ダークネイション物語 5.第五話

 実地の見学を、ぜひ、と言って、ソルジャー訓練所の学生たちは、出動する神羅軍について市街へ出た。彼らの熱い視線は、もっぱら指揮官に注がれている。セフィロスは、彼のトレードマークになっている戦闘装束で、神羅軍の指揮をとっていた。
 指令所は、市街地に立てたテントの中にある。
「八番街まで封鎖終わりました」
神羅軍の兵士が走ってきて報告した。
「副社長の痕跡は」
「高速道路の事故現場から範囲を広げて捜索していますが、遺留品その他は見つかっていません」
セフィロスは考え込んでいるようだった。
「プレート下へは、誰か行っているのか」
「そちらは、市警察が捜索を引き受けると言っていました」
「多少、こころもとない。人手を割いて、捜査に協力させてくれ」
兵士が、“了解しました”と言おうとしたときだった。どこか、遠くのほうで、悲鳴があがった。
「うわっ、なんだ、なんだ!」
指令所にいた人々は、顔を突き出して騒ぎの元を見ようとした。
「モンスターがっ」
「こんなときにか!」
「射撃用意!」
兵士の一団があわてて走っていく。銃声がとどろいた。が、疾走はとまらない。
「なんなんだ、あいつは!銃がきかないっ」
漆黒の塊が、まっすぐ指令所へ向かってくる。弾丸は命中しているのだが、黒い塊のまわりの空気をひし形に輝かせるだけで着弾しない。
「バリアだっ」
膝撃ちの姿勢で並んだ兵士の一列を大きく飛び越し、それはやってきた。まっすぐセフィロスへ向かっていく。セフィロスは俊敏な動作で正宗をつかみ、そして、いきなり、手から取り落とした。
「サー!」
悲鳴があがった。
「手を出すなっ」
セフィロスが叫び、両手を大きく広げたのと、黒い怪物が彼にぶつかってくるのは、同時だった。それ……黒い豹のようなモンスターは、セフィロスの胸に飛びかかって押し倒し、前足で両肩を地面におさえつけた。背中を地面にたたきつけられて、さすがのセフィロスも顔が苦しそうにゆがんだ。かるく立てて開いた両足の間に黒豹は入り込み、全身でのしかかっている。
 兵士たちが一斉に銃口を黒豹に向けた。
「やめろ」
苦しそうに片目を閉じたまま、荒い息を吐いてセフィロスが言った。
「こいつは副社長の護衛用モンスターだ」
 DNはセフィロスのほほを一生懸命なめていた。兵士も訓練生も、硬直している。彼が、仮にも神羅の英雄が、無抵抗で押し倒されるままになっているところなど、見たことのある者がいようはずもない。
 黒い毛皮に覆われた頭を、セフィロスの手がさぐった。
「乱暴なやつだ……どうした。おまえの主人はどこにいるんだ?」
ようやくDNがセフィロスの上から降りた。腹筋だけで、セフィロスは上体を起こした。はだけた胸に鼻づらを押し付けて、くうん、とDNは鳴いた。
「わかった。おれが行く」
セフィロスは立ち上がり、愛刀を手に取った。
「サー、どちらへ」
「ルーファウスのところだ。こいつが案内してくれる」
兵士たちは顔を見合わせた。
「あの……」
「おれを信じられるやつだけついてこい」

 照星の向こうで、またひとり、血を噴いてたおれた。ルードは頭の中で残弾数を計算した。一発で一人を殺る自信はある。が、それでも足りなかった。
「どうよ」
レノが聞いた。その足元に、数名がたたきのめされて転がっている。あれから案の定、ルーファウス神羅誘拐犯人らしいのが団体さんで押しかけてきた。最初の一団は、ほとんどがレノのロッドの餌食になった。
 二人のいる場所は、プレート上にある道路脇である。そのフェンス越しに、4番街の悪名高い高層スラムがよく見えた。
「多い」
ひとこと、ルードが答えると、レノはちっと舌打ちした。
 犯人グループはかなり数が多いようだった。上から魔窟の中へ入りたいのだが、ルードが援護してもなかなか内部へ入ることができないのだった。
「ありゃ、なんだ」
プレートのはるか下。高層スラムの一階入り口のほうから、怪しい一団が侵入しようとしている。
「クソッ」
ルードは歯軋りしたい気分だった。
「待て」
レノが言った。視線はフェンスを越えてその下、怪しい一団のほうを見ていた。
「おでましだぞ、と」
ルードも首を伸ばしてのぞきこんだ。DNがもどってきたらしい。しなやかに動く黒い影。そしてその傍らに、もうひとつ黒い影があった。じわり、とルードの口元に笑いが浮かんだ。
「もらったな」

