オウム返しの使い魔 それぞれの旅

このページは、「オウム返しの使い魔」本編に入らなかったエピソードを集めたものです。

旅の始まり

 グランバニア城の威容が遠目にもはっきりと見える。城は大森林に取り囲まれているので、尖塔は森の上にそびえたっていた。森が大きな湖に接するあたりに、港があった。
「グランバニアの森の妖精よ、清らなるエーデルワイスの君よ」
 柔らかなほほに血の色がのぼり、長いまつ毛が伏せられた。
「その花びらに触れることを、許したまえ」
 なめらかなあごに指をかけ、そっと起こさせた。
 あっとつぶやいて、目の下が赤くなる。
「いけませんわ、エリオスさま」
「なんと、可憐な」
 キスまでは、あと一歩。片腕で背を支え、美女の頬に息がかかるまで顔を寄せた。
 相手は若い人妻だった。貴族の姫君で親の決めた許婚者と早々に結婚したが、本人はいまだに少女のように頼りない、どこか地味で控えめな女性である。
「さあ、顔を上げて。貴女の瞳はとりわけ美しいのだから」
 いつも下を向いているおどおどした人妻を褒めて、褒めて、褒め倒すと、予想外の美しさに輝く。それがおもしろくて、彼、ラインハットのエリオスは昨日からこの女を追いかけていた。
 その前は現王妃付きの若い女官。きりりとした知的でクールな女が羞恥心にとろけていく姿はすばらしかった。
 もひとつ前が派手な浮名の未亡人。彼女との恋の駆け引きもなかなかにスリリングだった。たぶん、十年たって連絡しても、楽しい一夜が期待できるだろう。
 その前は深窓の令嬢、じゃなくてうら若いシスターが先だったか……。
 次の瞬間、エリオスは我に返った。誰かが大股に歩いてくる。その足音は、この港の桟橋そばに積み上げられた木箱の裏に居ても聞こえた。
「夫ですわ!」
 人妻が震えあがった。
 もともと今日は、エリオス自身を歓迎するためのガーデンパーティがグランバニア城で開かれていた。宴もたけなわというときに、目をつけていた彼女を連れてパーティをぬけ出し港で逢っていたのだが、ばれてしまったらしい。
「安心したまえ、貴女の名誉に傷ひとつつけませぬぞ」
とは言ったものの、ラインハット国外では奥の手の“余はこの国の王子なるぞ”は使えない。そんなスリルさえ愉しみに変えて、エリオスは可憐な人妻と手を取り合って走り出した。
「さあ、こちらへ」
 城から乗ってきた目立たない馬車に彼女を乗せ、一足先に城へ戻るように御者に言って金をつかませた。
 徒歩で自分も城へ向かおうとしたとき、城への道に嫉妬深い夫その人が従者たちを従えて居座っているのを発見した。従者たちは倉庫や小屋を次々と開けはなち、また船を一艘ごとに調べている。
――退路を断たれたか。
 エリオスは息を殺し、あたりを見回した。
 一番端の桟橋に真新しい船が泊っていた。二本マストで大形船とは言えないが、外洋も航行できるような造りだった。
 捜索の手は迫っている。エリオスは腹を決めた。まるでその船の関係者かオーナーのような顔ですたすたと板を踏んで甲板へ上がった。柱に隠れて水夫をやりすごし、エリオスは隠れ場所を探して動きだした。

 サンチョは船の厨房で設備を確かめているところだった。
「どっかで呼ぶ声がしませんか」
 となりにいたパパスも顔を上げた。
「うむ。ガーデンパーティをすっぽかしたのがばれたか」
 グランバニアの第一王子パパスは悪びれずにそう言うと、厨房を出た。
「何かご用か?」
 サンチョはあとについていった。大声で呼んでいたのは、グランバニア宮廷で見覚えのある貴族だった。
「これは、パパスさま!」
 パパスは王子の正装ではなく、旅人にふさわしい簡素ないでたちだった。が、向こうもパパスの顔を知っているようだった。
「申し訳ない、妻がこのへんにいると言う者がいて、捜しにきたのですが」
「奥方が?」
 パパスは首をひねった。
「少なくとも、この船ではないぞ。女人は見ておらん」
「そうですか」
 貴族の男はくやしそうにつぶやいた。
「よかったら中をご覧になるか?私の自慢の船だ」
 男らしい顔に薄く照れ笑いを浮かべてパパスは言った。
「父と母にさんざん訴えて、やっと手に入れたものなのだ。実はこれが処女航海だ」
 貴族の男はあらためて船を眺めた。
「パパスさまが剣をよく使われるのは存じておりますが、世継ぎの君がおひとりでお出かけとは」
「ひとりではない」
 機嫌よくパパスは言った。
「サンチョがついてきてくれる」
 サンチョは形だけは謙虚に頭を垂れた。
「身を挺して坊ちゃまをお守りいたします」
 ははは、とパパスは笑った。
「学業の仕上げとして国外に出してほしい、とずっと頼み込んでいたのだ。世界の秘密を見てまわりたいと思っている。天空城伝説に興味があってな。処女航海は北方へ出てみようと思うのだ」
 そう言うと、にやりとした。
「今日はちょうど潮と風のかげんがいい。船出を逃したくなくて、それでパーティを欠席してしまった。卿の声が聞こえた時、無断欠席を咎めに来られたかと思ったぞ」
 いえいえ、と貴族の男は言った。険しかった顔が、今は不思議とすっきりしていた。
「パパスさまは、器が大きい。妻を疑った自分の小ささが恥ずかしくなりました。城へ戻って探してみます。案外、どこかで休んでいるかもしれません」
 そう言うと、従者たちに手で合図をした。馬車を回すように命じたらしかった。
「今国外からちょうどグランバニアを訪ねておられる貴公子に、艶なうわさが絶えません。妻のこともそのついでに人の口の端にのぼっただけでしょう。お騒がせをいたしました」
 そう挨拶して戻っていった。
 ふむ、とパパスはつぶやいた。
「ラインハットの王子殿下のことかな。ダンスが得意で、愛想がよくて、女性に親切で、話題が豊富で、と城の者たちがさかんに言っていた」
 ふんっとサンチョは小鼻から息を吐きだした。
「ああ、あの女たらしのくせに偉そうな御仁ですか。ダンスが上手い?それが何だって言うんですか。毛色の変わった客人が来たもんでみなさん珍しがっているだけです。このサンチョに言わせてもらえるなら、パパスさまのほうがずーっと上等の部類ですよ」
「おまえは私に甘いな」
と笑いながらパパスは言った。
「エリオス殿と私は、まずそりが合わんだろう。世の中にはいろいろな人間がいる。それがわかっただけでもひとつ賢くなったというものさ」
「まったく、同じ第一王子だと言うのに。パパスさまが王になられる時に、あのお方がラインハットの王になられるのですな。やれやれです」
「まあそう言うな。さて、船長のところへ行ってくる。潮がよいようなら、いよいよ出港だ」

