パステルワールド・アナザー

 年末のラインハット市は奇妙な活気に満ちていた。
 木枯らしがきつかった。スーパーは買い物客でどこも込み合っていた。屋台で売るホットレモネードが湯気を立てていた。
 歳末の売り出しのために、ダウンコートやマフラーでもこもこに着ぶくれた人々が長い列を作っていた。
 店の入り口から買い物かごを一つ取っている間にヘンリーが歩き出した。
「早く来いよ。チキンが先だ。売り切れるからな」
「待って」
いついかなる時でも親分風を吹かす友達の後を追ってルークは歩き出した。店内はクリスマスソングを次々と流し、華やかなポップで飾っている。どっちを向いてもお祭り気分だった。
「もうローストしてあるやつでいいか?」
 こうやって休日に二人で買い出しに出るのは、こちらへ来てからの習慣だった。それぞれ仕事を持っているので、平日はパスして休みの日に一週間分の買い物を済ませてしまう。ついでにちょっと贅沢をしていい、というのも、いつのまにかできたルールだった。
 オードブルや豪華なサラダの売り場を通り抜け、目を惹かれたものをかたっぱしからかごへ入れてしまう。
「おい、こんなに食べきれないぞ」
「一週間分だよ?」
「しょうがないな」
と言いつつ、ヘンリー自身もサーモンの小盛とローストビーフのトレイを両手に持って、見比べていた。
「後はシャンパンと、それから……」
レジに着いてから振り向くと、ヘンリーが何か差し出した。
「これ、買っていいか?」
妙に遠慮がちな口ぶりだった。
 手の上にあるのは、カラフルなお菓子だった。中心にナッツを入れた小さな球形のチョコレート。ひとつひとつ違う色の紙で包んである。ベビーピンク、クリーム色、ミントグリーン、ラベンダー、薄いオレンジ。透明なフィルムバッグに入れて、真っ赤なリボンで上を結んであった。
「酒の肴には甘すぎない?」
「あっちへ、送ろうと思って」
ルークは無言でうなずき、その菓子をかごに入れた。
 店を出るとすっかり暗くなっていた。街頭のイルミネーションが市街を華やかに彩っていた。
「向こうのこと、気になる?」
買い物袋をさげて信号待ちをしているとき、ルークはそう聞いてみた。
「心配させてるだろうとは、思うよ」
さらりとヘンリーが答えた。
 こっち、と、あっち、は、同じラインハットにあり、物理的にはたいへん近いところにある。ただ、時間にして数百年離れているのだ。
「ごめんね。ぼくは、どうしても来たかったんだ」
「できた嫁さんだな」
ぽつりとヘンリーが言った。
「亭主が仕事を中断して別の世界へ……数百年後の未来へ行きたいと言いだして、即座に承知してくれる女房なんて、めったにないぞ」
「うん、そうだね」
ため息をつくと、息が白かった。
「“こっち”でやりたいことは一人じゃできないのはわかってた。でも、モンスターたちを連れてくるのはムリだったし、こんな未知の世界へ子供たちを連れてくるのもまずいと思ったんだ。そして子供たちを置いてくるなら、ビアンカだけ来てもらうのもダメだ。だから」
「俺を選んだ。だよな?」
信号が青に変わって、歩きだした。
「君にもマリアがいて、コリンズ君がいて、背負うべき責任がある。わかってるんだけど、でも、ごめん」
はははっとヘンリーが夜空をあおいで笑った。
「謝るなら俺の方だろ?」
「また?罪悪感なんていいかげんにしてよ」
「無理。俺のアイデンティティだ」
「懲りないね、きみも」
黒いコートに鮮やかなチェックのマフラーを巻いたかっこうで、ヘンリーはうつむき、くすくす笑っていた。なぜかヘンリーは、生まれてからずっとこっちのラインハットで暮らして来たようにすっかり暮らしになじんでいる。思えば奴隷でも旅人でも王子でも、あっという間になりきってしまっていた。
「さ、帰ろう。今夜は豪華な飯だ」
うん、とルークはうなずいた。十代の頃とは違うが、これはこれで至上の幸せ。世界中がパステル色のような、不思議と自由で、幸せな二人暮らしだった。