上の階の男 2.第二話

 宮廷など公的な場面でヘンリーに会ったことのある人間は、彼についてたいていの場合「礼儀正しくにこやか」という印象を持っている。ないしは「腹ん中で何かたくらんでいるけど人当たりが柔らかく、いつのまにか丸め込まれてしまう」ぐらいのイメージだろう、とデールは思っている。ご婦人の場合それが「調子のいい女たらしに見えるけど、実は愛妻家なので危険はない」あたりの評価へ変わる。
 が、デールをはじめヘンリーを子供の頃から知っている少数の人間は、また別の彼の顔を知っている。「育ちすぎのいたずら小僧」である。
 まるで叱られた悪童のようにぶすっとした顔つきで、ヘンリーはデールの私室の椅子にどっかりと腰を下ろしていた。
「それで?」
とデールは聞いた。
「15だ」
とヘンリーは答えた。
「ただの!でっかいメダルだってだけで!15!記念オルゴールは」
「7」
とデールは先に答えた。
「しょうがないじゃないですか。小さいメダルだって50個以上あるのに、大きなメダルは一個だけなんですから。レア度がちがうでしょう?」
う~~とヘンリーはうなった。
 奇妙なところにこだわる、負け嫌い、という性格は昔から変わらない。特に親友、グランバニア王ルークに関係することがらについてはヘンリーは一歩も譲らないという一種の規範を持っている。たいていの、例えば本職であるラインハットの政治上のことがらでは、官僚や貴族たちを相手に譲歩や駆け引きを柔軟に使いこなすというのに。
 やれやれ、とデールはつぶやき、メイドのいれてくれたコーヒーの茶碗に手を伸ばした。じろ、とヘンリーがにらみつけた。
「デール」
「はい?」
「おまえ、ルークにウラから話をつけてランクをあげようなんて思ってないだろうな?」
デールは天を仰いでためいきをついた。
「まったく、兄弟を宰相にしたりするものじゃありませんね。考えをすぐに見抜かれてしまう」
図星だったのだ。
「そんなことしたら許さないぞ?おれは他の名産品を蹴落としてオルゴールのランクをあげたいんじゃない。本当に価値のある名産品をラインハットから生み出したいんだ」
デールはコーヒーをひとくちすすってからきゃしゃな丸テーブルへ戻し、座りなおした。
「わかりました。まじめに聞きますよ。兄さんの言う“本当に価値のある名産品”て、どんなものですか?」
ふむ、とヘンリーはつぶやいた。
「レア度は高いといい。それと美しい、とか、怖いとか、見た目にインパクトがあること」
「けっこう難しいですね」
「あと、由緒があるとなおいい」
デールは軽く肩をすくめた。
「うちの城の宝物庫を漁れば古い宝石付きのアイテムぐらいでてきます。でもそれは名産品というのとちょっと違いますね。例えばルラフェンではおいしい地酒だったのでしょう。ラインハットだけ金の力でランクをあげようとしているみたいに見えるのは好ましくないと思います」
「そうだな、その条件はやめよう。故事来歴はなくても、そのものの値打ちで勝負するんだ」
ああ、とヘンリーは言って目を見開いた。
「ラインハットらしいこと、これが大事なんだ。だって、ラインハットの名産品なんだから」
デールは両手を軽くあげた。
「兄さん、ラインハットらしさってなんです?」
「おまえがそれを聞くのかよ、国王陛下?」
兄弟は顔を見合わせた。
「悪い。わかんねーや」
ヘンリーはそう言うと、詰め物をした大きな椅子に体を預けてしまった。
「私もです。外から見たほうがわかりやすいのかもしれません」
小さな沈黙が降りた。
「失礼いたします」
デール付きのメイドがやってきた。
「ヘンリー様の従僕の方がお迎えに見えました」
キメラの翼で船ごと帰ってきたと同時にヘンリーがデールの部屋に入ってしまったので、待ちかねた従僕たちがデールのところまでやってきたようだった。実際ヘンリーがやらなくてはならない仕事はこの日まだ大量に残っている。
