パラケルサスの犯罪 14.第三章 第二話

 次の朝は、いちだんときれいな快晴になった。
「今日はどうするの?」
「昨日じゃまが入ったから、砲塔の現場をもう一回見に行く。連続作動の方法で心当たりがあるんだ。試してみたいんだけど」
と言いかけて、エドは窓際に寄った。
「なんだ、あれ?」
アルも外を眺めた。アルたちの部屋はグラン・ウブラッジでもかなり上のほうにある。エドが見つけたのは、はるか下の方をひらひらと飛ぶ白いものだった。
「病棟のあたりだね」
「ちょっと行ってみようぜ」
降りていくと、人だかりがしていた。場所は小児科病棟だった。見覚えのある男の子が、パジャマ姿で白いものを窓の外へ投げているのだった。
「あれ、落ちない?」
小児科に入院している患者たちが、窓に群がってわいわい言っている。
 その白いものは空中を数メートル進み、それから風にあおられて舞いあがり、やっと下へ落ちていった。
「みして、リッキー!」
「やらして!」
男の子たちは手を伸ばしてきた。パジャマの男の子、リッキーは、気前よくそれを手渡してやった。
「“ペーパープレーン”っていうんだよ」
「すご~い。どうやんの?」
リッキーはうれしそうだった。リッキーは手元に置いたただの紙を器用に折り、イカのような形にこしらえた。
「こうすると飛ぶよ。お父さんが教えてくれたんだ」
「おまえの父ちゃん、なにやってる人だっけ?」
「軍の研究施設でお仕事してるんだ。実験室の偉い人たちが、これを作って飛ばしてるんだって。いつかこれの大きなのを作って、人が乗って飛べるようにするんだって」
こどもたちはいっせいに笑った。
「そんなの、無理だよ」
「これ、紙じゃないか」
「鳥の羽のほうがずっと飛ぶよ」
リッキーは口をきゅっと結び、泣きそうな顔になった。
 こどもたちの後ろから声がした。
「おれは信じるよ」
エドだった。
 リッキーは、すぐ思い出してくれたようだった。
「こないだのお兄ちゃん、と鎧の人」
アルは片手をあげた。
「このあいだは、りんごありがとう」
周りにいた子供たちは、ちょっとかたまってアルたちを見上げた。なんとなく目が輝いている。この子達も、このあいだの機関銃乱射事件のときに見ていたのかもしれない、とアルは思った。
 エドはリッキーの手元を見ていた。
「これが“ペーパープレーン”?」
「うん」
リッキーは“イカ”をとりあげ、開いた窓から空中へ押し出すように投げた。今度の“ペーパープレーン”は、くるくる回り、あまり遠くまで飛ばなかった。
「あれ?うまくいかないときもあるんだ。もう一回造るね」
エドは興味しんしんでリッキーの手元を見ていた。
「オリガミみたいなもんだな」
「オリガミ知ってる?」
「ツルなら作ったことあるぞ」
忘れもしない、錬金術で。母さんがとっても感心してほめてくれた。アルは、リッキーの小さな指が紙を折っていくのを、懐かしいような気持ちで見ていた。
「ほらっ、今度は飛んだ!」
「おお~っ」
アルは苦笑した。エドが本気で感心しているのを見るのは珍しかった。
「おれにもやらせて」
「はい、紙!」
エドは一生懸命“ペーパープレーン”を折り始めた。
「できた!」
よっ、と声をかけてエドは“ペーパープレーン”を押し出した。が、へろへろと力を失って、落ちていった。
「くそっ。もう一回!」
「はい」
「むきになってどうするの」
「うるさい、アルもやってみろよ。難しいんだから」
「じゃ、貸してみなよ」
 五分後、本当に難しいことがアルにもわかった。
「なんか、くやしい」
「だろ?」
「場所が悪いんじゃない?ほら、タコあげるときだって、場所を選ぶじゃない」
「それもそうだな」
エドはリッキーのほうを向いた。
「屋上行ってみないか?」
「えっ、いいの?」
リッキーの顔が、みるみる明るくなった。この子の心臓があまりよくないことをアルは思い出した。
「ぼく、まだ行ったことないの!」
「よーし、決まりだ」