ゴールド金貨25枚の謎 1.ミランダ伯母

 金貨を編む。
 真紅に染めて縒りあわせた三本の丈夫なひものはしを、まず固く結び合わせる。その結び目の真上にゴールド金貨を一枚置き、ひもを輪にして別のひもの端をくぐらせ、ひねり、結んでいく。
「リアラちゃん、聞いたわ。この間の縁談、断ってくれたんですって?」
 きゅっと音を立てるほどにひもを引いて編目の上にまた、一枚。十指が生き物のように動き、またたくまに編んでもう一枚。
「伯母さんにはわかってたわ、やっぱりうちのネビルを選んでくれていたのね」
やがて、25枚のゴールド金貨が、一本に編み上げられた。その編み終わりに、薄い木片を細い針金で結びつける。
 これが、オラクルベリー名物、25ゴールド差し。
「あら、恥ずかしがっているの?でも、あなたももう、二十歳でしょ?そろそろふんぎりをつけないと。どう、伯母さんのほうからうちの子に早くプロポーズするように言って上げようか」
 すぐ横に、同じく赤いひもで編んだ金貨のまとまりが三本あった。四本まとめて片手に持って、はしとはしを今度は黒い太いひもできつく結び、少し大きい木片をやはり針金できっちりと留めた。100ゴールド差しの完成である。
「いくらセルジオの娘だって言っても、金貨編みで一生終わらなくていいのよ。だいじょうぶ、うちのネビルなら、リアラちゃん、幸せになれるわ」
どの木片にも、セルジオ商会の印と通し番号がつけてある。リアラは傍らにおいてあった大きな台帳に、通し番号と日付を書き付けた。
 商人の町オラクルベリーでは、高額の取引も多く、いちいち金貨を一枚づつ数えていられない。100ゴールド差しを使うのが普通である。特にセルジオ商会の発行した100ゴールド差しは、数にごまかしがないというので人気があった。
以前はオラクルベリーの中だけで流通していたが、宰相が替わって以来納税等にも使っていいことになったので、大陸中でこの金差しを目にするようになっている。
「うちの子はリアラちゃんのお父さんに似て、なかなかの二枚目でしょ。もちろん、二人とも、ラインハット王家の血が流れているからなの、美男美女系の」
ミランダ伯母がうっとりと言ったときだった。
「そりゃ、叔父と甥だから。似てるのは顔だけですけどね」
 末の妹のリンダだった。まだ15歳である。店の片隅の土壁で仕切られたこの部屋でセルジオ家の女たちの伝統的な仕事、金貨編みをするよりも、店先に立って呼び込みや客の応対をするほうが好きで、得意だった。
 声が大きくて表情が豊かなだけでなく、客の興味のありかをすばやくとらえて品物を選ぶ力は、三姉妹随一。ミランダ伯母に口を挟む隙を与えず、リンダはさっとリアラの前に石版を差し出した。
「大口の支払いがでたの。ちょっと姉さんに見てもらおうと思って」
革の取引の伝票である。数量と値段、取引先をぱっと見て頭に入れ、リアラは妹にうなずいた。
「検品は誰がやったの?」
いくら数が合っていても、不良品をつかまされたのでは支払いはできない。天下のセルジオ商会は厳しかった。
「リルシィ姉さんよ」
 リルシィは中の妹で18歳。売り子を卒業して、今は仕入れの目利きを番頭について学んでいる。リンダと対照的に冷静で、観察眼に優れた頭のいい子だった。リアラは机の上から黒のひもでくくった金差しを5本とりあげ、それから端数をそろえて支払い額を用意した。
「じゃ、これね。防具職人の親方が、質のいいのがあったらとっておいて欲しいと言ってたわ。値をつけるときにおぼえておいて」
「リル姉さんにそう言えばいいのね」
 妹は、ミランダ伯母にちょっと腰をかがめて挨拶するとすぐに出て行った。
 リンダもリルシィも、この伯母をあまり好いていないことをリアラは知っていた。ミランダは7代目セルジオの娘であり、三姉妹の父である8代目セルジオの実の姉である。同業者に嫁いだが夫に先立たれて今は実家に戻っている。子どもは男の子が一人だけで、その大切な坊やがネビルだった。
 ミランダは少女のころからその美貌と気位をもてはやされた、元“ミス・オラクルベリー”である。金貨編みはもとより、店の仕事が大のきらいで、手伝ったこともなければ、そもそもおぼえようともしなかった。
 今も台帳付けと金貨編みに忙しいリアラの横で、何をするでもなく伯母は大げさに扇子を広げたり閉じたりしてくっちゃべっているだけだった。従兄弟のネビルのアホさは母親譲りだとリアラは思っている。
「リンダちゃんもリルシィちゃんも、まだお店のことをやってるの?どうせお嫁に行くのに。リアラちゃんまで」
この伯母に下手に逆らうと話が長くなる。リアラは気を落ち着かせて微笑んだ。
「貰い手がありませんから」
「“商売の片腕”なんていわれていい気になっていても、お嫁に行くとなればそんなもの邪魔にしかならないわよ。女はまず家柄、それから器量に気立て。貴族の奥様にだってなれますよ。リンダちゃんたちのことよ」
最期のほうはあわてて言った。伯母の遠大な計画では、リアラはネビルと結婚してネビルが次のセルジオを襲名することになっているのだ。
 リアラは、まるで決定済みといわんばかりにネビルをあてがってくる伯母に、腹を立てたりうんざりしたりしてきたが、ミランダはリアラとネビルが婚約中であるかのように扱い、早く式を挙げろと毎日せっつくのだった。ただ、最近ネビルがラインハットで貴族の従僕になったので、ちょっと疎遠だった。
