ラインハット最後の日 第一話

 ラインハットの町の中心部にある湖の岸辺の広場は、町で指折りの店が軒を連ねる繁華街だった。人通りは、なかなか多い。身なりのいい市民や、メイドを連れた貴婦人などがあちこちの店先にたむろしていたり、てきぱきと働く店員、自慢の作品をもってくる職人などが広場を出入りしたりする。その間を武装した兵士が見回って、治安につとめていた。
 それは、繁栄を謳歌する大都市の、いつに変わらぬ顔だった。
 しかし。
「いやな空だな」
「ひと雨、来そうだ」
行き会った知り合い同士が、そんなことを小声で話しながら、ちらりと上空を見上げる。
「雨というより、嵐だね」
「嵐なものか、魔物だよ」
 ここ数日、空が青々と晴れ上がることはなかった。どんよりと曇り、日中もあまり明るくならず、灯が必要なほどだった。風はなま暖かく、それに乗って、強い硫黄臭や、生臭い臭い、大量の血の臭いまでが飛んでくる。何日か前からは、遠雷のような音が聞こえるようになり、しかもその音は日を追うごとに強く、大きく聞こえてきた。
「いよいよなのかね?」
「ああ、いよいよなんだろうか」
 誰が言い出したのか。
 この世の終わりが来る、と。
「だって、みんな言ってるよ」
「ガキでも知ってるってね」
 いつのころからか、ラインハットの市民は、こそこそと集まって、そんなうわさをするようになっていた。この世は、マスタードラゴンの治めたまうこの世界は、もうおしまいらしい、と。
「南の方じゃ、高い山が火を噴いたってよ!」
「このラインハットだって、毎日一度は地震が来るじゃないか」
「おれの聴いた話じゃ、海の魚が真っ白な腹を見せて、何百匹も死んで漂っていたって」
「何とか言う町じゃ、ねずみの大群が町からいっせいに逃げ出したんだってさ」
「どっか遠いとこじゃ、えらい強ぇ魔物が群で旅人を襲ったらしいぞ!」
「世界中、どこでもそうなのかい?ここなら大丈夫ってところは、ないのかい?」
「グランバニアの石のお城ならだいじょうぶかもしれないが」
「いやいや!グランバニアはきっと、まっさきに魔族に狙われるぞ」
そして最後に顔を見合わせて、お互いに聞きあうのだった。
「どうするよ、おい?」
 公然とは誰も口にしないが、みんな破滅の予感を感じ取って、そわそわしている。これがラインハットでなかったら、とっくにパニックが起こり、町は略奪と暴動が起こっているに違いない、と誰もが思っていた。
 失うものを持たない民はまだ落ち着いていたが、金持ちや貴族は、なかなかそうはいかなかった。
「おいらの知り合いが、夕べ別れを言いに来たんだ。奉公先の殿様にくっついて、御領地へひっこむんだって」
「え、ラインハットは、危ないのかい?」
「そうらしいぜ。その殿様は先祖伝来の宝物や金袋をたっぷり馬車に積んで、ご一家を挙げてさっさと町を逃げ出したってよ」
 庶民のなかにも、おびえは広がっていた。
「子供だけでも、助かる方法はないかしら」
「うちの子なんか、地下室へずっと匿ってるの」
「でも、魔物が来たら、地下室なんかでだいじょうぶなの?」
「わかんないわよ、そんなこと!でも、うちの人には仕事もあるし、どうしようもないじゃないの」
「教会へ連れて行けば?」
「教会で大丈夫?ねえ、昔、光の教団てのがあったじゃない」
「何を言い出すのよ、あれはもう」
「禁止だって言うんでしょ?でも、ほら、もうおしまいだ、って言われると、あの人たちの言うとおりにしとけばよかったかもしれない、なんて」
小さな声でささやき交わす者も、下町にはいた。
「バカ言ってんじゃないよ!」
 一人の女が割って入った。
「あんた、知らないのかい!勇者様が、魔物どもを退治に行ってくださってるんだよ!大船に乗った気でいりゃあいいんだよ」
最初の女が口を尖らせた。
「そんなこと言ったって、勇者様って、まだ子供だろう。まかせておいて、大丈夫なのかねえ?」