 ほとんど内海のような湖を船で進んでいく間は、天候は平穏だった。風も波も穏やかで、絵に描いたような処女航海だった。その日のうちに船は水路へ出て、翌日には河口から外海へ出た。
「いよいよだな!」
 若いパパスは、水平線を眺めながら楽しそうにそう言った。
「パパスさま」
 船長が、少しあわてたようすでやってきた。
「どうか船室へお入りください。よくない兆候がありますので」
「む、嵐か?」
 船長は、雲の垂れこめて来た空を見上げた。
「嵐も来そうですが、いやな客の気配もいたします」
 サンチョは咳払いをした。
「船長、もしや、モンスターで?」
 船長は真顔でうなずいた。
「この海域で天気が急変すると、よく出ましてね。パパスさまは船室へお入りください」
「モンスターが相手なら、私も戦うぞ」
「なりません。船の上では、私の言うことを守ってください」
 サンチョが口を開こうとしたとき、妙に生臭い空気があたりにたちこめた。
「来たか!」
 舵を操作していた水夫長があわてた声をあげた。
「船長、だめです。逃げきれません!」
 言いながら、達者な操縦で船をジグザグに走らせている。
 船尾方面から船を追いかけてくるものがあった。
「なんだあれは!浮いているのか?」
 パパスが声を上げた。
 暗くなった空と色濃い波を背景に、それは青光りしていた。骨だけになった体に青緑のマントと紫の上着をまとい、黒い海賊帽を被っている。帽子の下でひとつ残った眼が爛々と輝いていた。
「キャプテンクックだ!」
 水夫たちが悲鳴を上げた。
「速度を上げろ!何か捨てられるものはないか!船倉を見てこい!」
 水夫長がわめいた。
 いやな臭いの風が強くなった。波が高くなり、船は上下に大きく揺れた。
 呪詛のような濁った声でキャプテンクックが何か唱えた。海の上にまた、光がいくつも現れた。
「幽霊ですぞ、パパスさま!」
 サンチョは思わず上ずった声をあげた。
「いや、幽霊には違いないが、あれは、犬か?」
 人のように立って歩く畜生どもは狂犬の凶暴さを保ったまま、刃をこちらへむけていた。
 キャプテンクックの骨ばった手が船を指した。シードッグの群れが一斉に襲ってきた。
 パパスが抜刀した。
「許せ、船長!おまえたち、私が相手だ!」
 船尾に立ちはだかり、大声で叫んだ。
「よいか、サンチョ」
とパパスは言った。
「あれは幽霊と言うより、人形だ。気を確かにもて」
 キャプテンクックの身体はたしかに白骨というより、からくり人形に似ていた。幽霊の嫌いなサンチョは、少し気が軽くなった。
「ですがパパスさま、あやつ、あまり魔法が効かない部類かもしれません」
 襲ってきたシードッグを剣でいなし、パパスは敵を見据えた。
「かまわん!魔法が効かぬなら、剣で戦うまで」
 すでに降り出した雨は暴風に煽られて横殴りになっている。嵐雲にのってやってきたモンスターは、白い髭の顔をゆがめて笑った。
「わああっ」
 背後で水夫たちが声を上げた。
「船長、密航者です!」
「おまえ、何者だ!」
「なんだと?この忙しいときに!」
 サンチョは振り向いた。風雨を突いて、甲板を誰かが走ってくる。
「余の邪魔をするな!」
 聞き覚えのある、男の声だった。
 前では、パパスがしつこいシードッグに手を焼いていた。キャプテンクックを攻撃したいのに、わらわらと湧いたシードッグがさせてくれないのだった。
「えっ?エリオスさま?」
 後ろを見たり前を見たり、サンチョも船員たちもあわてまくっている。
「そこを退け!」
 密航者こと、ラインハットのエリオスは、サンチョを押しのけて前に出た。
「メダパニ!」
 凛とした声は嵐の中でもよく通った。
 シードッグの動きが止まった。とまどったようにきょろきょろすると、パパスをよそに同士討ちを始めた。
「君は!」
 パパスが目を丸くした。
「どうしてここに?」
「話はあとだ!今のうちに、親玉を!」
 言いながらエリオスは細身の剣を抜いて構えた。
「心得た!」
 パパスが大剣の柄を握りなおした。
「スクルト!」
 すかさずサンチョが魔法でパパスの守備を固めた。
 船尾の櫓の上へ駆け上がり、その勢いでパパスがひと太刀浴びせた。モンスターは目を怒らせ、長い刀を振り上げた。
「メラ!ルカナン!」
 エリオスの指から、立てつづけに魔法が放たれた。
「●◇▼×■◎!!」
 キャプテンクックがわめく。キャプテンの刀とパパスの剣が激しく切り結んだ。あまりの衝撃に、どくろの印をつけたキャプテンの黒い帽子が宙を舞った。
「坊ちゃまぁ!」
 サンチョは自分の槍を突きだした。キャプテンがぐらりと揺れた。パパスは相手の手から武器を弾きとばし、強く胸部を衝いた。キャプテンクックは仰向けに海上へ倒れ、そのまま水面下へぶくぶくと沈みこんだ。
 見ると、さきほどまでうるさかったシードッグも体を丸めて海へ還っていくところだった。
 嵐の雲が、頭上を去っていく。風はしだいに穏やかになってきた。船長以下、人々は呆然と海を見回した。
「なんと、キャプテンクックを退けるとは。めったにないことです」
 船長は安堵の笑みを浮かべていた。
「うまくいってよかった」
 パパスは納刀しながら顔をほころばせた。
「ラインハットのエリオス殿」
とパパスは言った。
「おっと、敬称を忘れるところだった。第一王子エリオス殿下」
 旅には不向きな、パーティ用のおしゃれな服を着たエリオスは、肩からほこりを払っていた。
「いかにも。余がエリオスである」
 船長はエリオスとパパスを見比べた。
「なぜ船倉においでだったのです?」
「え~と、良い船だったので見学していたら、うたた寝をしてしまったらしい」
「なんという」
 船長は片手を額に当てた。
「ここからグランバニアへは戻れませんぞ。水も燃料も食料も、旅に必要な分しか積んでいません」
 おお、とエリオスは言った。
「それで思い出した。誰か食事をもて。丸一日船倉に居て何も口にしていないのだ。腹が減った」
 水夫たちがざわめいた。
 サンチョは意地の悪い気分になった。
「船長、密航者は樽につめて海へ流すのが決まりじゃありませんか」
「いや、さすがにそれは」
 船長はためらった。
 パパスが声をかけた。
「さきほどシードッグをまとめて面倒見てくれたのは、貴殿だな」
とパパスは言った。
「少々魔法を使ったのみだ。わざわざ礼はよいぞ?」
 やれやれ、とパパスは首を振った。
「船長、彼の食糧については、私の分から裂いてもらえまいか」
「いやその、食糧なら多少の余裕はありますが」
 サンチョは眼を剥いた。
「坊ちゃま!まさか、この御仁を同道するおつもりですか!」
 サンチョはちょっとむかついていた。
「そりが合わないとおっしゃったのに」
 だが、さきほどの戦闘のときは息がぴったりだったとサンチョも認めざるを得ない。
「仕方あるまい。戻りもならず、樽流しも不穏当ならご一緒していただこう。ただし、この船での待遇に文句は言わせない。それでよいかな、殿下?」
「ふむ。よしとしよう」
 あくまで堂々とエリオスは言った。
 パパスは、足もとからキャプテンクックの黒い帽子を拾い上げた。
「ではまず、船室を決めなくてはならないな。荷物は?」
 エリオスは、パパスから海賊帽子を受け取った。
「余は何も持たぬ主義だ。が、これはよい土産になりそうだな」
 グランバニアのパパスと、ラインハットのエリオス。二人の王子が共に旅をすることになった、それが最初の出会いだった。

