GLORIOSA-栄光なるもの 2.第二話

 当時、セフィロスは13歳。銀色の髪は、女の子のようにさらさらと肩にかかっている。白磁でできたような肌と人形めいた無表情で、ソルジャー部隊の誰もが扱いかねている少年だった。カンパニーから隊に預けられたのだが、その幼さのあまり、一人前扱いして仲間と認めることはできなかった。が、その実力のあまり、子ども扱いして無視することもできなかったのだ。ソルジャーとしてのクラスは、与えられていなかった。
「ソルジャー・セフィロス」
規則どおり、出頭時に名前を名乗って敬礼した。その指の先までが、綺麗に伸びて陶器の人形のようだった。
「セフィロス」
宝条が声をかけた。少年は、白衣の男のほうに表情のない顔をむけた。
「ジャンキーの兵士が機械兵を暴走させている」
少年は無言だった。ハイデッカーが咳払いをして言った。
「あれを取り押さえて来い」
「ちょっと、待て!」
当時、カンパニーからソルジャー部隊を預かっていた男が叫んだ。
「あれはアーミーの機械兵だろう。なんでわれわれにお鉢がまわってくるんだ」
「こちらから提案したんだ。暴走を止めましょうとね」
「これだから素人は。安請け合いをしてもらっては困る。一企業の私設セキュリティのやることじゃない」
それは、当時のアーミーの特殊部隊から引き抜かれてソルジャー部隊をまかされていた男だった。その蒼白になった顔を見て、ハイデッカーは、薄く笑った。
「一企業の私設セキュリティ?神羅のソルジャーが、か?ひどい認識不足だ。だろう、宝条?」
「宝条博士、だ。きみ、もういい。行きなさい、セフィロス」
「待ってくれ。こいつはソルジャーである以上おれの部下だ。勝手に動かすな」
「君はクビだ」
そう言い捨てて、ハイデッカーは、少年の顔をのぞきこんだ。
「おまえにならできる、と、宝条は言った。成功すれば昇進を約束する」
なっ、と元隊長は叫んだが、少年はなんの感情も見せずに、答えた。
「イエス・サー」

 ソルジャーの着るノースリーブのニットとレザーのボトムに、簡単な防具を右の肩につけただけで、13歳のセフィロスは、戦場へ、ミッドガル市のスラムへ降りたった。あたりは、瓦礫の山だった。破壊された建築物や高架鉄道の中に、戦車や野戦砲などがころがっている。アーミーの兵士の死体もごろごろしていた。
横倒しになった指令車から、音声だけが聞こえてくる。
「誰か、いるかっ。やつはそっちへ行った。1分後に接触!逃げろ、逃げろおつ」
地響きをあげて、機械兵が姿を現した。アーミーの使う都市迷彩を施した外装は、あちこちに傷が付き、黒く焼け焦げているが、本体はまだ機動力を失っていない。後に神羅カンパニーが開発することになる戦闘マシンに比べれば性能はかなり劣るが、その分、装甲はぶ厚く、硬い。後継機の祖形となった、ごついモデルである。
 機械兵は、とまどったようにスピードを緩めた。セフィロス少年と向き合う形になった。少年は、つかつかと寄っていった。
「来るな、来るな、来るな~~!」
搭乗者がわめきちらし、機械兵の巨大な腕を少年めがけてふりおろした。
 ふい、と少年は、半歩ルートをずらして避けた。もう一発。これも、最小限の動きでパンチをはずした。ドラッグ漬けの頭は、それ以上の駆け引きができないようだった。機械兵は言葉にならない声でわめき、雨のように鋼鉄の拳を少年に降り注いだ。
 ついに、一発が少年をとらえた。と、搭乗者が思ったとき、操作部分から異常を知らせる信号が鳴った。機械兵の腕が、動かない。兵士は目を見張った。細身の男の子が、機械兵の片腕を押さえ込んでいるのだった。
「ばかが~っ」
もう片方の腕を操作して、兵士は機械兵の背中からブレードを抜きはなった。超大型のギロチンが、少年めがけて振り下ろされた。
 セフィロスが動いた。人間離れした跳躍力で、垂直に飛び上がる。あわてた機械兵が体をひねった。ひねりが終わったとき、セフィロスは肩の付け根の部分に乗っていた。
「きさまっ」
 搭乗者は知らなかった。セフィロスの体が燐光に包まれる。ミッドガルの上空に、巨大な雷雲が姿を現した。少年は雷を呼んでいた。
 雷鳴がとどろいた。世界のすべてが沈黙を強いられる。兵士の視界が白熱し灼熱が皮膚をめくれあがらせる。耐えられない痛みと、静かな少年の面差しだけが残り、哀れな兵士の肉体は滅び去った。
 機械兵は、停止した。ジョイントを破壊された指から、ブレードが支えを失って地面に落ちる。静まり返った廃墟に、金属音が響いた。
 不思議なものを見るようにセフィロスはその長大な、機械兵用のブレードを眺めた。機械兵の残骸から飛び降り、近寄って、触れてみた。そっと指で撫で、研ぎ澄まされた刃に顔をうつした。巨大な握りに両手をかけ、軽々と抱えて、立ち上がった。
 種類の異なる二つの鉄を鋳合わせる、日本刀独特のつくりを持つそのブレードは、全長3メートルほど。それがセフィロス少年のきゃしゃな腕に支えられて、こ揺るぎもしなかった。どこかうっとりとした表情で、少年は鋼の刃を見上げた。