後から来た女は、胸をたたいて保証した。
「大丈夫さ。ほら、宰相様が、そうおっしゃったんだから!」
女たちは顔を見合わせた。このラインハットで宰相様、といえば、オラクルベリー大公ヘンリー以外にはありえない。
 宰相の職分、王兄殿下の身分、大公の爵位のほかに、「やらずぶったくりのヘンリー」という二つ名前を商人たちから献上されていた。まだ30前の若い宰相だが、ラインハットの市民は彼の行政手腕をいやというほど思い知っている。ただ、この世が終わるかどうか、という瀬戸際になると、その辣腕ぶりがいっそ頼もしかった。
「まあ、宰相様が言うのなら」
「信じていいのかねえ」
 そのときだった。女たちの一人が、声をあげた。
「ありゃ、大公様の紋章入りの馬車だよ!」
 大型の馬車がたしかに広場へ向かってきた。騎乗の戦士が数名、その馬車を守っていた。先頭の騎手は、今まで話していた当のヘンリーその人だった。
「あっ、あの賭け屋へおいでなんだ」
「ふざけたことをしてっから。おとがめがあるんだろうよ」
女たちは眉をひそめて、広場の店のひとつを見ていた。
 それは、ラインハットの老舗ではなかった。急ごしらえの、店というよりただの小屋に近い。だが、広場で買い物をする客がその小屋の前で必ず足を止めるのだった。
「賭けをうけたまわります」
と、その店の看板はうたっていた。
 押しの強そうな中年の、小太りの男が、どでかい声を張り上げて客を呼び込んでいる。
「さあさあ、世界が滅びるかどうか、一発賭けちゃどうだい?」
市民は目を見張り、不安そうな顔になる。
「こんな世の中だ、金はいくらあっても困らないよ、お客さん!」
人々はお互いに顔を見合わせてささやくのだった。
「そうだな、どんなご時勢になるか、わからないんだし」
「儲かれば運がいいし、世界が滅びなきゃ、それでもいいし」
「さあ、張った、張った!」
 まじめな市民が、“世界の破滅を賭けの対象にするなんて”と白い眼を向ける中、賭け屋の店先から人の絶えることはなかった。
 妙な熱気の取り巻くその小屋に、大公の馬車は近づいていく。もともと物見高いラインハット人たちが、広場中から集まってきていた。
「ヘンリー様、こちらです」
戦士の一人が先に下馬してそう言った。
「案内、ご苦労だった、トム」
そう言って、ヘンリーもさっと白い馬から下りた。
「あとはいい。部下を連れて、城へ戻ってくれ。仕事中に悪かったな」
トムは敬礼した。
「そうもまいりません。このような」
と言って、馬車を指差した。ヘンリーはにっと笑った。
 客を呼び込んでいた賭け屋が、引きつったような顔でやってきた。後ろにあまり目つきのよくないが、体格のいい店員を数名従えている。そっちが店をつぶすつもりなら、ただ引き下がりはしない、という意思表示らしかった。
「いらっしゃいませ、大公さま」
ヘンリーは、満面の笑顔になった。
「よお、ひさしぶりだな」
「は?」
賭け屋は目を丸くした。
「おいおい、オラクルベリーで会ったじゃないか。あれはたしか、サイクスの店だった」
「お、おぼえていらっしゃいましたので」
「あたりまえだ。それでサイクスはどうした?最近、あっちにいないんだ。この店の奥にでも来てんのか?儲かってそうだなぁ」
「めっそうもないことで」
賭け屋は冷や汗をかいている。
「サイクス旦那とこの店は、か、関係が」
「ないのか、そうか。ほおぉ」
ヘンリーはまだにやにやしていた。
「勘違いだったか。失礼したな。さてと、商売の話をしようか」
賭け屋は、虚をつかれたようだった。
「は、あの?」
「おれも賭けに一口乗せてもらおうと思ってきたんだ」
あたりまえだろ、という顔でヘンリーは言った。周りの市民がのけぞった。
「あの、取締りにおいでになったのでは、ありませんので?」
「いやあ?」
ヘンリーは涼しい表情だった。
