パラケルサスの犯罪 10.第二章 第四話

 院長は、冷たい目で錬金術師たちをねめつけた。
「これだけ時間をかけて、容疑者の一人も発見できないとは。諸君が最前線の兵士なら、懲罰ものだ」
ボイドたちが、首をちぢめた。
「せめて、隠匿された物資だけでも、見つけられないのか。まもなく、セントラルから当院に視察が入る。こんなだらしのない状態ではとても視察に耐えられん」
「だめだな」
とエドが言った。
「なんだと?」
エドは肩をすくめた。
「グラン・ウブラッジの地上部分は、あんたの部下たちが探し尽くした。いまさらおれたちに、どうしろって言うんだ?」
「何が言いたい」
「地下の立ち入り禁止を解除してほしいね」
エドは腕をくんでいた。院長は、しばらく黙って考えているようだった。
 ペインター大尉が片手を上げた。
「自分がご案内いたします。ご案内してよいところは心得ておりますので」
院長の目が、じろりと大尉に向けられた。
「レ、レクチャーは受けております」
「よかろう」
院長はエドに視線を移した。
「本来、軍属とはいえ部外者を入れることはできない地区だが、特別に許可する。本日午後、二時間のみ、立ち入り捜索を許す」

 エドは、ぶつぶつつぶやきながら、砲塔の間を歩いていた。
「ここに75ミリ砲があって、こっちに重機関銃か、本当は」
手に持っているのは、グラン・ウブラッジのもともとの配置図だった。
「でも、占領されたときに、全部取り払われているんでしょ?」
「ああ」
エドは振り向いた。
「“パラケルサス”は、大口径の大砲じゃなくて、重機関銃ばかり並べている。何か理由があるのかと思ってさ」
アルは指で軽く頭をかいた。金属音がした。
「わからないよ。趣味じゃないかな」
「しゅみぃ?」
エドはあきれたような顔になった。
「ディテールからいくと重機関銃のほうが難しいけど、そっちのほうが好きで内部の機構に詳しいなら、それを選ぶかも知れないと思ってさ」
とアルは言った。
「気づいてる?もともとここに配置されていた武器より、練成で生み出された重機関銃のほうがタイプが新しいよ」
エドは、お、と言った。
「最初の仮説よりも、“パラケルサス”は若い男かもしれないな」
「う~ん」
「何か、ひっかかるのか?」
「なんで男ってことになったんだっけ」
「いや、ほら、グループのほかのメンバーがみんな年配の男性だから」
「でも、“パラケルサス”だけはちがうかもしれないよ」
「理論的には、ありだけどな」
「実は今、ウィンリィのことを思い出したんだ」
幼なじみの少女の名をアルは口にした。リゼンブールの義肢装具師、ロックベル家の一人娘で、エドに言わせると〝機械オタク〝である。
「重機関銃の内部機構に詳しいのは、男性だけじゃない」
「お~い」
と、誰かが呼んだ。非常口から顔だけ出しているのは、ロングホーンだった。
「地下捜索に同行するかどうか、ペインター大尉が聞いてるよ」
「もう始めるのか?」
「今から二時間だけだそうだ!」
エドは肩をすくめ、非常口へ降りた。
「院長、目が釣りあがってたからな」
アルがグラン・ウブラッジ内部へ入ると、三人の錬金術師と護衛の士官がもう待っていた。
「遅れてすいません」
「いえいえ。施設課に言って、エレベーターを動かすことになりました。どうぞ、こちらへ」
大尉はベルトにつけた鍵束から、ひとつ選び出し、廊下にある扉のひとつを開いた。
「エレベーターです。みなさん、どうぞ」
鉄の籠の中へぞろぞろと乗り込むと、大尉は、レバーを回した。
「よいしょっと」
がたん、と足元がゆらいだ。鉄の籠が動き出した。
「グラン・ウブラッジの頂上から地下までを結ぶエレベーターです。動力には蒸気を使っています。ご覧下さい。自分たちは今、巨大な竪穴の中にいます」
アルは息を殺して周囲を見た。壁に取り付けられた数字プレートが、ゆっくり上へ向かって飛び去っていく。ロングホーンがつぶやいた。
「うっ、なんか、気持ちが悪い」
「少々、ご辛抱ください。地下部分は封鎖になっておりますので、このエレベーターのほかは、もう入り口がありません」
そのとき、衝撃音が響いた。
「事故かっ」
「いえ、到着です。今、開けますね。やれやれ、古いからな、うまく開くといいんだが」
重々しい音を立てて、エレベーターの扉が開いた。アルは、身をかがめるようにして、外へ出た。空気がひんやりしている。目の前には、壮大な空間が開けていた。
 グラン・ウブラッジの建設者たちは、ここで戦艦でも造るつもりだったのだろうか。地上の大病院と同じ、とまではいかなくても、近いスケールの質量を容れるくらいの、巨大な倉庫、ないしは工場あと、だった。
「〝南〝の最前線司令部が置かれる予定だったそうです」
静かに大尉が説明した。
 床面はコンクリート敷き、壁面は一面、鉄板張りのようだった。砲撃のショックから内部を守るためだろう、とアルは思った。
「だだっ広いとこだな」
「これじゃ、探すと言ってもな」
錬金術師たちはとまどった顔になった。ペインター大尉は、困ったように笑った。
「とにかく院長の命令ですので。みなさん、ご自由にご覧になってください。ただし、左のつきあたりの扉には、近づかないでください」
けっ、とエドがつぶやいた。
「ここらを這いずり回れってか」
「すいません……」
「いや、あんたのせいじゃないよ、大尉」
はにかんだように大尉は微笑んだ。
「けど、どうして左のつきあたりだけはだめなんだ?」
正直者らしい顔が、みるみる緊張した。
「お答えできません」
エドは、腰に手を当てて、大尉の顔をじっと見た。
「『お答えできません』なことをやっている場所なわけだ」
「兄さん」
アルは思わず口を出した。
「あんまりいじめちゃ気の毒だよ」
「そうだな」
エドは肩をすくめた。
「わかったよ、大尉。ご自由にしてるわ」
見るからにほっとした顔で大尉は答えた。
「よろしくお願いします」
アルが歩くと、場所によっては足音が高く響いた。
「もう、軍の人には言えないことだってあるじゃないか」
「だよな。うん。でもアル、軍の人間が部外者にはいえないことって、なんだろうな?」
「あ、兄さん、またなんか、いけないことを考えてるだろ」
「おやおや、興味はないのかな、アルフォンス君?」
マスタング大佐の口調をまねて、エドがそそのかした。
「しょうがないなぁ」
ふたりは、ちらっと後ろを確認すると、足音を忍ばせて左のつきあたりの扉へ近寄っていった。
 金属製の大きな扉だった。取っ手を握ってみただけで、しっかりと施錠されているのがわかった。
「けっこう、けっこう」
エドは音を立てないように両手をあわせ、そっと取っ手を包み込んだ。
「兄さん、みんな見てない」
「よっしゃ」
エドの手の中で、何かが明るく輝いた。小さな音を立てて鍵ははずれた。
「行くぜ」
「うん」