ギガンテスチキンラン 3.第三話

 ガライの研究所のフロアいっぱいに大きな機械人形が足を投げ出してすわっていた。
「これなら治りそうだな」
本体の背後でラライはうれしそうにつぶやいた。
 ガライヤ半島では、大昔に使役されていた機械人形がよく発掘される。今のアレフガルドにはないテクノロジーで造られたものだが、うまく直せば人間の命令を理解して実行してくれる。力は強いし手先が器用だし、彼らは人間の、特にガライの町にたてこもる難民にとってのえがたい助っ人だった。ラライのところへはよく機械人形が持ち込まれ、修理を頼まれていた。
 アメルダがうしろから声をかけた。
「コードかい?それともチップ?ハンダが要る?」
ラライは鉄でできた人形の背中を開いて中をのぞきこんだまま工具を使っていた。
「いや、どれも部品は問題ない。こんなに状態のいいキラーマシンは初めて見るくらいだ。基盤の上のゴミが邪魔してうごけなかっただけのようだね」
ラライは上機嫌だった。
「よし、これでいい。起動するぞ」
四本のパイプ状の脚が本体を支え、キラーマシンはゆっくり立ち上がった。はるか頭上を見上げてラライは尋ねた。
「おまえの名前は?」
キラーマシンのひとつ目に光が灯った。抑揚の少ない声でマシンは答えた。
「ろびん、ト、モウシマス」
ラライは目をみひらいた。
「へえ。普通型番で答えるんだけどな。個体名をもらっているのか。大事にされていたんだな。ロビン、おまえの機能は?」
「第二種家庭内作業、セクレタリー業務、屋外単純労働、セキュリティ業務トウ、タイテイノモノニ対応可能デス」
ラライは上から下までロビンを眺めた。
「ボクは何回かおまえたちを修理してるけど、セキュリティと言ったのはおまえが初めてだ」
「ソレハ……」
メモリーの奥からロビンはデータを引っ張り出した。
「ワタシノおぷしょんダカラデショウ。前ノ主ノ身辺警護ガ必要ダッタタメ、ワタシノ近接戦闘機能ガあくてぃぶニサレマシタ」
「近接戦闘って、具体的にどんなことをやれるんだ?」
「武器ヲ使っての剣技デス」
アメルダが声をかけた。
「まさか、人形が剣を使うって?」
「ボクも信じられないな。そんな高度な判断と運動ができるのか。興味があるね!ロビン、見せてくれないか」
キラーマシンは頭部を一回転させた。
「ココデオ見セスルト、部屋ガ壊レマスガ」
「じゃ、外へ行こう!」
ラライは成人男性だが、キラーマシンと並ぶとまるで子供のようだった。
「なんでアンタはそう嬉しそうかねえ」
ラライは笑顔でふりむいた。
「未知の技術をこの目で見られるんだ、あたりまえだろう?いっしょに見よう、アメルダ。……ああ、その、研究の参考になるから、きっと」
最後に照れた顔になったラライに、くすっと笑いかけてアメルダは後に続いた。
「ま、話のタネに見に行くか」
 新雪がガライの町を純白の世界に作り替えていた。キラーマシンのロビンはひらけたところを見つけ、すべての物から正確に2メートル以上の間隔を取った。
「対人、対魔物戦闘、単体」
抑揚の少ない声でロビンは告げた。足は先に円盤を付けたパイプ状だが、手はほとんど人間のそれと変わらず、関節のある五指がある。その指にしっかりと剣を握り、ロビンは身構えた。ぐぐっと気合を入れ、金属の身体が縮んだようになった。次の瞬間、高く剣を振り上げて斜め下へ振り下ろした。ばっと粉雪が剣の下から舞い上がった。
「たいしたもんだ……」
 あらくれたちが、なんだなんだ、と集まってきた。
「対人、対魔物戦闘、複数」
そう宣言してロビンがまた構えに入った。
「ふむ、リーチが長いのか。それを最大限に活かしておるのだな」
感心した口調でベイパーがつぶやいた。
 気合がまるで炎のようにロビンの身体から立ち上った。重い巨体がパイプ足の屈曲で軽く飛び上がった。腕が伸び握った剣がさらに半径を伸ばす。目にもとまらぬ速さでロビンは体を一回転させた。切り裂くような冷気が四方八方へ激しく吹き付けた。
 雪の上には、ロビンを中心に見事な真円が描かれていた。
「たいしたもんだ」
「凄いじゃないの!」
あらくれたちがほめそやした。
 ラライは、無言だった。
「どうした?」
おまえたち、とラライはロビンを見据えたままつぶやいた。
