不思議の館へようこそ 3.選択開始

「Bad∞End∞Night」「Crazy∞Night」(ひとしずく×やま△様) 二次創作小説

「セクションナンバー350」
と美空はつぶやいた。
「振り子を調べると、秘密の部屋の扉が開きました。その部屋には棺の山がありました。飛び出そうとすると、館の住人が集まってきました。"あらあら"、"見てしまったね"、"怖がらないで"。みんなはそう言いましたが、あなたは我慢できずに反対側の扉から走り出ました。どこへ行きますか?」
感情が高ぶりすぎたのか、むしろ声は平板だった。
「1.ギャラリー、2.厨房、3.図書室」
美空は沈黙した。
「どこを選んだのですか?」
「わたし……」
声は不安のためにふるえていた。
「どうすればいいの」
 カウンセラーはためらい、助手と視線を交わした。
「1を選んでください。あなたはギャラリーへ行く」

 ミクは廊下の常夜灯の下で立ち止まり、壁に背を押しつけた。荒い呼吸が響きわたる。ミクは手で口元を押さえ、びくびくとあたりをうかがった。
「逃げなきゃ」
あの棺の山は何だったのだろう。この不思議の館へ入り込んで、人形が入れ替わった人間のなれのはてなのかもしれない。人間の世界に、生きて動き回る人形が何体もまぎれこんでいるのかも。
「いや……あたし、いや」
ミクは拳で目元をぬぐった。
 いったい、自分はどこにいるのだろう。主人の部屋を突き抜けて後ろへ走ってきてしまったのだから玄関ホールからは遠いところなのだろう。
「玄関じゃなくてもいいわ、出られるなら」
窓からだってかまわない。ミクのいる廊下には、扉がいくつか並んでいた。ミクはおそるおそる試してみた。
 最初のとその次のはカギがかかっていた。が、三つ目の扉は、軽い音をたてて開いた。ごくりと息を飲み込んで、ミクはその部屋へ入り込んだ。
 天井の高い、広い部屋だった。大きな窓のカーテンは両脇で絞ってあった。月明かりが室内をぼんやりと浮かび上がらせていた。
 部屋の中央にはソファがいくつか並べてあるが、壁際にはほとんど調度品がない。そのかわり壁に大きな肖像画がいくつも掛け並べてあった。
 古風な衣装の男女に壁から見下ろされながら、ミクはそのギャラリーを横切った。室内の床に上がアーチ型になった窓枠が影を落としている。そのひとつが微妙にずれていた。
「あれ、鍵がかかってないわ!」
ミクはその窓に飛びついた。取っ手をつかんで押すとぎっときしんで窓が動き出した。が、それ以上は開かない。何かが窓枠にひっかかっているのだ。
 ミクは小さく舌打ちした。指で探ってもわからない。
「開いて、開いてよ!」
がたがたと窓を揺すった。
 そのとき、ふと背後が明るくなった。ミクはあわてて振り向いた。
 ギャラリーの入り口に、ランプを掲げたメイコが立っていた。
「ここにいたのね?」
「あ、あたし」
メイコは落ち着いたそぶりで部屋にはいると、ソファのひとつにランプを置いた。
「音がしたから来てみたの。おうちへ帰るのなら、私はとめません」
そう言ってメイコはほほえんだ。教会のマリア像のような、やさしい笑顔だった。
「あの」
「でも、誤解されたままお返しするのはつらいわ。せめて話を、いいえ、いいわけを聞いてくださるかしら。怖いなら、そこで聞いてちょうだい。私はここから動きませんから」
「……はい」
メイコはもうひとつのソファにふんわりと腰掛けた。
「あなたが見つけたのは、うちの一族の墓所でしたのよ。半分はまだ空ですけどね。でも一番手前の二つには遺体が入っています。私の息子と、娘よ」
「奥様……!」
「うちの人と結婚してこの館へ来て、しばらくの間はとても幸せでした。そして双子の赤ちゃんが産まれたの。でも、生まれ落ちた瞬間から、長くはないとわかってしまった」
何の苦労もないような美しい奥様は、しっとりと語った。
「自分で立って歩くこともない幼さで、息子と娘は天に召されました。カイトは慰めてくれたし、義父も私を気遣ってくれました。そうしてリンとレンがつくられたの」
……この人は、”お母さん”なんだ、とミクは思った。ミク自身もよく知らない、だがどこかに存在したはずの自分の母。すべての母に共通する哀しみをメイコは湛えていた。
「あれからずいぶんたったわ。生きていれば、娘はあなたと同じくらいの年頃で、ちょうど」
メイコの声はかすれて細くなった。
 あなたは人形じゃないんですか?とミクは聞けなかった。こんなに表情の豊かな、美しい人形が存在するはずがない。
「メイコ奥様、私」
高級なレースが袖口からこぼれる大きな袖でメイコは恥ずかしそうに顔を隠した。
「ごめんなさい。私ったら取り乱して。外は暗いけど、雨などは降っていないわ。おうちへ帰るのならお帰りなさい。カイトには私が話しておきますから」
「……そうさせていただきます、奥様」
ミクは一歩メイコに近寄った。彼女は両袖で顔の下側をおおって、涙目の顔をランプからそむけ、恥ずかしがっているようだった。
 その前を通り抜け、ギャラリーの入り口を出ようとして、ミクはためらった。
「あの、ごめんなさい」
「え、な、何かしら?」
ミクはうつむいた。
「あたし、疑ってしまって」
「気になさらないで。玄関ホールはわかる?」
メイコが立って、ミクのすぐ後ろへやってきた気配がした。メイコの袖が動いた。
「その廊下に出て右手へ進むと曲がり角。そこを曲がると玄関ホールにつながる廊下があるわ」
ミクは身を乗り出した。人影はなかった。
「わかりました、ありがとうございま」
最後まで言い終わる前、冷たい感触がミクの喉に走った。銀色の長い細いカミソリだった。カミソリをふるった人は、乾いた目に冷酷な計算を浮かべていた。
「どういたしまして」
メイコは袖に隠していたカミソリをすっとおろした。
 両手でミクは喉を押さえた。空気の漏れるごぼっという音がした。意識が急速に薄れていく。床に大きな水滴がぼたぼたと落ちて禍々しい痕になった。
 泣きながらこときれた娘を、メイコは勝利の笑みを浮かべて見下ろした。
「誰かいて?床が汚れたわ。お掃除してちょうだい」

