ギガンテスチキンラン 2.第二話

 ベイパーはむぅとうなって手で首筋を揉んだ。
「予想以上の気難しやだったよ、ラライは。あとで聞いたんだが、ガライの町の創立者一族のご子息だったんだそうだ。ご先祖は伝説的な竪琴ひきで、あの日受け取った竪琴こそ先祖伝来の宝物だったというからな」
 片手をほほに当ててギエラは思い出をたどった。
「あたしたちからすればあの子はやることなすこと可愛らしかったんだけど、それがそもそもラライにとっては辛かったらしいのよ」
「やることなすことって?」
「まずね、ついてこれないの。かるーい荷物背負っただけのラライが、雪原歩くとあたしたちよりずっと遅いの。アネゴが歩調をゆるめることにしたら、ボクをバカにしてるのかって言ってすねちゃうし」
 ガロンがつぶやいた。
「おれはそのう、自分でも慎重派だと思ってはいるが、モンスターが出たときのラライはちょっとびくびくしすぎだった。ただのドラキーがやぶから飛び出しただけなのに悲鳴をあげて飛び下がるってのは、優男だけに見られたもんじゃなかったな」
「ワシからすればラライがコンプレックスをもっていることはあきらかだった。実はあいつは、身長がワシとおなじくらいでな」
拠点にモンスターが攻めてきたときは金槌をひっつかんで大暴れするベイパーは、実はあらくれ三人衆のなかで一番背が低い。だがそれを感じさせないほどパワフルでもあった。
「ところが……」
「身長は同じでも筋肉のつき方が全然違う、と」
マイラに来て以来ゆるみきった身体だの筋肉がないだのと言われ続けたアッシュには、多少ラライの気持ちが理解できた。
「その通りだ。その点はおぬしと同じだが、おぬしは筋肉を貶めるがごとき言動はしたことがないな」
アッシュは肩をすくめた。
「俺は女神様から『あんた勇者じゃないから』って釘を刺されてる身だ。兄ぃたちと筋肉で張り合う気はないし」
「そうそう。伝説のビルダーよ、おぬしは堂々としておればよいのだ」
それはラライにもあてはまるはずだ、とアッシュは思う。レジスタンスの一派が希望を託すほどの頭脳を持っていたはずなのに。
「ああ、公平に言えばラライの腕は確かだったわ。マグマ岩から初めて電池を作ったのはあの子だし、それを使って大砲も造ってくれた。一発撃つと壊れちゃったけどね」
とギエラは言った。
「それで?ガライへ着いてからはどうなった?」
「ガライの町は、ガライヤ半島で一番初めに攻撃された町なの。でも灯台もと暗しって言うでしょ?あたしたちはガライで物資や人を集めてはこのマイラの拠点へ運んでた。ラライが対ブリザード兵器を作り上げたらもちろん利用させてもらいたいとも思ってた」
「その発明家お坊っちゃまが、ボクの発明は渡さない、なんて言ったらどうする気だったんだ?」
「そうなる前にあの事件が」
と言いかけてガロンがあわてて手で口をふさいだ。
 アッシュは湯船から上がった。
「まあいいや、だいたいわかった。ラライはあんまり兄ぃたちと仲良くなかったんだな?」
「そういう意味では、ラライとうまくやれるやつはいなかったわね。アネゴは別として」
 アッシュは意外な気がした。
「アメルダが一番きらいなタイプじゃないの?」
ギエラはちょっと首をかしげて見せた。
「ヒトにはいろんな面があるものよ、あの子にもアネゴにもね」

 最初に歌に気付いたのはガロンだった。ガライヤ半島で集めた物資や武器をマイラの拠点へ運び、またラライが必要としている素材を集めてあらくれたちがガライへ戻って来た時だった。
 ガライの町はかつての繁栄をほとんど失っていた。竜王軍はこの街を包囲し、物資の流入を阻んでいた。アメルダたちは包囲をかいくぐってガライの町にアジトを再建し、そこにガライヤ地方の難民たちをかくまっていた。ラライの研究所もここにあった。