 ラインハット城の王室居住区で、贅沢な文房具を前に国王エリオスが手紙を書き綴っていた。
「……さぞかし研究に余念のないことと思うが、貴殿を見込んでぜひ相談したいことがあるのだ。当城へ立ち寄りを願えぬだろうか。余のせがれは二人いるのだが」
 そこまで書いてエリオスは、ふと顔を上げた。古びた黒い海賊帽子が陳列ケースに収められていた。
「……いや、久しぶりに会って昔話がしたい。相談の委細はそのおりに。貴殿に会えるのを、楽しみにしている」
 青春の一時期を共にした友人の顔を思い浮かべながら、エリオスはかるく微笑んでいた。

旅へのいざない

 ルドマン邸一階の食堂は、朝の光を窓からいっぱいに取り入れて、眩しいほどに明るかった。
「おはよう、デボラ」
 ルドマン家の長女デボラは、長テーブルの一端に座ってメイドの運んできたコーヒーカップを手に取ったところだった。
「おはよう。あら、あんたの友達はどうしたの」
 作日からこのルドマン邸の別荘に、グランバニアの国王とラインハットの宰相が滞在している。夕べもサラボナの大商人たちを招いてパーティを開いたばかりだった。今朝は館の厨房から別荘へ二人分の朝食が届いているはずだった。
「ヘンリーは、今朝ちょっと具合が悪くなってしまって」
と、ルークが答えた。
「風邪?」
「筋肉痛だと思う」
とルークは答えた。
「ヘンリーったら、お国の危機を救うためにいきなり旅に飛び出してしまったんだ。あちこち飛び回って危機回避のめどがたったものだから、どっと安心して、そのまま倒れちゃったみたい」
「あんたの魔法でなんとかならないの?」
「ベホマしといたから痛みは退いたはずだけど、体力は戻ってない」
 そして、おそるおそる言い始めた。
「そのう、ぼくとヘンリーは、どこか目立たない宿で養生できないかな?」
 ふうん、とデボラはルークを上から下までじっくり観察した。
「ほんとのことを言いなさい」
「ヘンリーの強がりが、限界」
 デボラは頬杖をついた。
「商売の話をしにくる商人の、相手ができないくらいに?」
 うん、とルークは首を動かした。
「情けないわね」
「ダメかな?」
 コーヒーを一口飲んで、デボラは静かに受け皿に載せた。
「下町に宿の手配をしておくわ。たしかアンディに何か造らせているんでしょ?それができ上がるまで、宿に居るといい」
 ぱっとルークの顔が明るくなった。
「ありがとう!デボラは優しいね!」
 つん、とデボラは顔を背けた。
「一国のトップが、情けない姿を人に見せたくないって気持ちはわからないじゃないわ」
「デボラもそうだものね」
「生意気言うんじゃないの、小魚が!」
 ルークの長身がいきなり近寄った。あわてて見上げると、ルークはデボラの前ですっと膝を折り、デボラの手を取った。
「恩に着ます」
 そう言って、手の甲に唇を触れた。

 ルドマン家の別荘は、庭の池の中の小島に建っている。その扉を開けると大きなベッドが見えた。
「うう……」
 ベッドの上でうめいているのはヘンリーだった。
「大丈夫かい?デボラに頼んで、静かな養生先を見つけてもらうことになったよ」
「ああ、たすかる」
とヘンリーが言った。
 傍によると、ヘンリーがシャツ一枚のかっこうで、うつぶせになっているのが見えた。
「今までムリさせちゃったんだね。ごめんよ」
 青年時代の大半を旅人として過ごして来たルークと歩調を合わせるのは、ほとんど城暮らしだったヘンリーにはかなりの負担だったはず。ルークは真剣に後悔していた。
 ヘンリーは頭をなんとか動かしてこちらを見た。
「バカ。謝るなよ。冗談抜きで、自分が無理をしていると思ってなかったんだ」
とヘンリーは言った。
「体力不足だ。くそっ、わかってはいたんだ」
 顔をしかめてうなる姿に、見覚えがあるとルークは思った。
「覚えてるかい?ヘンリーは昔も同じこと言ったよ?あれは、ぼくらが海辺の修道院を出てはじめてフィールドに出たときだ」
 ヘンリーは下唇をつきだしてブーイングして見せた。
「あの時は久しぶりに靴を履いて、靴擦れをおこしたんだ。なにせ、奴隷は裸足だからな」
「栄養も不足してたんだよ。最初は昼間のうちのほんの数時間しか、フィールドを歩けなかった」
「そうだな。体を慣らして、ようやくオラクルベリーまで行かれるようになった。旅ってたいへんだ、と実感したぜ」
「たしかにね。楽がしたかったら、旅なんて、しないほうがいい」
 答えはなかった。
「でも、ぼくはちょっと楽しい」
とルークは言った。
「今話したことって、ぼくらの共通の思い出だよね。そういうもの、体験とか思い出とかを分かち合うのって、すごく嬉しいよ」
 ヘンリーはゆっくり起き上がり、組んだ手のひらを枕にして足を組み、仰向けに寝転んだ。
「思い出の共有か」
 うん、とルークは言った。
「特に旅をすると、見たこともない絶景やめずらしい食べ物、誰かに話したいようなできごとに、たくさん触れることができるんだ。旅は、『楽』じゃない。でも、『楽しい』ものだと思うよ」
 ヘンリーは天井を眺めてしばらく黙っていた。
「ルーク?」
「何?」
「宿に移る前に、行きたいところがあるんだが」

