DQ5系小品集 

このページはヘンリーの短いお話を再録したものです。当サイト以外で書いたもの等が中心です。2022年2月、ヘンリー以外をメインとしたお話も収録したので、タイトルを「ヘンリー小品集」から「DQ5系小品集」へ変更しました。

双星エメラルドグリーン

 厳冬期のラインハットはよく雪に見舞われていた。グランバニアほどつもることはないのだが、それでも人々は家の中に閉じこもりがちだった。秋の間盛んな狩猟も影を潜め、社交は役者を呼んでの観劇や音楽、ダンスがメインである。
 そんな時期に毎年人気の行事があった。
 まず気の合う人々が集まって、お互いに景品を持ち寄る。持ってきた者がみんなに謎かけをだす。一番先に正解した者が景品をもらうことができる。
 おかげで冬の間、ラインハットでは庶民から王侯まで、みんなして謎かけ謎解きの腕を磨くことになった。
「さて、次はルーク様ですね」
穏やかに微笑んでデール王が言った。
 博識な王は、謎かけと謎解きの名手でもある。ダンスパーティはあまりやらないラインハット城でも、この罪のない謎かけ会はよく行われた。その夜のゲストは、友邦グランバニアの国王夫妻だった。
 グランバニア王ルークは、自分の護衛の兵士にうなずいてみせた。兵士は紫のビロードのクッションに何か載せて持ってきた。
「絹のハンカチです」
とルークは言った。
「うち……グランバニアふうの刺繍をしたので、なかなかきれいでしょう」
グランバニアの刺繍は色糸を何種類も使って、写実的な花や小鳥を縫い取るものだった。
「僕はなぞなぞはあまり上手ではないけど、解いた人にこれを差し上げます」
 オラクルベリー大公妃マリアは思わずためいきをついた。
「まあ、どうやったらこんなにきれいになるのでしょう」
ルークはマリアに笑いかけた。
「マリアならきっと謎が解けるから。あとでよく見てみるといいよ」
マリアはちょっと赤面した。
「わたし、そんなに機転がきくほうではないですもの」
ふん!と隣でヘンリーが鼻息を吹き出した。
「大丈夫。おれが取ってやる」
 謎かけに関してはデール王が第一人者だが、その対抗馬がヘンリーだった。
「さあ、なんでも解いてやる。言ってみろ」
「君にわかるかな?」
珍しくいたずらっぽく笑ってルークが言った。
「いつでもいっしょの緑色の二つの星、とてもよくお似合い。それはなあに?」
「緑の星……緑の星……」
ヘンリーは考え込んだ。
「天空の剣と天空の兜でどうだ?飾りの部分が緑だぞ?」
「盾と鎧はどこいったの?残念、ちがうよ」
そうね、とビアンカが言った。
「デール様とヘンリーさんでどうかしら。王家の兄弟で二つの星」
デールはちょっと笑った。
「星、とお名指しはうれしいですが、私はどちらかというと水色でしょうね」
頭髪のことだった。
「ほかには、誰かわかる人いますか?」
マリアは小さく息を吸い込んだ。
「あの……」

 身を切るような冷気の中、奴隷たちが列を作って歩かされていた。
「ぐずぐずするな!」
猪頭の怪物が槍の穂先で奴隷たちを脅した。血のにじむ足をひきずり、奴隷の群が岩屋へ吸い込まれていく。垢と髭に覆われた顔をうつむけ、死んだような目を半ば閉じて。ぎらぎらする槍先が脅していなければ、その場に座り込んで動けないほどの疲労が彼らの肩につもっていた。
 今夜もろくに食事は与えられないだろう。これだけの人数に、薄い汁とバケツいっぱいの穀物がいいところだった。すき腹をかかえ、寒さに身を縮め、石の床にむしろをひいただけの寝床で眠りをむさぼる、今から次の仕事が始まるまでの時間が奴隷にとってつかの間の休息だった。
 列の最後は少年奴隷だった。彼は腕にむしろの材料になるわら束を抱えていた。
「おい、それはなんだ」
「監督さんが、持って行けって」
聞き取りにくい声でぼそぼそと少年は答えた。
 猪頭の兵士はうさんくさそうに鼻を鳴らした。列が止まった。薄汚いぼさぼさの髪が黒ずんだ顔を縁取っている。少年は、ほかの奴隷と同じように無感動にただ突っ立っていた。その顔には、どうせ殴られるんだというあきらめが漂っていた。
「おい、まだか!」
別の兵士が声をかけた。兵士たちも、奴隷を岩屋へ護送した後でやっと食事にありつけるのだ。
 猪頭はちょっと肩をすくめた。このガキを殴るより、暖かい部屋と酒の方が大事だった。
「通れ!」
面倒くさそうにそう言って、少年を乱暴にこづいた。奴隷少年はのろのろと岩屋へ入っていった。その後ろで扉が閉ざされた。
 兵士たちは知らなかったが、真っ暗なはずの岩屋の奥、雪に反射する月明かりをうまく明かり取りにした場所があった。
「ヘンリー、こっち、こっち」
奴隷の少年は、見違えるようにきびきびした足取りでそこへ向かった。
「みんな、メシ持ってきたぞっ」
押し殺した声でそうささやいた。
 待ちかまえた奴隷たちが集まってきた。
「本日の戦利品だ」
ヘンリーは別人のような生き生きした表情で抱えていたわら束をその場へ広げた。ほどいた束の中から、二斤大のパンの固まりや干し肉がいくつも出てきた。
「冷や冷やしたぜ」
「よく通れたな」
「ありがてぇ!」
「みんな、待って」
と横からルークが言った。
「病人と年寄りが先だよ」
「大丈夫、量はある。でも、余分にとったりすんなよ?」
二人はせっせと食べ物を配り始めた。
「はい、マリアの分だ」
つい先日奴隷の身に落とされ、泣き暮らしていたマリアの手に、ヘンリーがパンを押し込んだ。
「あ、あの」
「食べないとお祈りもできないからなっ」
おずおずとマリアは顔を上げた。ヘンリーの顔がのぞきこんだ。月明かりが彼の目に映りこみ、それは明るく輝いていた。

 マリアは小さく息を吸い込んだ。
「私、わかると思います」
「すげぇ。なぞなぞ解けたの?」
とヘンリーが言った。
「あなたにはわかりませんでしたか?」
不思議な気がしてマリアはそう言った。
「面目ないけどな」
ふふふ、とルークは笑った。
「本人にはわからないと思うよ」
あの場所には、鏡などなかったのだから。マリアはうなずいた。
「いつもいっしょの二つの緑の星は、ヘンリーの眼です。そうでしょう?」
奴隷監督や兵士たちにはけして見せないが、苦境に陥れば陥るほど輝きを増す、美しいエメラルドグリーンの双星。
ルークはうなずいた。デールにもビアンカにもわからないほほえみを浮かべ、絹のハンカチをマリアに差し出した。
「正解!」

了(2012年冬) 

余裕なあの方(抜粋)

