子供たち 第二話

 二方面作戦はうまくいった。行く手をカイに遮られたコリンズは、まんまとひっかかってアイルの隠れているほうへまっすぐに飛びこんできた。
「せーのっ」
アイルは思いきりタックルをかけ、コリンズは頭からひっくり返った。
「コリンズ君?ねえ、ちょっと、え、どうしよう、カイ、カイ!」
コリンズは白目をむいていた。
「アイル、ゆすっちゃだめよ。とにかく廊下に寝かせておくわけにいかないわ。そこの部屋へ運びましょう」
 それは、あまり大きくはないが贅沢な部屋だった。机と椅子があり、誰かの勉強部屋のように見えた。ただ、木刀やボールや、造りかけの木の船などがめちゃくちゃに散らかっている。黒檀の本棚は爬虫類の図鑑でいっぱいだった。奥にもう一つ扉があり、二間続きで一室になっているらしい。
「ここ、コリンズ君の部屋だよね、どう見ても」
とアイルが言ったとき、コリンズがうめき声をあげた。
「あ、気がついた?ごめんよ、だいじょうぶだった?」
コリンズは片手で後頭部を探った。
「こぶができちゃった。くそ、レベルの高さを思い知ったよ」
カイがコリンズの顔をのぞきこんだ。
「ねえ、そろそろ話して?どうして逃げたの?」
コリンズは半身を起こして、へっと笑った。
「おまえたちが『こんなとこ二度と来たくない』と思うように仕向けたかったんだ」
「どうして!」
「父上が、行っちゃう」
コリンズは自分の膝へ視線を落とした。
「テラスから遠くのほうを眺めて、指で手すりをたたく、それが疲れたときの父上の癖だ。いつだかそんなとき、父上に話しかけようとしたら、叔父上に止められたよ。父上の心は、自由にあこがれて、遠くをさまよっているから、邪魔をしちゃだめだって」
双子は顔を見合わせた。
「あの人が、アイルたちの父上が来たとき、わかったんだ。おれの父上はもう、心だけじゃなく、自由に飛んでいけるって」
「それでうちのお父さんをここへ寄せ付けたくなかったのね?あたしたちが来たくないといえば、お父さんもここへ来ないと思ったのね?」
コリンズはこっくりした。
「バカだろ?笑えよ」
カイは兄の顔を見た。アイルはうなずいた。
「そっか。コリンズ君とは友達になりたかったけど、そういうことなら、来ないよ」
コリンズはぽかんとした。
「あたし、今でも怖い夢を見るの。気がつくとお父さんがいなくなってしまう夢よ」
カイは、自分でも不思議だった。後姿を追いかけてもどんどん父が遠ざかっていく怖い夢の話は、アイルにさえしたことがなかったのだ。
「すごく、いやよね。だから、気持ちがわかるの」
おまえら、とコリンズはつぶやいた。
 カイは立ち上がった。
「じゃ、帰るね、あたしたち」
「待てよ」
と、コリンズが言った。
「帰る前に、頼みがある」
「なに、それ?」
コリンズは奥の扉を指差した。
「あの部屋にある箱の中に、“子分の印“を入れておいた。それを取ってきてくれ」
あはっとアイルが笑った。
「それも、遊びだね?いいよ。コリンズ君とこのお城、おもしろいからね」
奥へ続く扉をあけて、双子は一瞬ためらった。床一面に、大小さまざまな箱が置いてある。まるで迷路のようだった。
 壁際につみあげられた箱のひとつをカイは取り、蓋をあけてみた。とたんに一つ目の人形が飛び出してきた。きゃっ、と叫んでカイは箱を取り落とした。
「びっくり箱よ!」
アイルもひとつ試してみた。今度は生きたカエルが飛び出した。
「こっちもだ」
結局、すべてコリンズの手製らしいびっくり箱だった。
 双子が元の部屋へ戻ってきたとき、そこには誰もいなかった。
「あれ、コリンズ君がいないよ?」
