コリンズの冒険 第二話

 テッドは、ラインハットまで行く面倒くささと、チャンピオンガエルを欲しいと思う気持ちを天秤にかけているようだった。
「決めた。カエルをもらえるなら、おれは行くぞ」
「行くったって、たいへんなんだぞ」
コリンズは顔をしかめた。
 今ショーンに泣きつけば城へは確かに連れていってもらえるが、あとでテッドにボナパルトを渡すことができなくなる。どうしても自分の力で、兵士たちに見つからずに城へ行かなくてはならなかった。
「あいつを出しぬくのは大変なんだから」
 コリンズは生まれてこのかた、彼、ヘンリーにだけは一度も勝ったという覚えがない。すごく抜け目がない上に、むこうは軍隊でもなんでも好きなように使えるのだ。ヘンリーはデールの代理なので、ラインハット王国軍の最高司令官でもある。
「おまえ、なんかやばいんだったな」
テッドは言った。
「大公の子分に見つかるわけにいかないんだ」
「おれにだって、子分はいるぞ」
「だから、なんだよ」
と言ってコリンズは、ふと思った。ヘンリーはたぶん、六歳の男の子を探し出せと命令したはずだった。それなら、子供が大勢いるところに隠れればいい。
「樹は森に隠せ、って言うしな。テッド、子分を全部集めろ」

 コリンズは、母のマリアが、オラクルベリーの孤児たちのために運営している施設を物色した。
「あの人がいい。テッド、知ってるか?」
「ああ、ここいらの子は、みんな世話になってるよ」
コリンズが目をつけたのはエリザというシスターだった。もうおばあちゃんだが、親のない子供たちに読み書きを教え、さびしい子と遊んでくれる人だった。何より、ラインハットの教会とオラクルベリーの施設を行ったり来たりして、監督する役目の尼僧だったのである。
「ねぇ、ラインハットへ遠足に行こうよ」
テッドはエリザにねだった。
「前から一回、いこうって言ってたじゃないか」
「そうねえ、ラインハットの教会へ行く用がたまたまできてしまったの。面倒と思ったけど、テッドちゃんが行くなら、みんなで行きましょうか」
コリンズは物陰でクックッと笑った。
「おまえ、“テッドちゃん”かよ」
テッドは真っ赤になった。
「おまえがやらせたんじゃねえか。なぐるぞ」
 こうしてエリザは、教会のぼろ馬車に年より馬をつなぎ、ゆったり、ゆったり動き出した。幌のなかにはテッドやコリンズの子分どもがおおぜい乗っていた。
 街の出口で、馬車は、乗り物をあらためる列に並ぶことになった。ラインハット正規軍の兵士たちが、武装して警戒にあたっている。
 先月、国王が病気で死にそうだ、という噂が流れ、コリンズの家でも大騒ぎになったのだが、こんなにものものしいのは、それ以来のことだった。
「ようし、みんな、始めようぜ」
泥はあらかじめたらいに入れてもちこんである。六歳前後の子供たちは、歓声を上げて泥だまを作り始めた。
「これはシスター、よいお日よりですな。おでかけですか」
外で衛兵の挨拶が聞こえた。
「ええ。ラインハットまで」
「後ろをあらためさせていただきますが、よろしいですか」
ほっほっとエリザ尼僧は笑った。
「かまいませんが、お気をつけになってね。元気のいい子達ですからね」
幌を上げてのぞきこんだ衛兵の顔めがけて、コリンズは泥だまをぶつけた。
「うわっぷ」
泥投げ合戦は今クライマックスだった。子供たちは半分本気で泥をぶつけ合った。コリンズを含めどの子も、顔といい、服といい、泥だらけになっていた。
「こらっ」
ようやく泥をぬぐった衛兵がわめいた。
「あ、ごめんね。手もとが狂っちゃったんだ」
ぬけぬけとコリンズが言った。衛兵は憤然として幌を閉じた。
「さっさと行け、このクソガキどもが!」
コリンズはひそかに舌を出した。

 馬車がラインハットの都につくまでに、一度野宿をしなくてはならなかった。
 火を起し、干し肉をかじり、コリンズにはすごく楽しい経験だった。ただし、途中の河で、子供たちは泥まみれの馬車と自分自身を、全員洗わなくてはならなかった。