セクションナンバー422 こうしてあなたは死にました。

「助けてっ、私、私!」
助手はあわてて美空の身体を押さえた。
「大丈夫、夢です、ただの!夢!」
催眠暗示どころか、怒鳴るように叫ぶのを繰り返して、美空はようやく落ち着きを取り戻した。
「今のは間違いだった。間違えたのならやり直せばいいんです」
はっ、はっと短い呼吸をしながら美空は黙っていた。
「もう一度行きましょう。あなたは時計の振り子を調べ、セクション350へ進んだ。次の選択肢で、ギャラリーを選んではだめです。厨房を選んでください」

 ミクは絶望的な表情であたりをみまわした。
「ここから出なくちゃ」
家へ帰りたい。この館から出たい。
 ミクはあの紙片を取り出した。
「宛名があるんだから、これは手紙よね」
どうして自分がこんな手紙を送られたのかわからないが、おそらく唯一の手がかりなのだと思う。
「……あなたは反対側の扉から逃げ出しました。どこへ行きますか?1.ギャラリー」
ふとミクは気づいた。かすかな線が、選択肢の中のギャラリーという文字を横断している。まるでこの選択肢はだめだと言っているかのようだった。
「まさか……」
2の厨房と3の図書室には横断の線はなかった。そのかわり、爪でひっかいたような筋で三角がついていた。
「よくわからないけど、行ってみるわ」
 ミクの常識では、こんな立派なお屋敷の厨房には、必ず勝手口がある。そうでなかったら、食材を運び入れたり生ゴミを運び出したりするために、正面玄関を使わなくてはならないではないか。
「お勝手から抜け出せばいいわ」
勘をたよりにミクは動き出した。
 常夜灯だけの薄暗い廊下を少し進むと、何かいい匂いがしてきた。誰かが料理をしている。ミクは足を早めた。
 廊下を曲がると匂いが強くなった。廊下の途中に大きな扉があり、左右一杯に開かれている。ミクはおそるおそる大きな扉を通り、短い階段を下りた。
 降りた先は半地下の広い厨房だった。厨房の奥の料理用ストーブの上に大鍋がかかっていた。その前に、大きなリボンの後ろ姿。メイドのグミだった。
「あらお客様、こんなところへいらしちゃいけません」
「ごめんなさい」
反射的にミクは謝ってしまった。
 フンフンフン、と鼻歌を歌いながらグミは忙しそうに動き回っていた。厨房の中をミクは見回した。一カ所に頑丈そうな木の扉がついていた。その扉のそばに水をためておく瓶が置いてある。あれが裏口……。ミクはグミをにらみながら、じりじりと裏口へ近づいた。
「何かご用ですか?お休み前に、ミルクでもさしあげましょうか?」
ミクはじっと相手を観察した。まったく人形には見えない。自分を殺しに来る理由があるようにも思えない。しかし!
「どうかお料理続けてください」
「あら、そういうわけには」
このメイドを信用していいかどうか、ミクは迷いに迷った。
「ちょっとお話ししてもいいですか?」
「なんでしょうか」
「えーと、メイコ奥様のことですけど、お子さまは?」
「さあ、まだ。ご結婚されたのもつい最近ですから、そのうちじゃないですか?ご夫婦仲もよろしいことですし」
え、とミクは思った。
「前にお子さんを亡くした、なんてことは?」
「いいえ?」
グミはきょとんとしていた。