「昔から、儲かりそうな賭けには目がないタチでね。そこへもってきておまえさんが、ラインハットで面白い賭けを始めたわけだ。まるまるふとったカモがネギを背負ってのこのこ歩いてんのを見逃すほどのお人よしじゃないんでね」
 銀の宰相杖があがり、賭け屋の店先の石板を指差した。チョークで倍率が書き込まれている。
「世界が破滅する方に対して破滅しない方が、293対1か。こりゃあいい」
ヘンリーはにやっと笑って賭け屋に宣言した。
「おれは破滅しない方へ賭けるぞ。こんな簡単な賭けで3百倍近い大もうけだ。こたえられねえな」
「大公様!」
賭け屋は悲鳴を上げた。ヘンリーはかまわず、馬車に近づくと、さっと扉を開け放った。
 人は乗っていない。座席にも床にも、白い布の袋が山のように積み込まれている。ヘンリーは杖の先で袋のひとつを強く突いた。その瞬間、じゃらじゃらと騒音をたてて、ゴールド金貨があふれ出した。黄金の奔流だった。
「10万ゴールドある。オラクルベリーの領主館を担保に、セルジオから借りてきたんだ」
「ち、ちょっと、お受けでき……」
「なんだと?」
震えている賭け屋にヘンリーは詰め寄った。
「てめえ、賭け屋だろうが。なんでおれの賭けが受けられねえんだよ」
「もし、世界が破滅しましたら、ご損が大きいかと」
ヘンリーはにこっと笑った。
「心配するな。おれはちょっとばかり、インサイドの情報を持ってるんだ。あいつと勇者殿なら、必ず勝つさ。さあ、賭けを受けてもらうぜ」
「それは、その」
「なるほど、サイクスにとめられたか」
「いえ、その」
ヘンリーは顔を上げて、小屋に向かって大声で叫んだ。
「いるんだろう、サイクス!よく聞け、きさまもこれで運のつきだ。この世は絶対に救われる。きさまはおれに、3千万ゴールドの借りをつくるわけだ。きさまの身代、一切合財、全部むしってやるからな。覚悟しやがれ!」
 わははっと高笑いの声をあげ、ヘンリーはきびすを返した。いささか口の悪い宰相が馬にまたがると、トム隊長以下が彼を守って堂々と城へ引き上げていく。宰相は、鼻歌まじりだった。
 広場にいた市民たちは、その姿を見送ってためいきをついた。
「まったく、あのお方は」
「あいかわらずだねえ」
そう言って、店先に残された馬車と、ゴールド金貨の山をつくづくと眺めた。賭け屋と店員たちは、馬車の前でぽっかりと口を開けて、呆然としていた。
「10万ゴールド、あるんだってよ」
「あんな大金、はじめて見たな」
「なあ、こいつは、ダテや酔狂で使う金額じゃねえよな」
「宰相様は、オラクルベリーの自宅を担保にしたそうだよ」
「もしかしたら、本気なんじゃないのか?」
「ええ?」
「本当に世界は滅んだりしないんじゃないのか?じゃなかったら、ずるがしこいヘンリー様が、こんな大金を賭けたりしねえだろう」
人々は顔を見合わせた。
「そうなのか?滅びたり、しないのか?」
「勇者様は、勝つのか?」

 オレストは、なかなか二枚目の顔に心労のあまり深いしわを刻んでいた。
「もちろんわれわれは、ルーク様と勇者殿を信頼申し上げています」
ラインハットの王、デール一世は微笑んだ。
「私もですよ、オレスト」
オレストは咳払いをした。
「しかし、まんがいち、ということもございます。まして陛下は、頑健とは言いがたい健康状態でいらっしゃいます。ここはひとつ、城をお出になって」
「いやです」
言下にデールは言った。会議室に、ざわめきが広がった。
 デール王は、微熱を押してこの会議に出席していた。数日前、グランバニア王ルークが勇者アイトヘルを擁してパーティを編成し、魔族の本拠地である大神殿へ突入していた。それ以来、世界各地で天変地異があいついでいる。ラインハットも例外ではなく、町でも地方でも、人々は不安にさいなまれている。
 国民の冷静さを保ちながら、同時に全力を挙げて災害のあった地域を救助するために、対策本部というべきものがラインハット城内の会議室につくられていたのだった。