 デールが許可を与えると次の間に通じる扉が開いて、お仕着せ姿の従僕が二人入ってきた。
「ヘンリー様」
先頭の一人がせかせかと口を開いた。
「あともう少しで予算小委員会が始まってしまいます!早くおいでください」
ヘンリーの私設秘書ネビルだった。
やれやれ、とつぶやいてヘンリーが立ち上がった。
「ネビル、おまえ、オラクルベリーの出だったな。オラクルベリーから見て、ラインハットらしさってなんだ?」
「はあ?それはもう格調というものですね」
なぜか胸を張り、気取ったようすでネビルは言い切った。
「いくら裕福でもオラクルベリーには王家はありません。ラインハットの誇るものは歴史でしょう!」
「ラインハットの王室なんてろくなもんじゃないぞ。親戚同士の権力争いばっかだからな」
「そんなことは!」
もう一人の従僕が口を挟んだ。
「あの、金属加工技術じゃないかと思いますが」
「金属?鉄とか銅とか?」
若い従僕ははい、と言った。
「私も他国の出身ですが、初めてラインハットの武器屋を見たとき、鋼鉄製のものがたくさんあったのがちょっとした驚きでした」
「鉄ぅ?」
ネビルは小鼻から嵐のように鼻息を噴出した。
「なんとつまらん。それなら金銀や宝石など、もっと見栄えのするものがあるだろう!」
「いや、待てよ」
ヘンリーはデールの方を振り向いた。
「金属……鉄細工……からくり細工はどうだ?博物館にあるのは、いくらレアもんだったって動かないだろう?オルゴールもそうだけど、動きで勝負しようぜ」
デールはうなずいた。
「金属製の歯車やおもり、バネなんかを使ったからくりですか。おもしろいかもしれませんね」
内心、兄の機嫌が直りかけたのでほっとしていた。
「ネビル、会議が終わったらすぐに布告を出すから準備をしてくれ」
「ええ?いきなり、なんですか?」
「職人を募るんだ。ラインハットを代表するようなからくり細工を作れるような職人が必要だ。いや、この際、シロウトでもかまやしない。なにかこれだ、っていう細工物を作ったやつに報奨金を出すぞ」

 手のひらサイズのおもちゃの馬を4頭つなぎ、その後ろに箱型の馬車が取り付けてある。四頭立て馬車の縮小模型である。
その日の講師は、模型を手にとってひっくり返してみせた。
「ここにサスペンションがはいっているでしょう?」
「そうですね」
「サスペンションの発明は人類にとっての恩恵だったのです。そうでなかったら現代の私たちは、まだ車に乗るたびにお尻が痛い思いをしたでしょうからね」
はは、とレポーターは笑った。
「まさか、この馬車と同じものではないんでしょう?」
「もちろんずっと進化しています。でも基本的に、このデール一世の時代にもたらされた、バネの力で振動を吸収するという思想から発展したものなのです」
「それが今日のテーマですね?」
講師はうなずいた。
「そうです。今日のテーマは、キングデールズ・エクスプロージョン。デール一世の時代の後半に、文字通り、爆発的な勢いで多くの発明が世に出ました。現代社会で今なお使われているものもあります。それはバネ、歯車、磁石などを利用した素朴なものでしたが、コリンズ二世の時代になって改良が繰り返され、やがて産業革命にたどりつくのです」
講師は片手で壁面のパネルを指差した。
「他国では、このようなムーブメントはもっとずっとゆるやかです。下地になるちょっとした工夫があり、何かの必要に迫られて発明品として世に出て、悪いところがあると少しづつ改良されていく。だから発明者の名前がわかっていることのほうが少ないのです。が、ラインハットはちがいました。まるで爆発です」
レポーターは首をかしげた。
「いったい、何があったんです?」