 山の上から地底までを一気に貫く大瀑布だった。滝壺は遙か下方の地底湖にあり、轟轟と凄まじい音をあげていた。
 そこは、船でしか通れない入り口を入って少しいったところである。流れ落ちる滝の手前の細い道の上に立ち、ヘンリーはその飛沫を浴びていた。
「これほどとは」
 彼の視線は上空へ向かっていた。水源はルラフェンに近い山の頂上の湖だとルークは知っているが、初めてこの滝の洞窟へ来た時、あまりの壮大さに声も出なかったことを思い出していた。
「凄いな」
「すごいよね」
 並んで立っていても、顔をくっつけるようにしないと声が聞こえない。似たような会話をビアンカと交わした覚えがあった。
 ヘンリーがつぶやいた。
「“地面の下の、地底湖に流れ落ちる滝や、女王の治める砂漠の城や、不思議な民の住む隠された村を”見せてくれるって」
 ルークは思わず友だちの横顔を見た。
 ヘンリーは視線を合わせた。
「昔も昔、俺がガキだったころ、ある日やってきたヒゲの戦士が俺にそう約束したんだ。いい子でいたら、旅に連れて行ってやる、って。世界のいろいろな不思議を見せてくれるって」
 ルークには、覚えがあった。
「父さんの、最後の約束だね」
 静かにヘンリーはうなずいた。
「俺は、おまえに呼ばれてテルパドールヘ行った。おまえといっしょにエルヘブンも訪ねた」
 ヘンリーの指が、巨大な滝を指さした。
「そしてこれが地底湖の滝だ。夢が、かなったぜ」
 満ち足りた微笑みを浮かべて彼は振り返った。
「俺の夢がかなった瞬間を、おまえと分かち合えたな。ありがとうよ」
 望まない王位争いに投げ込まれ、異母弟を溺愛する継母と無頓着な父親に、いや理不尽な世界まるごとに対して果敢に反抗していた小さな王子の夢は、大きな白い翼を広げて自由に飛び立つことだった。
「それで、ここへ」
 連れてきてくれ、と頼んだのか、彼は。そう思ったら、なんだか熱い気持ちが喉までこみあげてきて、ルークはたまらなくなった。
「ぼくこそ、ぼくのほうこそ、父さんの約束を果たせた。ありがとう、君とここへ来れて、ぼくは!」
 がばっと両手をあげて背中から友達を抱きしめた。
「よせよ、こら。重いぞ」
 笑いながらヘンリーが言った。
「さあ、滝壺まで行ってみようぜ。俺は初めて来たんだ」
「うん……うん!」
「鼻水つけんな。今夜はルラフェン泊りだろ?時間はたっぷりあるからな」
 彼に見せよう。上空の光に揺れ、神秘の青に染まる地底の湖を。そしてその思い出を肴に、ルラフェンの宿で大いに食べ、語り、笑い合おう。
「楽しみだな!」
 にっと笑ってそう言うヘンリーとこの旅の醍醐味を、ずっと忘れないでいようとルークは思った。

