野薔薇の咲く村 3.村長の回想

サンタローズの村長は、ルークが覚えているよりずっと小さく、ちぢんで見えた。実際、腰は曲がり、白いヒゲは膝に届くほどだった。 だが、言葉も動作もきびきびして、気丈夫だった。
「さあ、聞かせてくれんか。パパス殿とおまえがラインハットへ行ってから、何があったんじゃ」
 漆喰塗りの小さな教会の、慎ましやかな堂内である。清潔でちり一つなく、正面の精霊像と鉄の燭台だけが装飾だった。その燭台のろうそくから、黄色みを帯びた柔らかな光が放たれていた。
 神父もシスター・ファナも、ルークの話に耳をすませている。
 村長のそばの、磨きこまれてあめ色に変色した木のベンチに、昼間の男の子がくたりと座って、腕を枕に眠り込んでいた。なんとも愛らしい寝顔だった。サンタローズが襲われたときに親を失って、今は村長と一緒に暮らしているという。ルークはそのそばに、忘れていった宝物の、きれいな小石を置いてやった。
 ルークは、できるだけ気持ちを抑えて、事実だけを並べていった。ラインハットの王妃、今の太后が、第一王子を誘拐させたこと、王子を取り返しに行ったパパスが手ごわい魔物と戦って死んだこと、ルークは王子と一緒にさらわれて今まで遠いところで働かされていたが、最近逃げてきたこと。
「今は、父の最後の言葉に従って、母を捜しています。そして、できることなら母に、父の生き方と最後の言葉を伝えたいです。父さんは一生をかけてあなたを求めた、と言ってあげたい」
村長は、何度も鼻をかんで聞いていた。
「それで得心がいったわい。わしもな、あのパパス殿が、子どもの誘拐に手を貸したなどとは、これっぱかりも信じていなかったんじゃ。だが、この村を襲った連中があまり言うものでな」
「村長」
と、ヘンリーが言った。
「そいつらは、パパスさんに汚名を着せるために来たんです。あの人は潔白だ。おれが証人です。誘拐された本人が言うんだから、まちがいない」
村長は口をあんぐりあけてヘンリーを見た。
「お若いの、それじゃ……ラインハットのお人じゃったか」
年よりはふうぅと息を吐いた。
「国へ戻ることがあったら、墓参りをなされよ。亡くなった国王さまは、それは熱心にお子を探しておられた。あの方の時代には、サンタローズが襲われることもなかったんじゃ」
ルークはふと父の若いころに興味をもった。
「父は、ラインハットの王様と知り合いだったらしいですね」
「おお」
村長は、教会の高い天井に視線を泳がせた。
「はじめてパパス殿がこの村へ来たとき、どのようなツテで手に入れられたのかは知らんが、たしかにラインハット王の御署名のある紹介状をたずさえておられたよ。ルーク坊は、やっと立てるような赤ん坊でな。サンチョ殿にしがみついておった」
村長の皺ふかい顔に、優しい表情が浮かんだ。
「パパス殿がどういうお人か、最初はとまどったもんじゃ。お姿は旅の戦士で実際かなりの達人なんじゃが、神父さんのように品のある話しかたをなさるし、学があって難しい本を読めて、手紙もすらすら書きなさる。おまけに赤ん坊と、それから王様の紹介状じゃ」
ほい、と言って村長は膝をうった。
「そうじゃ、その紹介状にな、『レヌールの宝について調べている御仁なので、サンタローズの洞窟へ入る許可を与えてやってほしい』というようなことが書いてあった」
ルークは首をかしげた。
「なんでレヌールとこの村の洞窟が関係あるんですか?」
「この村から見て北西に、封印の洞窟というものがあるそうじゃ。そこに最後のレヌール王が、王家の宝物を隠したと言い伝えられとってな」
村長は白いひげをひねった。
「この村はな、昔レヌール王国のころ、直轄領じゃったと。サンタローズはレヌール王家の聖地の入り口で、あの村はずれの洞窟から川をさかのぼるとたどり着くが、中は迷路のようになっておる、と」
川。舟。一人で小船に乗って洞窟の中へ入っていく父。
「それじゃ、あのとき……!」
村長はうなずいた。
「おお。パパス殿は、あの洞窟の奥へ通っておられた。が、問題の洞窟へは道が見つかっていなかったようじゃ。ただ、大事なものを隠したと言っておられたのを思い出したぞい。なにやら大きな敵を警戒しておられるような口ぶりじゃった」
そのとき、それまで黙って話を聞いていた神父がおお、とつぶやいた。
「ルークくん、今だから話すが、この村の襲われた夜、兵隊たちの頭は私にだけこっそり聞いてきたんだ。『パパスから何か預かっていないか』と」
ルークはヘンリーと顔を見合わせた。
「もしかしたら、兵たちは、この村に誘拐の責任をかぶせるだけじゃなくて、父の持っていた何かを探しに来た、ということですか?」
「行ってみよう、ルーク!」
「ああ!」
これこれ、と村長がとめた。
「若いもんは、せっかちでいかん。今夜は休みなされ。狭くてよければ、うちで」
と言いかけたとき、眠っていた少年が、寝言をつぶやいた。
「きみ、ベラって言うの?」
それはよく知っている名前だった。ベラ。子どもにしか見えない、妖精の娘の名である。それでは昼間、あそこにベラもいたのかもしれない。
「ルーク?」
ヘンリーが声をかけてきた。
「ああ、うん。すみません、村長。宿へ泊まるつもりでしたから、御好意だけいただきます」
ヘンリーは先に立ち上がり、村長たちに一礼して教会を出た。ルークは彼に続いたが、扉の前で立ち止まり、宙に向かってささやいた。
「ぼくの村を見守ってくれてありがとう、ベラ。あの子に伝えてくれるかい?いつでもあそこで遊んでかまわないからって」