「全然わかってない。こいつが今やったことのすごさを」
「いやわかるって」
とガロンは答えた。
「あのぐるぐるっての、もし当たったらダメージだし、けっこうふっとばされるぞ?」
「そんなんじゃない」
見つめるラライの口角があがり、抑えても抑えきれない笑いになった。
「回転!これだ!ボクが求めていたのは、これなんだ!」

 アメルダはためいきをついた。
「いったいあいつが何をあんなに興奮していたのか、今でもわからないよ」
いつも自信たっぷりにふるまうアメルダの声に、今日は生彩がなかった。彼女の自信は、たぶん手下のあらくれどもを元気づけるための一種の演技なのだろうとアッシュはいつも思っていた。今のアメルダはそんなことを気にしていられない状態だった。
「溶岩魔人はぶっ倒した。でもマイラの空に光が戻ってこない」
乾いた声でアメルダはつぶやき、天を仰いだ。
「これ以上、どうしろっていうんだい……」
「アメルダ」
アッシュは声をかけた。
「悪いけどオレ、空気読まないから。確認させてよ。ほんとにラライは、ほかにヒントを残してないんだな?」
アメルダは顎が胸につくほどうつむいた。
「ないね。少なくとも、アタシには思い出せない」
 ラライの制作した大砲は、魔法武器ではなかった。エネルギー物質は、おそらく炎と氷のバランスが悪かったのか不安定だった。他にはピストンをつくったことと、そしてキラーマシンの回転切りに注目していたことだけ。
 アメルダは両手のひらの中に自分の顔をうずめていた。アッシュはじっと待っていた。
 アメルダは諦めない、アッシュはそう思っていた。アッシュの目の前で、リムルダールのエルがやはり疲れ、同じように顔を覆って坐っていたことがあった。エルは、いつも必ず立ち上がった。顔を隠すのは絶望の表情を人に見せないためだ。諦めるなら、隠さない。
「氷河魔人と溶岩魔人はたぶん、手を組んでるね」
低い声でアメルダが話し始めた。
「ぐずぐずなんかしていられないよ」
彼女の声に力がもどってきた。アメルダが顔を上げた。
「アンタまたあたらしい旅の扉を手に入れたんだろう?それを使ってアンタに行ってほしい場所があるんだ。ラライが生前研究所として使ってたガライの町の跡地さ。そこならラライが発明しようとしていた魔物を倒す最強の兵器の手がかりがあるはずだ」
「ラライが死んでから、ガライの町はどうなったんだ?」
「……内部から切り崩されて、氷河魔人に乗っ取られたよ。研究所は雪の下かもしれない。注意して行っておくれ」

 ガライの町は純白の廃墟となっていた。ラライの死後氷河魔人がガライを支配した結果、町は分厚い雪の層に覆われてしまっていた。背の高い建築物だけが雪原に顔を出していた。
 なかなかおしゃれな建材や石畳があちこちに散乱している。アッシュが大砲二門を交互に打ちまくって氷河魔人を攻撃したとき、巻き添えになって吹っ飛んだ名残だった。
 ようやく解放したガライの町の中を、あらくれたちは苦労もなく進み、アッシュをラライの研究所へ案内してくれた。
 その冷え切った部屋の入り口近くに、一台のキラーマシンが座り込んでいた。顔をうつむかせているのでわかりにくかったが、ときどき単眼が点滅していた。
「あれは、ロビンじゃねえか?」
おぼつかなげにガロンがつぶやいた。アッシュはがれきを踏んでそばへ寄った。
「おまえ、動けるか?」
アッシュが尋ねた。単眼に光が灯った。
 キラーマシンの身体は、半壊していた。奇跡的にメモリー機能が残っているようだった。調整不備の機械音声が流れだした。
「オマエ……だ…れダ?」
キラーマシンの目があらくれたちを見つけたようだった。
「ソウ……カ……ラライ様の助手ダッタアメルダノ……」
 ギエラが声をかけた。
「ロビン、アタシたちを覚えてるのね。ラライの作ったマシンパーツを引き取りに来たの」
しばらくきしむような音をたてたあと、ロビンはつぶやいた。
「スマ……ナイ……私がまモッテイタましんぱーつハ魔物タチニうばわれタ……」
 アッシュたちは思わず顔を見合わせた。全員の視線が同じことを尋ねていた。ただ一つの望みが失われてしまった、とアメルダに言わなくてはならないのか?
