GLORIOSA-栄光なるもの 3.第三話

 ワーム対策室に、小さな沈黙が降りた。
「どういう意味だ?」
若い副社長は、冷静な表情で社長を見上げた。
「機械兵は、まっすぐにミッドガルをめざしている。それは、ワームが指示したのではないか、ということです」
「偶然ではない、というのか」
「これだけの統一行動で?」
「何が言いたい?」
「ワームが狙っているのは、ミッドガルのように見えます。しかし、目標はミッドガルかもしれないし、魔晄炉や神羅カンパニー本社かもしれない。あるいは」
プレジデントの目に、動揺が走った。ハイデッカーが、低い声で続けた。
「社長、これはもしかすると、目標は、社長ご自身かもしれません」
「まさか」
「今は、なんとも言えませんが、ワームを確保して、詳しく解析すべきです」
「解析なら、ワクチンを作ったときのがあるだろう。そこでは、私を殺せなどという指示は見つからなかった」
「探そうとしなかったのでは?」
嘲笑をこめて副社長が指摘した。
「あるいは、機械兵についたワームだけが、変異するようになっているのかもしれないな」
社長は立ち上がった。
 ワーム対策室にしているのは、本社70階の社長室だった。窓の外に広がるミッドガルの夜景に、社長は歩みよった。
「ハイデッカー」
「はい」
「いそいでソルジャーに伝えろ。一体でいい、活動中のワームを持ち帰れ、と」

 普段はジュノン要塞に格納されているヘリコプターは、ソルジャーを運ぶという任務を終えたあと、まだ現場上空を旋回していた。うしろに、TV局の取材ヘリがぴったりとくっついている。
 戦場は、まさに修羅場と化していた。
 機械兵の群れは、三角形になってソルジャー中央部隊を圧迫していた。三角形の底辺が、薄くて長い前線となった中央部隊を押している。下位といえども、ソルジャーたちは、バリヤをかけ、二人、あるいは三人一組となって、機械兵一体にかかっていた。
 機械兵を足止めし、すきがあれば関節を狙って攻撃する。機械兵の圧迫も激しかったが、すでに戦場には動けなくなった機械の残骸が、いくつもころがっていた。魔法の威力も、間断なく降り注ぐ。前線にはまず雷鳴が、そして炎熱と地震と氷嵐が、交互にわきおこった。
 中央部隊前線の中央にいるのはセフィロスだった。手にした武器は、ソルジャーたちが訓練に使う、戦闘用ナイフだった。刃渡り40センチの大型の片刃だった。その刃がひらめき、機械兵の関節部分を狙ってきりつける。タッチ、アンド、ゴー。手足の瞬発力と豪胆な神経がなくてはできない業だった。
「サー!」
ザックスは大声で呼んだ。ん?という表情でセフィロスがふりむく。この混乱の中、たった一人で機械兵をあしらいながら、彼は息も切らしていなかった。
「左翼、右翼、ともに連絡入りました!」
そのとき、倒れたと思った機械兵が、いきなり巨体をおこした。セフィロスめがけて、金属の指がつかみかかった。ザックスの心臓が縮み上がった。かろうじてセフィロスは逃れていた。が、美しい横顔、目の下に、真っ赤な線が入り、血が盛り上がって、一滴が滴り落ちた。
「てめえ!」
ザックスは頭に血が上った。だが、ザックスが手を出すよりも早く、セフィロスは突き出された機械兵の指を片手でつかんでひきよせ、自分の倍以上ある巨体の胸の辺りをナイフで切り裂いていた。バックアップ用ドライブのある場所だった。機械兵はけいれんして、動きをとめた。
「よし」
何事もなかったかのようにセフィロスは言った。
「敵は包囲した。左右翼に連絡。攻撃開始」
セフィロスは上空を見上げた。ジュノンの軍用ヘリが、ゆっくり降下してきた。
 持っていた戦闘用ナイフを、セフィロスは足元につきたてた。
「何を、やってんですか!」
ザックスはわめいたが、セフィロスはじっと上を見上げたままだった。ヘリから、何かが吊り降ろされてくる。かなりの重さがあるようで、ロープがピンと張っていた。ローターの回転音が響き渡る。激しい風が戦場を吹き払う。ついに、それの下端に、セフィロスの手がかかった。
 セフィロスがナイフを手放したのを見たのか、機械兵たちがじりじりと寄ってきた。彼らの作る円の中心で、セフィロスは、ヘリの降ろしてきた細長いものを、大きな手で握り締めた。ロープがほどけ、覆いが風を受けて外側へめくれかえった。
 妖刀、正宗だった。
 13歳の初陣で手に入れた機械兵のブレードを、セフィロスはめずらしく「欲しい」とねだった。人間の手が握ることができるように、カンパニーは兵器開発部門にブレードの柄を作り直させ、さらにウータイで捕虜になった人間国宝の元へ持ち込んで、鋭利に鍛えさせた。