 ばかだ、とミクは自分のことをそう思った。"メイコの産んだ女の赤ん坊が生きていたらミクと同い年"だとしたら、メイコの年齢があわないのだ。あらためてだまされたことにミクは気づいた。
「そうですよね、えへへ」
もう人形のほうは聞くまでもない。リンとレンに、からかわれたのだ。
「他に御用は?」
「あのう、ぶっちゃけた話、こちらのお屋敷って御給金はいいんですか?」
グミはちょっと目を見開いた。あたりをうかがうような表情になってから、いそいそと近寄ってきた。
「けっこう、いいの!」
口調さえ、先ほどとは違った。
「こんな山奥に住み込みで奉公する子なんて珍しいみたい。町中のお勤めにくらべたら三割り増しよ」
「ほんとですか!?」
「ほんと、ほんと。前にいた娘はたんまり御給金をいただいて、こちらを辞めたあとはキャンディショップを開いて自分で商売してるわ」
「やり手なのね」
「でしょ?あたしはそこまで望まないけど、貯金ができたら町へお勤めを変えて、若い殿方でも探すつもり」
目を輝かせて話すメイドを、ミクはうらやましい気がした。
「でも、いろいろできないとだめですよね」
「ん~、まあ、お裁縫とお料理は必須ね。お作法と言葉遣いは言うまでもなく」
何一つできない。ミクはためいきをついた。
「あら、あたしだってそこまで巧いわけじゃないわよぅ」
照れくさそうにグミは言った。
「特に掃除は今でもヘタ。奥様にもお嬢様にもお小言をいただくの」
ふとミクは気づいた。
「さっきのあの、秘密の部屋ですけど」
グミは顔の前でささっと手を振った。
「悪趣味でしょ、あれ?お屋敷のどまんなかに大昔のお墓があるなんてねえ。でも伝統なんですって」
「大昔の?」
「ナントカ人ていうのの遺跡で、このお屋敷ができる前からあるんですって。学者の先生が見に来たこともあるから、本物なんでしょうね」
「あの部屋も、掃除するんですか?」
「春の大掃除にちょっとやるだけ」
 あらっとグミが叫んだ。
「いけない、お鍋、お鍋。スープがだいなしになっちゃう!」
ばたばたとストーブの前に走っていく。お玉を取って鍋の中をかきまわした。
「よかった、大丈夫だわ」
「すいません、あたし、話し込んじゃって」
グミは振り向いた。
「い~の、い~の。こんな話できる人この屋敷にはいないから、楽しかったわぁ!」
いたずらっぽい表情が浮かんだ。
「よかったらスープの味見しない?」
返事を聞く前に鍋から小皿にお玉で琥珀色の液体をそそいだ。
「じゃあ、ちょっとだけ」
さきほど廊下で気づいたのとおなじ、すばらしくいい匂いがする。ミクは小皿を受け取って両手で口元へ運んだ。融け崩れたオニオンの飴色にスープが透けていた。
「毎晩作って、朝食にお出ししてるの」
押さえようとしても自慢げな雰囲気がグミの口調に漂う。
「具の品数は抑えめにしてあるんだけど、もっと多い方がいいかしらん?」
「このままでも十分」
美味しい、と言いながらミクはグミに笑いかけた。グミはあいかわらず、きさくでちょっと小生意気な男好きのメイドの顔をして、手にしたキッチンナイフの鋭い切っ先をミクのケープの下へまっすぐに突き刺した。
「お肉が入るといいわよね」
ミクの手から、小皿が落ちて砕けてスープが飛び散った。
「あら、まあ、不作法ですわよ、お客様」
ナイフを抜こうとじたばたするミクの上に、濃紺のメイドドレスがのしかかった。犠牲者が暴れるたびにペチコートの縁取りがひらひらと舞った。

