エアストーリー パパス救出

映画ドラゴンクエスト「ユアストーリー」のネタバレを含みます。映画未見の方はご注意ください。

 

 緑の髪のおかっぱ頭の男の子は、やんちゃな表情で振り向いた。
「なんだ、お前?あっ、わかったぞ、今日来たパパスとか言うやつの子供だな?余のお守りに来たのか?」
白い大きな襞襟、赤紫のマント、小札を連ねた鎧。なかなか身なりのいい子供だが、色白の顔にそばかすがあり、いかにもなわんぱく坊主だった。
「うん。ぼくは、リュカ」
 追いかけてきたのは別の子供だった。黒髪を紫のターバンで覆い、庶民的なチュニックに紫のマントを重ねている。大きな目は不思議な色合いをしていた。
 やっと春が来たばかりの森は新緑できらきらしている。鳥も獣もモンスターも、今は繁殖の季節なのだ。梢をすかして見る空は青く、白い雲がのんびり浮かび、平和そのものだった。
 紫の子、リュカは笑顔になった。
「君がヘンリー?」
ヘンリーと呼ばれた緑の子は、むっとした表情になった。
「ちゃんと“ヘンリー王子さま”と呼ぶのだ。余はこのラインハットで二番目にえらいのだからな!」
 ラインハット王国はリュカたちの住むサンタローズの東にある国で、その国の王からリュカの父パパスが招かれた。パパスはリュカに、ヘンリー王子と友だちになってくれと言っていた。ヘンリー王子をリュカは捜しに行き、ついに国境の外の森まで出てしまった。トムというらしい兵士が一人でヘンリーを連れ戻そうとしていた。
 リュカは唇を尖らせて言い返した。
「ぼくの父さんだって、世界一強いんだ」
「お前、変わったヤツだな。そうだ、余の子分にしてやろうか?」
「ぼくは友だちに」
そう言いかけた時だった。ざわっと背筋に鳥肌が立った。大きな翼が太陽を遮った。
 いきなり鋭い爪が小さなヘンリーの身体へ延び、一気に空中へかっさらった。
「うわあぁぁぁぁっ」
トムが必死で槍を繰り出した。が、飛竜の群れは、悠々と空へ飛び去った。
「ヘンリー!」

