上の階の男 3.第三話

 ルークはあらためて聖なる宝石を見せて説明した。ヘンリーは聞きながらすなおに驚いたようだった。
「すげぇ。最初にイメージしていたのよりもすげぇ。よく手に入れたよなぁ」
「うん。ぼくが子供の頃この石を採ってなくて、あの細工師のおじいさんとエルヘブンで会えなかったら、これはここになかったんだ」
「いいな。レアだし、綺麗だ。お前の博物館へ入れるんだろ?」
「あのオルゴールといっしょにね。きっとランクも上がるよ」
「そうかもな」
意外なことにヘンリーはさらっと流した。
「あれ?もっと歓んでくれると思ったんだけど」
「も、もちろん、うれしいに決まってるだろ?」
「そう?じゃあ、いっしょに来る?これからルーラで飛んで、夜になるのを待って宝石をオルゴールにはめようと思っているんだけど」
「あー、ああ。そうだな。わかった。いっしょに行く」
ルークは首をひねった。何か、隠している。どうもおかしい。ちらっとデールの方を見ると、デールもいぶかしそうな表情だった。
「ちょっとマリアに断ってくる。城の前で待ってるからなっ」
そう言うとヘンリーは、ばたばたと階段を降りていってしまった。

 講師はフリップボードや模型などを使って、その日のテーマを要領よく説明し終えたところだった。
「これが、キングデールズ・エクスプロージョンが、現代ラインハット産業界に与えた影響です」
「ずいぶん大きいものなんですね」
「そのとおりです」
「けれどなぜこの現象がこの時代に起きたのか、わかっていないわけですか?」
講師は微妙な表情になった。
「わかっていない、と言うべきでしょう。いわば、ときの宰相、オラクルベリーのヘンリーの気まぐれからすべてが始まったわけですから」
「気まぐれだけでこれほど熱心に発明を募ったのでしょうか?大金を投じて?」
講師はためいきをついた。
「そうとしか、考えられないのです。本当のことは結局わかりません。何百年も前の、いたずらと気まぐれで有名な一人の男の動機なんですよ?」
「謎ですね。『なにがヘンリーを駆り立てたのか?』」
「謎なんです。『ヘンリーは何をしたかったのか?』」

 名産品博物館は、夜になると見学者を帰して静まり返る。広々とした展示室は、物言わぬ名産品が並ぶ不思議な空間だった。
「怖い名産品は、夜は見たくないの」
小さくカイはつぶやいて、ルークの服を握った。
「カカシがあるから、一階の展示室には、今日は寄らないでおこうね」
カイはカボチ村のコワモテカカシが大嫌いなのだった。ルークは娘のまだ薄い肩をそっと抱いてふるえをとめてやり、ゆっくり2階への階段を登った。
 ラインハットの記念オルゴールを展示している台へ近寄るとルークはオルゴールを慎重に取りあげ、聖なる宝石をオルゴールへはめこんだ。エルヘブンで会った宝石職人の腕はさすがだった。宝石は滑らかにすべりこみ、一度はまりこむともうぬけなかった。
「これでいい」
まぎれもない幽霊であるデスじいさんが、グランバニア一家とヘンリーの後をついてきた。
「ふむ。ランクとしては25というところか。よい展示品じゃ」
ルークはほっとした。
「よかった。ね、ヘンリー、これ、大事にするよ」
「ああ。マリアも喜ぶ」
「今度マリアと一緒に見においでよ」
「それも悪くないな」
カイがルークの服の裾をそっと引っ張った。
「帰ろう?お父さん」
ルークはそっとカイの髪をなでた。この子がおばけと高い所が嫌いなことはルークも知っている。双子の兄が手を差し出した。
「カイ、手、つないであげる」
「うん」
双子は手を握ったまま先に部屋を出た。あとからデスじいが漂うようについていった。
「あのからくり細工のコンテストは、もうやめてもいいんじゃないの?」
「あれか?」
夜の博物館の廊下のほのかな明かりの中で、ヘンリーの目の下のあたりがちょっと赤くなった。
「あれはほら、ラインハットの宰相としてだな、国家のために商品を開発して産業を奨励して」
くすくすとルークは笑った。
「ごめん、デール王からぼく、たいていのことは聞いて知ってるんだけど」
「うるさい!」
そばかすだらけのいたずら小僧のときと変わらぬ口調でヘンリーは答えた。
「相変わらず空気の読めないやつだ」
ルークはそれ以上何もいわずに笑っていた。
 一階ではエントランスの前にピピンがいて、敬礼で一行を出迎えた。
「グランバニアへお帰りになりますか?」
「そうだね」
双子は先に階下に降りて、少し眠そうなとろんとした目つきをしている。
「じゃあヘンリー、ぼくは」
帰るよ、と言いかけたとき、妙にヘンリーがそわそわしていることにルークは気づいた。
「どうしたの?」
「あ、おれ、ちょっと忘れ物」
「え、なに?」
「悪い、取ってくる。待ってなくて大丈夫だぞ、キメラの翼持ってきたから。じゃな!」
それだけ言うとヘンリーは、エントランスの脇の大階段を駆け上がって行った。
「忘れ物って、なんだろう?二階にいたのはほんのわずかな間だのに」
ルークがそうつぶやいたとき、ピピンが言った。
「あのっ、ここは確かめにいくべきではないでしょうかっ、ええと、館長として!」
「彼は、モンスターチェスには興味がないと思うよ?」
「念のためですっ」
背中を押さんばかりのピピンにうながされて、ルークは二人で二階へあがって行った。が、二階の展示室にヘンリーはいなかった。
「あれ?」
ルークがきょろきょろしているとき、ピピンがあっと言った。
「三階だ」
「なんだって?」
「このあいだあの人が階段を降りてきたときです!ぼくは直前まで二階にいたのに、ヘンリーさんは見なかった。あの時あの人、三階から一階へまっすぐ降りてきたんじゃないですか?」
「今夜も三階に用があったっていうのかい?」
三階にある小展示室は、いまだに展示品がないままの空っぽなのだが。
「とりあえず、行きましょう!」
ルークとピピンは、今度は足音を忍ばせて三階へあがって行った。

