ベラヌールの守り 3.名探偵登場

「クレブ、入ります」
クレブというその男は、「青海館」の客だった。
 物言いや態度からして、どこかの兵士、それもそのときだけ奉公する傭兵などではなく、正規の訓練を受け、それなりに階級もある戦士のようだった。
 ロイとは知り合いらしく、この宿に着いたとき、何か伝言らしきものを伝えていたのをシンディは見ている。そのときクレブは、ロイのことを“ロイアル様”とていねいに呼んでいた。
(女中たちはロイのこともよく噂している。一本気なところも青くてかわいいが、あともう10年もたって人生の酸いも甘いもかみ分けられるようになったら、凄みに色気が加わって、あれはいい男になるにちがいない、うんぬん)
 ロイはどうやら、家来筋にあたるこの兵士にサリューの世話を頼むと言っておいたらしかった。シンディはサリューに言われてクレブを連れてきたところだった。
「!」
サリューはうつぶせから上体を起こそうとして弱弱しくもがいた。クッションをつかむだけで額にあぶら汗が浮き、食いしばった唇から苦痛のうめきがもれた。
クレブはあわててかけよりサリューの体を起こしてやった。
「だいじょうぶですか!」
「ああ」
サリューの薄い肩が荒々しく上下している。クレブは心配そうに少年の顔を覗き込んだ。
「サーリュージュ様に大事がありましたら、サマルトリアのお方になんともうしあげればよいか」
「心配をかけてるんだね、ぼく」
緑玉の瞳にくやし涙がもりあがり、透き通るようなほほに一筋の痕をつけた。
「あの、お薬を」
いそいでつくってきた煎じ薬をシンディが唇にあてがうと、サリューはようやくひとくち飲みこんだ。
 時間をかけてカップの中の薬を服用しサリューはクッションの上にもたれた。
「頼みが、あるの。ええと」
「ローレシア近衛隊のクレブと申します。小官にできることでしたらなんでもいたしますが」
「ありがとう」
サリューはなんとか笑顔を作って見せた。
「ぼくの考えが正しければ、もうすぐこのベラヌールの預かり所が襲撃されるんだ」
「な、まさか」
「預かり所にはロイが大事なものをたくさん預けてある。それにお金もね。町の人たちもきっと困るよ。預かり所を守りたいんだ。手伝ってくれる?」
「あなた様がお守りになるのですか?」
痛ましげにクレブは言った。シンディも同じ思いだった。
 サリューは燃え尽きそうな生気を、一気に瞳に燃やした。
「ぼくを誰だと思っているの?」
クレブが息を呑む音が聞こえた。
 この人はいったい誰なのだろう、とシンディはあらためて思った。かよわく、はかなく、人なつこく、それでいて誰よりも男らしい。過酷な呪いを受けて一歩も動けなくても、ベラヌールを守ろうとしている……
「ご無礼仕りました。どうか、ご命令を」
痛み止めが効いてきたのか、サリューは少しは楽に体を起こした。
「じゃあ、最初から説明するね」

 ベラヌールの預かり所で手代をしているモーガンは、もっさりした動作の大男だった。ファリシーの話から中年を想像していたが、三十前だという。モーガンは上目遣いにサリューを見た。
「なにか、あっしに御用とかで」
クレブがモーガンを呼び出して、「青海館」のサリューの部屋へつれてきたのだった。クレブは今、ベッドの横でにらみをきかせていた。
「用と言うわけじゃないんだよ」
もちまえの人なつこささでサリューは言った。
「モーガンさんが、ぼくの故郷に昔いたことがあるって人に聞いてね。サマルトリアで働いてたんだって?」
モーガンは落ち着かないそぶりだった。
「あの、昔のことで、坊っちゃんなんぞはご存じないかも」
「そうだね」
サリューはあっさりひきさがった。
「人もお店なんかもかわっちゃうもんね。変わらないのは名物くらいかな?ぼく、サマルトリアでたくさん取れるキュクラのお菓子が好きだったんだ。まだ売ってるかな」
「ええ。あっしもキュクラは好きでしたよ、甘くて」
サリューは満面の笑顔でモーガンを見た。
「そうなんだ。うれしいな。あのね、教えてあげようか」
「へい?」
「サマルトリアには、ずっと前から預かり所はないんだよ。どこのお店で奉公していたって?」
