをしてた」
「あいつらはそんなもんだよ」
 現太后が深く帰依している国教の僧侶たちを、老女は“あいつら”と吐き捨てた。
「口じゃいいこと言っても、何をやってるか見てごらん。あの傭兵たちだって、あいつらが引きこんだんだ。あれ以来町は荒れ放題さ。やれやれ、また人が死ぬのかねえ」
フィニアはちょっと首をかしげた。
「“ギザミミ”が町に入ったんですって」
「なんだい、そりゃ?」
「ヒトじゃないのかも。“ナマイキ”といっしょだったって言ってました」
「猫かねえ」
フィニアは首をかしげた。
「スープ、ごちそうさまでした」
「ただの残り物だよ。つくりすぎただけさ」
 ラインハットの下町では、庶民がその日食べる物さえ事欠くような毎日が続いていた。スープをつくりすぎる者は珍しすぎる。フィニアは何も言わなかった。
皿を片づけようと申し出ようかと思って、フィニアはやめにした。台所に踏み込まれるのを大家がいやがるような気がしたのだった。
「さっさとお帰り」
「そうします」
フィニアはショールを手に取った。
「また来月、払いに来ます」
なんと挨拶していいかわからなかったので、フィニアはそう言った。家族がいなくなって以来長いこと、人と優しい言葉を交わしたことなどなかった、とフィニアは気付いた。
 大家の老女は何か口ごもり、照れ隠しなのか乱暴にスープ椀をつかみ、顔をそむけて早口につぶやいた。
「あたりまえさね!」
 その顔が、ちょっと赤くなっているのをフィニアは見た。久しぶりに、ごく自然に、笑いたくなった。

 その音に気付いたのは、翌日のことだった。
 フィニアはいつものように、昼の開店に合わせて出勤しようとしていた。日の光がほこりっぽい街角を照らし出す。フィニアは木靴を履き、さっさと歩いていた。
 建物と建物の間の路地の前を通り過ぎたときだった。最初、野良犬でも追いかけて来たのかと思った。ぺたぺたという足音、はっはっという呼吸、牙の触れあう音。フィニアは眉をひそめ、少し足を速めた。
「いやだわ」
まだ追いかけてくる。よほど餌が少ないのだろう。フィニアは振り向いて追い払おうとした。
「あ……」
誰もいなかった。
 どぶ臭い匂いが漂う路地は日陰になって暗いままだった。野良犬どころかネズミさえ見えない。
「まあ、逃げたのなら、いいわ」
フィニアはまた歩き出した。
 ぼこぼこと自分の木靴が音を立て、ほこりをまきあげた。そのままフィニアは歩き続けた。
「気のせいよ」
ぼこぼこという音の合間に、ぺたぺたという足音が聞こえる。
「そんなはずないわ」
ぼこぼこ。ぺたぺた。ぼこぼこ。はっはっ。
 その場でフィニアは木靴で地べたを踏みつけて振り向いた。
「おい、いきなり立ち止まるなよ!」
気の荒んだ男が後ろからフィニアを怒鳴り付けた。フィニアは立ち尽くした。
「のら犬がいたはずなのに」
「おれが知るかよっ」
男はフィニアの脇をすりぬけていってしまった。
 あたりの情景はありふれたラインハットの町中だった。朝の早い時間、傭兵たちはだらしなく寝ている。そのすきにこそこそと市民が動き回る。ゴミだらけの街かどには、食べ物をあさるみなしごや老人がいる。さらにそこからこぼれたパンくずを狙って鳥がやってくる。だが、犬は一匹もいなかった。
「そんな、バカな」
とフィニアはつぶやいた。
 その日一日で、何度フィニアは背後を振りかえっただろうか。音だけの“野良犬”はずっとフィニアにつきまとった。店の喧噪のなかでさえ、牙を鳴らす音が耳のすぐ後ろに聞こえるのだ。お面を被ったような無表情だが、フィニアはびくびくし続けていた。慣れたはずのつとめがひどく長かった。
 ようやく閉店したとき、フィニアは家に帰ろうとして立ちすくんだ。夜道がこれほど怖いと思ったことはなかった。
 ぺたぺた、がちがち、はっはっ。フィニアは耳を塞ぐようにショールを被り、一生懸命夜の街を歩き続けた。フィニアの帰り道は明るい通りからだんだん裏に入って行くのだが、当然灯りもまばらになった。
 まわりが静かになるとよけいに足音が気になった。
「いやだ……」
耳の後ろに熱く生臭い息を感じる。あわてて手で払ってももちろん何もない。フィニアは目に涙が浮かぶのを感じた。
「いや!」
どんどん歩き方が早くなり、ついにフィニアは小走りに夜道を駆けだした。
「来ないで!」
頭から被ったショールを手で押さえ、耳を塞ぐようにしてフィニアは走った。
「助けて!」
「どうしたんですか?」
誰かがそう言った直後、どしんという衝撃があった。前も見ないでやみくもに走ったあげく、誰かにぶつかってしまったことをフィニアは悟った。
「た、たすけて」
謝る前にその言葉が先に来た。
「何か、追っかけてくるの?」
 ぶつかったのは、若い男のようだった。長い紫のマントに、同じ色のターバンを巻いている。その下の髪は黒く、首の後ろで一つにまとめ、背中に流れていた。