 若き王国宰相は、ろうそくの灯りの下で大判の羊皮紙をにらんで考え込んでいた。
「ちっ、ここはこれ以上削れねえか」
片手の五指でもう片方の腕をリズミカルにたたきながら口の中でぶつぶつつぶやいていた。
「ヘンリー様、まだやるんですかぁ?」
ヘンリーの私設秘書はあくびまじりにそう言った。
「もう真夜中ですよ」
「うっせえな。さっきひらめいたんだよ。この間から悩んでいた予算をひねり出すにはいいチャンスだ。横でがたがた言うんじゃない」
 宰相が先ほどからにらみつけていたのは予算案だった。ラインハットの運営は摂政太后時代と比べると、ヘンリーが宰相になってからこっち多少安定していた。が、試してみたい政策は多く、予算は常に不足していた。
 ふわああ、とまた秘書のネビルがあくびをもらした。
「明日だっていいじゃないですか、なんでまた」
ヘンリーは振り向いた。
「だからひらめいたからだって言ったろ?おまえじゃまだ。ここは俺一人でいいから、さっさと寝ろ」
負けじとネビルが言い返した。
「いいんですか?ほんとに部屋へ帰っちゃいますよ?」
宰相の私設秘書は、宰相の執務室の奥に寝泊まりのできる部屋を持っている。少し前にネビルはそこへ寝酒を抱えて引っ込もうとしたのだが、そのときに一度自分の居住区へ帰ったはずのヘンリーが乱入してきた。自分のデスクの天板からインク壺やブックエンドなどを取り払って大判の羊皮紙を広げ、ぶつぶつ独り言をいいながら考え始めたのだった。
「いいんですか、ねえ?」
 とっとと戻れ、とヘンリーが言い掛けたときだった。闇の中から白い手が現れた。
 ひくっとヘンリーののどが鳴った。
 白い手は鋭利なナイフを握り、ヘンリーの首筋にぴたりとつけていたのだった。
「うわっ、ヘンリー様、そ、それっ」
ネビルはばたばたするだけしかできなかった。
「宰相閣下」
闇から現れた男は黒い上下を身につけ、祭りのマスクで顔の上半分を隠していた。彼は低い声でつぶやいた。
「いっしょにおいでいただきましょう」
ふん、とヘンリーはつぶやいた。
「ここで殺るんじゃないのか?」
ナイフの先端が首筋をわずかにかすった。
「それだけでは腹の収まらぬ方がおいでですので」
わははっとヘンリーは笑った。
「正直な暗殺者だな」
「手を挙げていただきます。何もさわらないでください」
ヘンリーは武器を持っていないしるしに両手をあげた。
「おまえ、料金は前払いをしてもらってるか?クレメンスのじいさまは金に困ってるからたぶん踏み倒すぞ」
「雇い主については、お話しできません」
ヘンリーは片方の眉を上げた。
「堅いこと言うなよ」
「もちろん寝返りもできません」
「おう、ふられちまった」
くい、とナイフの先端が動いた。
「余裕のある口振りですが、時間稼ぎはお断りしますよ。秘書殿には、しばらくこの部屋から出ないようにしてもらいます」
暗殺者はネビルに向かってそう言った。
「兵士に話したらこの方はその場で死にます」
う、とネビルはつぶやいた。
 くっくっとヘンリーは笑った。
「そいつには逆効果だ、そりゃ」
「あ、その」
「大丈夫、俺は鬼上司の自覚はあるぞ」
「ならば先に口を閉じるまで」
暗殺者はネビルに向き直った。ネビルは、その場にへたりこんだまま手をもみ絞った。
「言いません、誰にも言いませんから、お助け!」
「静かに」
と暗殺者は言った。
「いいでしょう。命が惜しかったら、私たちの姿が見えなくなってから1000数えるまで動かないでください」
「はい~」
ネビル、とヘンリーが言った。
「すぐに戻るから、留守を頼むぞ」
まるで散歩にでも行くような口振りだった。
「部屋はきれいにしておいてくれ。ああ、そっちの書類の角を揃えてくれ、その花瓶は指三本ほど左へ寄せて、それから壁の額が曲がっている」
ネビルはべそをかきながら、言われたとおりに動き出した。
「時間稼ぎはごめんだと言ったはず」
「そうカリカリするな。ネビル、それでいい。おとなしくしてな」
「は、はい」
「じゃ、行こうか?」
むしろ機嫌よくヘンリーは言った。

 マスクの男はヘンリーに上着とケープをつけるように言って城内へ連れ出した。
「手はおろしてけっこう。静かに歩いてください。警備の兵士の注意を引くようなことがあれば、命はないと思ってください」
深夜のラインハット城は静かだった。一定の間隔で当直の兵士が二人一組で巡回している。その彼らが従僕なしで城内を歩いている宰相を見つけた。
「宰相様、どちらへ?」
「秘書殿は」
ヘンリーの斜め後ろから上着越しに暗殺者の剣がつきつけられた。
「置いてきた。ちょっと見逃してくれ。これから人に会うんだ」
落ち着いてヘンリーはそう言った。兵士たちはヘンリーの背後にいるのがマスクをつけた見知らぬ人物なのを見て、警戒をゆるめなかった。
「失礼ですがそちらの方は?お見逸れして申し訳ないが」
ヘンリーはにやっと笑い、人差し指を唇の前にたてた。
「訳ありなんだ。ああ、マリアには言わないでくれよ?」
歴代ラインハット王と王族はにぎやかな恋愛関係で有名だった。そういうことか、と兵士たちは納得した。
「これはこれは」
「どうか火遊びもほどほどに」
「野暮は言うなって」
さっと手を振ってヘンリーは歩き出した。
「おい、どこへ行くんだ」
あわてたのは暗殺者だった。ヘンリーは兵士たちとすれ違うと、城の出入り口と反対方面へ向かったのだった。
「止めたいならいっそ刺せよ」
「本当にやるぞ」
「兵士の注意を引きたいのか?」
くっと暗殺者はつぶやいた。
「次の角で止まれ。兵士をやり過ごしてもう一度正門へ」
角を曲がったあと、ヘンリーは素直に立ち止まった。細かい唐草文様の壁紙の廊下だった。壁の窪みには台を置いて、花を盛った花瓶が置いてある。窪みと窪みの間には一枚づつ絵画が掛けてあった。ヘンリーが立ち止まったのは、ラインハット城を水面に映す湖を描いた大きな風景画の下だった。
「無理無理」
「ふざけるな」
「むりだって。俺は今から消えるからさ」
とつぜん湖の絵がはねあがった。暗殺者の手がとっさにヘンリーのケープをつかんだ。絵の後ろの空洞へヘンリーは飛び込んだ。一瞬で絵は元の位置に納まり、暗殺者は呆然として立ち尽くした。
「どうした!」
黒服にマスクの男たちが廊下の奥からやってきた。
「……逃げられた」
「まさか!」
暗殺者は首を振った。
「聞いたことがある。この城はからくりだらけだと。たぶん執務室で何か細工をするとからくりが作動するようになっていたのだろう」
花瓶は指三本ほど左へ寄せて、それから壁の額を……剣をつきつけられてもヘンリーが余裕たっぷりだった理由をやっと暗殺者は理解した。
「くそっ」
と暗殺者はつぶやいた。
「まだ負けと決まった訳じゃない。探せ!」
真夜中の王城内で、狩りが始まった。