 ヴィンダンやオレストなど、主だった閣僚は城に泊まりこんで部下に指示を出し、各省の調整に当たっている。小さなコリンズ王太子まで、会議室の片隅に置かれた椅子に腰掛けて、対策室に詰めていた。
「お聞きください、陛下、ラインハットから市民の流出が始まっております」
「人心の不安は極限まで来ております」
「このままだとパニックになりますぞ!」
デール王は、聡明な瞳で閣僚を見回した。
「だからと言って、私がどこかへひきこもってどうするのです。相手は人ではない、魔族です。一度王冠を手にした以上、どこにいても私は探し出されて、殺されるでしょう」
オレストの顔がひきつった。
「デール様」
「オレストにもわかりますね。私は城に残ります。第一、王が真っ先に避難したのでは、国民に安心していろ、冷静になれ、と言う事もできません」
「ですが」
「よいですか、救われる者には、救われる者なりの作法がありましょう。それはどんなに不安でも勇者殿を信じて、冷静に振舞うこと、パニックを起こさないことです。あなた方も心がけてください。いつものとおりに振舞うことです。いっそ」
といいかけて、デールは笑った。
「何かやりましょう。不安をふきとばすようなものがいい」
おそるおそるユージン・タンズベールがたずねた。
「あの、宴会のようなものでしょうか」
「それはいいですね。魔王戦、戦勝祝賀会の前祝になるような、盛大なパーティがよろしい。国内の主だった貴族に、ていねいな招待状をお送りしなさい。私の名前でね」
閣僚たちは顔を見合わせた。
「かなりの方々が、領地へお帰りになっていますが」
「国王の招待状を無視したものには、わが国では昔からそれなりのペナルティがあります。それを思い出させてさしあげなさい」
 いきなり誰かが、ぱちぱちと拍手をした。会議室の扉を従僕が左右に大きく開いている。ヘンリーが帰ってきたのだった。
「ヘンリー様」
オレストは、ほっとしたようだった。
「遅くなって悪かったな」
「ご無事でしたか!10万ゴールドを持ち出したとうかがって、ひやひやしておりました」
「だいじょうぶだって。トムがいっしょだったし、武装した正規軍兵士の守る馬車をわざわざ襲うほど度胸のあるヤツがいるもんか」
「10万ゴールドの馬車ですが?」
「よく考えろよ。世界が破滅したら、10万ゴールドの金貨より、10個のパンの方が値打ちがあるんだぜ?」
静かにデールが言った。
「問題はその前ですね」
軽く手を胸にあて、ヘンリーは主君兼弟に挨拶のしぐさをおくり、椅子のひとつにすわった。
「ああ。暴動が起こっちゃったら、そのパンのために殺し合いになるからな。けど金貨のご威光はすばらしいね。浮き足立ってた連中が、かなり落ち着いたようだ」
「それはよかった。実は、こちらで、パーティでもやろうかと思っていたのです」
「ああ、ぱあっといこうぜ」
コリンズが口を挟んだ。
「そのことなんだけど、父上」
「なんだ、言ってみろよ?」
「おれも、何か手伝いをしたいんだ。そのパーティ、おれの王太子おひろめパーティにしていい?」
デールはうなずいた。
「よいですね。ねえ、兄上?」
「コリンズ、おまえ、なにをやるつもりなんだ?」
「招待状をつくるんだろ?おれ、それを抱えて、町ん中に配ってくるよ」
ヘンリーは笑った。
「誰に配るんだよ?」
「女の人なら誰でもいいや。父上がよくやるみたいにさ、きざったらしく渡すんだよ。おれのパーティに来てくださいって」
デールがふむふむとうなずいた。
「王子様の花嫁選び、っていうのはどうでしょう。ラインハット中のご婦人が浮かれてくれれば、かなり雰囲気が明るくなるのではないかと思いますが」
あきれたような顔でヘンリーが弟を見た。
「花嫁がいるのは、おまえのほうだろ?」
デールはくすくすと笑った。
「昔からパーティをやるなら、王子様の花嫁選びと決まっているのです」
