ビーストモード 5.最後の狼

 イレブンはボーにゆめみの花を与えてボー自身の船室で寝かせた。ベッドにもぐったボーは、ここ数日見せなかったような穏やかな顔で眠っていた。
「これでよかったんですか?」
カミュはそうささやいた。
「しかたないよね」
イレブンは寂しそうな笑顔でそう答えた。
 カミュは悶々としていた。最初シルビアの部屋で、パーティは互いに互いを人狼ではないと信じていると確認し合った。だから、最大の容疑は新来の客のうちまだ生き残っているクラースにかかっている。だがボーが閉じこもってしまったので、グレーなのは彼だけになってしまった。
――イレブンさんたちとオレだけになりたくない……。
 ボーの船室から食堂へ戻ると、すっかり落ち込んでいるクラースにイレブンは提案した。
「今夜は食堂に毛布を持ち寄って三人で固まって過ごしませんか」
クラースは鈍い声、鈍い顔で、はあ?と言った。
「船室で一人になるのはまずいです。人狼と一対一になってしまうから。誰が人狼であれ、僕たちがかたまっているなら二対一になるはずですよね」
ようやくクラースがうなずいた。
 時間はのろのろと過ぎて行った。夜になるまでは自由行動だが、あまりやることもなかった。
 午後になって一度だけ、三人で甲板に出て流氷のようすを見た。空は吹雪始めていた。びゅうびゅうと吼える風をこらえて船から身を乗り出し水面を眺めてみた。
「だめだ、こりゃあ」
クラースがつぶやいた。河口から上がってきた流氷は今もシルビア号の進路を阻んでいた。
 イレブンはじっと空を見上げた。
「おじいさまからリーズレットさんを頼れって言われたんだ。今ならルーラできるかな」
「今飛ぶと、大変ですよ」
とカミュは言った。
 ルーラは目的地まで実際に飛翔する魔法だった。例えば雨の日にルーラを使うと、到着時にはずぶぬれになっている。こんな天候のときに空を突っ切っていったら、体中に氷片が突き刺さりかねない。
「そうだね。もう少し条件のいい時にする。人狼の結界がまだあるかもしれないし、それに」
そう言ってうつむいた。
 カミュは聞き耳をたてた。イレブンは声にならない声で“確認しないと”とつぶやいたのだった。
 イレブンが何のことを言っているのかわからなかったが、なんだか怖くて聞けなかった。
 日没が近づいてきた。カミュは食糧倉庫からなけなしの食材を集めて夕食の用意を始めた。何か考え込んでいたイレブンが立ち上がった。
「ちょっとみんなの船室を見てくる」
「オレも行きましょうか?」
イレブンはかぶりを振った。
「ご飯作ってるんでしょ?続けてよ。ぼくはその」
少し恥ずかしそうにイレブンは言った。
「シルビアのことを考えてたんだ。僕じゃなくてシルビアが残ってたら、こんなことにならなかったかもね」
「シルビアさんは、ぱっと見よりずっと切れる人ですけど、でもどうしようもなかったですよ、きっと」
イレブンがつぶやいた。
「そうかな。シルビアはたぶん、襲われたとき人狼を見たんだ。人狼はシルビアを無力化することに加えて、口止めするために意識を奪ったんじゃないかな」
カミュは黙って聞いていることしかできなかった。
「ご飯が出来上がるまでには帰ってくるから」
ちょっと笑いかけて、彼は行ってしまった。
 約束した通り、食事ができたころにイレブンは戻ってきた。そしてクラースもやってきた。髭が伸び放題のひどい顔をしていた。
 長かった一日はようやく暮れた。夕食の後、食堂のテーブルを隅に寄せ、広くなった床に寝具を敷き、毛布をかぶって三人は眠りについた。もちろん、食堂の扉は鍵をかけ、念のため上から鎖を巻いた。ただしその鎖は、食堂の内部に人狼がいたら無意味なのだが。
 カミュは緊張していた。その意味では、リラックスしている者などいなかった。数日前から一日に二人ずつ仲間が減ってきているのだ。緊張はずっと続いていた。
 だが布団の中は暖かく、いつのまにか瞼が重くなり、やがて開けていられなくなった。