旅の記念に

 その家に近寄ると、木の香りがした。
「こんにちは!マルコおじさん、いますか?」
 元気な声を張り上げて、アイルが呼んだ。
 両開きの扉がぐいと開き、髪も髭も真っ白な老人が顔を出した。
「おや、お城の坊ちゃんと姫さんじゃないか」
 アイルとカイ、グランバニアのアイトヘル王子とカイリファ王女は、嬉しそうな笑顔になった。
「ぼくたち、おつかいできました。はい、今年の」
 そう言って、双子はそれぞれに大きな籠を差し出した。
 マルコおじさんと呼ばれた男は、後ろに向かって手を叩いた。
「おい、みんな!お城から染料が届いたぞ!」
 木の香りの家の奥から人々がやってきた。
「ありがたい。こいつを待ってたんだ」
「わざわざ下からチゾットまで持ってきてくれたんだなあ、れっきとした王子さまと姫さまが」
「いや、勇者さまとそのお仲間が」
 少年勇者アイルの活躍と魔王討伐の話は、ここ、チゾットにも知れ渡っているようだった。
 アイルとカイはにこにこしていた。
「まあ、座んな。そっちは友だちかい?」
「うん!コリンズ君」
 ぺこんとコリンズは頭を下げた。
「そんなとこにいないで、こっちへ来てお座り。さあさあ、うちの婆さん自慢の焼き菓子をどうぞ。今あったかいお茶をいれるからな」
 コリンズはアイルに耳打ちした。
「いいのか?」
 ラインハットに比べてグランバニアでは市民と王家の距離が近いと感じることがコリンズには多い。
「大丈夫だよ」
「お菓子、美味しいわよ?」
 双子にそう言われて、実はへとへとのコリンズもお茶を御馳走になることにした。
 その前の日に、グランバニアの双子とコリンズはチゾットの村目指してグランバニアの城下町を出発した。目的はこのチゾットの村で工房を開いているマルコ氏に、王室からの下賜品として外国産の染料を届けることだった。
 例年は王家の使いが兵士の一隊を引き連れて届けに行くのだが、今年は双子が行きたいと言いだして聞き入れられた。
「コリンズ君もいっしょに。いいでしょう、お母さん!」
 ルークの留守を預かるビアンカ王妃は、ややためらったが、いいと言った。
「コリンズ君も、ここに籠っているより少し外を歩いた方がいいわ」
 ラインハットで起こった災厄のために、現在コリンズはグランバニアに居候をしている。くよくよするより身体を動かせ、というアドバイスは、ある意味あたっていた。
「チゾット周辺はモンスターもそれほど強くないし、うちの子たちといっしょだしね」
「はい」
とコリンズは答えた。
 そして、グランバニア城の城門を出て城の背後にある山に足を踏み入れてまもなく、思いっきり後悔した。
――頭じゃわかってたんだけどなあ。
 アイルとカイは世界中、それどころか魔界まで踏破した冒険者なのだ。それにくらべて自分は、ラインハット城でずっとぬくぬくしていた。今のこの体力の違いは単純にその過ごし方の違いだった。
「……おまえら、早すぎ」
 足がガクガクしている。荷物は、双子と比べてずっと軽いのにもかかわらず、チゾットへの山道でついていくことができなかった。もちろんモンスターが出たときは、コリンズは何の役にも立たなかった。
 山の途中で野宿して、翌朝双子とコリンズはようやくチゾットの村へたどり着いた。
「わーい」
 チゾットへ着いたとたん、アイルはなんと吊り橋の上を駆けだした。
「ゆ、ゆらすなよっ!」
 あわててコリンズは縄でできた手すりにつかまったが、アイルは嬉しそうに走っていく。服の隠しから、カチカチと音がした。
「ごめんね、コリンズ君」
とカイが言って、手を差し伸べてくれた。
「この前来た時、お兄ちゃんたらチゾットの仲良しといっしょにおはじきをして遊んで、それがすごく楽しかったらしいの」
 コリンズはちょっとためらったが、カイの手をつかんでようやく吊り橋の上に立てた。
「あのカチカチは、石のおはじきが触れ合う音だと思うわ」
「そうなんだ……」
 カイは、にこ、と笑顔をつくった。
「行きましょう。親方のマルコさんのところまでは、あとひと息よ」
