強き心は 4.祖父の祝福

 パパスは、軽く目を見開いた。
「きみとは、サンタローズで、確か、会ったな」
「はい」
と成長したルークは、静かに言った。
「来てしまわれたんですね」
「あのとき、そうするつもりだと言った」
「ええ、そうでした」
アイルたちは、両側からルークに寄り添った。ルークは腕を広げて、子どもたちを両わきにしっかりと抱きかかえてくれた。
「失礼だが、よく似ている。お子さんがたかね」
ルークはふと微笑んだ。
「そうです。ぼくは、この子達を迎えに来ました。この子が、アイトヘル。こっちがカイリファ」
パパスは懐かしそうな顔になった。
「良い名前だ。国の言葉で、“天の霊気“、そして、”天を支える者“という意味になる」
「はい。古い、グランバニアの言葉です」
「いくつだね、アイトヘル君?」
「8歳です。友達は、アイルって呼びます」
「カイリファちゃんも?」
「あたしたち、双子です。略してカイです」
「そうか、そうか」
目を細めて、パパスは何度もうなずいた。
「きみたちの、お母さんは」
アイルたちは顔を見合わせた。
「生まれたときから、ずっと遠くにいってしまって」
「会ったことはありません」
パパスは痛ましそうに眉をよせ、物問いたげにルークを見た。
「いえ、妻は、生きています。どこにいるかわかりませんが、きっと探し出すつもりです」
「そのような運命が、あるのだな、やはり」
平行する運命をたどる二人の男は、互いの視線を受け止めて、胸にしまいこんだようだった。パパスは、子ども達に視線を戻した。
「早く会えるように、祈っているよ」
アイルたちはうなずいた。
「ぼくたち、がんばります!」
「だって、お母さんに会いたいから」
小さなルークが、成長した自分を見上げて言った。
「サンタローズで会ったおじさんだよね?」
「ああ」
ルークは、少年の自分に向かい合った。
「あのときは、宝石を見せてくれたね。ありがとう」
あはっと小さなルークは、うれしそうに笑った。
「ぼくね、これから、お仕事するの。お父さんを手伝うんだ」
「すごいね」
優しくルークが答える。小さなルークは、無邪気な表情で笑った。
 アイルは心配になった。
「ね、お父さん、いいの?ぼく、もしもぼくが今」
ルークは首を振った。
「さあ、帰ろう」
だが、アイルの目の前で、ルークの持つ杖のにぎりが、細かくふるえていた。
「お父さん!」
少し泣きそうな声で、カイが言う。ルークは大きな手でそっとカイの髪をなでた。感情を抑えた、穏やかな声で、パパスに向かって言った。
「ぼくたちは、これでおいとまします。子どもたちを、あなたにお見せできてよかった」
そう言って、子どもたちをうながし、パパスに背を向けた。
「待ちなさい」
パパスが声をかけた。アイルはさっとふりかえった。パパスは近寄り、じっとアイルたちに視線を注いで話しかけた。
「これからきみたちがどこへ行くのかは知らんが」
いつかきっと、魔界へ行きます、おじいさま。そこに、マーサおばあさまがいるはずです。だが、アイルは思うことを言えずにうつむいた。
 パパスは大きな両手をそれぞれアイルとカイの頭に乗せ、低くつぶやいた。
「きみたちの行くところに、必ずマスタードラゴンのご加護のあるように」
その言葉の中には魔法力の波長があった。アイルはふるえた。敏感なカイも、感じ取ったらしい。それはまぎれもなく、グランバニア王の祝福だった。
「ありがとうございます」
パパスは優しい表情になった。
「元気でな」
ルークは、小さな自分に声をかけた。
「君も元気でね」
「うん」
「そうだ……ねえ、初めて会った動物が、おびえていたら、君はどうする?」
小さなルークはすぐに答えた。
「安心させるよ?」
「うなったり、歯を立てたりしても、怒らないかい?」
「うん。だって、怖がってるだけだもん。本当はいい子なことが多いから」
「それなら、だいじょうぶだ。きっとヘンリーとはうまくやっていけるよ」
小さなルークは、少し首をかしげ、重々しくうなずいた。
「そうなんだね。ぼく、わかった」
ルークは微笑み、もう一度パパスに会釈して、子どもたちを連れ、廊下を遠ざかっていった。
「おじさん、それと、おにいちゃんと、おねえちゃん!またね」
後ろで小さなルークが、手を振っている。だが、ルークはふりかえらなかった。

 女官数名を従えて、女王は不思議な絵の部屋で待っていた。
 目の前で、問題の絵の表面がゆらぎ、さざなみを立てた。
「みんな、おさがり」
絵の前の空間に、大きな影と、小さな二つの影があらわれ、みるみるうちに色彩を帯び、実体化した。
「ただいま帰りました、女王様」
妖精の女王は、安堵のあまり、おおきく息をついた。
「お子さん方も無事だったようですね」
子どもたちはうつむいていた。泣いているようだった。
「おじいさまが……」
「おとう、さんも」
何が起きたかを女王は悟った。
「助けられなかったのでしょう」
「ぼくたち、もし、あのとき」
女王は首を振った。
「いいえ、それは、起こってはならないできごとだったのです」
「でも!」
女王は、唇を噛んだ子どもたちにそっとささやいた。
「時の流れは、そもそも神の領域です。この城の中にある“時の砂の結晶”は、そのほんの一部を管理しているだけです。過去と現在の往復は、結晶体に大きな負担がかかること。しかも、あなたたちが過去を変えてしまったら、結晶は割れてしまい、あなたがたは二度とこちらの時代へ戻れなかったはずです」
アイルはきっとした表情で言い募った。
「じゃあ、ぼくたちは、自分の安全のために、見捨ててしまったの?おじいさまや、お父さんや……」
「アイル」
静かにルークが言った。
「見捨てたんじゃない。パパスおじいさまは、アイルがちゃんとこちらの時代にもどるのを望んでいたと思うよ」
「そんなこと、なんでわかるの!」
ルークの手が、アイルの背中に触れた。
「天空の剣だ」
アイルは、はっとした。
「これが何なのか、父さんにわからなかったはずがない。たぶん、アイルが天空の勇者だってことに気づいたんだ」
「あ……」
「知っていて、それで祝福をくださったのだろうと思うんだ」
小さな勇者の目から涙が熱くあふれてくる。となりにいる王女も、指で顔をおおって小さくしゃくりあげていた。
「ルーク殿」
彼はふりむいた。
「つらい、思いをさせましたね」
「いえ」
静かにルークは言った。
「きっとこうなることになっていたに違いありません。ぼくは今日、ひとつの円環が閉じるのを見ました」
両脇にひとりづつ、子どもたちを抱え、力強くルークは言った。
「父の心は、時を越えました。ここからはぼくたちが、それを運んでいきます」