「カワリ……ニ……コレ持ッテ行ケ」
ロビンが何か、差し出していた。黄ばんだメモの束だった。アッシュは受け取って息をのんだ。
「ラライの研究記録だ!」
やったぜ!とガロンが叫んだ。
「これでアネゴにいい報告ができる。よかったー!」
 ベイパーがロビンに話しかけた。
「よくぞ記録を守ってくれた。おぬし一人ぐらい、ワシらでも運べるぞ。いっしょにマイラへ帰らんか」
ロビンはノイズだらけの音声で答えた。
「だめ……ダ私モウ……壊レ……ル……ギギ……」
一瞬、アッシュは手を伸ばした。が、ロビンが今まで稼働していたことがそもそも奇跡の一種なのだと悟った。厳粛な表情でアッシュとあらくれたちは、忠実なキラーマシンの末期を看取った。
「アメルダ……ラライさ……ま愛シタひ……とまもってヤッテ……ク……ギギ……ギギギギギ」
それが、キラーマシン、ロビンの最後の言葉だった。

 アッシュはマシンメーカーの上から、薄い緑色に光る円筒を取り上げた。中に注意深くエネルギー物質をつめ、その上から円筒の入り口をぴったりふさぐ大きさの円盤をはめた。円盤には中心から支柱が伸びていた。
「この筒がシリンダー、棒のついた円盤がピストンだ。アメルダ、よく見てて」
アッシュはシリンダーを上、ピストンを下にしてマシンメーカーの上に建てるように置いた。一番上がシリンダーの底面、一番下にあるのはピストンロッドだった。ロッドの先端でマシンメーカーを押すように、アッシュはシリンダーを握って引き下ろした。
 ギエラがのぞきこんだ。
「何がどうなるの?」
「真上から見てると危ないよ」
そうアッシュが答えた瞬間、手の中のシリンダーが真上へはねた。きゃっと声を上げてギエラがのけぞった。
「おれがロッドの先端でマシンメーカーを押す、当然シリンダーの中で円盤つまりピストンは上がっていく。中にしこんだエネルギー物質が、ピストンに圧迫される」
あ、とアメルダがつぶやいた。
「爆発が起きたのか、このあいだ言った通りに」
ん、とアッシュはうなずいた。
「爆発のパワーでピストンが押し出され、先っぽのロッドがマシンメーカーを突いてシリンダーそのものが跳ね上がった。でも、見てくれ。エネルギー物質はピストンを押しのけた結果圧迫から解放されて再び安定してる。ギエラ姐さん、押してみる?何度でも同じことが起きるよ」
「遠慮しとくわ……でも、これなのね、ラライが苦労してたのは」
アメルダはしげしげとシリンダーを眺めた。
「今わかったよ。ラライもアンタと同じことをやろうとしてたんだ。でもエネルギー物質は不安定だし、シリンダーは一発でぶっ壊れるし、ピストンはスカスカでパワーが抜ける……全然うまくいってなかった」
「バネで動くのはできたんだけどねえ」
とギエラも言った。
 さて、とアッシュは言った。
「ラライがピストンで何をしようとしたかは見当がついた。でも回転斬りのほうがわからない。最強の兵器と関係あるとは思うけど」
 アメルダはラライの記録を持ち出した。
「これ見て。いろんな図を描いては消してる。ラライはたぶん、直線のパワーを回転に変える方法を探ってたみたい」
「直線のパワーって、シリンダーからピストンロッドが飛び出す動きのことだよね?」
「ここに図がある」
アメルダはメモを一枚取り出した。
「アタシが覚えてるのはこれだ。大きな車輪に皮ベルトを巻き付けてそのはしをピストンに結び付けて動かしてた」
「でも、これ、壊れてたわ」
とギエラが言った。
「びしっとピストンが飛び出したとき、皮ベルトがぴききって裂けちゃったのよ」
「そうだった。それでラライは、もっと丈夫な素材があれば車輪を回せると思ったみたいで、それで……」
アメルダが口ごもった。
「どうした?」
アメルダはため息をついた。
「あのころラライはボロボロだった。ガライヤ半島のレジスタンスの亡くなったリーダーのことが、ずっとプレッシャーだったみたい。『自分が情けない!なにもかもうまくいかない!』ってしょっちゅうわめいてた」