セクションナンバー422 こうしてあなたは死にました。

 美空が悲鳴をあげた。
「きゃああああああっ」
カウンセラーがあわただしく指示を出した。
「点滴、薬代えろ!酸素の用意、拘束用意」
助手は言われる前から動いていた。
「さあ、落ち着いて。まだ大丈夫。最後の選択肢を選べばいいんです!」

 ミクは廊下の常夜灯の下で、あの手紙を取り出してひろげた。何度見ても同じだった。セクションナンバー350の下の選択肢は、1が薄い線で消され、2と3に三角がついていた。
「3の図書室へ行ってもだめだっていうこと?」
そうかもしれない。だが、最初の二つが間違いなら、最後の一つがあたりだろう。
「誰がいてもいいわ。ずっと警戒してればいい。話しかけても相手にしなけりゃいいんだ」
ミクは歩き出した。
 ギャラリーのある廊下を避け、いい匂いがする方向から背を向け、ミクは暗い廊下を曲がった。他の廊下とあまりかわったようすはない。常夜灯がところどころに灯っていた。
その廊下はむしろ短かった。つきあたりに大きな扉があった。
 ミクはその前にたち、中のようすをうかがった。誰か居るだろうか。しばらくためらったあと、ミクは両手でその扉を押し開け、一歩踏み込んだ。
「ここは……」
これが図書室に違いない。かなり広い半円形の部屋で、床から天井まで書架で覆われている。どの本棚も聖書のように厚い大きな本がびっしりと並んでいた。本棚には最上段に本を出し入れするための可動梯子が取り付けられていた。梯子の段と段の間に贅沢な装丁の背表紙が見え、そこの金文字が常夜灯を反射して光っていた。
 手前には低めのテーブルがいくつか配置されていた。その上に古い陶器の壷やお椀、刺繍をした絹の小片、漆細工の小函、象牙の小さな仏像、そのほかミクには見当もつかないものがきちんと並べられていた。
「お客様?」
ミクはぎくっとしてふりむいた。館の執事が立っていた。ミクは思わずひきつった。図書室のフロアにもその前の廊下にも、毛足の長い分厚い絨毯をにしきつめてあるために、足音が聞こえなかったのだ。
「迷子のようですね。お部屋までお送りいたしましょう」
「あの、あたし」
誠実そうな瞳、端正な表情の、執事の鑑のように彼は見えた。
「あたし、家へ帰ったらだめですか」
「主人に黙ってお客様をお返ししては、私どもが叱られます」
「でも……!」
執事は何を思ったか、小さくうなずいた。
「あの部屋のことですね。感じやすい年頃の娘さんにあんなものをお見せして申し訳なかったと、主人が申しておりました。朝食の席でぜひお詫び申し上げたいと言っておりましたので、今夜はお部屋へお帰りいただけませんか」
「古代の遺跡のことはもういいんです」
執事がちょっと眉をあげた。
「遺跡?あの部屋のことですか?」
「え、ちがうんですか?」
「浅学ではございますが、古代種族ならば異教徒でございましょう。棺に十字のシンボルをつけないのでは?」
ミクは、あっと思った。グミにだまされたのだ。
「じゃあ、このおうちの人たちのお墓ですか?」
「いえ、当家の霊廟は庭の奥に別にございます」