 それは悪夢のようだった。マスクの男たちは、狩りをしているつもりで狩られていることをようやく理解した。
 ヘンリーが身につけていたもの、羽根飾りのついた帽子や贅沢な上着などを彼らは目立つところに見つけた。たとえば回廊の曲がり角にぽつんと落ちていて窓からの月光を浴びていたりする。それを確認するためにおそるおそる近づくと、廊下の暗がりからいきなり細い鎖が飛んできて喉へ巻き付くのだ。声も出せずにマスクの男はもがく。やがて呼吸が停まり、動かなくなった体は、そろそろと闇へひきずりこまれた。
「おい、みんないるか?」
リーダーは時々そうやって確かめるのだが、そのたびに一人づつマスクの侵入者たちは数を減らしていた。
 最初に宰相室へ忍び込んだ暗殺者は、今や焦りと恐怖で冷や汗にまみれていた。成功を請け負って十名以上の人数で忍び込んだチームは、二人ほどになっていた。とにかくあの仕掛けを止めたい。そう思って彼は宰相の執務室へ入りこんだ。数少ない生き残りの一人、サブリーダーが廊下から声をかけた。
「ちょっと来てください、これは」
「今いく。一人で行動するな!」
そう言って外へ出たとき、もう誰もいなかった。サブリーダーも取られた、そう悟ったリーダーの男は脱出を選択した。ぞくぞくと背筋を震わせながらなんとか中庭へ出た。
「うっ」
中庭を囲む回廊の窓の下に仲間たちの体が並んでいた。一番端に転がっているのはついさきほどまでそばにいたサブリーダーだった。
「くそっ」
あわてて周りを見回した。誰もいない。だが、暗がりから誰かが見ている。そんな気がしてたまらなかった。
 いきなりヘンリーの声がして、黒服の男は飛び上がった。
「どうしたんだ?動けよ」
男はあわてて背後を振りむいたが、誰もいなかった。
「何おたおたしてんだよ、ったく。無様なやつ」
ひゅん、ひゅん、と暗がりから音が聞こえた。鎖が空中で回っているのだ、と彼は悟った。音は移動した。真後ろ、斜め横、正面。
「くそっ、動いたら襲う気だろう」
「さてねえ。どうするかな」
くっくっと笑う声が続いた。男はぞっとした。鎖の音が増えた。前と後ろ、二か所で回っている。
「おい、待ってくれ」
「待つって、なにをだ?」
鎖の音が近づいてきた。ひぃっと喉を鳴らして男はその場にしゃがみこんだ。剣を持っての接近戦なら慣れているが、文字通りの闇打ちは怖くてたまらなかった。
「許してくれ、言う!誰に雇われたかしゃべるから・・・・・・」
わははっと笑い声が響いた。
「ジュスト!」
ヘンリーの声が呼んだ。
「城の兵士長に、人数揃えて来るように言ってくれ。侵入者を逮捕した、と」
それまで黙って見ていた従僕のジュストは、はい、と答えて中庭から城内へ引き返した。

 帽子だの上着だのを囮としてあちこちに置いてきてしまったので、今のヘンリーはシャツとズボンだけだった。手にはさきほどから神技を連発していた細い鎖を持っていた。くるくると指で巻き取って、これから収納するところなのだろう。
「もっと早く警備側に教えていただかなくては困ります」
いちおうジュストは、悪童のような宰相にくぎを刺した。
「勘弁しろよ、さっさと引き渡したら留飲がさがらないじゃないか」
「まったく、そんな理由でこんな危険なことを」
武器もなしに鎖だけで十対一という闘いだったのである。
「危険じゃないさ。抜け道だの隠れ家だの、子供のころからラインハット城を知り尽くしてるんだから」
余裕、余裕と悪童宰相は主張した。
「おもしろかっただろ?」
こともなげに言うその表情。確かに侵入者の一団に陽動をしかけたり、最後に中庭で鎖の回る音をたてたのはジュストだが、戦闘はやっていない。本当に彼は楽しそうだった。

未完(2014年四月) 

出張申請書

 ラインハット城の執務室には、天井まであるガラス窓から夏の日差しが入り、風が繰り返しカーテンをゆすっていた。
 執務室の奥にあるなデスクの前に一人の貴公子が座り、羽ペンにインクをつけて目の前の羊皮紙にさらさらと書きこんでいた。
 口元にかすかな微笑みが浮かんでいる。
「“国王デール殿”、と」
と書きながら彼はつぶやいた。
「“このたび下記のとおりに出張いたしますので、ここにお届けいたします。なお出張経費は別添の出張経費見積書をご参照ください”」
くくくく、と忍び笑いがもれた。
「ヘンリーさま?」
秘書がけげんそうな顔をした。
「なんでもねえよ。あっちいってろ」
そう言うと出張申請書を書き続けた。
「“出張先、『ドラゴンクエストライバルズエース』。出張期間、2020年8月より相当期間。同行者”は、ええと」
片手に持ったメモをちらりと見た。
「“引率は商人トルネコ殿、同行、サマルトリアの王子殿下他多数”。出発と帰社予定は」
書類の項目を埋めていく顔が、明らかに浮き浮きしていた。
「“出張目的、バトル及びヒーローのサポート”。こんなもんかな」
 大きな文鎮で書類をデスクの天板に固定すると、ヘンリーはさっと立ち上がった。
「ヘンリーさま、どちらへ」
すでに扉をくぐりながら、ヘンリーは背後に向かって片手をあげた。
「ちょっとでかけてくる」
 その背中に、誰かが声をかけた。
「お出かけになるのですか?」
くるりとヘンリーは振り向いた。
「マリア!」
ヘンリーは恋女房の手を取ると、指の先端にキスを落とした。
「出張してくる。みやげを期待しててくれ」
はい、とマリアはうなずいた。
「気をつけて行っていらっしゃいませ」
「ありがとな」
きゅっとマリアを抱きしめ、名残惜しそうに髪の匂いをかぐと、ゆっくり手を放した。そのまま踵を返そうとして、あ、とつぶやいた。
「忘れものだ!」
そう言うとオフィスへ取って返し、ペンを取って書類に何か書きこんだ。
「じゃ行ってくる」
もう一度妻に笑顔を向け、たったっと歩き出した。
 マリアはその背を見送り、ふと執務室へ入った。デスクの上には、ヘンリーが残した出張申請書がある。その一番下に、“忘れもの”があった。
「“連絡事項、相棒が来たら、先に行ったって伝えてくれ!”」

了(2020年8月ゲーム「ドラゴンクエストライバルズ」にカード「ヘンリー」の実装を受けて)