 オラクルベリーとラインハットを結ぶ街道には、ラインハット正規軍が常に巡回している。おかげで旅人たちは、モンスターに脅えることなく野宿ができた。
 同じ場所で野宿する旅人どうしは、場所を譲り合い、食べ物を分け合う。尼僧と子供たちの一行と知ると、居合わせた旅人は何かしら気を使い、食糧を分けてくれた。
「昔と違って、ありがたいこと」
「分け合うのは当たり前じゃないか」
テッドが言うと、エリザがたしなめた。
「感謝の心を忘れてはいけませんよ。テッドちゃん、昔は女子供だけでラインハットまで行くなんて、思いもよらなかったわ。モンスターが怖かったし、それよりも人間のほうが怖い事もあったし。政治が変わるというのはすごいわねえ。宰相様のおかげですよ」
 やがてエリザが火の始末をし、子供たちは大きな布に包まって眠った。コリンズの隣はテッドだった。
 夜半も巡回していく軍の物音を聞いて、テッドはつぶやいた。
「おれのとうちゃんも軍隊なんだけど、今、海だからな」
「船に乗ってんの?タル?メタル?」
「タルのほう。おれんちほんとは、代々漁師なんだ。とうちゃんもおれも、船酔いってのはしたことがなくてさ。おまえんとこは?」
「父上は」
「はあ?なに気取ってんだよ」
「……とうちゃんなら、今ごろラインハットにいるよ」

 翌日ラインハットへ着くと、エリザ尼僧は予定通り教会へ行き、子分たちもはじめて来た都を見学しに行った。テッドだけは、カエル、カエル、とわめいた。
「ズルをする気じゃないだろうな?絶対ついていくからな」
「疑りぶかいやつ~」
 コリンズはテッドを連れて、城の厨房へ通じる通用門を誰かが開けるのを待った。思ったとおり、出入りの八百屋がやってきた。顔を確かめた衛兵が、八百屋のために門を開けてやった。
「こっちだ!」
 コリンズとテッドは八百屋の引く車の陰に隠れて、首尾よく城の中へ入った。巨石を積み上げた城壁の内側である。控え壁の陰に隠れて、テッドは自信なさそうにつぶやいた。
「これからどうする?」
「まかしとけよ」
コリンズは手で地面を探り、上げ蓋の取っ手を見つけて持ち上げた。
「なんでこんなもんがあるんだ!」
「この城は多いぜぇ?」
「全部知ってるのか?」
コリンズは思わずにやりとした。
「まあね」
 テッドといっしょにコリンズは二階の東翼へたどりついた。コリンズ自身、あまり来たことのない一角だった。
 侍女や従僕たちが、オラクルベリーから持ってきたらしい荷物を抱えて、次々と通っていく。その行列をこっそり追いかけているうちに、なじみのないエリアにたどりついてしまったのだった。
 とある部屋の前に、木箱が積み上げられている。従僕たちがせかせかと出ていった。
「あいつらが戻ってくる前に、調べにはいるぞ」
「う、ああ」
テッドは多少、圧倒されているようだった。
 ほかに物音がしないのを確かめてから、二人の男の子は部屋のなかへしのびこんだ。
 まったくの無人だった。あまり大きくはないが豪華な部屋で、机と椅子があり、誰かの勉強部屋のようだった。奥にもう一つ扉があり、二間続きで一室になっているらしい。
 コリンズは目当てのおもちゃ箱を見つけ出した。つめものを放り出して、すぐに茶色の壷を取り出した。
「ボナパルト!無事か」
いつもなら、蓋を取ると即座に飛び出すボナパルトが出てこなかった。コリンズは中をのぞきこんでギョッとした。
「いない!」
「なに?」
テッドが青くなった。
「てめえ、ここまで引っ張ってきやがって、いないってことはないだろ!」
「じゃ、探せよ、おまえも!」
オラクルベリーからここまでの間に逃げてしまったのだろうか?コリンズは、ボナパルトの好きそうなすみっこを探し回った。
「おい、向こうの部屋にもいなかったぞ」
奥の部屋を見に行ったテッドに言われて、コリンズはあせった。
「あ、廊下は?もし逃げたのが今さっきなら、廊下にいるかも」
コリンズとテッドは廊下へ飛び出して探したが、結局見つからなかった。二人はがっかりして部屋へ戻ることにした。
 コリンズがその部屋の扉を開けたときだった。
「お探し物は、これかい?」