「じゃあ父上、予算を使っていい?」
「よし、ヴィンダンに金をもらえ。町へ配る方の招待状を製作するんだ。厚手の用紙に金文字か何か入れて、豪華な雰囲気でいっとけ!」
「やった!」

 がらんとした部屋の中を見回して、ミランダはいらいらと爪を噛んだ。
「くやしいわぁ。こんなにたくさん、値打ち物を残していかなくちゃならないなんて!」
ミランダの自慢の宝石類や衣装などのコレクションはもうすっかり荷造りが終わっている。大事なもの、価値のあるものを中心に荷を作らせたのだが、馬車で運べるには限りがあるといわれて、まだいろいろなものを、このオラクルベリーの自宅に残していかなくてはならなくなったのだった。
 メイドが恐る恐る声をかけた。
「奥様、どうしてもおでかけになるのですか?」
「そう言ったでしょう!」
鼻息も荒くミランダは答えた。
「オラクルベリーもラインハットも、もう大変なことになるに決まってるんだから!みんなそう言ってるわ!」
金目の物を全部持って、さっさと逃げ出さないと。早い者勝ちよ。ミランダは語気荒く言い続けた。メイドは小声で話しかけた。
「ですが、セルジオの旦那様は」
「うるさいわねっ」
 ミランダの弟で、オラクルベリーの豪商、8代目セルジオは、破滅の予兆をまるっきり無視する態度に出ていた。いくらミランダが逃げようとせっついても、てこでも動かなかったのである。
「あんな頑固者、どうだっていいわよ」
「ですが、馬車が」
 ミランダは唇を噛んだ。彼女自身の財力では、雇える馬車に限りがある。セルジオの援助をあてにしていたのは確かだった。
「あの大馬鹿、世界の破滅なんてことはありません、なんて言っちゃって。あたしが“もしも魔王が来たらどうするの”って言っても、“そうなったら店を守るのが主人のつとめ”なんて、ほんとにバカよっ」
知り合いのだれかれは、全財産を金貨に換えて、山奥へ逃げ込んでいるというのに。どうして弟の目先がこうもきかないか、とミランダは腹立たしくてたまらない。8代目セルジオともあろうものが。
「お前の荷造りはどうなったの」
「あのう、はい、その」
「まだなのねっ」
ヒステリックにミランダは叫んだ。
「お前が来なかったら誰があたしの身の回りの世話をするのっ。早くしなさいっ」
「でもっ、メイド仲間の話だと、こんどラインハットのお城で、珍しくパーティがあるんですよ?」
「なんですって?」
「そろそろコリンズ様が10歳におなりなので、正式に立太子式をあげて、王太子のお披露目をするんですって。そのときに、その」
「なによ、おっしゃい」
「うわさでは、国内の若い娘はみんな、身分にかかわらず招待されるんですって。もちろん、王子様にお目にかかるチャンスなので」
ミランダの目が光った。
「まあ、未来の王妃を選ぶ気ね!こんなときにっ」
「あのう、世界が破滅するかどうか知りませんが、あたし……」
ミランダは、ジレンマに陥ちた。
 奥様仲間では、世界が破滅する、早く逃げなくては、ともっぱらのうわさだった。その流れに乗らなくちゃ、とミランダはおおあわてだったのである。
 だが、もともと有名人の結婚だの同盟だの裏切りだの不倫だの、という話がミランダは大好きだった。ラインハット王家はいろいろな意味で彼女の世界の中心である。
 さあ、どうする?
「……わかった。こうしましょう。息子に連絡を取るわ。あの子なら、そんなパーティがあればきっと知っているわ。あの子は、息子のネビルのことですけど、オラクルベリー大公ヘンリー殿下の、もちろんコリンズ王太子殿下の実の父上よ、その方の秘書を長年つとめて、ええ、血がつながっていることから秘書に抜擢されたのだけど、とにかくたいへんご信頼が厚いの」
一気に言い終えると、ふんっ、とミランダは鼻から息を噴出した。その話なら、耳にたこができています、とは、メイドはいえなかった。