夕涼み

 ラインハットは世界の北方にある。冷涼な気候だが、八月の訪れとともに気温はぐいぐい上り、その日は朝から太陽が熱く照り付けていた。
 ラインハット城を取り巻く濠に陽光が反射している。人々は仕事の合間に、濠を泳ぐ水鳥をうらやましそうに眺めていた。
「ヘンリーさま!」
王国宰相の秘書が主を探す声が響いた。この城は中庭を取り巻く形になっている。暑い中庭から眺めると薄暗く涼しい影になった回廊を、秘書や役人たちが右往左往していた。
 中庭の井戸のそばから、少年が一人回廊へ声をかけた。
「ネビルか?どうしたんだ?」
ネビルは宰相の秘書だった。
「ヘンリーさまのお姿がどこにも見当たらないのです。コリンズさまにはお心当たりがありませんか」
その少年、ラインハット王子コリンズは首を振った。
「知らないって。俺、中庭で乗馬の稽古してたんだから」
「どこへおいでになったのやら。明日は大事な会議ですのに」
秘書はイラついていた。
「議題はもう決まってんだろ?資料できてんだろ?」
いちいち秘書はうなずいた。コリンズの父、王国宰相ヘンリーは、ある意味心配性な性格で、イベントの前の準備は完璧に行うのが常だった。おそらく根回しもすべて終わっていて、明日のヘンリーは議長席にふんぞりかえって議事を進めることだろう。
「父上いなくたっていいじゃん」
「そうは行きません!宰相がどこへ行ったかわからないなど、秘書の私の面目が立ちません!」
コリンズは肩をすくめた。
「それじゃあ、母上に聞きな。絶対知ってるから」
ネビルは顔を輝かせた。
「それもそうですな!みんな、マリア奥さまのところへ行くぞ!」
城の役人や宰相付き従僕たちを引き連れてネビルは二階への階段へ突進していった。
「そっちじゃないと思うぜ?」
ネビルたちは、たぶん城の最上階にあるヘンリー一家の住まいへ突撃しているのだろう。コリンズは一度肩をすくめ、城の厨房へ向かった。この時間なら、城の女主人であるマリアは、城の運営に必要な物資の在庫を調べているはずだった。
「母上、いる?」
 厨房では城の料理女が指揮して、ディナーの下ごしらえをやっているところだった。
「おや、コリンズさま。いえ、マリア奥さまはいらっしゃいませんよ」
「あれ、俺がまちがったか。ネビルが父上を探してるんだ。母上なら知ってるって思って」
ベテラン料理女のメルダは、鍋をのぞきこむふりをしてくすくす笑っていた。
「メルダ!なんか知ってるよな?」
メルダはヘンリーが小さい時からかわいがっていたので、ヘンリーそっくりのコリンズもメルダのお気に入りだった。
「メルダは何にも存じませんよ」
と、歌うようにメルダは言った。
「さあ、焼きたてのクッキーをさしあげますからね。夕ご飯までいい子にしてらしてくださいね」
見回すと、城の厨房の料理人たちはみな、含み笑いをしていた。
「なんだよ、あいつら」
ちゃっかりクッキーを受け取って、一枚かじりながらコリンズは厨房を出た。ナッツ入りでバターたっぷりの薄焼きクッキーは、父のヘンリーの好物だった。
 厨房のすぐ外にある階段を上がっていくと、人だかりがしていた。そのあたりは叔父のデールの病室だった。人だかりは侍女や女官で、どうやらデールの母、アデル太后が見舞いに来たらしかった。
「おばあさま」
太后が振り向いた。
「コリンズかえ?おいで」
太后の傍らにデールもいた。
「コリンズ、乗馬の練習をしていたのでしょう」
叔父は窓から見下ろしていたのだとコリンズは悟った。
「うん。けっこう上手になったよ。ねえ、叔父上、父上がどこにいるか知らない?」
デールの視線がふんわり流れた。
「さて、兄上なら仕事中ではないかしら」
「あ~、叔父上、知ってるよね」
ちらっと見ると、太后もレースの扇で、にやにやしている口元を覆っていた。
「おばあさまも!」
血はつながっていないのだが、孫の特権でコリンズは太后にくっついて甘えた。
「ねえ、おばあさま、こっそり教えてよ!」
たまらずに太后が笑いだした。
「しかたあるまいの。コリンズや、ひとつ手がかりを授けるゆえ、それで堪忍してたもれ」
「うん、なに、なに?!」
「暑い日に野良猫が町から消えるのはなぜか、存知おるかえ?」
「涼しいところに隠れちゃうから?」
ほほほ、と老いた貴婦人は笑った。コリンズはピンと来た。
「そっか。俺、行ってみる」
そう言って飛び出した。

 ラインハット城の回廊部分屋上はそのまま歩哨の兵士が歩く通路になっている。城の四隅にある円塔はその通路から中へ入れるようになっていた。
 西北の隅にある円塔は内壁に沿って幅の狭い階段がらせん状に配置されている。一段ずつ上がっていくと、上の方から聞き覚えのある声がした。
「やっぱりここが一番涼しいな!」
「そうですね。景色もすてきです」
階段の最後の段から、コリンズはそっと頭だけ持ちあげた。父のヘンリーが母のマリアと、円塔の最上階でくつろいでいた。
 最上階は柱を立てまわしてその上に屋根を乗せた構造になっている。柱の間から風が吹き抜ける。屋根の下は涼しい日陰で、ヘンリーは帽子もケープも上着まで脱ぎ捨てて寝そべっていた。
 マリアも軽快な姿で……大公の妃の位を示すファー付きの重厚な胴着を取って薄地の絹のブラウス姿、重いオーバースカートを外して軽いレースのスカートだけで……柱の一つにもたれて座っていた。
 柱の一つの前に脱ぎ捨てた衣服の山ができている。そのそばにバタークッキーのカゴと、真鍮の水差しがひとつと、なぜか猫が一匹。
「襟を開けてみたら?」
マリアはちょっと赤くなった。
「そんな、恥ずかしいです」
「誰も来ないからさ。ほら」
 ヘンリーは起き上がり、マリアのブラウスの襟もとを少し広げた。
 片手で水差しを引き寄せ、中から濡れた手巾を取りだし、片手で絞る。コリンズのいるところまで華やかな香りが漂ってきた。オレンジだ、とコリンズは思った。
「いい匂い」
「さっき汲み上げた冷たい井戸水に、オレンジのスライスをたくさん沈めたんだ」
そうささやき、金髪を優しく束ね、オレンジ水に浸した手巾でマリアの首からあごをぬぐった。
 風が濡れた部分から熱を奪い取っていく。マリアは微笑んだ。
「まあ、涼しい」
「な?」
――なにいちゃついてんだよ、父上
コリンズは階段から目だけ出してそのようすを眺めていた。もうちょっと身を乗り出そうとしたとき、目の前に何かいることに気付いた。
「フシャーッッッ!」
野良ネコが背を丸めて、コリンズを威嚇していた。コリンズは腕で頭をかばった。
「あっち行けよ、バレるだろうが!」
「コリンズ!」
あわてて身を縮めたが、遅かった。顔を上げると、ヘンリーが野良猫を抱え上げているのが見えた。
「マリア、こいつ、やっと来たぞ」
ふふふ、とマリアは笑った。
「いらっしゃい。遅かったのね、コリンズ?」
あっけにとられてコリンズは両親の顔を見比べた。
「なんだよ……隠れてたんじゃないの?」
「涼んでただけだ。クッキー食うか?メルダのお得意だ」
 コリンズは階段からはいだして、母に並んで柱にもたれた。
「つまり、父上は仕事早く終わらせて、メルダに好きなクッキー焼いてもらって、母上誘ってここで涼んでたんだな?」
「まあな」
 コリンズは腕を組んだ。
「勝手なことすんなよ!この塔の上は、俺の見つけた隠れ家なんだぞ?」
「はあ?おまえの隠れ家?証拠あんのか?」
「あるさ!父上のいる柱の下んとこ見てみなよ。『こりんず』って彫ってあるから」
ふむふむ、とヘンリーは柱を確かめた。
「じゃ、おまえのいる柱の下を見ろ」
あわてて柱を見ると、釘でひっかいたような幼い字で『へんり』という文字が彫り付けられていた。
 ヘンリーはにやにやした。
「俺が先だぜ~」
「くっそう!」
一世代の年齢差のある二人の悪ガキの言い合いをマリアは笑って眺めていた。
「コリンズ、父上ったらね、『あいつ、いつ気付くかな』って、すごくわくわくして待ってらしたの」
「え、ほんと?」
 ぷい、とヘンリーは腕を組んで顔を背けた。
「あ~、まあな」
「なんだよ、もう」
気勢をそがれてコリンズはその場に座り込んだ。
「まあいいや。今日んところは、縄張り争いはナシだ」
「おう。クッキーで手打ちにしてやるぜ」
 うふふ、と片手を口元に添えてマリアが笑った。
「あら、日が暮れてきましたわ」
円塔の柱の間からラインハットの空が見えた。いつのまにか日が傾いている。ラインハット西方の山の向こうが赤みを帯びていた。
 まもなく豪華な夕焼け空が見えるだろう。ラインハット一家の三人は、だんだん涼しくなってきた風に吹かれながら、黙って空を見上げていた。