 アメルダたちは、いつも最低一人は用心棒としてラライの傍についていたのだが、たまたま四人とも出かけなくてはならなくなり、ラライは研究所に一人だった。
 監視の目をくぐってガライへ近づいたとき、新雪の上に余韻嫋々と音楽が流れていることに気付いた。若い男の声が竪琴にあわせて歌っていた。
「ちっ、あの野郎、何をのんきなことを!」
止めに走ろうとしたガロンを、アメルダの手がひきとめた。
「お待ち」
「アネゴ!?」
アメルダは、照れくさそうに笑った。
「最後まで聞きたいんだ」
ぽん、とガロンの肩をたたき、アメルダは研究所へ入っていった。
 あらくれたちは、なんとなく物陰からなかのようすを見守った。ラライは窓際にすわりこんで、雪のガライを眺めながら竪琴を抱えて歌っていた。やがて、美しいトレモロで曲が終わった。
「いい声じゃないか。その竪琴、さすがだね」
静かにアメルダが声をかけた。
 ラライはふりむいた。最初きょとんとして、それから真っ赤になった。
「悪いか!き、気分転換しただけだ!ちょっと、行き詰ったから」
「悪いなんて言ってないさ。なんて曲だい?教えてもらえないか?」
「そんなことも知らないのか?無教養だな」
あの野郎、とガロンは上腕を撫でた。が、アメルダは怒らなかった。
「知らないから、聞いたのさ」
ラライは驚いた顔になった。それからちょっと目の下が赤くなった。
「"広野を行く"。ボクの先祖が歌っていた古い歌だ」
「そうかい。なんか、すごく広い平原の真ん中に立って、たった一人で風の音を聞いているような気分になるね」
ラライは喉の奥であむ、とか、うむ、とかあいまいな音をたてた。
「ボクも、そう思う」
くす、とアメルダが笑った。
「ずいぶん素直だな、今日は」
またぎゃーぎゃーわめくかとガロンが身構えたとき、ふとラライが肩の力をぬいた。
「そうか。素直か。竪琴の力だな。おい暴力女、素直ついでに言うけど、ボクの助手にならないか?」
ラライはうつむいて、ぼそっと言った。
「一人じゃ、限界なんだ」
 アメルダは少しの間、黙っていた。
「あたしでよけりゃ、手伝うよ」
ラライの顔がぱっと明るくなった

 ラライは羽を飾った帽子を取り、いつも片袖のみ通している青い上着も脱ぎ捨てた。
「どうしてこうなった……」
 ガライの町の奥で、ラライは研究を再開していた。そこは壊れた屋敷の客間を研究室に改装したもので、ラライは作業台の前に呆然と立ち尽くしていた。
 作業台の真ん中にはいびつな円形の穴が開いていた。そこから床へ、朱色の液体がぽたぽたしたたり落ちていた。
「うまくいくはずだったんだ。どうして、どうして!」
ラライはこぶしで作業台をたたいた。割れたフラスコの破片が飛び上がって広がった。
「およし」
とアメルダが声をかけた。
「しかたないだろう。さあ、片づけちまおう」
 ラライは手でアメルダをとめた。
「ガラスはボクがひろう。アメルダ、記録を読んでくれ。どこが悪かったか、つきとめないと」
アメルダは何か言いかけたが、壁際へさがった。そして紙片の束を取り出した。
「目的、ブリザードを倒すこと。ブリザードはガライヤ半島のあちこちに集団で出没するが、純然たる魔法生物であり鉄の剣ではダメージを与えることができない。ブリザードを倒すことは、すなわち魔法生物に対応する武器を作ることに等しい。この目標を達成すればやがて氷河魔人に挑むこともできるはず」
ラライはうなずいた。
「うん、そこまではいい」
 アメルダはメモを読み続けた。
「最初の試作品は大砲だった。マグマ電池によるパワーで鉄製の弾丸を射出して攻撃する仕組みだった」
それができたとき、アメルダたちは最初効果を疑い、それから狂喜した。ラライの作り出したマグマ電池は相当パワーがあり、かなり固いものでも撃破できた。