 貴族の従僕は、もともと騎士の従者兼見習いという地位である。今は専門の従僕のほかに、貴族や市民の良家の子弟も若いころに就く職業になっていた。将来のコネを確保するという意味もある。
 しゃれたお仕着せを身につけて大貴族のそば近くに仕える若い従僕たちは、将来の宮廷の花形であり、未婚の娘を持つ親たちにとって有望株だった。
 そんなわけでネビルが従僕に採用されたときの伯母の喜びようといったら、王位についたかのようだった。口を開けば“オラクルベリー大公ヘンリー殿下のおそばに仕えるうちの子が”と、えんえんと話し続けるのだ。
 最近、その就職先でどうたちまわったのか、ネビルはなんとオラクルベリーの代官になって町へ戻ってきた。
 伯母は興奮のあまりひきつけるのじゃないかというくらいの騒ぎ方をしたが、リアラは複雑ながらもほっとした。伯母の計画が上方へ修正され、ネビルの嫁がセルジオの長女風情では物足りなくなったからである。
 だが、ネビルの阿呆はあっというまにぽかをやって、代官を首になってしまった。
「ネビルといえば、代官様にはなりそこねたみたいですね」
ミランダはふくれた。
「うちのネビルはよくやったのよ。ヘンリー様がおたわむれをなさるから」
新しい王国宰相にしてオラクルベリーの領主、ヘンリーについては、リアラもあちらこちらから聞いていた。一筋縄ではいかない男のようだった。
 ネビルは何度かリアラにもぼやいている。
「ティゾンの伯爵様は、グレイブルグのユリア様に取られた土地を返して欲しかっただけだったんですよ。それなのに、ヘンリー様ときたら“ふざけんじゃねえ”ですからね」
「本当にそんなことを?」
「正確に言うと、“ふざけんじゃねえ、もともと賭場の借金がかさんでうっぱらった土地だろうが!今返してやったらまたさんざん絞ったあげくに細切れにして売り払うのが落ちだ。せっかくいい作物の取れる土地を何だと思ってやがる。むしのいいことばっか言ってねえで、もちっとまともな絵を描いてこいっ”」
たまらずにリアラは笑ってしまった。しょせん、ネビルの手におえるようなぬるい雇い主ではなかったらしい。
 ネビルは首になってしまったので、若手代官から官僚貴族への出世はあきらめたらしい。するとのこるは…… リアラにとっては迷惑なのだが…… 次期セルジオへの道と言うわけだった。
「だからリアラちゃんがうちのネビルを婿にもらってくれればいいのよ」
「先日のヘンリー様の結婚式はご覧になりました?」
うんざりしたリアラがまた話題を変えると、思ったとおり伯母の目が爛々と輝いた。彼女は王侯貴族が結婚したの離別したのという話が昔から大好きだった。
「ええ、ええ。前代未聞の結婚式ね」
先の領主ゴーネン公爵は、有力な貴族の娘を公爵夫人に迎えた。ラインハット城で見せ付けるような結婚式をあげたという。
 オラクルベリーの主だった家々は祝いの品を争って持ち込んだが、お返しはおろか、領主夫人のひろめさえなかった。彼女はずっとラインハットの宮廷にいて、オラクルベリーには結局足も踏み入れなかった。それが普通なのだ、と思っていたのだが。
 現領主ヘンリーは、とんでもなかった。
 海辺の女子修道院から見習い修道女を単身さらってくるわ、集まっていた市民のはやし立てる中、修道院長に談判して結婚の許しをもらうわ、教会まで市民をぞろぞろとひきつれていき、その場で結婚するわ、確かに前代未聞だった。
 たまたま、リアラとネビルも居合わせた。というわけで花婿は平服で、花嫁は、修道女の証である頭巾だけは取ったが質素な青い服のままで、漁師の女房だの道具屋の店員だのを証人にして、結婚の誓いをたてるのをつぶさに見ることができた。
「もっとほかに貴族のお姫様はいなかったのかしらねぇ。修道女っていったら、オラクルベリーの街中で物乞いをしてるじゃないの」
「何てことを、伯母さん、あれは寄付を募ってるんですよ!」
海辺の修道院の修道女たちを悪く言う者はオラクルベリーにはいなかった。庶民はたいてい、彼女たちの奉仕活動の世話になっていたのである。代々のセルジオも、寄付をすることで尊敬の態度を示していた。
「でもまあ昔からラインハットのやんごとない方々は、よくお遊びなさいますからね。先代の陛下もお忍びがお好きで、今の太后アデル様ともそのとき……」
なんでもミランダ伯母は、若いころラインハットへ出かけた際に、町娘だったアデルと先の国王をとりあったそうだ。リアラも妹たちも、ミランダの話は耳にタコができるほど聞いていた。
「お遊びじゃありませんでしょ。あれからヘンリー様とマリア様はラインハットへ行って、きちんと装束をあらためて、国王陛下と太后様の御臨席を得て王宮内の礼拝堂で厳粛な結婚式も、おあげになったって言うじゃないですか」
「そうよ~。とっても豪華だったって。ネビルが従僕のままだったら、あたしもお式にうかがったのに」
はあ、とためいきをついて、
「領主様と若奥様は、まだラインハットなの」
「いいえ、先日お帰りになりましたわ。今夜はうちへお招きしてますの」
と口を滑らして、しまったっ、と思ったそのときだった。土壁にひとつだけ開いている格子窓に影が差した。リアラが振り向いた。
「今、両替を頼めますか」