雷鳴の庭に紅葉が散る

 嵐が近づいているらしい。クロコダインとヒュンケルは足を早めた。
 さきほどから遠雷がどろどろと鳴り、冷たい風が吹く。荒野の上に黒雲が広がっていた。突然の強風に二人は足を止め、マントで顔を覆ってやりすごした。
 ヒュンケルがマントをおろした時、その顔に真っ赤な傷がついていた。
「ヒュンケル、それは!」
 不思議そうにヒュンケルは尋ねた。
「どうかしたか?」
 傷と見えたのは、真っ赤に紅葉したひと葉だった。

 白い羽根を飾った青い帽子を手に一礼して、ナイトフォックスは報告を始めた。
「ホルキア大陸は、このたび新設された軍団、不死騎団が攻略を命じられたようです」
 百獣魔団団長クロコダインは思わず聞き返した。
「不死騎団だと?構成は?」
「ゾンビ系です。アンデッドマン、がいこつ剣士、ミイラおとこなどなど」
「軍団長は」
ナイトフォックスは百獣魔団の一員で、軍団と魔軍司令部との連絡係でもある。
「申し訳ありません。魔軍司令さまは苦虫を嚙み潰したようなお顔でして、これ以上の情報はいただけませんでした」
「では、魔軍司令殿以外の情報はどうだ」
「正規の情報ではなく、連絡係どうしのうわさですが」
そういううわさを拾ってくる有能さがこのナイトフォックスの身上だった。
「新設不死騎団の軍団長は、種族も年齢もスキルもわかりませんが、魔影参謀さまが秘蔵して育てられたお弟子で、大魔王さまのお気に入りです」
「証拠はあるのか?」
「不死騎団長は大魔王さまから特別な剣を賜ったという話です」
「ということは、その軍団長は剣士だろうな。その男、強いか?」
 クロコダインの興味はその一点にあった。
「ベンガーナ近郊にて、地元のモンスターを束ねる者が魔王軍に抵抗しているようです。その討伐は不死騎団が任されるようで」
 にや、とクロコダインは笑った。
「実力を見せよとの思し召しか。ふむ、これは見ものだ」
 こうしてクロコダインはベンガーナ近郊の戦場へ繰り出した。観戦武官であると届け出た後、戦場となった荒野を見下ろす丘に陣をかまえ、床几にどっかりと腰を据えた。
「こっそり見に来ているヤツも多いようだな」
 反乱軍の主だった者は悪魔系のようだった。ムチや長柄の大鎌をかまえた有翼の悪魔族が、群れを成して荒野を飛ぶ。
 その前に立ちはだかるのはアンデッドの軍勢だった。がいこつ剣士たちは剣を手に整然と行進していた。荒野の中央で両軍はぶつかった。悪魔対がいこつ剣士の戦いがそこかしこで繰り広げられた。
 明らかに悪魔は押されていた。ゾンビ系戦士の方が数で優勢なうえに、倒しても、倒しても、復活してしまうのだ。
「なかなかの軍団だ。だが、軍団長はどこだ?」
それは最前線で見つかった。遠目で見ると金属色の鎧をまとったヒト型の影だった。
「二足歩行だな。あの身長体格、魔族にも獣人にもあてはまる。アンデッドでもおかしくないぞ。待て、大魔王下賜の剣はどうした」
その声が聞こえたかのように、不死騎団長は突きの形に剣を掲げた。
 次の瞬間、稲妻のような一撃が悪魔族を見舞った。ほう、と思わずクロコダインが声を漏らしたほどの痛撃だった。
 直線上にいた二三匹の悪魔が、身体に風穴を開けられてふっとんだ。怒りと恐怖の悲鳴が沸き上がった。
 その悲鳴がパニックを引き起こした。まだ動ける悪魔たちが、必死で敵から逃げていく。逃亡先は味方の陣営だった。クロコダインのいるところからも、悪魔陣営のあせりっぷりが見えた。巨大な仮面で顔を覆い、腰みのをつけた怪人たちが右往左往している。
「呪術師系か。やつらの得意はいやらしい呪文のはず。さて、不死騎団はどうする?」
よほどうろたえたのか、一人のシャーマンが前線に向かって杖をうち振った。杖の先から真空の刃が飛び出した。
 その刃は真っ先に敗走中の味方、悪魔たちにぶつかった。青黒い魔物の体液が激しく噴き出して荒野を染めた。
 シャーマンたちは言葉にならない喚き声をあげ、次々とかまいたちを飛ばした。その刃に、がいこつ剣士たちが斬り飛ばされた。音もなく白骨が宙に舞った。
 がいこつ剣士たちを率いて最前線にいた軍団長は、強風を避けて顔を背けていた。その頭部に、白骨が偶然ぶつかってかぶとが脱げた。
 続くかまいたちが顔をかすめた。
 ほほに三筋の真紅が生まれ、風に乗って真っ赤な滴が舞い散った。
 花も緑もない不毛の荒野は悪魔族の体液で青黒いまだらとなっている。そこに鮮血が落ちた。
 がたっと音を立ててクロコダインは床几から腰を浮かせた。
「あの血は、人間かっ!」
 魔族でも獣人でもない、ましてゾンビでもない。よりによって人間が、魔王軍の軍団長に。
 不死騎団の軍団長はゆっくりと顔を正面へ戻した。
 クロコダインは息を呑んだ。大きな目をしたあどけない少年の顔を、思い出していた。
――おお、すまんな、ボウズ。

  あの鮮やかな血痕をクロコダインはまざまざと思い出していた。
「いや、なんでもない。その紅葉があまりに赤いのでな、血のように見えた」
 ごくかすかに、ヒュンケルは口許をゆるめた。
「大丈夫だ。おまえの言ではないが、オレはそれほどやわではない」
 地底魔城で出会った利発そうな子供、そして魔王軍ただ一人の人間の軍団長。今日にいたるまでヒュンケルはどれほど苦労を重ねたことだろうか。だが、やわではない、と言い切る表情は、不思議なほど穏やかに見えた。