「ただし、ブリザードには思ったほど効果がなかった。たき火の燃えさしをぶつけたときの方が効果的だった」
「大砲はたぶん、鉄の剣と本質的に変わらないんだ」
とラライが口をはさんだ。
「魔法じゃなきゃだめなんだ、魔法生物が相手なんだから」
 アメルダは一枚メモをめくった。
「そこで、魔法力を道具に変換する方法を考えることになった。例えばいかづちの杖。杖という道具にベギラマの呪文を封じてある。ただし、いかづちの杖そのものは現存しない。また、杖よりも大きなパワーがほしい。結論としてベギラゴンのパワーを持った大砲を目指すことにした」
「ベギラゴンのところ、訂正してくれないか。目標を修正することにしたから」
片付けをすすめながら、毅然としてラライは言った。
「目指すはメドローア。究極の極大消滅呪文だ」
めどろーあ、とメモに書き込んでからアメルダが聞いた。
「ところで、それ、何?」
「メドローアについてわかっていることはあまり多くはない。唯一確実なのは、これが火炎系と氷雪系の合体技だということだけ」
 アメルダは書き込みの手を止めた。
「火炎と氷雪を合体したって、溶けて水になるだけなんじゃないのかい?」
「魔法学では、違う!」
憤然とラライは言い返した。
「火炎系は熱エネルギーを操る魔法力を正の方向に高めたもの、逆に氷雪系は負の方向に高めたものだ。この二つをスパークさせたとき、極大の爆発が生まれる、とされている」
 アメルダは首を振った。
「今のご時世、そんなとんでもない呪文を操る魔導士がいるわけないじゃないか」
「魔導士がいないなら、発明家がやるしかないじゃないか」
とラライは言い返した。
「それに、もとはブリザード対策なんだ。たいまつぶつければ仕留められる相手なら、熱エネルギーの魔法力を使うことは理に適っている。だからボクは、火炎系の魔法アイテムと氷雪系のアイテムを両方用意して、いろいろな媒体でつないでみることにしたんだ」
 アメルダはまた一枚メモをめくった。
「本日の実験概要。火炎系の宝珠1個と氷雪系の宝珠1個を用意。髪の毛ほども細くした銅、鉄、銀、金の金属線を準備して比較しながら連結した。結果、ほとんど無反応のままだった」
ラライが言い出した。
「続きはこう書いてくれ。『ところが金を使ったとき、無反応にがっかりしてまず火炎系の宝珠を外した。氷雪系の薄紫の宝珠だけ金線につながっている状態のとき、金線の端が作業台から落ちてかがり火の上に触れそうになったとたん、いきなり爆発が起きた』」
アメルダはあらためてあたりの惨状を見まわした。
「爆発のパワーは悪くなかった。でもちゃんと制御しないと。ボクがめざしているのは爆発寸前の段階でとまっている状態なんだから」
「そんな、ハンパなもん、どうするんだい?」
「ハンパでいいんだ。その状態に何か刺激が加わって初めて爆発するようにしたいんだ」
ラライは首を振った。
「今のはヒャドの宝珠とかがり火だった。かがり火はまたできるだろうけど、魔法の宝珠はもう手に入らないんだろう?」
「あれは難民を助けたときにお礼にともらったもんで、買ったのでも地面から掘り出したものでもないよ。たぶん、無理だろう」
はぁ、とラライは大きく息を吐いた。
「マイラのあたりじゃ、ブリザードじゃなくてフレイムっていうモンスターが出る。ああ、魔法生物だろうね。それがときどき真っ赤なぐにゃぐにゃしたものを落としていくんだ。ギエラは、崖を踏み外して海に落ちたフレイムがその赤いドロップになるのを見たってさ。代わりにそれを使っちゃどうだい?ギラの宝珠の代わりにさ」
「一理あるか……」
とラライはつぶやいた。
「それに金線も溶けちゃったんだが、金は……」
「超貴重」
アメルダは即答した。ガライヤ半島でも少しは産出するが、金の大きな鉱脈はラダトームまでいかなければお目にかかれない。