「歴史上確認されていることは時の宰相が何度か自腹を切って報奨金を出し、発明を奨励した、ということです。布告の原本や発明品の上位入賞の記録がいくつも残っています」
「自腹だったんですか?」
講師はうなずいた。
「しかも当時としてはかなりの大金です。たちまちラインハットには空前の発明ブームが巻き起こりました」

 ラインハットの町の広場のど真ん中にからくり細工の受付所ができていた。報奨金目当てにからくり細工を造る者があまりにも多く、ほっておくとラインハット城を埋め尽くしてしまうのだった。
 警備隊長のトムが業を煮やし、ついにからくり細工関係は特別の役所を造って対応することになった。受付を城外に設け、へたれた細工品を振り落とすためのチェックを行うことになったのである。
「はい、並んで、並んで。そこのあんた!横から入っちゃだめだ」
「最後尾はここね~、この札持ってください」
「今から並ぶと昼過ぎだよ」
兵士たちがすでに慣れたようすで「にわか発明家」たちをさばいている。物凄い数の人々が朝から押しかけて自分の作品を受け付けてもらおうとしているのだった。
 市民は最初あきれた顔で見ていたが、商人たちはやがてこれがビジネスチャンスだと悟るに至った。今も押すな押すなの騒ぎで並んでいる人々に弁当や飲み物を売りつけ、また広場のあちこちに発明用の素材を売りつける屋台を作っている。
「この設計図を実際に製作できれば合格間違いなし!」
そう叫んで自作の図面を売り歩く者、からくり細工を作る塾の新入生を募る教師たちなど、ラインハットは大騒ぎだった。
「なんか、たいへんなことになっちゃいましたね」
恐縮した表情でグランバニアのルークはそうつぶやいた。場所はラインハット市外を見下ろす城の見張り台の上である。隣に立っていたデール王はくすくすと笑った。
「報奨金をうんとはずみましたからね。もともとラインハット人は一攫千金に目がないんですよ」
デールはちょっと口を閉じて暗算したようだった。
「ええと、特賞から三位までの人には全部で2万5千ゴールドあげることになってます」
「ちからの盾が買える……」
ルークは思わずそうつぶやいた。
「あのう、デール様、そのう」
ルークが言いかけると、何を悟ったのかデールは言った。
「いえ、兄からその手は禁じられてしまいました。ルーク様のお志はありがたいのですが」
「いえ、じつは、その、これを見てください」
ルークは聖なる宝石を取り出した。デールが嘆声をあげた。
「これは!見事だ。すばらしい細工ですね」
「グランバニア出身の腕のいい細工師がエルヘブンに住んでいるのを見つけたんです。もともとサンタローズで採れる石なんですが、こんなに綺麗な宝石にしてくれました。これ、ヘンリーのオルゴールにちょうどはまるんじゃないかと思うんですけど」
「兄と義姉は、最初オルゴールに宝石を入れたかったらしいのですよ。細工が間に合わなくてできなかったんです。これならきっと合いますよ。よかった、これでオルゴールは完璧になるし、ランクも上がりますね」
「20は越えます」
デールはほっとした顔になった。
「そのくらいあれば兄も納得するでしょう。あのからくり細工熱も終わりですね」
見張り台へ通じる階段を、足音高く誰かが上がってきた。
「デール、デール、どこだ?」
デール王がふりむいた。
「ここですよ、兄さん。ルークさんがすてきなものを持ってきてくれました」
すぐに足音の主が姿をあらわした。片腕に何か大きな布の包みを抱えていた。
「なんだ、ルーク、来てたのかよ。寄ってくれりゃいいのに」
ルークは笑った。
「だってヘンリーが忙しそうだったから。からくり細工のコンテスト、凄いね」
なぜかヘンリーは笑顔をひきつらせた。
「あ、ああ。まあな。で?何を持ってきたって?」
「ほら、これ。ラインハットの記念オルゴールにはめようと思うんだ」