 その夜他の二人が寝静まった後、人外なる者は自分の手で鎖を外し、鍵を開け、ドアの外に出た。一晩中そこで見張りをするつもりだった。なんといっても、この船はもう自分の縄張りなのだ。
 夜半、たけり狂う嵐がふいにやんだ。風が弱くなり、その分冷気がじわじわと上がってきた。
 かすかな音がした。人外なる者は気配を殺した。食堂の扉が内側から開き、一人の男が姿を現した。暗がりの中から赤く光る眼で人外の者はその姿を見守った。男は左右を伺い、そして歩き出した。
 男は船室のドアをひとつひとつ引いて鍵がかかっているかどうか確かめているようだった。もちろんほとんどが施錠されていた。が、開いている部屋があると、男は中に入り、何かしら持ち出してきては手に持った袋の中へしまいこんだ。
 人外の者はそっと後をつけた。男はついに船長室に入り、まとまったゴールド金貨を発見した。盗品を入れた袋はずっしりと重くなった。金貨で満足したのか、男は甲板へ向かった。人外の者はそれとさとり、反対側の出入り口から甲板へ向かった。
 昨夜の乱闘の跡は雪がほとんど覆ってしまっていた。人外は縄梯子を巻き上げてある場所へ先に到達し、待ち構えた。
 風が出てきた。空気は痛いほど冷たかった。
 だが人外の者は、ブリザードの雄叫びを子守歌に聞き月の支配を受ける、夜と大地の眷属の一人だった。その場所で腕組みしたままじっと待ち構えた。
 盗品の袋を肩に担いだ男はようやく甲板に現れた。片手を顔にかざして強風を遮っていた男は、縄梯子が近づいてやっと片手をおろし、その場に固まった。
「おまえはっ」
じり、と人外は近づいた。
「縄張リヲ荒ラス者ヲ、許サナイ」
人の言葉を発するのは不自由で、ぎこちなかった。
「待てっ、まさかおまえが……」
真紅の瞳が怒りを込めて光った。
「言イ訳無用!」
言うと同時に飛びかかった。男は悲鳴を上げて避けた。その拍子に、新しい、柔らかい雪の上で靴底がずるりと滑った。バランスが崩れた。男の肩から下げた盗品袋は大量のゴールド金貨のために重かった。そちらの方へぐらりと傾いた。
「うあ?!」
自分が盗んだものに背中から引きずられ、男はのけぞるように船の手すりを越えた。そのまま甲板から下へと落ちていった。

 真上から見下ろすと、クラースの死体はどこかぽかんとした顔をしていた。氷の上に大の字にねそべっているように見えるが、左右のわき腹の下に血だまりが見えた。
 すぐ横に大きな袋が転がっていた。口が開いているらしく、何十枚という数の金貨が転がりだして雪にまみれていた。
「……死んでる」
 その日の朝、カミュとイレブンは食堂で目を覚ました。ドアは開いていて、クラースの姿が見えなかった。探し始める前から二人とも何となくクラースはもう生きていないだろうと感じていた。
 船内を最初に探し、それから甲板へ上がった。新雪が踏み荒らされ、足跡がついていた。それは縄梯子のあたりで消えていた。二人同時に船の手すりをつかみ、流氷原を見渡した。クラースは真下にいた。
 じっとイレブンはクラースの死に顔を眺めていた。クラースは自分の身に起きたことが信じられなかったらしく、目を大きく見開いていた。その顔の上にうっすらと雪がつもって白くなっていた。
「カミュ、一緒に来てくれる?」
とイレブンが言った。
「あのようすなら氷は固いから乗っても大丈夫だ。ぼくがクラースさんを担ぐから、あの荷物を運んでほしい」
イレブンはクラースの遺体を収容するつもりのようだった。
「あ、はい」
カミュはそう言ってイレブンについていった。
 重い物を担いで縄梯子を上がるのはかなり体力のいる仕事だった。汗だくでクラースを甲板の上へ引き上げ、それから毛布でくるんで氷室へ運び、アーロの隣に並べた。
 作業の間、二人ともあまり言葉を発しなかった。氷室はもとより、シルビア号の中は寒々としていた。
「ぼくたちだけになっちゃったね」
ぽつんとイレブンは言った。恐れていた事態が訪れた。
「そうですね……」