 マルコ氏はチゾットで木工細工の工房を主催する職人で、弟子を大勢抱える親方だという。
 あらためてコリンズは、工房の内部を見回した。四方の壁に打った釘に細工用の道具がずらりと掛けられていた。ものさし、カンナ、のこぎり、トンカチ、やすり。すべて多種多様な形をしていて、例えばのこぎり等は、大は小舟の櫂ほどもあり、小はひとさし指ほどしかなかった。
 工房そのものはかなり広く、作業台が三つ置いてある。その上に作業途中の細工物がいろいろ乗っていた。
 双子とコリンズがいるのは工房で一番大きい作業台だった。マルコ夫人が焼きたてのお菓子を大皿に盛り上げて、テーブル代わりに作業台の上に出してくれた。アーモンドのいい香りがした。
「たんとおあがりなさい」
 大皿は木製で、鮮やかな黄色に黒い縁取りのある赤や白の模様をおおらかに描き入れてある。
「このお皿、マルコおじさんのとこで造ったのだと思うわ」
とカイが言った。
「私たちが持ってきた染料は、この綺麗な色をつけるのに使うのよ」
 ふとコリンズは気付いた。
「チゾットってさ、グランバニア領じゃないよな」
「ええ。でも、グランバニアにとってチゾットは大事なの。陸路からグランバニアへ至る道は必ずチゾットを通るから」
とグランバニアの王女は説明した。
「だからずっと援助してる、そういうこと?」
「そうね。チゾットは生活必需品をグランバニアに頼り、グランバニアはチゾットに交通の便を頼っているわ」
「ラインハットにとってのオラクルベリーみたいなもんか」
 おいしいクッキーと甘いお茶、好きな女の子の隣に座って自分にもわかる話をすること。コリンズは、ひそかに疲れが取れていくのを感じていた。
「マルコおじさん、あの、ミカルいますか?」
とアイルが言った。
「うちの孫のミカルかね?ああ、いるよ。今呼んでやろう」
にこにことマルコは言った。
「ミカルってね、前にチゾットへ来た時、友達になったんだ」
嬉しそうにアイルは言った。
「忙しいかな。一緒に遊べるといいな」
アイルは作業台の上に、大事に持ってきたおはじきを並べた。よく見ると平たい石で、不器用だが染料を塗ってあることがわかった。
「この間ミカルがくれたんだ」
「へえ」
 当代の勇者にしてれっきとした王子様の宝物にしちゃあ庶民的だなとコリンズは思った。もっとも、天空の武具と並んでスライムの抜け殻だのでかいカブトムシだのもアイルの宝物だということをコリンズは知っている。
「天空の剣とおはじきが同列だもんな」
「両方きれいだもん」
 無邪気に笑うアイルの顔を眺めて、コリンズは苦笑した。
 そのとき、奥から10歳くらいの少年がひょいと顔をのぞかせた。
「じいちゃ……親方、何か用?」
 ぱっとアイルは立ち上がって手を振った。
「ミカル!ひさしぶり!遊びに来たよ!」
 ミカルは、相手が誰だか悟ると、なぜか固まった。
「おはじき持ってきたんだ!」
「ば、ばかっ、おまえ、勇者のくせに」
 なぜかミカルは赤くなった。
「俺、忙しいんだ、第一、おはじきなんかできるか、子供っぽくて」
 ミカル、と親方が声をかけたが、ミカルは奥へ戻ろうとした。
「ごめん、いきなり来て」
とアイルは言った。
「そっか、ミカルはマルコさんのお仕事継ぐんだよね。今日、仕事終わったら遊べる?」
 だが、ミカルは背中を見せたままだった。
「忙しいって言っただろ!王子様ほどヒマじゃないんだよ!」
 そう言い捨ててミカルは姿を消した。
「ミカル!」
 マルコ親方は怒鳴ったが、すぐに眉を八の字に下げておろおろしはじめた。
「孫が失礼なことを言って申し訳ない、お城の坊ちゃん」
 アイルは、のろのろと持ってきたおはじきをしまっていた。
「ううん、突然来たぼくがよくなかった。マルコさん、ぼくがごめんって言ってたって、ミカルに伝えてもらえますか」
「そりゃあ、もちろん」
 なんとか笑顔を造ってアイルはあいさつした。
「ぼくら、宿へ戻ります。それじゃ」
 カイとコリンズもあわてて立ち上がった。
「お邪魔しました」
 そう言って、アイルについて工房を後にした。