モーガンは青くなった。
「それからキュクラっていうのは、サマルトリアの近くの川でとれる魚のこと。お菓子は作れないよ?」
「昔のことなんで、かんちがいを」
「それともうひとつ、サマルトリアは自慢じゃないけど、あまり兵士は強くないの。大かなづち三十丁はやりすぎだったね。ああ、それだけの重さが必要だったのか」
突然モーガンはきびすを返して、ドアに突進した。が、それより早く、クレブがとびかかった。
「なにをなさるんで!」
「なぜ逃げる!」
「モーガン」
サリューは眉をしかめた。襲ってくる激痛をやりすごしているようだった。
「今日はちょっとぐあいが悪いんだ、ぼく。じっくり聞き出しているひまがないからね。ぼくのほうから話すから、ちがうところはなおしてね?」
 モーガンは、クレブに首根っこをがっちりと押さえ込まれた状態だった。
「モーガンと、ラーギーだっけ、商人のふりをしているその仲間は、ベラヌールの預かり所を襲撃する計画を立てたんだ。でも、このベラヌールは、周りが湖でいつも警戒してるから、盗品を持って逃げるのは東の島の跳ね橋しかない」
「ご冗談で」
サリューはかまわずに続けた。
「そこで、外国から来た商人が重い荷物を抱えて帰っていくという状態をつくりあげることにした。盗んだものやお金は、小分けにしてその荷物に紛れ込ませる。ああ、もうすぐ納品だってね。襲撃も近いってことか」
「あっしはそんな」
「襲撃の夜は、まずモーガンの手引きでラーギーと手下が預かり所を襲う。橋の工事のせいで、保安隊がやってくるまで時間がかかる。その間にとなりの武器屋へ行き、できあがっているおおかなづちを湖へ投げ込んでかわりに盗品を入れて荷造りする」
モーガンはもう何も言わずに汗だけ浮かべていた。
「翌日、ラーギーは荷物を馬に引かせて堂々と跳ね橋から出て行く。モーガンは疑われないように時間をおいてから、分け前をもらいに行く。大かなづちの代金を受け取りに行ってあげましょう、とかなんとか言ってね」
「……それが本当だったら、坊ちゃんはどうなさるおつもりで?」
クレブがどついた。
「突き出すに決まっておる!このこそ泥が、主家の恩をあだで返しおって」
「クレブ、だめ」
静かにサリューがとめた。上目遣いになって震えている小悪党に、サリューは声をかけた。
「ファリシーさんに嫌われたから?」
モーガンは青ざめた。ついで真っ赤になり、とつぜん、くくっと声を上げて泣いた。
「お嬢さんが、お嬢さんは……」
 そのときになってシンディはやっと気がついた。モーガンは、純情のあまり、エルフのようにほっそりしてかわいらしいファリシーを、まともに見ることさえできず、長年の間ただただ、あこがれ続けてきたにちがいなかった。
 サリューはつぶやいた。
「思い続けてもかなわないのがどんな気持ちがするものか、ぼくにだってわかるよ。けど、仕返しなんていけないことだって、わかってるでしょ?」
モーガンは泣き続けていた。
「幸い、襲撃はまだ起こっていないんだ。なにもかもなかったことにしようよ」
モーガンは驚きのあまり顔をあげた。
「見逃していただけるんで!?」
「詳しく教えてくれるならね。いつ?」
モーガンは唇をなめた。
「実は、今晩なんで……」
 クレブが身を乗り出した。
「では、今のうちに保安隊に通報して、取り押さえてもらいましょう!」
「それが、ラーギーのやつ、その、相棒のことですが、町の外で高飛びの準備をしてます。夜には舞い戻ってくる手はずになってますが」
そして、言いにくそうに付け加えた。
「ラーギーとは、ほんとに知り合いだったんです。あいつはペルポイの出で、町でも知られた暴れ者でした。でも、今のほうが強くなってます。番頭だの手代だのに化けている連中も、かなり荒っぽい仕事をしてきたみたいです。並みの傭兵じゃあ、ちょっと」
「クレブ、保安隊に頼んで、南の島に少し人を派遣しておいてもらって?襲撃があったらすぐ駆けつけられるように」
「それだけでよろしいのですか?」
「ん~、うまくいったら今晩あたり、帰ってくるかもしれないなと思って」
「どなたが?」
「適任者が、さ」