「けがしてたからね、どこか行ったのかしら」
二人が廊下へ出ると、ちょうどルークが角を曲がってやってきた。
「二人とも、そろそろ帰るよ」
「待って、お父さん、コリンズ君見なかった?」
「いいや?あ、いなくなったの?奥の部屋へ行っている間に?子分の印を取りに?」
双子はいちいちうなずいた。ルークがくすくすと笑った。
「わかった。コリンズ君は、廊下へは出てないよ。おいで」
ルークはコリンズの部屋へ入った。そして、うれしそうな、懐かしそうな表情でじっと部屋を見回していた。
「お父さん?」
「うん?ああ。ちょっと待ってね」
一度隣の部屋へ入り、すぐにルークは出てきた。
「そっちには、いなかったでしょ?」
「ああ。コリンズ君を探しに行ったわけじゃないんだ」
アイルは首をひねった。ルークはびっくり箱のひとつを、両手で大切そうに持っていた。
「なに、それ?」
「あは、大事なものだよ」
 そしてまっすぐに机に近づいて椅子をひき、その下の敷物をさぐった。その部分だけ敷物に切れこみがあり、模様にまぎれるようにして取っ手がついていた。
「こんなとこに!」
「どうしてわかったの、お父さん?」
「ぼくもやられたことがあってね」
ルークは秘密の出入り口を開けた。

 コリンズの部屋の真下は暗くてじめじめしていた。
「たぶん、非常事態が起こったとき脱出できるように、歴代の王太子はこの部屋を与えられてきたのだろうね。ただ、いたずらの好きな家系だから」
ルークは足を止めた。物陰に小さな人影があった。
「コリンズ君見っけ!」
アイルが大声で言って飛びついた。
「もう見つけちゃったのか?あ~あ」
コリンズは何か言いかけて、ルークを見た。
「あ、あの」
ルークは微笑み、かがみこんでコリンズと視線の高さを合わせた。
「本当にヘンリーに似ている。ヘンリーはね、君のことが大好きなんだよ」
コリンズはまるく口をあけたままだった。アイルにはコリンズの気持ちがわかった。彼に、ルークに、そうやって目を見つめて言われると、どんなことでも信じられる気がするのだった。
「おれは……父上は……」
コリンズは意地っ張り全開な目でルークを見上げ、唇を噛んで下を向いてしまった。ルークはくすっと笑い、さきほど拾ってきたびっくり箱を、コリンズに差し出した。
「君がしかけたジャックを取り出して、底を見てごらん?」
コリンズはまだためらっていたが、おずおずと手を出して、ルークから箱を受け取った。
「箱の底に、字が書いてあるのがわかるかい?」
しばらくのあいだ、コリンズは箱の中を見つめ、小さく唇を動かしているだけだった。
「“この国を守り、人々を見守ってゆくことが、やがてお前の助けになるんじゃないかと思う。”父上の、字だ」
「そうだよ。それは、ヘンリーが書いたんだ。大丈夫、ヘンリーはラインハットを離れたりしないよ。ぼくがどんなに呼んでも、ヘンリーはもう、自分のやるべきことを見つけたんだから」
さっとコリンズは顔をあげた。
「でも、おれ!」
「ヘンリーが守ろうと決心している人々の、その一番は、君なんだよ」
コリンズは赤くなった。目の縁も赤かった。ぐしっと鼻声をたてて、コリンズはしゃくりあげた。
 だしぬけに大きな音を立ててどこかの扉が開いた。ルークがびくっとして立ちあがり、武器に手をかけた。
「殿下!」
誰かがわめきながら足音も荒々しく乱入し、いきなりコリンズを抱えた。あわてたコリンズが叫んだ。
「ネビル!」
その男は、さきほど宰相の執務室で真っ赤になって怒っていたあのおしゃれな身なりの秘書だった。
「今日という今日は勘弁なりませんっ。きつく叱っていただきますからね、覚悟なさい!」