 チゾットの家屋は不思議な構造をしている。家を建てられる平地が極端に少ないため、家の上に家を建て、坂道は下から上まで利用する。そして、ウッドデッキを広く張り出して平地の代わりにしていた。
 ウッドデッキの手すりをつかんで、アイルは深い谷間を見下ろしていた。
「よう」
 父のヘンリーの言い方をできるだけ真似て、コリンズは言ってみた。アイルは、コリンズとは逆の方を向いた。そのために、かえって泣いていたんだとわかってしまった。
「叔父上が俺に言ってたよ。“孤独に慣れておきなさい”って。“国王は、その国で一番孤独な人間なのだから”って」
「でも、お父さんは」
 アイルの言うお父さんとは、現グランバニア王ルークのことだった。
「ルークさまは、特別な人だから」
 モンスターすら心を預ける不思議な瞳の持ち主。
「……うん。そうだね」
 すっとカイが、双子の兄に寄り添った。何も言わずに背中を撫でた。アイルも逆らわずに、されるままになっていた。
“好きで王子に生まれたわけじゃない”、“勇者は遊んじゃダメなのかよ”、“友だちだと思ってたのに”。自分が同情していること、代わりにミカルに言ってやりたいことを思いついたが、口を開こうとして、コリンズはためらった。
――くっそ!
 コリンズはその場で踵を返し、先ほどの工房へ走って戻った。
「すいません、マルコ親方!お願いがあるんですがっ」

 何か軽いものが木製のデッキにあたる音がする。カイは頭を上げてあたりを見回した。
「お~い」
 コリンズだった。
「それ、なあに?」
 彼は不思議なものを持っていた。おそらく木の板を細く薄く削り、それを曲げて丸くしたものらしい。自分の身長の半分以上の直径を持つ木の輪を、細い棒で器用に転がしてコリンズはやってきた。
「輪回しって、呼んでるよ、ラインハットじゃ」
 アイルは振り返って、目を丸くした。
「これ、できるかっ?」
 木の輪には手を触れず、細い棒だけで転がす。その場でくるくると輪を回転させる。
 カイは、コリンズの考えを悟った。
「おもしろそう。私にもやらせて?」
「ほらっ」
 なんと、もうひとつ別の輪をコリンズは用意してきた。最初の輪は紫色だと思ったのだが、止まると赤と青のシマ模様だった。二つ目の輪は、黄色と青だった。
「回してみな、色が変わるぞ?」
「やってみるわ!」
 棒を使って輪を転がした。思ったとおり、きれいな緑色に見えた。
「お、やるじゃん」
 コリンズが、大きめの声で褒めてくれた。
 アイルも、コリンズのやっていることに気が付いたようだった。
「ぼくも、ぼくも!」
 こっそりぬぐった涙はもう見えない。コリンズは、赤と青の輪をアイルに渡した。
「コツがあるんだ。ほら、最初ここでやってみろよ。少し坂だから、コツをのみこむのにちょうどいいから」
「うん!」
“元気出せよ”、“俺がいっしょに遊んでやるから”、“おまえを一人ぼっちになんかしない”。そんな言葉を口にするのは、コリンズは相変わらず苦手らしい。でも行動で、全身で、コリンズはそう告げて、可能な限りアイルを慰めてくれていた。
 やったぁ!できたよっ、と歓声をあげてカイたちは輪回しを楽しんだ。その声を聞いて、チゾットの子供たちが見にやってきた。
 カイの思ったとおり、ミカルより幼い。双子と同じくらいの年齢の子供たちは、チゾットではもう徒弟修業を始める年齢を越えているのだ。修行に入ったということは、大人の入り口に立ったに等しい。ミカルもその一人だった。
「それ、なんですか?」
 興味津々とチゾットの子が尋ねた。
「輪回し。これ、今オラクルベリーで流行ってるんだ!」
 得意満面でコリンズは言った。
「やってみる?」
 カイが輪回しの輪を貸してあげると、その子は嬉しそうな顔になった。
「次、俺!」
「あたしも!」
 輪回しをしたい子どもが次々と増える。いつのまにかウッドデッキの上はにぎやかな声でいっぱいになっていた。
 その騒ぎは、日が暮れかけてようやく終わった。カイたちはチゾットで一軒だけの宿屋に泊ることになっていた。
「楽しかったね!」
 アイルは、アイルらしい笑顔で笑った。
「うん!」
 カイもそう答えた。
「ありがとう、コリンズ君」
 コリンズは、一度赤くなり、咳払いをした。
「俺も楽しかったぜ」
 あのさ、とアイルは言い出した。
「ぼくら、約束しようよ。ぼくたち三人の誰かが寂しいとか、ひとりぼっちとかって感じたら、他の二人が助けるんだ」
コリンズは目を丸くした。
「できんのか、そんなこと」
「できるわ。できたじゃない?」
とカイは言った。
「誰も孤独にしない、そういうことよね」
 そういうこと、とアイルも言ってうなずいた。
「それじゃあさ」
 どこかもじもじとコリンズは言った。
「俺、思いついたことあるんだけど」