目の前に突き出された手のひらの上に、トノサマガエルのボナパルトが乗っていた。
「うわわわわっ」
テッドがわけのわからん悲鳴をあげた。
 ボナパルトが乗っかっているのは、オラクルベリー大公ヘンリーの手の上だった。ボナパルトは一つジャンプしてコリンズの肩に飛び乗った。ヘンリーは室内の机に浅く腰掛けていたが、パン、と手をはたいた。
「礼を言ってほしいね。一晩おまえのかわりに世話をしてやったんだぞ。ハエまでとって」
コリンズは無視した。
「どこから入ったの?さっきまで誰もいなかったのに!」
ヘンリーはにやりとした。
「この部屋の仕掛けのことは、今度じっくり教えてやるよ。おまえの部屋になるんだから」
「ここがぁ?」
コリンズは呆然とした。
「なんでオラクルベリーの部屋じゃだめなの?」
「勉強が必要だからさ」
「どこでだってできるよ」
ヘンリーは首を振った。
「おまえはデールの次に、この国の王になることになった」
コリンズは硬直した。となりでテッドがあえいだ。
「これでわかったか?おまえがいなくなったときに、城中の人間が肝を冷やしたんだ。ほかならぬ王太子が行方不明になったんだからな」
何を思うのか、ヘンリーはいちど、軽く目を閉じた。
「で、おれは、ここへ来ればおまえが戻ってくると思って、待っていたわけだ」
「そんなの、おれ知らない!」
「怒るな。これから叔父上のところへ行ってこい。おまえに話があるそうだ」
コリンズはおもいきりむくれた顔を作ったが、ヘンリーは真顔だった。
「う~、わかった」
それから気がついて、コリンズは肩からボナパルトを下ろした。
「テッド。こいつをやる。約束は守れよ」
テッドは口をパクパクしながらコリンズとヘンリーを見比べていた。
「おまえ、の、とうちゃん?」
「おれ言わなかったっけ?」
よっ、とヘンリーは片手をあげた。
「コリンズの友達か?」
「あ、はい」
「おれのケンカ相手。おれが勝ったけど」
ボナパルトを手に乗せたままテッドはまだぼけっとしていた。
 ノックの音がした。
「お入り」
と、ヘンリーが言うと、ショーンが顔をのぞかせた。
「まあ、お帰りになったんですね?コリンズ様ったらもう」
ショーンは涙ぐんでいた。コリンズはちょっと後悔した。
「ごめんね、ショーン、こいつに、テッドに、ボナパルトをやる約束をしたんだ」
「おまえ、そのカエルはすごく大事にしてたんじゃないのか?」
ヘンリーが言った。
「しょうがないよ。子分とひきかえなんだ」
「そうか。正しい判断だ」
「あ、あのさ」
テッドはまだ混乱しているようだった。
「もう、オラクルベリーへは、帰ってこないの?」
コリンズは胸がずきりとした。泣かないように強く手を握り締めた。
「港のおれのナワバリは、おまえに譲ってやる。でも、チューリーはちびだし、とろいから、ちゃんとめんどう見てやれよ」
ヘンリーの手がそっとコリンズの頭にかかった。
「そんな顔するな。時々はオラクルベリーへ帰ってもいいさ」
「ほんと!」
コリンズは大声で聞き返した。だが、ショーンはとがめるような声を出した。
「まあヘンリー様、そんなことおっしゃっては」
「大目に見てやれよ」
「コリンズ様に甘すぎます」
「たぶんそうなんだろうけど」
ヘンリーは長身を屈めてコリンズと同じ高さに視線を合わせた。
「こいつが泣きそうな顔をしていると、おれもつらいんだ」
コリンズは間近で彼と顔をつきあわせた。よく見ると、目が充血していた。たぶん、コリンズが家を空けた間、眠ってないのだと思った。コリンズは衝動に駆られて父の首に手を回して抱きついた。
「ごめんね、父上」
ヘンリーの手がそっと背中をたたくのをコリンズは感じた。
「すごく心配したんだぞ」
その声がとても優しかったので、コリンズはぎゅっと目をつむった。
「わかったら、母上のところへ寄って、謝っておいで」
「うん」
グシュッとコリンズは鼻を鳴らした。
「おれ、今度からオラクルベリーで遊ぶときは、ちゃんと言ってから行く」
でも、ラインハットは約束してないからね、とコリンズは心の中で付け加えた。