GLORIOSA-栄光なるもの 1.第一話

 明滅するサーチライト、頭上を低くかすめていくヘリの爆音、怒号、悲鳴、クラクション。ミッドガル市民は、たやすくパニックにとらわれる状況だった。
 事態は一向に改善しないまま、ついにカンパニーは、スラムをのぞく、市の上層部全域に避難命令を発したのである。
「荷物は最低限で!」
市警察に協力して、神羅軍は避難活動を展開していた。
「お子さんの手は、放さないでください!」
「すいません、病人を搬送します!」
「こっちが、先だ!」
「早くしてよっ」
道路を埋め尽くす市民の誘導に、兵士たちは額に汗を浮かべていた。
 一般兵が、大声を上げた。
「そこ!携帯はだめだ!」
中年の女は、おびえたような顔になった。
「でも、家族に連絡しないと」
親指は動いている。兵士はさっと近寄り、女の手から携帯電話をたたきおとした。
「これだって、端末なんです!ワームが入ってくるかもしれないんですよ」
女は泣きそうな顔になった。
 後ろからガソリンで動く古い自動車が、やかましくクラクションを鳴らしている。
「くそっ、うちの新車は、もうだめか!」
誰かが、くやしそうにつぶやいた。
「神羅モータースの最新型だっていうのに」
「新しいから、だめなんだよ。全部、コンピューター制御だから」
「ワームがついたら、もう……」
 ミッドガルへの攻撃は突然始まった。市のさまざまな機能をつかさどるコンピューターネットが、突然攻撃的なワームに感染し、守るべき市民を傷つけ始めたのだった。その感染速度は、驚異的だった。
 市の上層部に住んでいるのは、財力もステータスもある上流階級だった。スラムと違ってコンピューター制御製品を多く使用している。それがあだになった。
カンパニーはついに、ワクチンを開発する間の時間稼ぎとして、あらゆるコンピューター制御マシンを捨てて、上流階級に属する市民を避難させることに決定したのだった。しかし、市民がおびえているのは、コンピュータが敵に回った、というだけではなかった。
 古ぼけたほろがけのトラックが停車した。兵士は、子供たちを名簿でチェックしながら、一人づつ乗せていった。とつぜん、一人の子供が不安そうにみじろぎし、泣き出した。
「ママは?いっしょじゃないの?ママ、ママ!」
大人たちはひきつった。列で待つ子供たちも、動揺し始めた。
 兵士が一人、泣いている子供に近づいた。
「ママは、あとから来るよ」
「ほんと?」
「これは、子供だけのトラックなんだ」
 年齢の低い子供から先に疎開させること、そう避難マニュアルには、載っている。時間との競争だった。この地域は最も市の周辺部に近い。そしてすぐそこに、機械兵の軍団が迫っていたのである。倉庫に眠っていた機械兵を管理している電子頭脳が、問題のワームに取り付かれてしまい、機械兵たちは不正に起動してミッドガルに進軍してきているのだった。
 震える声で子供が尋ねた。
「頭のおかしいロボットがいっぱい来るんでしょ?」
自分も子供を持つベテランの兵士は、無理に笑った。
「大丈夫さ。君のおうちに近づけやしないよ。知っているかい、あのね……」
わざと秘密めかして兵士は言った。
「カンパニーは、ソルジャーを出すよ」
子供の目が輝いた。
「ほんと!」
「ほんとさ。今、あちこちの前線から、1stソルジャーが召喚されているところなんだ。ソルジャーたちが来れば、おんぼろの機械兵なんかすぐ始末してくれるよ」
「うん、うん!」
子供の甲高い声は、あたりによく響く。信頼しきった少年の声に、周囲の避難民たちは、安堵を覚えたようだった。
「そうよね。ソルジャーが派遣されているっていうから」
「ああ。間に合いさえすれば」
落ち着きが広がっていく。不安と苛立ちが消え、代わりに祈るような表情を人々は浮かべた。
「ねえ!」
トラックの荷台にあげてもらいながら、最初に泣いた少年が兵士に聞いた。
「セフィロスは、来る?」
 兵士は、もったいぶってトランシーバーをとりあげた。コンピューターの普及する前から使われているこのタイプが、今では唯一の携帯式通信手段だった。
「こちら、第17地区。ソルジャー派遣状況をお知らせください。市民から、セフィロスは来るかどうかと言う質問が出ています」
人々は耳をそばだてた。音質の悪い声が、答えを返してきた。
「ソルジャー・1st・セフィロス……軍用ヘリでジュノンを出発し、ミッドガルへ向かっています」
周囲からざわめきと安堵のつぶやきがわきおこった。
 セフィロスが来る。英雄が来る。