了(2020年8月10日twitter上のイベント「ラインハットの日」のために)

夏祭り

 ラインハットでは盛夏の頃に、ある祭が行われる。この国の初代王が戦いの前に湖の精霊に祈りをささげ、精霊から祝福を受けたことを感謝するための「湖の精霊祭」だった。
 湖に面した桟橋には、ひときわ華麗な御座船が出番を待っている。祭の夜、国王を乗せて湖の中央へ漕ぎだし、王は船から花輪を湖に投げ落とすことになっていた。
 花輪の儀式の後には、貴族たちを城に招いてもてなすのが恒例だった。城での饗応について太后アデルの意見を聞くために、その日マリアはコリンズを連れて太后の離宮を訪れていた。
 祭の準備をするざわめきや浮き浮きとした気配が町から城中まで伝わってくる。ひと通り話を終えた後、侍女のセイラの入れたお茶を一口飲んで、太后アデルはためいきをついた。
「祭が近づくと、町の暮らしが恋しくなるのう」
 アデルは、先王エリオスと結婚する前は、一介の町娘だった。
「さようでございますね」
 アデルと同年配でやはり町方出身のセイラがそう言った。
「マリア奥さまはご存知ありませんか、湖のお祭では広場にたくさん屋台が出て、おいしいものや甘いものを売っているのですよ。若い娘たちは着飾って友だち同士でお祭に遊びに行くのが、年に一度の楽しみでございました」
「まあ」
 光の教団の内部で育ち、修道院で暮らしていたマリアには、聞くだけでもうっとりするような華やかさだった。
「俺、知ってる!」
 コリンズだった。
「一回、こっそり前夜祭を見に行ったんだ。いい匂いがして、お菓子とか焼きソーセージとか、いっぱい売ってたよ」
 この年にして脱走常習犯のコリンズは胸を張ってそう言った。珍しく微笑んでアデルが言った。
「ジャムを乗せたワッフルはあったかえ?」
「あった!おばあさま、知ってるんだね?屋台の人が鉄板の蓋を開けるともあ~って湯気が上がって、ワッフルが焼き上がるんだ。でもお小遣いを持っていかなかったから、食べられなかった」
 アデルはふふ、と笑った。
「祭の屋台の前に並んで買うと、焼きたてが手に入る。今思い出しても美味であったよ」
 王妃時代は獰猛とさえ評された太后は、思い出に浸る時は柔らかな表情をしていた。

 雨続きで人々をやきもきさせていた天気は、精霊祭の前日に奇跡的に回復した。
「今夜は前夜祭だ!」
 城の前の広場は日没と同時にたくさんの灯火で輝き、屋台が次々に店を開いた。人が大勢集まって来ると楽師たちがにぎやかな音楽を始め、その前にはたちまちダンスの輪ができた。
「蜂蜜酒はいかが?」
「タルトができたよう!」
「名物のソーセージグリルはこちら!」
「焼きリンゴ、おいしい焼きリンゴ!」
 どの屋台も盛大に呼びこみをかけ、わざといい香りをたてて客の気を引いていた。
 町の人々は誰もかれも祭のためにめかしこんで、興奮したり笑ったりして楽しんでいる。ときどき妙に身なりのいい者もいて、貴族の若者たちも群衆に混じっているようだった。
 ふくよかな中年女が、かまどの上に置いた鉄板の蓋を開いた。いい香りと共に湯気が立ちのぼった。
「お前さん、焼けたよっ」
 鉄板には格子状のもようがついているが、取りだしたワッフルにも同じもようがついていた。女はワッフルを次々と台の上に並べ、またすぐにワッフル生地を鉄板へながしこみ、蓋をしめて焼き始めた。
 お前さんと呼ばれたのは、ワッフル作りの女の亭主らしい小太りの男だった。
「女房のワッフルは天下一品だ。そのままでもうまいが、今日はイチゴのジャムか濃厚ハチミツを無料でのせるよっ」
 ワッフル売りの夫婦の屋台の前には、甘い香りにつられて行列ができていた。
「まいどあり!お次のお客さん、いくつさしあげましょう?」
 次の客は、まだ子供だった。襟を紐でしめる簡単なチュニックとズボンに木靴で、下町の職人の子のような身なりだった。
「六つおくれ」
 子供は木の皿を差し出した。そばかすだらけの顔はよく見ればかわいい部類かもしれないが、いかにもいたずら小僧という雰囲気の悪ガキだった。
「ジャムのせるかい?」
「ええと、三つはイチゴ、あとはハチミツがいいや」
「よーし、待ってな」
 ワッフル売りはできたてのワッフルを木の皿に盛りあげた。
「十二ゴールドになります」
 男の子は首からからかけた巾着を開けた。
「えっ」
とこどもはつぶやいた。
「値切りはカンベンしてよ、坊や。ウチもぎりぎりなんでね」
 子供はおずおずと巾着を持ちあげた。今度はワッフル売りの方がえっと言った。巾着の底は、切り裂かれていた。
「ありゃりゃ、巾着切りが出たか」
 ワッフルを焼いていた中年女は気の毒そうな顔になった。
「かわいそうにねえ。祭のときは、よく出るんだよ」
「あの~」
とためらいながら子供が言った。
「あとで絶対お代を払いに来るから、それ、もらえねえ?」
 いやいやいや、と夫婦は声をそろえた。
「うちは現金払いの掛け取りなし。おあしがなけりゃ無理だね」
「熱々が値打ちだってのに、まいった、どうしよう」

 明日の夜に精霊祭を控え、ラインハット城は一日中ざわついていた。警備の兵士、儀典係、衣装係、厨房等々、あちこちの部署で準備の仕上げをしている。しかし日が暮れると次第に終わり、城は静かになってきた。
「失礼いたします」
 ヘンリー大公とマリア妃は、準備の一段落のあとは私室に居た。そこへ女官が緊張した顔でやってきた。
「コリンズ様付きの従僕殿がおいでです。コリンズ様のことで、大事なご報告があるとか」
 夫妻は、はっと互いに顔を見合わせた。
「あいつ、脱けたな?」
とヘンリーがつぶやいた。