カミュはうつむいた。
「もしクラースが人狼だったのなら、ぼくたちが無事でいるわけがないんだ」
とイレブンは言った。
「どうしたの?」
「あの、オレ」
彼は知っている。それは直感だった。
「あの、もしかしたら、オレ」
ひそかに“言うな”と止めてくれるのを待っていた。が、イレブンは黙ってこちらを見ていた。
「わかってるんでしょう?」
「何を?」
詰るでもなく、笑い飛ばすでもなく、自然な口調でイレブンは尋ね返して来た。
 カミュは目を閉じて深く息を吸った。
「オレがやったんじゃないかって」
「キミがみんなを殺したの?」
答えるのが怖かった。それでも言わなくてはならなかった。よりによってこの人に。
「結局オレたちだけになっちゃいました……イレブンさんは勇者なんでしょう。だったら、人狼はオレ以外にいないじゃないですか」
そう言って、おそるおそる顔を上げた。イレブンは真顔だった。
「ぼくはキミを信じるって決めたんだ」
じっと見据える視線が何かを語っていた。やおらイレブンは席を立った。
「いっしょに来てくれる?調べたいことがあるんだ」
 イレブンはカミュを船室の並ぶ廊下へ連れ出し、とある部屋の前で足を止めた。鍵を開けて中へ入った。寝台にはシルビアが横たわっていた。
「大丈夫、シルビアは死んでないよ。おじいさまは、魔術的な眠りだって言ってた。ルーラを無効にしているのと同じ結界が影響して眠り続けているんだろうって」
船室は、他の部屋と同じ大きさで細長かった。長い壁の片方にベッドがあり、反対側に棚と机が作りつけになっていた。
 突然イレブンは、ベッドと机の間の床に仰向けに寝そべった。
「あの夜ぼくが見つけたとき、シルビアはこんなふうになっていた」
イレブンは考え込む口調だった。カミュは部屋の入り口に立って、当惑していた。
「人狼は今カミュのいるところから襲ってきたはずなんだ」
「ふいをつかれてシルビアさんは、押し倒されたんでしょうか」
天井を見上げてイレブンはつぶやいた。
「最初はそんなふうに思った。けど、シルビアの傷は背中にあった。たぶん、最初の一撃は後ろから来た。いきなり襲われたシルビアは部屋の奥へ逃げた」
カミュは視線をさまよわせた。部屋の奥には丸い窓があり、その両脇に武器架があった。ムチ、片手剣、短剣が置けるようになっていた。
「反撃のために武器を持った?」
武器架からなくなっているのは、短剣だった。
「部屋は狭いからね。鞭や片手剣より短剣が正解だ。シルビアは最初の一撃で弱っていた。だから変則的な反撃を試みた」
頭部だけ起こしてイレブンはカミュを見た。
「狼になったつもりでぼくに襲いかかってみて?」
「え……」
カミュはためらったが、しかたなく大の字に寝ているイレブンの上に覆いかぶさり、前足に見立てた左手をかざした。
「こうですか?」
イレブンはカミュを見上げ、そして、その顔がゆっくり笑顔になっていった。
「そうだよ、そうだ。シルビアはあおむけになって自分の喉を晒した。狼が襲ってくるのを待って、隠し持った短剣を突きあげた」
イレブンは短剣の代わりに人さし指を真上につきあげた。その指が心臓に近づくとカミュは体を自然にそらせた。イレブンの人さし指はカミュの首筋に当たった。
「ああ、やっぱりそうだ」
イレブンは床を払うようにもう片方の手を動かした。手は狭い部屋のベッドの下へ入り込み、鋭利な緑の鱗を連ねたような奇怪な短剣をつかんで出てきた。
「シルビアのポイズンスケイルだ。ぼくは昨日見回った時に、この部屋でこれを見つけて、それでやっとシルビアの反撃の方法がわかったんだ」
イレブンが上体を起こした。カミュはわけがわからないまま後ろへ下がった。
「イレブンさん?」
イレブンは手を伸ばして、カミュの服の襟元を押し広げた。
「傷がない」
カミュは目を見開いた。
「キミの肩、胸、鎖骨、首、顎、どこにも傷がない。キミは少なくともシルビアを襲ってはいない」
カミュは呆然としていた。