ミクは混乱していた。
「それじゃ、いったい」
執事は上品なためいきをついた。
「お話ししなくては納得していただけないようですね。当家の恥になることですが、申し上げましょう。あれは当家の一族の紳士と、とある婦人、そしてその交際相手の棺です。あの場所から動かすと必ず何か不祥事が起こりますので、墓所へ移動することができないのです」
こちらへ、と執事は手招きした。
「当家のギャラリーをごらんになったことはないかと存じますが、あの肖像画の中に先代の当主の従兄弟にあたる紳士がいました。この方は香港との貿易に従事され、しょっちゅう東洋にお出かけになっていました。この図書室に展示してあるのはその紳士がそちらで買い求められた品々のコレクションです」
ミクはあらためてあたりを見回した。たしかにエキゾチックな小物が多かった。
「香港でその紳士は、現地妻を迎えておられました。ある年、その婦人を伴って紳士が帰国なさったとき、別の紳士がこの館へ怒鳴り込んでこられたのです」
わずかに眉をひそめ、淡々と執事は語った。
「内容は、要するに、その美しい婦人との交際を迫ってのことでした。あとからわかったことですが、その婦人は香港で二人の紳士と同時に交際をしていたのでした」
三角関係ということか、とミクは思った。
「紳士二人は、当家の主人の書斎の後ろにある小部屋で対決しました。最初から感情的な言葉をやりとりし、ついに片方がその場にあった品を手にしてもう一人を殴りつけました」
執事は、手でミクの視線を隅のテーブルへ誘導した。そこにあったのは、非常に細長い木の箱だった。執事は木箱の蓋を開けると、中身を取り出した。
「紳士は殴りつける時この品物を振り回したのです。遠心力でカバーがはずれ」
片手に柄をつかみ、長身の執事はその"カバー"をもう片方の手で取り去った。
白刃が現れた。
「むきだしになった刃は、相手の紳士の肩をざっくりと切り割りました」
ひっとミクは息をのんだ。
「婦人は激しい悲鳴をあげたそうです」
「やめて……」
執事は豹変していた。端正な印象はそのままに、長大な日本刀を眼前に掲げ、邪悪な喜びに目を輝かせた。
「その泣き声に激昂した紳士は」
ミクはあとずさった。が、部屋の扉は、執事の後ろにある。
「返す刀を」
後ずさるミクに一歩づつ執事が迫った。ミクは書架に背を押しつける格好になった。
「泣き叫ぶ婦人の上に振り下ろしました」
カミソリやキッチンナイフではない、本物の殺傷武器がミクの上で煌めき、まっすぐに降りてきた。
「いやああああ」
頭をかばった腕がまず、激しい血しぶきを吹いた。刃が易々と切り裂くにつれて、流麗な日本刀の下に命が消え失せていく。
「我に返った紳士は直後に自決したそうです。が、三人の霊は今でもあの部屋に漂っているのですよ」
語り終わって、くっくっと執事は笑った。
天窓から図書室に差し込む月光の中で、執事は慣れたようすで村正に血振りをくれた。遺体の上に血痕がぴっと飛び散った。執事は美しい刃を高く掲げうっとりと見惚れた。

セクションナンバー422 こうしてあなたは死にました。