 チゾットで一軒だけの宿で一泊したあと、双子とコリンズは再度マルコ親方の工房を訪れた。
 ただし、今度はアトリエではなく、アトリエで制作した品物を実際に販売している店舗の方へ行った。
「おや、坊ちゃん方、昨日は……」
 店の主は、親方の妻、昨日焼き菓子でもてなしてくれた老婦人だった。
「昨日はごちそうさまでした」
 コリンズの言葉で、それ以上は言わないで、という意味を、老婦人は汲んでくれた。
「あの、コリンズ君は、外国から来たんです」
とカイは説明した。
「それで、何かチゾットの記念になるようなものがあるといいなと思って」
 店主の老婦人は穏やかな笑顔になった。
「あらまあ、お土産ならいろいろとございますよ」
 店は窓が大きく、明るくて広々していた。店内には展示用の棚がいくつもあり、さまざまな木製の品物が置いてあった。
 子供たちは歓声をあげた。
「全部きれい」
 展示されているのはワゴンや椅子、ローテーブルといった家具から、スパイスラック、パンケース、食器、スプーンのようなキッチンの小物、トレイや中に鏡を入れた木の枠、ペン立て、文鎮、手箱のような手回り品、はては積み木、組み合わせて動物の形にするパズルのような玩具等々、驚くほどの種類があった。
 塗りはほぼ原色で、赤、白、青、黄色、緑、黒など。その上に黒い太い縁取りのあるおおらかな模様がついている。
 デザインはシンプルだが、そこに置いてあるだけでぱっと華やかになるような不思議な魅力を持つ小物ばかりだった。
 子供たちは、わくわくしながら店を見てまわった。さんざん目移りしたあげく、店主に相談した。
「三人でおそろいになるようなものって、ありますか」
「そうですねえ、お若い方にはおそろいのカップやカトラリーが人気ですが、お子さんなら文房具かおもちゃはいかがかしら」
 カイがふとつぶやいた。
「これ、かわいい」
 ガラスごしの日光を浴びて、それは白い清潔な布の上に置かれていた。ひものついた平たいタグなのだが、鳥が飛ぶ形をしていた。
「それなら三人でおそろいになりますねえ。そのひもでタグを鞄に結んでおくと自分の持ち物だと言う目印になるんですよ」
「いいじゃん。これにしようぜ」
とコリンズが言った。
「うん。チゾットらしいし」
とアイルが答えた。
 アイルが選んだのは鮮やかな黄色の鳥で、羽をあらわす楔型が黒い線でいくつか描いてある。鳥の首の所に青い紐がついていた。
 カイは赤い楔型をつけた白い鳥で赤い紐つき、コリンズは白い紐のついた緑の鳥を選んだ。
「えへへ」
 色違い同デザインの鳥型タグを手にして、三人は笑顔を交わし合った。
 昨日コリンズが提案したのは、三人で交わした約束の印におそろいのお土産を買おう、ということだった。
「宿へ戻ってかばんにつけようよ」
 言いながら店を出ようとして、アイルは立ち止まった。
「ミカル」
 叱られたのか、しょぼんとしたようすのミカルが立っていた。
「俺さ」
とミカルは言った。
「じいちゃんに、“俺はもう大人なんだ!”って言ったら、“大人なら、大人の付き合いをしてこい”って言われた」
 ごめん、とミカルは頭を下げた。
「せっかく来てくれたのに、ごめんな」
「ううん、予定も聞かずに来たぼくのほうが、ごめん。今度来るときはその前に連絡するよ」
 アイルは片手を差し出した。
「今日はこのあと、グランバニアへ帰るんだ。でも、また今度来たら遊ぼう」
 ミカルはその手を握った。
「待ってるぞ。今、紫の色をきれいに出せるように研究してるんだ。うまくできたら、おまえに何か作ってやるよ」
 紫は、グランバニアの紋章色だった。
 えへ、とアイルは笑った。
「仕事、頑張ってね」
 ああ、とミカルは答えた。
 じゃあね、と声をかけて双子とコリンズは店を出た。
「仲直り、できた!」
「よかったな」
とコリンズは言った。
「よしっ、おこづかい、まだあるよね。お城へ帰る前に、通りのお店でアイスクリーム食べよう!」
 アイルが言いだした。
「やった!俺、ナッツ乗せてもらうんだ」
「あたし、イチゴ!」
 外に出ると、チゾットの山々や深い谷間、晴れた空や高みを舞う鳥が目に飛びこんできた。
 旅って、いい。双子と一緒に小走りになりながら、コリンズはそう思った。