 コリンズは困りきっていた。前夜祭のために小銭を持ってお城から抜け出したのだが、まさかすりにあうとは。
 今のコリンズは、城の厩で働く夫婦者の息子から借りた服を着た、一文無しの小僧にすぎない。つい、誰か助けてくれないかと周りを見回したが、前夜祭の興奮のほかは、都会らしい冷たさがあるだけだった。
「何やってんだ、こっちは順番待ちなんだよ」
「買うのかい、買わないのかい?」
 野次が飛んで、コリンズは身を縮めた。後ろの方で騒ぐ声がした。しかもどんどん大きくなってきた。
「おい、割り込みはやめろ!」
「ちょっと通してくれ」
と誰かが言った。コリンズはその声を聞いて振り向いた。
 職人らしい男がそこにいた。庶民のありふれた服、チュニックとズボンという姿だが、肩から大きな道具入れを斜めに下げている。そこから小型の木槌と曲尺、ノミがのぞいていた。
「あいつ、石工か?」
と野次馬が言った。その職人は棟梁というほどの貫録ではないが、一人前の石工のようだった。頭には白い布を巻き、その下に緑の髪が見えていた。
「うちのせがれが、何か?」
 コリンズは驚いてまじまじと相手を見つめた。
「坊やの父ちゃんかい?」
 ほっとしたような声でワッフル売りの男が言った。
「坊ちゃん、巾着切りにあったみたいでね。お代は十二ゴールドなんだけど、おあしがないんでさ」
 石工、のかっこうをしたヘンリーは、笑顔になった。
「こまけえのなら、俺が持ってる。お代はこれで」
 気取りのない口調でそう言うと服の隠しからゴールド金貨を取りだして、ワッフル売りに手渡し、焼きたてワッフルの木皿を受け取った。
「あ、あの」
 ほらよ、とコリンズに皿をよこし、ヘンリーは職人口調で話しかけた。
「小遣いすられるなんて、運が悪かったな。まあ、いい勉強だ。さ、母ちゃんとこへ帰るぞ」
 そのまますたすたと広場を歩き出した。コリンズはあわてて追いかけた。
「ははう……母ちゃんも来てんの?!」
 まわりの人々は祭に浮かれているが、誰かが聞いている可能性があった。コリンズはとっさに言いなおした。
「おまえが勝手に飛び出すから、手分けして探したんだ」
 ちっとコリンズはつぶやいた。
「ワッフル買ったらすぐ帰るつもりだったのにな」
「それ、土産なのか?」
「うん……」
 コリンズはちょっと考えてから呼び方を変えた。
「おばあちゃんと叔父貴とセイラと、父ちゃんと母ちゃんとおれの分で六つ」
 広場は祭もたけなわで、陽気な音楽や大道芸、屋台の呼び込みでたいそう騒がしい。その喧噪を突いて、名前を呼ばれた。
「コリンズ!」
 その夜二度目の驚きに、コリンズは目を瞠った。
 ありふれたスカートと胴着、エプロンをつけ、頭には町の女たちがよく被っている頭巾をのせた若い女が小走りにやってきた。
「は……母ちゃん」
 職人の女房姿のマリアは、腰をかがめてきゅっとコリンズを抱きしめた。
「心配したのよ?」
「ごめんよ」
 あのさ、とヘンリーが声をかけた。
「こいつ、思った通りワッフル売りの屋台のとこにいたよ」
 マリアは立ち上がった。
「まあ、それじゃやっぱり」
 ヘンリーは、白い手ぬぐいの下の額を指でかいた。
「おばあさま孝行じゃ、あまり叱るわけにもいかねえしな」
「そうですね」
 親子三人のまわりを人々が行きかっている。どこかの酔っ払いが浮かれて声をかけた。
「若奥さん、可愛いなあ!祭の夜くらい、遊ばない?」
 とたんにヘンリーが反応した。
「んだと、こら」
「やんのか!」
 酔っ払いの連れがあわてて止めに入った。
「やめろよ、あっちは家族連れだぞ」
 マリアも夫の腕に手をかけた。
「落ち着いて、ヘ……お前さん」
 くるりとヘンリーが振り向いた。
「もう一回、言って?」
 マリアは赤くなった。町の女なら妻が夫を呼ぶのに“お前さん”で何の不思議もないのだが、呼び慣れていないせいでどうにもぎこちなかった。
「おっ、新婚さんか?」
 通りすがりの客たちが、興味津々と眺めていた。
「若奥さん赤くなってもじもじしてら。くそっ、いいなあ」
「可愛い声で消え入りそうに言うのがたまらん!」
 マリアは顔を上げていられなくて、うつむいた。
「お、おまえさん」
 先ほどケンカごしだった酔っ払いは、もう連れが向こうの方へひっぱっていってしまった。
「ケンカなんて、やめてね」
「しねえよ。それより」
 マリアに見惚れていたヘンリーが、こほんと咳払いをして言った。
「お祭り、見ていかないか?」
「いいのっ!?」
 思わずコリンズは、顔を上げた。
「俺も昔、子供の頃にお祭りが見たくて城を脱走したんだ。でもすぐに連れ戻されちゃって、雰囲気しかわからなかった」
 まあ、とマリアが言った。
「私も、初めてです」
 くすっとマリアは笑った。
「ワッフルは買いなおせばいいですよね、少し冷めてしまったし」
 思いがけない成り行きにコリンズはわくわくしてきた。
「俺、あっちの屋台の焼き菓子食べたい!それと、向こうで輪投げやってた」
「行ってみよーぜ。マリア、向こうで音楽やってるから、広場でダンスしないか?それから三人でリンゴジュースで乾杯するんだ」
 コリンズに負けず劣らず興奮しているヘンリーが、早口でそう言った。うれしそうにマリアが寄り添った。
「父ちゃん、母ちゃん、早く行こう!」
 ワハハっと声を上げてヘンリーが笑った。
「大丈夫、祭の夜は、逃げやしねえよ」
 さっ、行こうぜ、と育ち過ぎた悪童が誘った。とても楽しい夏祭りの始まりだった。

了(2021年8月10日twitter上のイベント「ラインハットの日」のために)