 リュカはパパスといっしょにダンジョンの中を巡り、牢につかまっていたヘンリーをみつけ出した。パパスが力ずくで牢を破り、三人でラインハットへ戻ろうとした。
 このダンジョンは暗く分岐や階段がたくさんあって、歩く者にとってひどくわかりにくい。本通路の裏側には水を張ったプールのような水面が広がり、小島が点在する。完全に迷宮だった。
 ヘンリーが脱出したことを悟ったのか、モンスターも間断なく襲ってきた。
 ブン、とパパスの剣がうなりをあげた。肉厚の重い刃は牛頭鬼、馬頭鬼と呼ばれる地獄の鬼に似た姿の、見上げるような体格をしたモンスターをまとめて吹っ飛ばした。
「世界一強いって、ほんとだった!」
小さなヘンリーは目を真ん丸にしてパパスの後姿を眺めている。隣にいるリュカはなんだか嬉しくてにやにやしてしまった。凄いだろ、ぼくの父さんは……。
 そのダンジョンは、古代遺跡と呼ばれていた。ラインハット建国時からあったと言われ、天然の洞くつの中に敷石を延べ、壁を立ち上げ、地中の湖のほとりに巡らせた迷路だった。
 リュカたちがたどりついたのは、遺跡の出入り口にある石造りの階段手前の小空間だった。階段の手すりは降りてくるとそのまま広めの廊下の端に連なる。手すりの向こう側は低く、水が流れている。地中湖へ続く水路だった。
 水の匂いのする古びた石レンガの壁の部屋に、いやらしい声が響いた。
「あなたですね、私のかわいい部下たちをやっつけてくれたのは……」
 三人の前に異相の魔法使いが立っていた。というより、ぼろぼろのマントとフードが宙に浮かび、そのフードの中に顔がある。異様に白い、長い顔、濁った黄色い目。その眼には悪意があり、口元には嘲笑があった。
 子供たちを背後にかばい、パパスは油断なく身構えた。
「む、その姿は」
“リュカ”は深く息を吸いこんだ。ここからがゲームの本当の始まりだった。
(ヘンリー、いる?こいつがゲマだ)
(いるぞ。いいか、肝はお前だ。うまくやれよ?)
二人の男の子は、その場から少しずつ後ずさりを始めた。
 パパスとゲマの声が聞こえる。何の話をしているかは知っているが、“リュカ”はどきどきした。
 ほっほっほっとゲマは笑った。
「みごとな戦いぶりでしたね?」
さっとパパスは身構えた。パパスの後ろで“リュカ”も身構えた。
「でも、こうすると……」
ゲマの手の中に不思議な光が生まれた。それがゆっくり大鎌の形になって定着した。
(来るぞ!)
“リュカ”の身体に魔法力がかかってきた。引き寄せられる、と思った瞬間、“リュカ”と“ヘンリー”はその部屋の左右にある水路の中へ思い切りよく飛びこんだ。水中の音は鈍く響き、ごぼごぼと聞こえるだけだった。水の中で“ヘンリー”を見つけて、“リュカ”は合流した。
(あいつ鎌の水平リーチはこの部屋全体。逃れるすべはない。けど、上下に距離があるなら話が違ってくる。水の中は思いっきり下方向だから)
(人質さえいなければ父さんは!)
(よし、ルーク、そろそろ上がるぞ)
(ぼくは今、リュカだよ)
(……まぎらわしいな)
“リュカ”たちは小さな手で石の手すりをつかんでおそるおそる水面から頭を上げた。
 パパスがゲマに、剣をつきつけていた。
 ゲマは死神の鎌を取り落とし、片手で袖を抑えている。見ると足もとにゲマの片手が転がっていた。パパスが手首ごと斬りおとしたようだった。
「きさまが小細工するより早く、この首を叩き斬ることができるぞ」
ジャミもゴンズもその場に倒れたままだった。
 ぐぅ、とゲマはうなった。
「言え、マーサはどこだ!」
長い顎の先がふるえ、額の上の第三の眼がパパスをねめつけた。
「あなたにはとうてい手の届かぬところです」
捨て台詞を吐いてゲマは姿を消した。後からくやしそうな声が小部屋に反響した。
「これで勝ったとは思わないことですよ!」
 く、とパパスはつぶやいた。が、剣を鞘に収め、子供たちの方へ向き直った。
「大事ないか?」
その手からホイミの光が放たれた。
「うん、大丈夫」
今頃になって震えがくる。“リュカ”はパパスの服をつかみ、自分の額をぎゅっと押し付けた。パパスがぽんぽんと頭を撫でてくれた。
「王子もご無事か」
にっとパパスは笑った。
「俺なら、濡れただけだ。パパス殿が無事でよかった」
まだ子供の声で“ヘンリー”が言った。ヘンリーはずっとそう言いたかったんだろうと“リュカ”は思った。
「『俺』?」
「え、あ、いや」
こほんと“ヘンリー”が咳払いをした。
「余は、別状ない。さあ、早く戻ろう。トムが心配しているはずだ」
「その通りですな」
パパスは子供たちを連れてゆっくり遺跡の入り口階段を上った。上がった先には、春のラインハットの大地が広がっていた。それはとても明るい、平和な……。

 グランバニア兵士のかっこうの若者は、とまどっているようだった。
「すみません、緊急停止です。まいったな、シナリオ進行がとちゅうで止まるなんて」
彼は手にしたタブレットとバーチャルマシンのコンソールを見比べていた。
 カウルが開いてプレイヤーたちが降りてきた。
「VRあるあるだよね」
「そうそう」
バーチャルゲームの進行係はため息をついた。
「どうやらプログラムエラーのようです。このゲームは払い戻しができないんです、その」
プレイヤーの一人は長めの黒髪の若者、もう一人は緑の前髪を額で切りそろえた青年だった。
「気にすんな」
「一番やりたいことは、やっちゃったしね」
二人は抑えきれないようすでニヤリとした。
「だよな!」
二人は笑いながら出口へ行こうとした。
「お客さま」
進行係の上司が二人を呼び止めた。
「こちらのミスで申し訳ありません。どうか代替チケットをお持ちください。今日プレイできなかった分は次回にお楽しみいただけます」
二人のゲストは顔を見合わせた。
「俺がついていかなかった時期があるだろ?あれを一緒にやらないか?」
「じゃ、今度は二人旅だね」
 二人はモバイルツールを取りだした。
「○月×日ご予約、お二人様ですね。オプションは再スタート前に細かく設定できます」
進行係は自分のタブレットで予約を確定した。
「楽しみだね」
「ああ、楽しみだ」
そう言いながら二人は歩き去った。
「でもさ、“ヘンリー”のままじゃだめなんだよ?」
「いっしょにいられるキャラって言うと、モンスターか」
「そうそう。ヘレヘレかヘラりんで」
「えっ、その名前か?」
妙に楽しそうな会話が自動ドアが閉まるまで聞こえていた。