まあ、話せと言うなら話さんこともないが、オレはそれほど詳しくないぞ。理由を聞いてもかまわんか?ほう、ヒュンケルがすぐどこかへ行っちゃうから、か。そういうやつなのだ。でも仲良くなりたい?おまえらしいな。
オレとヒュンケルはたしかに魔軍司令ハドラー麾下の六大軍団の軍団長どうしだった。が、軍団長にはそれぞれ任地があり、顔を合わせることはめったになかったのだ。軍団長全員が集合するケースは、新しい勇者の登場のような一大事に限られる。まあ、ダイ、おまえのことだ。
軍団間の連絡か。悪魔の目玉というモンスターがいて、軍団長はそいつを使って司令部と連絡を取っていた。それとは別に連絡係もいた。百獣魔団の連絡係はナイトフォックス。頭のいいやつだった。百獣魔団はもうないが、あいつは無事でいるといいんだがな。
話がそれた。オレが初めてヒュンケルを見たのは戦場だった。不死騎団の軍団長に就任しての初仕事だろうと思う。その初陣をあいつは勝利で飾り、魔王軍に不死騎団ありと知らしめた。
だが、あいつは人間だった。あいつ自身が人間をどう思っていたかに関係なく、魔王軍の中には人間が軍の中で地位をしめることを嫌がる者は多かった。ナイトフォックスによると、異例の人事、大魔王さまの御酔狂、ミストバーンのえこひいき、はてはハドラーへのあてつけという言葉まで聞かれそうだ。そんなとき、「砂の珈琲事件」が起きた。
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ヒュンケルは無造作に短剣を握り、斜め下から上へと一気に刃を走らせた。積み上げてあった麻袋のひとつが裂けて、中身がどっとこぼれだした。麻袋には珈琲と書かれていたが、でてきたのはすべて砂だった。
その場は凍り付いた。
「おまえたちはこんなものを珈琲と呼ぶのか」
そこは魔軍司令部内の兵站基地だった。そこで武器や必要物資が整えられて各軍団へ送られる。物資受け取りのために各軍団から補給係が集まっていた。
「なにかのまちがいで」
と言いかけた魔族の男が、氷のような視線に合って金縛りになった。その男は兵站基地の配給担当者だった。小太りでいつも赤ら顔だが、その顔が青ざめている。
「これが初めてではない。おまえたちは何度もまちがいをしでかすのか」
不死騎団は、他の軍団と異なり生活物資の補給はあまり必要なかった。コーヒーのような嗜好品は、団内唯一のヒトであるヒュンケルのために配給される。だからコーヒー豆の代わりに砂を詰めて渡すなどというマネは、ヒュンケルだけを狙った嫌がらせだった。
鋭い視線に突き刺され、小太りの魔族は身体も舌も動かせずにいた。が、視線をあちこちに走らせて助けてくれそうなひとを探していた。
他軍団の補給係たちは口も手も出さずに遠巻きにしていた。
「あの魔族はたしか魔軍司令部の下働きだろう」
とひそひそ声がするだけだった。
「なんのチカラもない下っ端だな」
「ああ、わかった。“魔族の自分より格下の人間のくせに、上からひいきされている”と思い込んで」
「不死騎団長殿に嫌がらせをやったわけか」
であれば、介入してやる値打ちなどない。魔族やモンスターにとって、弱いことはすなわち罪だった。
「ってことは、あの人間の味方をしてやる義理もねえな」
「あの坊や、むかっ腹をたてて乗り込んできたはいいが、どうする気だ?」
「なめられっぱなしで、しっぽ巻いて帰るしかないよな!」
くすくすと笑い声さえ起った。
すっとヒュンケルの片手が上がった。
「ぐっ、ぐうううっ!!」
小太りの魔族は突然体をこわばらせた。その足先が床を離れて空中に浮いた。見えない糸が喉にからんでいるかのように必死で首元を触ろうとするがまったく動けない。
「おまえがすりかえた本物はどこだ」
「うっ、うっ」
「おまえの仲間に持ってこさせろ」
小太りが指示する前に手下の配給担当たちが走り出して、珈琲の麻袋その他を持ちだしてきた。
ヒュンケルは振り向いた。
「モルグ?」
モルグというらしいアンデッドの小男が、配給物資を検分に来た。
「すべてそろっているようです、ヒュンケルさま」
こく、とうなずいてヒュンケルは手を下ろした。見えない糸が解かれたようで、小太りの魔族はどさりと床へ落ちた。
「運び出せ」
簡潔に命じると、ヒュンケルは踵を返した。その後姿を、モルグとゾンビたちは頭を下げて見送った。
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その珈琲泥棒はどうなったかって?安心しろ、ヒュンケルは闘魔傀儡掌であいつをつるし上げ、そのまま下ろしただけだ。
いや、オレがこの目で見たわけじゃない。その場にいたナイトフォックスから聞いた話だ。だが、この事件が知れ渡ったあとは、不死騎団長にあまりなめた真似をするやつはいなくなったらしい。そういう意味では成功だったのだ。
実はな、ヒュンケルと二人で旅をしていた時、ふと思い出して聞いてみたのだ。なぜあいつの命を取らなかったのか、と。そうすれば、もっと魔王軍の内部で恐れられただろう。あいつの答えはこうだ、珈琲を返したから。
オレはあきれて、そんなに珈琲が好きなのか?と尋ねた。あいつは、不思議そうな顔でうなずいた。ヒュンケルはそもそも、なめられるかどうかについてはまったく気にしていなかったらしい。どうしたポップ。転げまわって笑うほどのことか?
一言で言えば合理的、か。ダイ、たしかにあいつは鳥のように飛び去っていくが、必要な時には必ず戻ってくるだろう?オレの仲間には鳥系モンスターもいて、その中には渡り鳥もいた。ああ、デルムリン島にもいたか。
落ち着いて待っているがいい。ヒュンケルは渡り鳥だ。必ずおまえたちのところへ戻ってくるさ。