 シルビアの部屋を出た後、イレブンは甲板へ行こう、と言った。静かでひと気のない船の中を歩きながら、イレブンはずっとかすかに笑っていた。
「ひとつ聞いていい?どうしてこのところずっと上の空だったの?それと、どうしてキミは自分が人狼だと思った?」
カミュは咳払いをした。ぼやっとしているのに気づかれていたようだった。
「その、実は、寝不足だったんです。オレ、流氷で閉じ込められてからずっと変な夢を見ていました。自分が狼みたいになって暴れまわる夢です」
「どうして言わなかったの?」
「だってほら、恥ずかしいじゃないですか。本当は気が弱くて、人に言い返したり逆らったりできないのに、夢の中だけ強気なんて」
イレブンが立ち止まった。
「記憶がないって知ってるけど、カミュ……」
なぜかイレブンは言葉を切って、でも何か言いたそうにしていた。
「はい?」
「人狼は……あれはもう“人に化ける狼”なんてものじゃない、魔狼だと思う。そいつの造った結界がたぶんキミに干渉していたんだ。キミの中のビーストモードを徐々に引きずり出していたんだろう」
「びーすともーどって何ですか?」
イレブンは首を振った。
「いつか話すよ、ここから脱出したらね」
カミュはもどかしくてたまらなかった。そして、恐ろしくもあった。
「あの、結局オレは、そのびーすともーど?になりかけていただけで、シルビアさんたちを襲ったりしてないんですよね?それじゃ、誰がその魔狼だったんでしょう」
一足す一の答えを聞かれたかのように、イレブンは言った。
「シルビアが襲われた次の日、みんなに首筋を見せなかった唯一の人間、ディーサ」
「えっ、ほんとですか」
歩きながらイレブンは軽く顎を上げた。
「最初、ぼくたちは十人いた。パーティがぼく、カミュ、シルビア、おじいさま、グレイグとアリスさんで六人。お客さんがアーロ、ボー、クラースとディーサで四人。それなのに一日に二人ずつ消えた。そこまではいい?」
「はい、覚えてます」
最初の日、船の食堂が狭く感じるほど人が多くてとてもにぎやかだったとカミュは思った。
「順を追って考えようか。ディーサはたぶん、一日目に流氷原の上で、病気で弱っているアーロを見つけ、女占い師に化けてついてきた。それからボーとクラースが合流し、四人でシルビア号へ上がった。ディーサはその真夜中にわざわざ小鹿を狩ってきて船にマーキングをして血の結界を完成させた。夜が明けるとまずボーを誘導してアリスさんを閉じ込めた」
「誘導なんてしてましたか?」
うん、とイレブンは言った。
「あの日伝説の人狼の話が出たとき、アリスさんはこう言ったんだ。『こ汚ねぇ狼なんぞにこのシルビア号へ爪の先でも踏み込まれちゃ、たまりゃしねえ』。ディーサはむっとしたんじゃないかな。だから翌日、小鹿の血で船にマーキングした後、アリスさんは真っ先に閉じ込められた」
「えっ、アリスさんを閉じ込めろって言ったのボーさんですよね?」
「直接そう主張したのはボーだった。でも、ディーサがアリスの手についた血にボーの意識を向けさせたんだ。もしボーがアリスを閉じ込めさせなかったら、ディーサが自分でやっただろう」
覆面にも上半身にも血が飛び散って凄絶なようすのアリスを、カミュは思い出した。
「この日は二日目だった。その夜に最初の予定通りアーロを襲った。三日目、その罪をグレイグになすりつけた。あの日ディーサは、おじいさまが占いをすることを知ってショックだったと思うよ。だって、おじいさまが一人ずつ占っていったら、やがてディーサの正体はばれてしまうからね。ディーサはたぶん、おじいさまの命を取りたかっただろう。でも、おじいさまには三人の護衛がつくことがわかった。だから、自分も占い師だ、本当はグレイグが人狼だ、と言い張って、グレイグを閉じ込めさせた」
いきなり自分はプロの占い師だとディーサは言い出した。それはてっきりロウへの対抗意識だとカミュは思ったのだが。
「ディーサは占い師の護衛の中で一番体格のいいグレイグが邪魔だった」
イレブンは首を振った。