「本当なんです!」
若い旅人はふいにフィニアを自分の背後にかばった。路地の闇を見透かすようにじっと視線を注ぐと、手にした杖をふりあげ、その石突きを地面にたたきつけた。
 ガッと鋭い音がした。
「去れ!」
思わずフィニアがびくりとしたような、気迫に満ちた声だった。誰もいない路地に沈黙が漂った。旅人は杖を持ったまま険しい表情で立ちはだかっていた。フィニアはしばらく自分の荒い呼吸の音を聞いていた。
 やがて緊張をはらんだ沈黙がただの静寂に変わっていくのがわかった。旅人は杖をゆっくりもどし、そしてフィニアの方を振り向いた。
「大丈夫ですか?」
フィニアはあらためて旅人の顔を見た。この人、若いんだわ、と思った。
「ケガは、ないです。あ、ありがとう」
 旅人はふっと微笑んだ。フィニアをあれほど怖がらせたモノを、気合だけで退けた迫力はどこへ行ったのだろう。優しそうな穏やかな瞳だった。
「夜道は危ないですよ。よかったらお宅までお送りします」
昨日までのフィニアだったら、見ず知らずの男に自分の住居を知られるなどということは死んでも嫌だっただろう。だが今は切実だった。
「いいんですか」
「アレがもどってきたらたいへんだから」
さあ、と若者は言い、自然にフィニアに寄り添った。
「ありがとうございます」
いっしょに歩きながらフィニアは彼の横顔を盗み見た。りりしく、優しげで、気品がある。そしてすれちがう女がたいていふりむくほどの美貌だった。
「遠いんですか?」
「いえ、すぐそこです」

 紫のマントの旅人は、自分の名前はルークだと名乗った。
「旅の方なのね。ラインハットへ、仕事を探しに来たの?」
ルークは不思議な若者だった。身なりはつつましく旅のほこりを浴びているのだが、高貴な戦士のように堂々としている。
「どうしてそう思うの?」
不思議そうに彼は問い返した。
「あなたは闘い慣れた人だわ。傭兵になるの?」
今ラインハットは諸国から高い金で傭兵を集めているのだった。
「傭兵になる気はありません。僕には家族がなくて、友達が故郷を訪ねるのにつきあってここまで来たんです」
「そう」
誰かといっしょに歩くのは、驚くほど胸がはずんだ。
「じゃあ、あなたはラインハットの人じゃないのね。お国はどちら?」
「ええと、ぼくは小さいころからずっと父と旅をしていたものだから、よくわからなくて」
フィニアは少し後悔した。詮索好きな女だと思われただろうか。
「私はラインハット生まれだけど、父さんは国境の外から来たの」
「外……。オラクルベリーかな?」
「サンタローズって村よ」
ルークは黙っていた。
「サンタローズは山の中の村なの」
フィニアはしゃべり続けた。
「耕せる土地が少ないから男兄弟の末っ子だった父さんには土地が回ってこないもんで、村の外へ働きに出たんですって」
「ああ、そうか」
「あたしも行ったことないんですけど、父さんが死んだあと、母さんはつてをたどってサンタローズへ移ろうかと思っていたみたいだわ」
「お母さんは?いっしょに?」
「ううん、母も兄弟も逝ったわ」
「悪いことを聞いたかな。ごめんなさい」
「ラインハットじゃ珍しくないわ。父と兄は牢屋へ連れていかれてそのまま。母と妹は病気。あたし一人になっちゃった」
しばらく沈黙が漂った。
「あのさ」
「え?」
「サンタローズは山の上なんでしょう。女の人にはきつい旅じゃないかと思って」
「そうねえ。それに、村へ移ったら農家の手伝いの口でも見つけないとね」
「こっちでできるだけ稼いでおくといいんじゃないかな」
フィニアは苦笑いをした。
「今の店もいつまで続けられるかわからない。今夜はほんとに怖かったわ」
「いつも、今頃店が終わるんですか?」
「そうよ」
「店が開くのは」
「昼ちょっと前」
「じゃあ、よかったらぼくが送り迎えをします」
フィニアは驚いてルークの顔を見た。
「本気なの?」
この生き馬の目を抜くようなラインハットで、そんな一文の得にもならないようなことを申し出るとは。フィニアは相手の顔をまじまじと見つめた。ルークは赤くなった。
「あの、失礼だったでしょうか。若い御婦人に」
「御婦人って」
フィニアはつい、笑いが出た。
「つぶれかけた店のウェイトレスよ。学もなけりゃ、親もいない。あたしの名誉なんて誰が気にするのよ。あんた、よっぽどお育ちがいいのね」
ルークは面食らったような顔になった。
「お育ちって言っても、その、う~ん、でも父さんが言ってました。レディは大切にするようにって」
今のフィニアを、たとえば大家の老女が見たら目を丸くするかもしれない。声を立ててフィニアは、あはは、と笑った。
「ほんとにヘンな人ね、あんた」
荒れてすさんだラインハットに降りてきた、高貴な騎士のような旅人だった。その夜フィニアは、この若者にほとんど恋していた。