主ヘン十題 5.温度 前編

 防具屋の主人は、なれた口調で声をかけてきた。
「いらっしゃい!うちは通り抜けはお断りだよっ。」
 オラクルベリーで一番品揃えがよくてリーズナブルな店は、なぜか大通りと大通りを結ぶ抜け道のアーチの下にある。店の主人は、人が通り抜けようとすると強引に商売に持っていく悪い癖があった。だがルークは自分から店の主人に近寄った。
「鉄の鎧をひとつください。それと、鉄の盾と鉄兜」
「はい、まいど。さっそく装備していきますか、お客さん?」
ルークはふりむいた。
「おいで、ピエール」
ぽてぽてと音を立てて、スライムナイトが前に出てきた。
「彼に、お願いします」
防具屋の主人は目を丸くした。
「ま、いいや。買っていただけりゃ誰だってお客さんだ。じゃ、こっちへ来てね、ええと、ピエールのだんな?」
ピエールは胸を張った。
「だんなではない。騎士ピエールと申す!」
それでもいそいそとピエールはカウンターの中へ入り、鎧を着付けてもらった。
「これで守備はいいね」
「あとは、騎士にふさわしき剣があるば完璧である」
「じゃあ、ぼく、ブーメラン使えるから、この鋼鉄の剣はピエールが持っててよ」
「よいのか、ルーク?かたじけないである」
「いいから。うん、似合うね。鉄のシリーズ」
少し離れたところで壁にもたれていたヘンリーが、ぼそっとつぶやいた。
「大枚使ったもんな」
あはは、と、ルークはとりあえず笑ってみた。
「怒ってるかい?」
ピエールの装備を整えたら、手元にはいくらも残らなかったのである。ヘンリーがため息をついた。
「宿は、あるみら亭へ行って頼んだらどうかな」
 知り合いの店にただで泊めてもらうのは、本当はなかなか気がひけるのだった。ヘンリーは片手で反対側の二の腕を軽くたたいた。
「やつはけっこうでかいぞ。泊めてもらえるかな?」
「もし断られちゃったら、野宿だね。まあ、いいんじゃない。気楽だし」
ヘンリーは前髪に指を入れてがしがしとかきまわした。
「お気楽なのは、おまえだ、おまえ!」
ルークは首をかしげた。ヘンリーのようすが、どうも妙なのだった。

 ラインハットの領内で森を通り抜けようとしたとき、四、五体のスライムナイトに襲われた。ルークとヘンリーが主に戦い、スラりんが援護するやり方で、なんとか切り抜けた。と、思ったとき、スライムナイトが一体、起き上がった。
「このやろう、まだやるか!」
ヘンリーの手がチェーンクロスを操って分銅を宙に飛ばそうとした。だが、ルークはとっさにその手を止めた。
「待って、ヘンリー」
「なんだよっ」
そのスライムナイトは、ただじっと立っていた。
「どうしたの?」
ぽてっと音がして、スライムナイトがちょっと近づいた。
「何か言いたいんだね?」
ルークは地面にひざをつけ視線の高さをスライムナイトに合わせるようにした。スライムナイトは、ぎこちなく口を動かした。
「オ……おぬしの、名は」
「ルーク」
「我輩は、ピエール」
「名前があるんだね?わかった、ピエール、それで?」
「おぬし、なかなか筋がよい。いずこで修行した?」
「修行っていえるような修行はしてないよ。小さいころ、父に基本を教えてもらったのと、あと、ちょっとね」
ピエールというらしいスライムナイトは、首を傾けるようなしぐさをした。
「我輩がたたきなおしてやれば、おぬしはかなり、伸びると見た。どうだ、ついてこぬか?」
そのとき、つかつかとヘンリーが歩み寄ると、ぽかりとピエールをぶん殴った。
「ほざいてんじゃねえ、このスライムが」
「我輩はスライムナイトであるっ」
言うとピエールは、針のような剣でいきなりヘンリーの拳をはらった。
「いてっ」
「大丈夫、ヘンリー!?」
ヘンリーは手の甲から流れ出した血をなめた。
「ああ、たいしたことない。このやろう……」
ピエールは聞こえよがしにつぶやいた。
「小人、閑居して不善をなす」
「なんだと?」
ヘンリーの眉がつりあがった。
「てめえ、何様のつもりだ?最大HPが40で、賢さが20?けっ」
ピエールは言い返した。
「我輩はまだレベル1である。おぬしはそのレベルにして、力が44とな?我輩は42だぞ。あまり変わらぬではないか。身の守りにいたっては、なんと21か。我輩は初期値で45だ。お話にならないのである」
なんとも珍しいことに、ヘンリーがとっさに言い返せなかった。ほほを紅潮させてヘンリーは言った。
「おい、ルーク、行くぞっ。こんなやつ、捨てとけ!」
「でも、ヘンリー」
「我輩を置いていくと、後悔するぞ」
とピエールは言った。
「回復魔法の心得があるのである」
ルークは思わず目を見張った。
「本当?」
「今はホイミしかできぬが、わが一族はベホマを操ることも可能である」
けっ、とヘンリーがつぶやいた。
「最大MPが6じゃ、ホイミ2~3回で終わりだろうが」
「心配するな」
ピエールは平然としていた。
「もうひとつ心得のある魔法は、マホトラである。おお、ヘンリーとやら、おぬしからいただくとするか」
「てめっ」
 それ以来、ヘンリーはずっと機嫌が悪かった。もともとモンスター全般に対してヘンリーはそれほど偏見を持たないほうだとルークは知っていた。事実、スラりんを旅に連れて行ってやったらと言い出しのはヘンリーだったし、スラりんに防具“スライムの服”買ってやったときは、「かわいいじゃないか」と言っていた。
だが、スラりんとピエールでは、どうもちがうらしかった。
 道中戦闘になったときは、特にひどかった。モンスターの群れに遭遇したとき、ピエールは乗っていた馬車から(ヘンリーが入っていろと厳しく言い渡したのだった)さっと飛び出してきて、ヘンリーが相手をしていたモンスターにとどめを刺してしまった。ヘンリーはかんかんだった。
「ふっ、早い者勝ちである」
「なんだと!」
「おお、ルーク、けがをしているではないか。治してしんぜよう」
ピエールがホイミを唱え、ルークの手の傷を治療してくれた。
「ありがとう」
ピエールは得意そうに胸を張った。
「どこかの馬鹿にはできまいである。ふん!」
「いちいちムカつくぜ、このちび」