空色の髪の乙女

★2022年2月22日、このSSのためにすてきなFAをいただきました。⇒フローラとアベル

 広野にそびえたつ大樹は、そのままで小さな村だった。地面の代わりにウッドデッキを樹木の周囲に巡らせて、その上に建物が作られていた。
「ごめんください。こちらはネッドの宿屋さんですか」
 シェルトはそう声をかけて、一番大きな建物の中に入った。
「いらっしゃいませ。お泊りですか?」
 人のよさそうな男がそう尋ねた。宿屋の主のようだった。
「いや、私はサラボナのルドマンの使いできました。こちらにフローラさんと、ご主人のアベル氏がお泊りではないですか」
 宿屋の女将らしい中年女が声をかけた。
「あの新婚さんだね。今朝、お発ちになりましたよ」
「しまった、出遅れましたか」
 シェルトは肩から担いだ荷をゆすりあげた。
「こいつをフローラさんにお渡しすることになってましてね。追いかけてみます。ありがとうございました」
 主人と女将は目を丸くした。
「これは宝箱じゃないか。大荷物だねえ」
「お使いさん、たぶん追い付けるよ。あの新婚さんはグランバニアへ行くって言ってたから、渓谷を抜けて山の洞窟へ入るルートだろう。でも若奥様が暗いところは苦手だと言ってなさったから、まだ洞窟へ入っていないかもしれないよ?」
 シェルトはくすっと笑った。
「ああ、やっぱりね。フローラお嬢さんは前からそうなんですよ。そういうところへ入らなければいけないときは、いつもお姉さんのデボラお嬢さんが手を引いてました。サラボナの者たちはみんな、フローラさんがダンジョンへもぐるなんて大丈夫かって言ってまして」
 うんうん、と宿の主人が言った。
「だよねえ。他人事ながら、守ってあげたくなるような可愛い若奥様だったな。まあ、行ってごらんなさい」
 にこにこしている主人と女将に別れを告げて、シェルトは再び歩き出した。
 シェルトはサラボナの町で働く傭兵だった。その前は子だくさんの一家の長男で、早くから商店の手伝いなどをやって家計の足しにしていた。
 フローラとデボラ、サラボナの“王女”二人のことは、だから昔から知っている。これだけ環境が違いすぎると嫉妬すら感じない。フローラは、はるか高みに咲く可憐な花だった。
 その花を手に入れたのは、旅の若者だった。サラボナじゅうが驚愕したのだが、ルドマン氏は花婿を高く評価しているらしく、若夫婦のために盛大な結婚式をあげてやっていた。
「けど、あのフローラさんを旅に連れ出すなんて」
 風にもあてぬように育てたかよわいお嬢さんに、モンスターでいっぱいの世間を歩けとは。町の大半と同じく、シェルトは義憤すら感じていた。
「このあたりかな?」
 目前に巨大な山脈がある。山頂に降った雪は雪解け水となって岩肌からしみだし、山岳の前に清らかな渓谷を作っていた。
 シェルトは池の中の岩々をつなぐ簡単な木の橋を渡って山へ近づいた。つづら折りの道を上っていくと、道は緑の草原に変わった。
 目指すものを見つけてシェルトは足を早めた。幌馬車が停まっている。その前に旅人がいて、馬から馬具をはずし、手入れをしてやっていた。
「すみません!」
 旅人が顔を上げた。紫のターバンとマントに黒髪の男で、まちがいなくフローラの夫、アベルだった。
 彼はけげんそうな顔をしていた。
「サラボナのルドマンの使いの者です」
 そう名乗ると、アベルは目を見開き、ひとつうなずいた。この男がひどく無口だということは、シェルトも聞いて知っていた。
「ルドマン氏からフローラお嬢様へ、水の羽衣をお届けに来ました。フローラさんはどちらにいらっしゃいますか?」
「あ……」
とつぶやいて、アベルは視線をあたりにさまよわせた。
「お留守で?」
 うなずこうとして、アベルは動きを止めた。ふいに顔を上げた。つられてシェルトも背後を見上げ、そして息を呑んだ。
「アベルさん!」
 フローラだった。小道の向こう、丘の上から、飛ぶようにフローラが駆け下りてきた。
 空色の長い髪が、風の中にふわりと広がる。
 乙女は胸に、チゾットリンドウの白い花を大量に抱えていた。
 高山植物の花畑のなかを、翼があるのかと思うほど軽やかに、フローラは走ってくる。
 たぶん、シェルトのことは目に入っていない。ひたすらにアベルだけを見つめていた。
「アベルさん、アベルさん」
 夫の名を呼ぶだけなのに、その声には天空へ抜けるほどの煌めきがあった。
 飛び込んできたフローラを、アベルはたくましい腕でしっかりと抱きとめた。興奮のあまりフローラは早口になっていた。
「アベルさん、見てください、お花がこんなにたくさん!私、押し花にします。そして暗くて怖いところへ行ったら、このお花を胸にあてておくのです。そうすれば大丈夫。怖くありません」
 アベルはただ、新妻の輝くような笑顔に見入っていた。
「だから私もいっしょにダンジョンへ入ります。私、だいじょうぶです」
 アベルはあらためて腕をフローラの肩に回し、花束ごと抱きしめた。
「ありがとう。いとしい、強いひと」
 無骨な男が赤くなって、やっとそうつぶやいた。ほほを薔薇色に染めてフローラは夫の肩先に顔を埋めた。
 サラボナに帰ったら、ルドマン氏に聞かれるだろう、フローラはどんなようすだった?と。ルドマン夫人、デボラ、お屋敷の人々、町の人たち、同僚や知り合い、みなフローラを大切に思い、案じているのだから。
 シェルトはもう答えを決めていた。
 フローラさんは大丈夫。
 空色の髪の乙女は恋をしている。彼女は今、無敵だった。

了(2022年2月6日twitter上のイベント「フローラの日」のために:すぎやまこういち先生の「亜麻色の髪の乙女」リスペクトです。)

王兄殿下の秘密の楽しみ

twitterに投稿した原稿にちょっと書き足しました。8/10 とんぼ

 岩壁にもたれて目を閉じていたヘンリーが身じろぎした。
「目、さめた?」
 ラインハットのヘンリーは、ラリホーの眠りから浮上しようとしていた。
「なんで俺、こんなとこにいるんだ……」
 まだ眠そうな声でヘンリーが尋ねた。
「ぼくが君を、夜中にお城のベッドから拉致ってきたから」
 おい、と彼は言った。
「いったいなんでそんなことに、っていうか、ここ、どこだ?」
「すぐわかるよ」
「じゃあ、先に事情を話せ」
「事情?覚えてないの?ぼくが猫カフェに入りびたりだったとき、君ったらずいぶん非難してくれただろ?」
 それは、つい最近の不思議な冒険の話だった。マスタードラゴンの依頼によって、ルークは数百年後の未来へ冒険にでかけていた。
「当たり前だ」
とヘンリーが答えた。
「やることが他にあったのに、毛玉どもと遊んで時間を忘れるなんてもってのほかだ!」
「ふーん、これを見てもそんなこと言えるかな?」
 ようやく目が開いたらしく、ヘンリーはあたりを見回した。
「これって何だ?」
 うっふっふ、とルークは思わず笑った。
「ここはぼくが見つけた天然洞窟。今灯りをつけるね」
 壁に取り付けた松明に火が灯った。ルークはにやにやする顔を抑えて片手で洞窟の奥を指した。
 いぶかしげだったヘンリーの顔を、驚愕の表情が覆った。
「こ、これは!」

 夏のラインハットの空は晴れ渡り、爽快な風が吹いていた。その日はラインハットの友邦グランバニアから、王妃ビアンカが双子の王子王女を連れてマリア大公妃を訪問していた。
「コリンズくん!」
 ビアンカとマリアは大公妃のサロンでお茶とお菓子を楽しんでいる。双子の子供たちはそのままコリンズのところへ遊びにやってきた。
「よく来たなっ。今日はゆっくりできるのか?」
 うん、と王子にして少年勇者でもあるアイルがうなずいた。
「お母さんが、お話終わるまでぼくらは遊んでていいって!」
 双子の妹姫、カイは軽く首をかしげた。
「お母さん、マリア小母様に何かご説明することがあるみたいなの。ちょっと長くなるわって言ってた」
「じゃあ、秘密基地行こうぜっ」
 ビアンカとマリアは、それぞれの夫どうしのつきあいとは別に前から仲がよく、子供を連れて互いの城を訪問しあう仲だった。
 厨房でお菓子を調達して、子供たちは城の尖塔のてっぺんへ上がった。そこは湖を渡ってくる風のおかげで涼しくて気持ちの良い場所だった。最近あったことを話したり、すごろくをやったり、風船をつくったりして子供たちは楽しく過ごしていた。
 そう言えば、と前置きして、アイルが話し始めた。
「ヘンリー小父さん、このごろよくうちのお父さんと会ってるみたいだよ?」
「父上が?」
 コリンズはちょっと驚いた。
「忙しいとばっかり思ってた。会って何してるんだ?」
 アイルとカイはそろって首を振った。
「わからないの」
「でも確かだよ。お父さんたちはなんとなくこそこそした感じで森へ入ってくから」
「森に秘密基地を作ったのかしら」
 コリンズはうなった。
「気になるよな」
 双子はこくんとうなずいた。
「こっそり、見にいっちゃおうか?」

