赤い弓と冬の馬

 布包みをかかえ、マァムは暗い森の中を歩いていた。目はポップを探していたが、心は混乱したままだった。
 処刑を宣告されたヒュンケルとクロコダインのこと。ロン・ベルクがもたらした武具。そしてエイミの宣言。
 どうして心が荒れるのか、マァム自身にもわかっていない。誰かに心の内を聞いて欲しくて、マァムは森の中にポップを探していた。
 前方にオレンジがかった金色の明りが浮かび上がってふっと消えた。放たれる前の呪文だとマァムは思った。
 かつてマァムは魔弾銃の銃弾に魔力をこめて使っていた。どの呪文をこめるかによって銃弾の魔石の色が変わる。朱色はイオ、薄い緑はバギ、青はヒャドの魔力に特有の色合いだとマァムは知っていた。
 薄い緑と淡い青の呪文が次々と上がる。いくつかの呪文がぶつかりあって弾けた。
 おそらくポップが異系統の呪文をメドローアのようにかけあわせる実験をしているのだろう。
 木立を通してポップの背が見える。思ったとおりポップは左右の手に呪文を生み出していた。
「これでどうだっ」
 色からしてヒャドとバギの呪文が浮かび上がったようだった。ポップは慎重にふたつを近づけた。だが呪文どうしを重ねてもスパークは起こらず、ふわりと崩れて消えてしまった。
「……ダメか。うまくいかねえな、なんもかも」
 いつになくすさんだ口調になっていた。
「もういっそのこと……」
 再度立ち上がり、両手を左右に伸ばした。ぼっと音がして、左右の手のひらそれぞれの上で呪文が生み出された。ふたつとも同じ色、ということは同系統の呪文をポップは生み出していた。もう宙に放つことはせず、いきなり両手を重ねた。その瞬間、手のひらの間から炎が噴きあがった。
「いけるか……!?」
 片方の腕を伸ばして正面を指し、もう片方の手を握り、肘を深く引いていく。メドローア同様に金色の光の弓が出来上がった。
 夜風が森の梢を鳴らし、光の弓を揺すった。マァムは息を呑んだ。風に吹かれて魔力は燃焼し、燃えさかる真紅の弓が生まれていた。

 あの夜の森から二十四時間もたっていないとは、信じられない。夜が明けて処刑場の戦いが始まり、レオナはミナカトールを行使した。
 自分はまだ混乱している。だがヒュンケルはその混乱を見抜いて、背中を押してくれた。自分の心を確かめるために、バーンパレスの上をマァムは今全力で走っている。目指すはパレス尾翼。走るマァムの目にも、たびたび激しい爆炎があがるのが見える。
 尾翼にいたる長い階段に到達したとき、馬の頭部をもつオリハルコンの戦士、シグマの声が聞こえてきた。
「鏡の反射を利用してくるのではと思っていたぞ!」
 マァムは階段を駆け上がった。鏡の反射とは、魔法使いなら誰もが恐れる呪文返しに他ならない。
「さっきのセリフ、そのまま返そう!!自分の呪文であの世へ行けっ!!!」
 シグマは両腕でポップを拘束していた。彼らの正面に光る盾、シャハルの鏡がある。盾が、かっと輝きを放った。
 シグマの言う“自分の呪文”とはポップのメドローアでまちがいない。それが反射されてまっすぐポップたちに向かってくる。シグマはポップの背を蹴り上げた。
「ポップ!!!!」
 激しい光の中にポップの背が黒く見えていた。
「ポップ~~ッ!!!!」
 シグマがつぶやいた。
「一足遅かったな!今彼は消滅する…!!」
 シグマは無表情に見えるが、その口調には勝利を確信した昂ぶりと、一抹の憐憫があった。
 ポップが消滅する。絶望がふりかかる。それを振り払い、マァムはダッシュで突っ込もうとした。
 金朱色の爆炎のなかに、ポップのシルエットが崩れ、地に伏すのが見えた。
 足が止まった。
 シグマが振り向いた。立ち尽くすマァムは、シグマと向き合う形になった。
 息を殺し、ただじっと炎の中のシルエットを見つめる。マァムの脳裏に浮かぶのは、夜の森の中に浮かび上がる真っ赤な炎の弓だった。
 シグマが何かに気づいた。おそらく、あまりにも静かなマァムの表情に違和感を持ったのだろう。あらためて燃えさかる炎に向き合った。
「バカな……なぜ消滅していない!」
――彼は、知らないんだわ。
 メドローアが着弾したものはすべて消滅するということを。
 こんな爆炎は起こらないということを。
 シグマが本物のメドローアを見たのは、サババの戦いの一度だけ。それも、はっきり目撃する直前にブロックの巨体で土中へ押し込まれたはず。
 炎の向こうでシルエットが立ち上がった。
「化かしあいは…おれの勝ちだっ!」
 のるかそるかの段取りにギリギリ成功した狩人の、自信に満ちた瞳がシグマを捕らえていた。
 ポップが必要としたのは、シグマがポップに背を向ける数秒だった。山吹色のメラ系、浅黄色のヒャド系、二系統の極大呪文がスパークしてできる美しい光の弓を引き絞り、ポップは放った。
「メドローア!」

 首だけになったシグマの唇がつぶやいた。
「メドローアでは…無かったのだな一発目は…」
 ああ、と静かにポップは言った。
「ありゃあ魔法力を調節して似たように見せたベギラマさ。最初っから一発目は自分でくらうつもりだったんだ」
 ギラ系の魔力に特有の色合いは薄い黄色だが、大気に触れると真っ赤に燃える。マァムが夜の森で見た赤い弓は、左右の手にギラ系を生じさせて重ねたものだった。
「……見事だ。満足のいく勝負だった」
 バーンパレス尾翼は風に吹きさらされてひどく寒い。空気は乾いて澄み渡り、オリハルコンに白銀の輝きを添えていた。禁呪法で作られた疑似生命体の宿命によって、アルビナスと同じようにシグマも今、爆散する。
「横っ面をはたくという君の勝利の女神にも…よろ…し…く」
 誇り高き騎士の、それが最後の言葉だった。