 以来、セフィロスのいるところ、必ずこの、長大な妖刀が存在していた。
だが、もともと、人間が持つための武器ではない。重く、長く、扱いにくいことこのうえない。
 セフィロスは、軽々と正宗を片手で持ち上げ、切っ先を一閃させて覆いをとりはらった。正面にまっすぐ長大な刀を伸ばすと、機械兵はぴたりと動きをとめ、ようすうかがいになった。
 純粋なソルジャーグリーンの瞳が、ヘリの灯火を受けて煌めいている。ふいに体が前傾する。セフィロスが走った。
 正面の機械兵の間合いには、左足を滑らせるようにして一気に入る。正宗を持った左手のひじで顔をおおうように刀を高く上げ、踏み込んだ足を軸に、刀を回転させた。
 重厚な金属音が響いた。一気になぎ払う。2メートル以上ある機械兵の上半身が、ぼろぼろと地に落ちた。
 さきほどまでの、軽くあしらうような迎撃ではなかった。ザックスは、声も出なかった。
 これが、本気のセフィロス。
「続け!」
猛々しい命令を下し、英雄は一人、斬り込んでいく。
「待ってくれ、一人じゃ危険だ!」
セフィロスがふりむき、右手の指で、さきほど顔につけられた傷にふれた。
「こいつの礼をしなくてはな?」
ザックスはぞくりとした。
 機械兵の群れは、三角形から、ようやく形を変えようとしていた。底辺をつぶすような形で圧迫し続けていたのだが、気が付いて見ると、背後をソルジャーの左右翼に攻撃されている。
 あわてて向きを変えようとしたところに、前線からセフィロスが襲い掛かったのだった。三角形は、底辺から楔形に食い破られていった。
 両足を肩幅に開き、両手に握った正宗を、セフィロスが唐竹割りに切り下ろした。厚い装甲がチーズのようにたやすく両断されていく。振り下ろしきった刀の柄から右手だけをはなした。
 次の瞬間、左手首が返り、正宗が半回転して、背後に迫った巨体の胸を貫いた。
 間髪入れずに引き抜いてふりむき、足で蹴り飛ばす。銀髪が激しく舞い顔の一部をおおう。だが手のひらが突き出され、機械兵は稲妻に焼かれて燃え上がった。「熾烈」とは、こういうことか、とザックスは一人つぶやいた。
 左右翼のほうが、1stクラスソルジャーを多く必要とする、とセフィロスの言ったわけを、ザックスはようやく理解している。中央部隊、というよりも、セフィロス一人に圧迫されて、機械兵たちは後ろにいる左右翼のほうへなだれこんでいるのだ。
「本社から、緊急連絡ですっ」
 ザックスの声は、火花を散らす剣のぶつかりあいにさえぎられた。片や、妖刀正宗、片や、機械兵の制式ブレード。元は同じものだった二つの武器が、戦場で刃を交えている。それ以上声を掛けられなくて、ザックスは立ち尽くした。
 疲れを知らない機械兵に扱いにくい武器で戦うのは、いくらセフィロスでも荷が重いはずだ、とザックスは思った。が、金属の刃がぶつかりあううちに、どう見ても押されているのは機械の巨人のほうだった。
「おおおおぉぉ」
獣のような低いうなり声が、セフィロスの唇からもれる。振りかぶった刀が、激しく打ち下ろされた。機械兵は後ずさりながら受けた。嵐のような打ち込みを、必死で受けているが、後がないのは誰の目にも明白だった。
 斬りたてられた機械兵が、バランスを崩した。セフィロスは、愛刀を目の高さ、水平に構え、右半身を向けた。正宗が襲い掛かる。機械兵はメインケーブルの集中する頚部をざっくりと切り裂かれ、潤滑用のオイルを周囲に撒き散らした。奇妙に生々しい光景だった。
「何か、言ったか、ザックス」
「あ、ああ、本社から連絡です。活動中のワームを一体、持ち帰れって」
「あいつらは、こんなものが欲しいのか」
戦場に転がる機械兵の首を片手で持ち上げ、しげしげと眺めて、セフィロスはそう、つぶやいた。
 預言者の生首にキスしたがった王女がいたっけ……ザックスは一瞬、非現実的な思いに囚われた。セフィロスは興味もなさそうに機械兵の頭を放り投げた。月光の下、丘の稜線に長身をさらし、セフィロスは部下たちをふりかえった。
「気を抜くな。敵を殲滅する」
おうっ、とソルジャーたちは片手をつきあげた。
 雄たけびをあげて、ソルジャーたちは包囲にかかった。敵の数はぐっと減っている。ソルジャーたちは勝利を確信し、そのことに酔っていた。誰からともなく声が上がった。
“エスタンス・インテリウス・イラ・ヴェーメンティ”
殺戮の歌を歌いながら、ソルジャーたちは美貌の軍神に率いられて敵を倒していく。
“セフィロス、セフィロス、ソルス・イマーニス・エ・イナーニス……“
“ヴェニ・ヴェニ・ヴィーニアス、ネ・メ・モリ・ファチアス!”