 あるみら亭は、今日も行列ができていた。
「すいません、トペルカのスープは、こちらさままで売り切れとなります」
店の看板娘が出てきて、行列の中ほどの客にそう言うと、いかにも残念そうにその後の客が離れていった。
「また明日お越しくださいませ」
深々と頭を下げた娘は、そっと頭を上げて、ぱっと微笑んだ。
「ルークさん!おひさしぶりです」
「こんにちは、デイジー。わるいんだけど、また泊めてもらえる?」
「はい、もちろんです!」
 デイジーの笑顔には、迷惑そうなようすなど微塵もなく、それがかえってルークには申し訳ないような気がしてしかたなかった。
「また装備、変えたんですか?」
「新しいのが加わって、そいつの装備で、ひと財産つかっちゃって」
ヘンリーは肩越しに親指で、ピエールを指差してみせた。
ピエールは騎乗しているスライムともども、小さな胸を張った。
「たとえ飢えようとも、戦士たるもの、武具は良き物を持たねばならぬ」
「おうし、言ったな?おまえ、飯ぬき」
「ヘンリーったら、よしなよ」

 人のいい主人夫婦とデイジーは、店が忙しい真っ最中だというのに、ルークたちを歓迎しておいしい食事をふるまってくれた。ピエールは注目の的だったが、悪く遠慮することなく堂々と食事を平らげ、大声で料理の味をほめていた。
 あるみら亭の二階にある、ルークたちが以前にも泊めてもらった部屋で旅装を解いたとき、ルークはヘンリーに話してみた。
「ピエールのことなんだけど大丈夫じゃないかな。さっきのようすを見てたけど、なんか、なじんでたよ」
ヘンリーは肩をすくめた。
「そりゃあ、ここはオラクルベリーだからさ。特別、開放的な町なんだぞ、ここは」
「ぼくは、好きだよ」
「おれだって気に入ってるよ。でも、ピエールのヤツが、とこへ行ってもこことおなじくらいに受け入れられるとは思わないほうがいい」
階下からピエールがぽてぽてと上がってきた。
「ここはよい店である!」
「うん、そうだね」
「なにか、話していたのではないのか?」
ヘンリーは片手を振った。
「話してたぞ。邪魔するな」
「ヘンリー、頼むから、ぼくの話を聞いてよ」
「話って、何だ」
どう話せばいいのか、ルークはためらった。
「知っての通り、ぼくは、父さんの遺言を果たしたいと思ってる」
ヘンリーがサンタローズでのことを忘れたはずはないのだが、彼は無言でうなずいただけだった。
「本当は、すぐにでも旅立ちたい。どこまでも進んで、導きの勇者を探し出したい」
片手で頬杖をついて、ヘンリーは答えた。
「きっと、見つかるよ」
「ぼく一人じゃ、何もできないってわかってる。必要なんだ、仲間が」
「だからって、あいつを連れていくのか?」
そのとき、ピエールが割って入った。
「ルーク、我輩を連れて行け。こいつは元いたところに捨ててくるである!」
ぱっとヘンリーが立ち上がった。
「捨て犬か、おれは!」
「犬ならもっと役に立つ!」
ルークはあせった。
「待った、ピエール、待ってくれ。今ぼくが説得してるんだから」
「この愚か者に、説得など無駄である。そこの若造、お互い、武器に語らせる、というのはどうだ」
ヘンリーはにやりとした。
「たまには気の利いたことを言うじゃねえか」
いったい、どうしてこうなるんだ!ルークは頭を抱えた。