「それでもまだ焦っていたディーサは、ことを急ぎ始めた。三日目の夜、ディーサはシルビアを襲った。そのときのことはさっき部屋で実験した通り。シルビアは抵抗したけど、気絶した。明けて四日目、ディーサはおじいさまから図星を指されて狼狽した。でも、無理やり多数決に持っていっておじいさまの方を閉じ込めた」
でも、とカミュはおそるおそる言ってみた。
「それならディーサ、というか人狼はどうして死んだんですか?ディーサが死んだあとボーさんとクラースさんはどうして?」
そう言った時、二人はシルビア号の甲板へ出てきていた。クラース発見のときは小やみになっていた雪は、再び勢いよく空を舞っていた。また吹雪になるらしかった。
 イレブンはカミュを縄梯子のあるところへ連れて行った。
「四日目の夜、ディーサは消えた。五日目にボーが閉じ込められたのは完全な自滅だよ。ボーは最初から不安定だった。恐怖に駆られて自分から閉じこもったんだ。そして昨日の夜、残った最後の一人、クラースはここから転落死した。彼が持っていた袋の中の金貨は船長室から盗み出したものだ。夕べクラースは氷の上を逃げる気になって、行き掛けの駄賃にいろいろ持っていこうとしたんだろう」
イレブンの表情は静かで、口調は冷静だった。
「クラースが落ちた原因は、二つ考えらえる。ひとつ、クラースは一人で甲板にいて、でも緊張していて、あわてて足を滑らせた。ふたつ、誰かがそばにいて、クラースが転げ落ちる原因をつくった」
カミュはふとシルビア号の縄梯子を見た。それは先ほどイレブンたちが使用した後、クラースを氷室へ運ぶのを優先したため、まだ巻き上げていなかった。
「最初の説が正しいなら、ただの事故だ。人狼は関係ない。でもクラースは港と船を往復して荷物を運ぶのが仕事だった。船には慣れてるはず。いくら緊張していても、ただ船から落ちたとは思えないよ」
息を殺すようにしてカミュはその言葉を聞いていた。
「後の説が本当なら、そばにいたのは誰だろう?」
「ディーサですか?」
ううん、とイレブンは首を振った。
「ディーサが言ったことを覚えてる?『人狼が二頭いる可能性も考えてくれませんか』、あの人はそう言ったんだ。それはディーサのごまかしだったんだけど、ぼくは、実はそれが真実だと思うよ」
「どうして」
「ディーサが消えたから。ディーサは自分以外の人狼と四日目の夜、この甲板で戦って負けた。ディーサは魔狼だった。いつもモンスターを倒すとどうなったかおぼえてる?きっと敗れたディーサはモンスターと同じように紫の霧になって消えちゃったんだろう」
カミュはぽかんとして聞いていた。
「でも、まだ最後の狼が残ってる。ディーサを倒した狼、クラースの転落の原因になった狼が」
「それって……」
うん、とイレブンは言った。
 そして近々とカミュに寄り添った。
 なぜか自分のレザーコートの一番上の留め金を外し、黒のインナーの襟を押し下げた。
「カミュ、キミだよ。キミが最後の狼だ」
ひっ、とカミュは息を呑んだ。
「最初の十人から、四日間で二人づつ、八人が消えた。残ったのはぼくとキミ。狼の勝ちだ」
イレブンは自分の喉を外気に晒した。
「キミはアーロもシルビアも襲っていない。でも、ディーサを殺して血のたかぶりを知ったはずだ。キミが見た狼になる夢の中で、一夜だけは本当のことだったんだよ」
カミュは愕然としていた。同時に、ひそかに納得していた。夢とは思えないほどリアルな記憶はいまだに鮮明だった。
「ヒトの命を奪うのをこれで最後にしてくれるなら、ぼくの命はキミにあげる」
「イレブンさん!」
イレブンは装備していた大剣を片手で外し、甲板におろした。至近距離から美少女のような顔で勇者は微笑んだ。
「カミュ、人の形をしたぼくの狼。短剣を抜くといい。キミの爪はその鋼だから」
片手をカミュの背に回し、片手で喉をさらしてイレブンはそう言った。
「キミを信じる。だから、そこから生まれた結果をぼくはすべて引き受ける。これがぼくの覚悟だ。さあ、おいでよ」