 そのときから、10年以上の時間がたっていた。ミッドガル郊外に群がった無人機械兵軍団は、せいぜい30分後には市の外壁まで押し寄せてくる。野戦用のテントには、緊張がみなぎっていた。
「コンピューターはいっさい、信頼できない」
参謀部の将校が、状況を説明していた。デジタル式のモニターではなく、大時代なことに、大きな紙に印刷した地図を、指示棒でたたいている。
「敵をアウトレンジして遠距離から攻撃するという方法は今回は取れない。アナログ制御の遠距離攻撃では、威力が弱すぎる。白兵戦だけが選択肢だ」
地図は、大きなホワイトボードに貼りつけられている。ボードの前にいくつも椅子が置かれ、ソルジャーたちがすわっていた。
「地上にありとある生き物のうちで、アーミーの機械兵とサシでケンカができるのは、ソルジャーだけだろう」
参謀はわざとくだけた言い方をしたが、緊張は変わらなかった。
「では、あとは、お願いします、司令官閣下(サー)」
一番前のいすに足を組んで座っていた男が立ちあがり、地図の前に立って部下たちのほうに向き直った。動くにつれて、長髪がさらりと流れる。別の意味の緊張をはらんで、ソルジャーたちは彼らのリーダーを見守った。
 13歳の少年ソルジャーは、20代の青年に成長していた。190センチに近い長身に、腰までかかる銀髪の持ち主だった。透明感のある白い肌とどこか中性的な容貌は子供の頃と変わらないが、折れそうだった少年の頃より、一回り以上逞しい。戦闘装束の今は、白い防具が肩を強調し、まさに軍神と呼ぶにふさわしい威容を備えていた。
 さっと首を振ると、獅子のたてがみのように銀の髪が渦巻いた。
「ソルジャー諸君」
混ざりけのない魔晄色の瞳が、部下たちをひとりひとり見据えていく。
「機械兵は、まっすぐにミッドガルをめざしてくる。われわれは、一体も町に入れてはならない」
真剣なまなざしがいくつも注がれる。
「ワームに汚染されて前へ進むだけの機械兵には、未知の戦術を使おう。人間にとっては使い古しの手だが。カルタゴのハンニバルは、この方法でローマの重装歩兵を破った。カンナエの包囲戦だ」
きれいな瞳が、部下たちの上をさっとかすめた。
「この名前だけで、作戦を了解できないものはいるか?」
小さなつぶやきがわきおこった。
「神羅ソルジャー訓練所(SSI)で一番たいくつな授業をする教官の、お気に入りのケースだ。忘れたものはいるまい」
あちこちで苦笑がもれ、それにともなって緊張もほぐれてきた。
 後ろのほうから、一人のソルジャーがおずおずと手を上げた。
「あのう、おれ、その講義のとき、寝てました」
わっと笑いが起こった。
「あれは、年間の最初のクラスで必ず出てくるケースだぞ」
長めの黒髪のがっしりとしたソルジャーは、悪びれなかった。
「あの先生でしょう。おれ、クラス始まって5分で寝てました」
遠慮のない笑い声があがった。
「諸君、地図を見てくれ」
セフィロスは、指示棒を手に取った。
「敵は、こちらから来る。われわれは、中央、左翼、右翼に分かれて布陣する。敵と最初に接触するのは中央になる。中央部隊の役目は、押し寄せる敵を受け止め、崩壊することなくゆっくり後ろにさがること。敵のほとんどを受けきったとき、左右の翼が閉じて、包囲を完成する」
それが史上有名な、カンナエの包囲殲滅戦だった。この戦略でもっとも危険なのは、敵を正面で受け止める中央部隊である。
 セフィロスは二人の1stクラスのソルジャーを指名して、左翼右翼それぞれの指揮をまかせた。
「それぞれ、必要な人員を選んで連れていけ」
はっ、と言って、指名されたソルジャーたちが敬礼した。
「中央の指揮は、私が取る」
ソルジャーたちは、はっとした。リーダーは自ら、殺到する機械兵の矢面に立とうとしているのだった。参謀が聞いた。
「中央隊の副官は」
「いらん」
「サー!」
セフィロスが視線を向けた。虹彩が縮まって、縦長になっていく。参謀は口ごもった。
「出すぎたことを申しました。しかし」
セフィロスは片手をふった。
「左右翼のほうが、上位ソルジャーを多く必要とするはずだ。中央は私一人でいい」
が、セフィロスはふと視線をさまよわせた。
「おまえ」
カンナエ包囲戦の授業を眠ってやりすごした男が、ふりむいた。
「はあ」
「度胸は一流らしいな。副官に採用する。名は?」
野戦用テントの中は、しんと静まり返った。皆、息を呑んで、美貌の英雄に抜擢された男の返答を待った。
「ソルジャー・2nd・ザックス。り・了解しました」

 ミッドガル市の周辺は、赤茶けて乾いた荒野だった。昔からある街道が市のそばを通っているが、そのわきに古い電信柱が等間隔に立っていなければそれすらわからない。
 なだらかな丘がくだりになる広い斜面に一人、セフィロスは立っていた。
 ザックスは、中央部隊とともに、その背後で待機していた。左右翼がセフィロス以外の1stクラスソルジャーを連れて行ったので、中央部隊に残ったのは下位ソルジャーばかりである。そのメンバーで、何百体という機械兵を受け止めなくてはならないのだった。
「来るぞ」
セフィロスがつぶやく。神羅カンパニーのトラックが、サーチライトを浴びせた。光の柱の中に、機械兵の群れが姿を現した。
 セフィロスの手があがり、指が天を指した。ザックスは顔の皮膚がちりちりするのを感じた。
「はなっから、かます気か、あのひと。みんな、伏せろっ」
サンダガが炸裂した。
「敵よりよっぽど怖いぜ!」
かなり不敬なことを大声で叫んでも、大気を震わす雷鳴の中、自分の声さえ、聞こえなかった。