「なんとか代わりの物を考えないと。う~ん」
ラライの目が、研究室の片隅に立てかけた、修理中のキラーマシンのほうへ漂った。
「メタルハンターの回路にプリントしてあるのは、金線じゃなかったか?」

 アッシュは首をふった。
「ギラじゃない」
「なんだって?」
「熱エネルギーを正の方向へ上げる魔法はギラじゃなくてメラだ」
マイラの拠点内につくったマシン研究所の樽の上に座り込んでアッシュはそう言った。本棚からラライのメモを取り出して読んでいたアメルダは不思議そうな顔になった。
「なんか違いがあるのかい?」
「ああ、まあ、いろいろね。プロの魔法使いじゃないから、ソコつっこまないで。それからラライはどうした?」
アメルダはメモをめくった。
「ええと、次の実験は、フレイムのドロップ、ブリザードのドロップ、それからハンター回路を用意して始まった」
アッシュたちがいる新生マイラのマシン研究所では、マシンメーカーの上にアメルダが言った通りの品が揃えられていた。
 フレイムドロップとブリザードロップを左右に用意して、アッシュはその間にハンター回路をひとつ置いた。回路から左右に数本の金線がつきだしていた。アッシュはその先端を取り、慎重にフレイムドロップのなかへ突き刺した。反対側の線をブリザードロップへつないだ。それぞれのドロップから赤と青の色彩が動き出した。プリントされた金属線を伝ってハンター回路へ染み込んでいった。アッシュは別の金線をとり、また左右へ刺した。
 反応は過激だった。赤と青の侵略は勢いよく進み、回路のちょうど真ん中で止まった。いきなり左右のドロップから泡が沸き立った。ぶくぶくぶくと勢いよく白い泡が立ち上ぼり、ハンター回路を埋め尽くした。
 アメルダがぱっと下がった。
「危ない!爆発するよっ」
「大丈夫」
「だって、ラライがやったときは」
アメルダと、じっと見守るアッシュのめのまえで白い泡だちが止まった。水泡なら空気に触れて消えるはずだが、それは泡のまま固まったようだった。
「なんで、いったい」
アメルダはぼうぜんとしていた。
「今、フレイムとブリザードのドロップがちょうど均衡を保ってる。回路の上で、まったく同じ分量の炎と氷がいわばギザギザに隣り合っている状態を作ったんだ。それで爆発しないわけ。たとえば刺激をくわえて一ヶ所でも触れあったとたんに爆発する。そのとき瞬間的に凄いパワーを生み出すんだ」
アメルダは目を見開いたままマシンメーカーを見下ろしていた。
「これがエネルギー物質か。あれほどラライが求めていた……」
アメルダは苦笑いをして首をふった。
「あのときアンタさえいてくれたら、ラライは……」
なにか辛い思い出が胸に去来しているらしい。しばらくアッシュは黙っていた。
「アメルダ」
ん?と彼女はつぶやいた。
「ラライは、こいつの使い方について何か言ってた?」
「え?いや」
「同じ時期にいっしょに作ったものは何かある?」
「ほかにあいつが作っていたのは、あれだ、このあいだアンタに教えたピストンくらいだね」
そのピストンは現在床用スイッチと一組にして拠点城壁の前に並べてある。ベイパー考案のピストンバリアだった。
「ピストン、ねえ……。エネルギー物質はこのままじゃ使えないんだ。いや、正確に言えば手持ち武器は造れる。魔法力の源になるミスリルと組み合わせれば、魔法インゴットができるから、そこから魔法攻撃の武器をつくることはできると思う。たぶんブリザードにも効くだろう」
「じゃあ、万々歳だね!もともとラライはブリザードを倒したかったんだ。ブリザードに効果があるなら氷河魔人にも効くだろうし」
ふうん、とアッシュはつぶやいて考え込んだ。
「効くか効かないか、実際にためしてみるほかはないか」
「それじゃまず、溶岩魔人から血祭りと行こうじゃないか!」
いつものアメルダの顔で彼女は気勢をあげた。