「なに、映像、ああ、頼む。3番街沿いの、そうだ、そのビル。ブラウン管?まじか!いいぞ、送ってくれ。市民のパニックを防ぐのにこれ以上のものはない」
突然、人々の頭上が明るくなった。人々が誘導されている大通りで一番大きなビルの壁面モニターが、真っ白に点灯したのである。
 音声が先に来た。
「こちら、ミッドガル・ブロードキャスティング・アソシエーション(MBA)。取材ヘリからレポートをお送りしています。
 機械兵は、当初の発表より多いもようです。郊外が埋め尽くされるほどの数です。神羅軍がアーミーに取って代わる以前の過去の遺物ですが、投棄することなく保管されていたようです。無人兵器で、ミサイル等の火器類はつけていませんが、物理攻撃の威力は元のままです」
臨場感のある映像が現れた。カメラが寄る。人型をした金属製の兵士が荒野から次々と現れ、怒涛のように押し寄せてきた。市外へと続く高速道路といっしょに映ると、実際の大きさがわかる。人間ならば5メートルはあろうかという巨人の襲来を見ているようだった。群集の中から、悲鳴が起こった。
「カメラ、あちらへ……御覧ください、神羅カンパニーのマークをつけたトラックが、あそこに集合しています。最前線です。が、一般兵のようですね。デジタル制御以前の古い対戦車砲を持ち出してきたようです。あれで、どこまでやれるか……」
急にレポーターの声が裏返った。
「8時の方向!軍用ヘリが来ます。機械兵の上を旋回しています」
声が途切れた。カメラはぎりぎりまで近寄り、ヘリのわき腹のドアが開くところをとらえた。
 ヘリの機内には乱流が渦巻くのだろう。ドアのすぐそばにいた人物の頭髪が夜風の中にふき乱された。長い、光沢のある、銀の糸。レポーターはかすれたような声をあげた。
「来た……」
 明るい機内をバックに、黒いレザーコートはよく目立った。すらりとした長身が立ち上がる。フレアのすそが、激しくはためいている。切れ長の瞳が、はるか下に群がり寄る機械兵をさげすむように見下ろした。
 カメラは惚れ惚れとその表情に近づいていった。魔晄色……蒼とも翠ともつかない色の、純粋な輝きを放つ瞳は、強い意志を帯びていた。うすめの唇のはしが、かすかにあがる。狂った機械兵の大群を見下ろして、あろうことか、彼は微笑んでいた。
 ミッドガルの街中の避難民は、声も出せなかった。
 映像のセフィロスは、ふいに背後にいる人物のほうをふりむいた。どきりとするほど美しいうなじが見えた。何か指示を出したらしい。彼を乗せたヘリは、優雅に旋回して、映像の視界から消えていった。

 同じ映像を、プレジデント神羅は、対策室の大型モニターで見ていた。
「もう大丈夫だろう」
ワーム対策室に、安堵のため息が広がった。
「夜明けには、片付きますね」
「まず、ね」
「そもそものワームは、ワクチンのめどがついたようですよ」
「早いな!」
「わが社ですから。もっとも、あの機械兵は動きを止めてからでないと、とてもワクチンを投与することができないのです」
「大丈夫だ。セフィロスがなんとかしてくれる」
そんな会話があちこちで聞かれた。
「となると、今度は」
「ああ、責任の問題だ。誰の首が飛ぶのかね?」
対策室に、失笑がもれた。
「ええと、機械兵を投棄しなかった、元のアーミーの責任者でしょうね」
「それが、困ったことにもう、死んでるんですよ」
「どういうことだ?」
「10年以上前になりますが、事件がありまして、その巻き添えでね」
カンパニーに古くからいる、ハイデッカーの部下の一人が、眼鏡を軽くなおして説明し始めた。
「そのころアーミーそのものの息の根を完全に止めるできごとがあったんです。やはり、機械兵が原因でした。あのときは一体だけでしたが、有人制御の機械兵がミッドガル市内で暴走したんです。ドラッグに手を出した兵士が、幻覚におびえて自分の機械兵に乗り込み、だれかれかまわず攻撃し始めました」
「そんな、たいへんじゃないですか」
若い社員が言った。
「まったく。しかもアーミーは市内の兵力を全部動員しても、暴れまわるその機械兵一体を取り押さえることができなかった。市議会はアーミーに見切りをつけ神羅カンパニーに依頼してきました。アーミーは、だめだった。われわれは、成功した」
「でも、どうやって?当時の神羅軍なんて……」
装備も兵力も、今とは比べ物にならなかったのだ。だが、説明していた男はにやりとして、対策室のモニターのほうにあごをしゃくった。
「われわれには英雄がいた」