「あの子短気だったものねぇ。プライド高いからイラつくとどうしようもなかったわ。アネゴじゃなかったらとっくにスルーできなくなってたと思うわよ」
「喧嘩してたのか」
とアッシュはつぶやいた。
「喧嘩にもなりゃしなかったわ。ラライがぎゃあぎゃあ言って、アネゴが聞き流してただけよ。そのあとラライが竪琴抱えてどっかに引っ込んで、しばらくしてから出てきてアネゴに詫びを入れて、また二人で発明を続けてた」
「ギエラ」
とアメルダが言った。
「最後の実験はね、その竪琴を使ったんだ」
「なんですって?」
アメルダは辛そうな笑みを浮かべた。
「アイツ、先祖伝来の大事な銀の竪琴を自分で壊して、弦を取り出したのさ。車輪を回す素材にするためにね」
「モンスターに壊されたんじゃなかったの?」
「アイツそんなこと言ってたのかい?実験は結局失敗だったんだ。でもそうは言えなかったんだろう。見栄っ張りだったからね」
アメルダは天を仰いだ。
「もし銀の竪琴をずっと持っていたら、アイツあんな誘いに乗ったりしなかったかもしれない」
最後はつぶやくようだった。

 裕福なお坊っちゃまふうの幽霊は、放心したような表情で海を望む岬に立っていた。そのすぐ近くまで迫っている山の中にかつてガライヤ半島のレジスタンスの最後のアジトがあったのだ、とアッシュはガロンたちに聞かされていた。ラライの遺体はあらくれたちの手によって思い出の地に運ばれ、埋葬されたのだ、と。思った通りラライはそこにいた。
 潮風が吹き荒ぶ。だがラライの上着の裾は微動だにしなかった。腕に包みをかかえたかっこうでアッシュはラライの側へ寄った。
 ぼんやりしていたラライが、アッシュに気づいて表情を変えた。
「 ……ん?またキミか」
「こないだはどうも」
アッシュにしても同じ幽霊にこう何度も出くわすのは珍しかった。よっぽど現世に思いを残しているのかとも思う。
「今度はなんだい?ボクはあれから歌っていないよ?」
シェネリの夢を騒がせた歌の一件でアッシュは塔の上までラライに談判しに行ったことがあった。
「今日はあれとは別件だ」
そう言ってアッシュは手にした包みをほどき、中に入っていたものを差し出した。ラライは飛び付いた。
「おお!これはぼくの家に代々伝わる銀の竪琴。キミは……どうしてこれを?」
「アメルダからあんたにって。先祖伝来の宝物を返す代わりに魔物を倒す発明のこと教えてくれ」
ラライは銀の竪琴から視線をようやく離し、アッシュの方を冷たい目で見た。
「それは嘘だね」
ちっとアッシュは舌打ちした。
「なんでそう思う?」
「アメルダはこんなことはしない。彼女は物で人を動かそうとはしない女性だからね」
ガロンの考えた筋書きは初っぱなから破綻した。
「しかし……壊れていたはずの竪琴を直すなんてキミはなにものなんだい?……そうかキミがビルダーなのか。だから僕の姿を見えるというわけだ……物を作る力を持つ伝説のビルダーか。キミの力があればぼくの発明も完成できたかもしれないね」
アッシュは肩をすくめた。
「さあ。おれだって何もかもうまくいくわけじゃないし。第一伝説ってガラじゃないし」
アッシュのぼやきをラライは意に介さなかった。
「……伝説のビルダーよ、ぼくはキミがうらやましい。ルビスによって最初から失われていた物を作る力を与えられていただなんて……ぼくが命をかけて考えた物もキミなら簡単に作り出せるんだろう……」
ラライは片手に竪琴を持ち、片手を頭上に掲げてなにかふりまくような仕草をした。
 その瞬間、アッシュの心に流れ込んできたものがあった。
「さあこれを作って弱きものを描くんだ。そうすればキミとアメルダが求めている物を得られるはずさ……」
「なんだこれ」
たった今作り方をひらめいたのは、きれいな青い立方体だったのである。