  数日後、ラインハットで宰相としての仕事が終わった後、地味な服に着替えたヘンリーがキメラの翼を使うのを見届けて、コリンズもグランバニアへ飛んだ。
 双子の話では正確に三日に一度、ヘンリーは“秘密基地”へ向かうらしい。
「父上、来た?」
「ついさっき。プサンさんみたいな服着たお父さんといっしょに、森へ行ったよ」
「今あとをつければ間に合うわ!」
「よしっ」
 三人は足音を立てないように父親たちの後を追い、洞窟を発見した。息をひそめ、足音を忍ばせて、コリンズたちは洞窟の中を歩き出した。
 中は意外にも明るかった。本当の地下にいるのではなく、洞窟の天井を形作る部分が風雨にさらされて崩れ、光が差し込んでいる。
 近くの森の中に渓谷があるらしく、せせらぎの音がした。
 そのせせらぎに、別の音が混じった。
「よしよし、俺を待ってたのか?可愛い奴め」
(父上の声だ!)
 コリンズと双子は互いの顔を見合わせた。
(誰かいるのかな?)
 三人は岩の陰から内部をのぞきこんだ。
 洞窟と言うより、天然の岩場があり、その一部はほとんど池になっている。その池によく知っているようで見慣れない生物がたくさんいた。
「ほら、餌あるぞ~。見ろ、見ろ、羽根つきがよってきた!」
 池のほとりにしゃがみこんで、何か与えているのはヘンリーだった。
 池の奥の岩の上から、ぴょこんと飛んでくる生き物がいた。
「その子はスカイフロッグだよ」
 そう答えたのは、ルークだった。なぜか岩場の片隅にいる。そこには細長い岩があり、それをバーカウンターがわりにしてルークは飲み物や皿を並べていた。双子が“プサンさんみたい”と言ったのは、白いシャツに蝶ネクタイとサスペンダーという服のことらしかった。
「名前覚えたぞ。きれいな水色だなっ。あ、羽をぱたぱたしてやがる。かわいいじゃねえか」
 コリンズたちは茫然としていた。
「カエルだ……」
 その池を埋めているのはすべてカエル系モンスターだった。
「よしよし、ランドゲーロ、今日は一段と毒々しいな。いいことあったか?あ、こいつひっくり返ったぞ?」
 ランドゲーロはじんめんがえる系のモンスターで、表と裏に一つずつ顔を持っている。ヘンリーの投げた餌を背中側の凶悪な顔から舌が伸びて器用につかまえた。
「いい子だ~、上手になったなっ」
 ルーク、と嬉しそうにヘンリーが呼んだ。
「ついにあいつがなつきそうだ!もっと餌くれ!」
「あいつって、キャノンキングか。うん、大物だ。はい、餌」
 キャノンキングは人の身長ほどもある緑の体、オレンジ色の腹のカエルだった。なぜか両肩に二本ずつ筒状の器官を生やしている。どう見ても、大砲だった。
「三日とあけずに通い詰めて、やっとかー。可愛さもひとしおだな」
 がんばったねぇ、となぜかルークが目を潤ませていた。
「父上、父上」
 コリンズが呼ぶとヘンリーが振り向いた。
「見つかっちまったか。ここ、いいだろ」
 うん、とコリンズは大きくうなずいた。
「『世界のカエル大事典』に出てきたやつがいっぱいいる。すげーや」
「今飛んだアレな、フロッガーじゃなくてアマゾンキングだぞ」
「ほんと!激レアじゃん?!」
「ほんとだ。ほら、体の色が似てるけど、アマゾンキングは目が黒くて手足の先が赤い」
「うわ~、本物見ちゃった」
「おまえも餌やってみるか?」
「いいの?!」
 ヘンリーが振り向いた。嬉しそうなルークが待ち構えていた。
「餌はこちらへどうぞ」
 アイルとカイも、岩のカウンターにいた父に近寄った。
「お父さん、どうしたの、これ?」
 自信満々、史上最高のドヤ顔でルークは言った。
「あちこち回ってスカウトしてきた。ここはプライベートなカエルカフェだよ」
「あの、これ、うちの父上のために造ったんですか?」
 コリンズの問いに、うん、と笑顔でルークは言った。
「ヘンリーにこういうの見せたいと思って。集めるのけっこうたいへんだったんだよ。でも、正解だった。どういうわけか、カエル系に限ってモンスターがなじむんだよ、ヘンリーに」
「悪いか。こいつらみんな、可愛げがあるんだ」
 池の方を向いたまま、ヘンリーがそう言った。
「ね?だからぼくが猫カフェに夢中になった理由がわかるでしょ?」
「う~、まあ、な」
 不承不承ヘンリーが言うのを聞いて、ルークは嬉しそうな顔になった。
 ルークはお茶を淹れたティーカップをヘンリーに手渡した。
「素直でよろしい。はい、お茶」
 お茶を受け取ってヘンリーは肩をすくめた。
「おまえだって、カフェごっこやって喜んでるだろ」
 えへへ、とルークは照れ笑いをして蝶ネクタイの形を直した。
「当カフェはワンドリンク制となっております。コリンズ君たちは何にする?レモネードとリンゴジュースとお茶と、それからクッキーとチュロスがあるよ。あとカエルの餌も用意してあるからね」
 わーい、と子供たちは歓声をあげてお菓子をもらっていた。
「カエルカフェ、すげぇ楽しい。でも母上にはちゃんと説明した方がいいと思う」
「だよなあ。マリア、いやがるかなあ」
とヘンリーがためいきをついた。
「大丈夫、母上はわかってくれるさ」
 いかにも軽々とコリンズは答えた。

 ビアンカは片手で唇をそっと抑えた。
「この間説明に来てから半月くらいかしら。そろそろヘンリーさんが、話があるんだ、って言ってくるころよ?私は結婚して以来モンスターづけみたいなものだから慣れているんだけど、マリアさん、カエル大丈夫?」
 マリアはくすくす笑った。
「そうですね。少なくともおたまじゃくしには慣れました。コリンズがお城の濠から採ってくるんですもの」
「なるほど。でも、無理はしちゃだめ。嫌な時は嫌って言った方がいいわよ?」
「ええ、そうします。それでなんですけど、カエルカフェで出しているクッキーとチュロスは、ビアンカさんのお手製ではありませんか?」
「実はサンチョさんなの」
「あらまあ」
 マリアは目を見開いた。
「後学のためにお味見がしたいです」
「じゃ、今度行きましょうか、カエルカフェ」
 ふふふ、と二人は華やかな笑い声をあげた。

了(2022年8月10日twitter上のイベント「ラインハットの日」のために)