 その部屋の雰囲気は、まるで果たしあいだった。
 ヘンリーは階段を駆け上がったために肩で息をしている。小脇に鳥かごほどの大きな布の包みを抱えていた。
 あれは、昼間も持ってた、とルークはひそかに思った。
 ずかずかとヘンリーは小展示室中央の台へ近寄った。が、布包みはむしろそっと置いて、慎重な手つきで包んでいる布を取り払った。
 無言で壁に近寄り、ランプを調節して灯りを最大にする。
「どうだ!」
勝ち誇った声でヘンリーはそう叫んだ。
 壁際で何かが動いた。顔中ひげだらけの壮年の男が壁際に座っていたのだった。男は立ち上がった。かなり背が高く、熊のような体格である。長めの髪も顔の下半分を覆うひげも黒かった。名産品博物館に寝泊まりしているらしいが浮浪者のたぐいには見えない。身につけている衣服がかなり贅沢であること、堂々と立ってこちらを見据えてくる姿に奇妙なほど威厳があることがその原因だとルークは思った。
「また来たのか、青二才が」
今にも殴りあうような気迫でヘンリーとその男はにらみあった。
 ふん、と皮肉な笑いでヘンリーは男に答えた。
「あいにくと尻尾巻いたまんま逃げかえるようなやわな根性しちゃいねえや。見ろ!」
びしっと展示台をヘンリーは指さした。
「こいつの値打ちを鑑定してみろ。やれるもんならやってみろってんだ!」
「騒ぐな、くちばしの黄色いガキが」
王国宰相の肩書も一児の父の年齢も、熊のような金持ちの男は無視していた。男の視線は展示台の上に注がれた。
「ほう……」
男は腕を組むとその一言をもらしたきり、黙っていた。
「どうした?驚いて口もきけないのか?」
ふてぶてしくそう言うと、ヘンリーは気取った歩き方でゆっくり展示台の周りを回り始めた。
「このあいだきさまが指摘したところは、全部直してやったぞ!これがラインハットの職人の知恵の結晶だ!見て腰ぬかすなよ?」
ヘンリーは指を伸ばして、彼が持ってきたものの基部についているものをつまみ、ぎりぎりとまわして手を離した。
 ヘンリーが展示台にのせたのは、ルークが見たこともないものだった。円形の台座の上に仔馬のおもちゃが列を作って並んでいる。台座の中央に立てた柱の周りを回るよう に配置されていた。柱はてっぺんに丸い屋根を載せている。ラインハット風の技法できれいに彩色されていた。
 ヘンリーが回していたのはネジだったらしい。仔馬たちはゆっくりと動き出した。オルゴールの音色が聞こえ始めた。柱の周りを音楽に合わせて仔馬の群れは楽しそうに走り出したのである。
「確かに、今度は動いているな」
「そうだろう!」
ヘンリーは鼻高々だった。
「このあいだみたいに、走ってる間にぶっこわれたりしないんだぞ。ラインハット中の職人を総動員して考えさせたんだ」
金持ちの男は負けなかった。ぐっと胸をそらして言った。
「ただのおもちゃだ」
「なにっ」
くるりくるりと仔馬の列はまわる。
「どれだけ見栄えをあげてどれだけ精巧に動くとしても、ただのおもちゃ。女子供の目をいっとき楽しませるだけではないか」
「なんだと?おもちゃが名産品でなにが悪い」
「はっ、しょせん、強がりだ。確かにラインハットらしいし、入賞作品だというならレアだということは認める。が、それだけだ」
ヘンリーの表情が険しくなった。
「あくまで値打ちを認めない気だな?」
「ふん!」
くそ、とヘンリーがつぶやいた。
「ようし、こうなったら……」
ほとんど血走ったような目で回る子馬をヘンリーはにらんでいた。いきなり熊男の方を振り返った。
「じゃあ、これで時間を測ってやる!」
「なんだと?」
「一回転する時間がいつも同じなら、何周したかで時を測れるじゃないか!どうだ、役に立つだろうが!」
熊男は一瞬言葉を失った。が、次の瞬間、大口を開けて笑い出した。
「できるものか!」
「やってみせる!」
むきになったヘンリーが言い返す。ヘンリーは持ってきた布を回る子馬に荒っぽくかぶせ、手荒く包んだ。
 覗き見をしていたルークとピピンはさっと廊下の暗がりへ体を引っ込めた。足音も荒くヘンリーが出てきて、階段へ向かっていく。しばらくすると、たたたた、と音を立てて降りていく音がした。
「これだったんだ」
とルークはつぶやいた。ピピンがうなずいた。
「ヘンリーさんは三階のおっさんに張り合ってたんですね」
「まったく、あの負け嫌いは子供の頃と変わらないんだから」
「意外とむきになる性質なんですね」
「そのほうが地なんだ」
ルークは考え込んでいた。あの音楽に合わせてまわる子馬は、なかなか魅力的だったのだ。たぶんヘンリーは完全に納得がいく品物ができたらこの博物館に展示させてくれるだろう。
「まあ、いいか」
展示のときは、将来の見学者のためになんて説明をつけたらいいだろう、とルークは思った。
「“意地っ張りの塊”なんてどうだろう?」
え?と隣でピピンが言うのを聞いて、ルークは一人でくすくす笑い始めた。