 あたりが騒がしい。木箱と木箱の間の狭い空間に押し込められて、ルーファウス神羅は息を殺していた。
「私が社長になったら、このあたりいったい、たたきつぶしてやる!」
過激な粛清計画を練るのが、唯一の時間つぶしの方法だった。
「ルーファウス様」
押し殺した声でツォンが言った。
「なんだ?」
「煙です」
シャッターと床のすきまから、薄い灰色の煙がたちのぼっている。
 しかたない、とつぶやいて、ツォンはシャッターをあげた。ルーファウスは息を呑んだ。
 廊下は一面、火の海だった。どこか廊下の向こうで、小さな爆発音が響く。花火工場か何か、燃えているらしい。次第に息苦しくなってくる。いやな匂いもまじっていた。
「ちくしょう」
「階段のほうへ!」
ルーファウスはハンカチを口元にあて、煙の中をツォンと二人で歩き出した。
 どこかで物音がした。何か重いものが倒れる音だった。ツォンが顔を上げ、考え込む表情になった。もう一度、どさ、という音がした。
「何が起こってるんだ?」
今度は悲鳴だった。階下らしく、くぐもった声が聞こえてくる。たくさんの足音が階段をあがってきた。品のいい音ではない。必死で駆け上がってくるような音だった。悲鳴も物音はどんどん激しくなってくる。
 廊下の突き当たりにある階段を、スラムの住人が駆け上がってきた。ツォンが身構えた。が、スラムの男たちは、その場につっぷして、次々と倒れていった。
最後に一人が倒れた。背後にいた人物の姿が、ルーファウスの目の間にあらわになった。
 炎上する魔窟の中、背の高い死神が血刀をさげて立っていた。
「セフィロス」
ツォンがつぶやいた。
 炎が黒いコートのすそをあぶり、熱気が銀髪をそよがせる。だが、彼はどこか涼しげだった。傍らに黒い獣を伴って、炎の中をゆっくりとセフィロスは歩いてきた。その姿が、視界の中でじんわりとにじんだ。かすれた声でルーファウスはささやいた。
「よくやった、DN」

 それからどのくらい時間が過ぎたのか。時計にもカレンダーにも縁のないDNには、知りようがない。
 ルーファウスはちょっとやけどしたていどでケガもなかった。内通者は摘発され、タークスの主任はあいかわらずツォンがつとめ、DNはご褒美にいろいろとご馳走してもらい、そしてすぐに日常がもどってきた。
 少なくとも、DNはそう思っていた。
 だが、その日は、ふだんと違った。
 タークスのメンバーがひっきりなしにルーファウスの部屋を訪れる。いつもはDNをからかいにくるレノまで、緊張しているようだった。
 ルーファウスはあちこちと連絡を取り、じかに電話で話し、いろいろな人物を副社長室へ呼びつけて、激しく問い詰めたりもした。本社ビル全体が、沈うつな雰囲気に包まれている。どういうわけか退社時間が過ぎ、真夜中になっても、本社全体に明々と照明がともったままだった。DNにはわからないことだらけだった。
 ルーファウスは長い会議に出かけてしまった。DNは、副社長室のカーペットにうずくまり、ただじっと主人を待っているほか、することがなかった。
 深夜になって、ルーファウスが自分のオフィスへ戻ってきた。
 大きなソファに、ルーファウスは崩れるようにすわりこんだ。DNは遠慮がちにそのそばへ寄った。頭を手に押し付けると、ルーファウスは、DNの耳の間を撫でてくれた。
「セフィロスが、逝ってしまったよ」
DNはじっと主人を見上げた。
「誰かがあいつを、ニブルヘイムに行かせたんだ」
吐き出すような口調だった。
「あいつがいなければ、ソルジャーは掌握できない。強い軍事力なしに、わたしの支配は成立しない……」
ルーファウスは片手で目を覆った。しばらくそうしたまま、ルーファウスは動かなかった。
「おまえも、一人ぼっちになっちゃったな」
ぽつんとそう言った。
デスクの上で電子音が鳴った。
「なんだ」
内線の相手は、ツォンのようだった。
「生存者2名?ああ、そういうことか……やはり魔晄炉に落ちたんだな?助かるわけがない、いくらあいつでも。今はどこにいる……だめだ。科学部門にはまかせられない。宝条がなんと言おうと知ったことか!」
 DNは身を翻した。オフィスの隅のお気に入りの場所へ行って、前足に頭を乗せて、うずくまった。
 では、そういうことらしい。
 ついにJNV―001が、不合格と判定されたのだ。
 DNは、バスケットに入れられて、ドアの向こうへ連れて行かれたDN―004を思い出した。
 この世にあわせて生きていくことができなかった兄弟たち。
 セフィロス、JNV―001も、ついにおしこめられた型からはずれてしまい、あのドアの向こうへ消えてしまったのだ。
 それは“不合格“かもしれないし、もしかしたらサンプルという存在にとっては”解放“かもしれない。ただわかっているのは、DNは二度と彼に会うことはないという事実だった。
 小さくDNは鳴いた。
 その感情を人間は“哀しみ”と呼ぶということなど、DNは、知らない。