コリンズはもがいたが、ネビルと呼ばれた秘書はがっちり押さえこんで離さなかった。
「書き取り百回、暗誦百ページ、口頭試問百問!」
「ぎゃ~!」
薄暗い地下室にコリンズの悲鳴が遠ざかっていく。アイル一家は呆然としているだけだった。
「お父さん、帰ろ?」
「あ、ああ」

 ラインハット城のはね橋のところに、国王と大公夫妻が見送りに来ていた。
 すぐ前には、旅行用の、頑丈だが飾り気のない馬車が停まっている。馬はたっぷりと飼い葉をもらい、休んでいたらしい。
 馬の首を叩いてやってから、ルークは友達に、照れくさそうに声をかけた。
「会えてうれしかったよ。また来るね」
ヘンリーは一人、進み出た。
「本当だな?」
ルークはうなずいた。
「約束したじゃないか。君がここで待っていてくれるって。だから、時々会いに来るよ」
ヘンリーはこぶしをにぎり、軽く、とん、とルークの胸を突いた。
「親分に挨拶欠かすんじゃねえぞ。あんまり遅くなったら、呼びつけるからな」
大国の宰相というよりは、ストリートの悪童のような言い方だった。
あはは、とルークは笑った。
「必ず来るからね」
ヘンリーはいきなりルークの肩を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。
「もう行方不明になんなよ……今度なったら、親分子分の縁を切るからな!」
双子は顔を見合わせた。カイが目で“まずいわよね”と聞いた。“仲良しすぎだね”とアイルが視線で答え、ルークの袖を引っ張った。
「あの、お父さん、帰ろうよ」
「あたし、ええと、あんまりここへ来たくないわ」
ルークはきょとんとした。
「え、そうなのかい?」
そっとヘンリーの腕から逃れて、ルークはラインハットの人々に笑顔を向けた。
「じゃあ、今日は、本当にこれで」
「ああ。気をつけて」
双子たちは、心の中でデール王と、それから特に、優しいマリアにさよならを言って、さっさと馬車に乗り込んだ。
「お父さん、早くぅ」
「今行くよ。ごめん、子供たちがなんだか、急いでいるらしい」
 そのとき、見送りの列の後ろのほうが騒がしくなった。兵士や従僕たちをかきわけて、小さな人影が現れた。
「おい、待てよっ」
 コリンズだった。首尾よくネビルから逃げ出したらしい。双子は馬車から顔を出した。
 コリンズはびしっと指を突きつけた。
「子分の印を見つけられなかったからって、逃げるとはずるいぞっ」
双子は同時に、えっと言ってしまった。
「再挑戦を許す!絶対、リベンジしに来いっ」
アイルは身を乗り出した。
「コリンズ君、いいの?!」
コリンズは小さな胸を張った。
「二言はないっ。今度来たときは、ラインハット立体迷路にぶちこんでやる。怖かったら、やめてもいいぞ」
ぱし、とヘンリーが平手でコリンズの頭をはたいた。
「なんていうご招待をするんだ、おまえは。特に王女殿下は、もう少し優しくお誘いしろ」
「大丈夫です」
カイは馬車の中から立ち上がって言った。
「ちゃんと気持ちは、通じているから」
コリンズが真っ赤になった。くっくっとヘンリーが笑った。
「姫はお見通しだぞ。コリンズ、修行しなおして来い」
ルークは御者台に上がり手綱を取った。馬が歩き出した。ラインハットの城が遠ざかっていく。双子は、顔が笑いにゆるんでくるのを抑えられなかった。
「素直じゃないんだね、コリンズ君」
「また来てね、って言えばいいだけなのにね」
御者台の上で、ルークが笑い声をあげた。
「しかたないさ。あれは、親譲りなんだよ」
かたかたと音をたてて車輪が回る。今度は何をして遊ぼうか、と双子は楽しく考えていた。