どうやら、左右翼のソルジャーたちも、包囲に成功し、殲滅を……楽しんでいるらしい。もはや逃げ惑うだけの機械兵を、二人がかり、三人がかりで背後から襲い、斬りつけ、高笑いをあげて、倒していく。暴力に酔い痴れ、狂的な笑いに彩られ、ソルジャーたちは剛剣をふるった。
“ヴェニ・ヴェニ・ヴィーニアス、ネ・メ・モリ・ファチアス!”

 ワーム対策室は、モニターを中心に、緊張をはらんだ沈黙に覆われていた。
「あの歌を、やめさせろ!」
吐き捨てるようにプレジデントが言った。重役たちは、お互いに顔を見合った。セフィロスを中心に熱狂するソルジャーたち。彼らをけん制できるものが、この世にいようとは思えなかった。
 突然、誰かが、くくくく、と笑った。プレジデントはじろりと視線をとばした。
「失礼、社長。大丈夫、彼らは、忠実ですよ、カンパニーに、われわれにね」
「宝条」
科学部門の長、宝条博士は、同僚や上司の顔を、満足そうに見渡した。
「怖いですか、彼らが?」
 今、セフィロスが部下たちに一言、神羅をつぶせと命じれば、なんのためらいもなく地上最強の軍団は襲い掛かってくるに違いない。居合わせたものたちは背筋にふるえを感じた。都市開発部門のリーブは、引きつった表情でふりむいた。
「君は一体、なにを作り上げたんだ!」
「天使ですよ。楽園から人類を放逐した、炎の剣の大天使をね」
プレジデントのそばにいた、副社長、ルーファウス・神羅が、やや高い声で宝条の笑いをさえぎった。
「それで?あの男は、おまえにだけ忠実というわけか?セフィロスとあのソルジャー軍団が怖かったら、おまえの言う事を聞け、とそういうことか?」
にやにやと宝条は、若い副社長を眺めた。
「わたしがそんなことを?とんでもない」
「セフィロスは、本当におまえの管理の手から外れて、カンパニーを脅かすことはないのか?」
宝条は、わざとらしく眉をあげた。
「それは、侮辱かな?それとも、冗談かね?あの子が逆らうなどと、本気で思っているのか?あの子は、私の最高傑作だ。誰かが下手な知恵をつけない限り、そんな俗っぽいことは思いつかん。そのように作り、そのように育てたのですからね」
モニター画面は、MBAのレポートに切り替わった。一般兵士が立ち入りを禁止している一画が映し出された。ソルジャーたちが帰還してきたらしい。
「敵は全滅の模様です。動いている機械兵は、一体もありません。すべて、ソルジャーが……あっ、来ました!」
軍のサーチライトが、立ち入り禁止地区を照らし出した。累々と横たわる機械兵の間に、細い通路ができていた。興奮さめやらぬようすの上位ソルジャーたちが、次々と帰ってきた。
 小さな間があった。
 赤茶けた荒野には、力のぶつかり合いによって無残に蹂躙された名残が歴然と残っている。スポットライトのように、光が注がれた。
 ずる、と音がした。もう一度、ずる、と。
 大きくて重いものを、地面に引きずる音だった。
 ライトの中に、オーバーニースタイルの黒いブーツが現れた。あちこちに裂け目のできた、レザーのロングコート。やや、はだけた襟元。傷ひとつない白い、たくましい胸板。大きな手が正宗の柄を握っていたが、人間離れした長刀は右肩のショルダーアーマーの上に刃を休めている。
 左腕は、まだぱちぱちと音を立てているメインケーブルをわしづかみにしていた。一歩あるく。ケーブルがひかれ、それがつながっている、機械兵の巨大な首が土にこすれて、ずる、と音をたてた。
 ずる、ずる。
 セフィロスが、姿を現した。銀髪は乱れて肩にかかっているが、目の下の傷はもう、きれいに消えていた。純粋な魔晄の瞳は、闘志を満々と湛えている。
 彼の唇の端が小さく上がった。笑っているのだった。
「セフィロス」
うっとりと宝条はつぶやいた。
「おまえはどこまで進化するのだろうね」